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「どうしたの、楠?…あ、蓮くん。おはよう。」

視界に一番に飛び込んで来た杏の笑顔に吽蓮が今の状況を思い返す。

楠が暴走した日から既に数日が経過している。最悪なタイミングで痛覚が戻り、あまりの痛さに気絶したものの、その日の内に目覚めた。社で目を覚ました頃には楓も杏も里に戻っており、狛犬を女二人と運ぶ苦労を阿蘭から長々と愚痴を零された。

楠は無事、杏の使妖となり、吽蓮が世話をする事ももう無い。もうしばらくは会わないと思っていた矢先、楠を連れた杏と楓が社を訪ねてきたのだった。


「そろそろ寂しいかと思って…」

(楠が?オレが?)

杏の言葉を計りかねながら迎えた二人と一匹。

回復に力を使ってまだ万全ではない吽蓮は境内に寄りかかってうとうとしてしまっていたのを思い出した。

吽蓮の傍で尻尾を振る楠は笑っているように三つの目を細めている。心なしか腕が細くなっているように思えるのは、杏が契約を結ぶ前に少し身体が瓦解したからかもしれない。

(言うのやめとこ。あいつ気にしそうだし。)

相手が楓なら遠慮なく指摘していたかもしれないが、杏相手にやり合う気は無い。すっかり治った左腕で、より普通の犬の形に近付いた楠を撫でる。

「楓ちゃーん、蓮くん起きたよ!」

杏が軽やかに境内の階段から飛び降りて楓の元へと走って行った。

「騒がしいと思ったら、あいつらか。」

阿蘭だ。そういえば楓達が来る前からどこかに出掛けていた。

「どこ行ってた?」

「流風の所だ。お前も調子が戻ったら礼でも言いに行け。」

「ん。」

後々阿蘭からあの騒動の裏で流風が動いていたと聞いた。楠がこうして元通りになったのには流風の働きも関係しているらしい。

ワン、と楠が鳴いて社の庭にいる杏達の元へと飛び降りると、誘うように吽蓮を振り返った。楠の気持ちは理解している。散歩に行きたい、そんなところだ。

「楠、蓮くんはまだ本調子じゃないから…」

「歩くだけでしょ。」

スタスタと楓と杏の間を通り抜け、神社の外へ出ていく吽蓮。

「ホント、素っ気ないんだから。」

「ふふ、でも優しいよ?少し行ってくるね!」

軽く言葉を交わすと、吽蓮の後を嬉しそうに楠と杏が追っていった。

「もうすっかり大丈夫そうね。」

「むしろ退屈そうにしてるくらいだ。」

阿蘭と楓が散歩に繰り出した三つの影を見送る。あの日、使妖として楠を連れ帰ると里は少しざわついた。まともに任務に出されない杏が完全体の妖と契約したからだ。

細かい経緯は伏せ、“小さかった成りかけを拾って世話していたら成長した”、とだけ周囲に説明した。楠の戦闘力はなかなか高い。使役するのが完全体の妖ということは、また新たに妖と契約も可能だ。妖使いとして杏が任務で活躍する日も遠くないのかもしれない。

「彼女には礼を言わなければならないな。…お前にもだが。」

「吽蓮もだけどあんた達二人、何で私にそんな素直じゃないの?杏に素直なだけ?」

決して怒っているわけではなく、単純に疑問として尋ねる楓に肩をすくめて応える。

「まぁでもお礼を言いたいのは…お互い様、かな?」

ぐっと背伸びをして杏達が散歩に出ていった方を見る。阿蘭は黙って続きを待つ。

「杏の怖がりも、ちょっと後退したっていうか、自信がついたのかな?」

怖がりゆえに石橋を叩いた挙げ句渡らない、なんて事はざらにあった杏が今日に至っては自ら『吽蓮に会わせに行きたいから社への道を教えてほしい』と進言してきたのだ。

いつもは段を確かめながら階段を下りていたような杏が、先程は蓮が起きた、と何段もある階段を跳んで下りてきたのも正直驚いた。そんな話をすると、そんな事…と無下にはせず頷いて理解を示した。



「蓮くん、もう眠くないの?」

「眠い。」

「あ…ごめんね、眠いのに。」

変わらない真っ直ぐな物言いに杏がしょんぼりと眉尻を下げる。

__蓮は素っ気ないから…ううん、変わらなくて良いのです__

「平気。オレが来たくて来ただけだから。」

「!」

変化したのは杏だけではない。

「…何?」

「えへへ。笑ってくれたなって思っただけ。」

「ふぅん。」

__その代わり、少し笑顔を足してみましょう?そうすればきっと、みんな幸せです__

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