甦
楓がようやく里の見える場所まで到達した時、辺りはすっかり暗くなっていた。
満月でもないのに今日は月の光がよく届く。おかげで暗闇に惑わされることもなく歩けた。
“記憶の中で生きているのさ”
流風の言葉のせいだろうか。山を下る道中でも、姉・桜との記憶が蘇ってくる。
一緒に遊んだ川。
内緒で教えてくれた花の群生地。
登りやすいと気に入っていた木。
雨宿りをした古い祠。
八つも離れた姉妹だが、とても仲が良かった。
桜は幼い妹が可愛くて仕方がなく、楓はそんな姉の後ばかりついて回った。
将来、里を治める立場にある桜がそれに見合う力を得ようと修業を始めた時も楓は無邪気にその隣で桜を倣った。
理詰めで考えてしまう桜は、感覚で器用に物事をこなす楓をよく羨ましがっていた。そんな桜が可笑しくて、幼い楓は次々と技術を手にしたものだ。
「私の方がずっと年上なのに、すぐカエちゃんに抜かされちゃいそう。」
よく桜はそう言って笑った。大人びた姉に一つでも追い越せそうな事があるのは当時の楓には嬉しく感じた。
桜が亡くなり楓がその後を継ぐ形になった今、力や技術を身に付けることが重圧にしか感じなくなってしまったが、幼い頃のその貯蓄が楓の負担を軽くしているのは違いない。
ある程度の妖なら退治する力を持っている所為か、無鉄砲に山へ入った今日も、低級な妖を蹴散らした程度であの流風という変わった人物の居た所まで到達した。強い妖とは出会してはいない。
帰り道は日も暮れているので闇に紛れた不意打ちを受ける覚悟をしていたが、不意打ちどころか行きには感じていた妖の気配すらない。何かに守られているような、そんな気がした。
(そんなわけ無いか…)
不思議に思いながらも、彼女は心穏やかに通り掛かった様々な場所で桜との『再会』をしていたのだった。
行きよりも随分時間が掛かってしまったが、やっと里も目と鼻の先だ。心なしか、行きより足取りが軽い。
月明かりに照らされて高い櫓も見える。桜ともよく上ったものだ。
確か、最後に姉妹でゆっくり話せたのもあの櫓の上だった。
「この山の妖と仲良くなれる気がするの。」
櫓から景色を眺めながら、桜が言ったことがある。ぽかぽかと気持ちの良い陽が差し、いつでも眠りに落ちそうなそんな陽気だった。
「無理だよ、そんなの。」
人間――それも破魔の里の者が妖と関わるのは、敵として退治をするか、使役を目的として契約する時だけだ。
楓の知る妖はまず話が通じない。通じたとしても人間を忌み嫌い見下したり、一方的な敵意を露わに襲い掛かってくるばかりだ。
否定的な楓の言葉にも桜の表情は明るかった。
「そう思ってるから出来ないのよ。そう願って信じ続けていれば、叶うんだって…思ったの。」
遠くの山を清々しい笑顔で眺める桜には、どこか確信があるように見える。
「お姉ちゃん…最近何かあった?」
最近の桜は周囲の者が驚く程に力を付けた。
技術というより心構えなのだろうか、今まで理詰めで考えていたこともすらすらと掴み、一人での仕事も次々とこなしているのだ。
そしてこの言葉と表情。楓が思った事をそのまま口にすると、桜はにこにこと人懐っこい笑顔を妹に向ける。
「カエちゃんだったら…話しても良いかな」
「…何?」
「実は…」
いつか、内緒の花畑を教えてくれた時よりずっと輝いた表情で桜が口を開いた。
__実はね…_




