照
「楓ーっ! 帰ろうぜ。」
杏と隣並んだ里の青年・柾が呼んでいる。
朱鷺の孫である彼もまた、楓のよく知る友人だ。
あの盗人たちを捕らえ引き渡す。それが今回の指令だ。
男手が盗人を引き連れ、女手と使妖が盗品をまとめている。
「盗品って、全部揃ってるの?」
「いや、片っ端から手ぇ出して、邪魔になるものとか価値の低いものは山に捨ててるっぽい。」
柾の苦虫を潰したような表情に、盗人たちはばつが悪そうに目を伏せる。
「探して帰っちゃ……ダメかな?」
「は? でも……」
「全員でやらなくても良いの。何なら私一人で……」
いつもならすぐに里に戻りたがるはずの楓の発言に、柾が何かを察したらしい。頷くと他の仲間の元へ行き、何やら話して戻ってきた。
「棗と桂、梓があいつら連れて里に戻る。んで、俺と楓と杏で盗品を探そうぜ。」
「いいの?」
「どうせ後々『探せ』って言われるのは俺達だ。今やっとけば手間が省けるだろ。今、杏と梓が盗品の有無を照らし合わせてる。」
「…っ、ありがとう!」
楓は仲間の機転に感謝し、それを手伝った。
先に里へと戻る一行を見送ると、彼らは再び使妖を従え、今度は盗まれた神器を探し始めた。
夜目が効き、昼に増してその探査能力を上げる使妖たちだが、人間の目がそれに追い付かず、盗品探しも困難を強いられた。
「こうも暗くちゃ、いくら使妖が調子良くても昼間と効率同じ位だな。」
柾が苦笑する。昼間は人間の目は効くが、使妖が目標を察知する力が弱まるのだ。
「相手が人ならね、松明焚いてたり話し声でわかるんだけど。」
杏も足元と周囲を交互に見ながら同意する。楓もまた、探す対象が“物”である事の難しさを痛感し、二人に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ごめん、二人とも…」
「気にしないで、楓ちゃん。…あれ?」
杏が何かに気付いて楓の後ろに目線を向けた。振り返って見ると、こちらに向かって幾つものぼんやりとした光が近付いてきていた。
「何だありゃ? 人?……いや、狐火?」
柾の言う通り、不規則に縦横に動き回るそれは、明らかに人の持つ松明の光ではない。
「脅かしにでも来たのかな?」
「ううん、多分……」
今朝のことなのに、もう遠い出来事のようだったが、狐の嫁入りがあった。きっとその残り香だろう。
「狐の嫁入りしてたからな、まだ浮かれてんだろ。」
楓に代わって柾が話した。
「知ってたの?」
「んー?朱鷺ばあちゃんが言ってた。」
朱鷺なら迷信めいていて皆が信じないであろう話を、事実として孫に語り聞かせていてもおかしくはない。
「何か、嫁入りに喜んで浮かれてるっていうより……」
狐火の光たちを不思議そうに目で追いながら杏が呟く。「私たちを照らしてくれてるみたい」と。
ーーー
「……?」
仄明るく照らす狐火のおかげで大分周りが見渡せるようになり、順調に回収を進めていた楓の耳に、水の流れる音が聞こえてくる。
「楓ちゃん、どうしたの?」
「この辺りって川なんてあった?何か、水の音が…」
言われた杏は耳を澄ませるが、しばらくして首を振る。
「何も聞こえないよ?」
「この辺にゃ川どころか湧水すら無くね?」
地理に詳しい柾も同じように首を振った。本当に何も聞こえていないようだ。
「ちょっと……待ってて。」
何となく気になった楓は、二人を待たせて水音のする方向へ向かった。
次第に水音が大きくなっている。
(……近い。)
そう感じた楓の目に、一瞬何かが光るのが映った。注意深く見回してみると、鬱蒼と繁る草の中に丸い円盤が落ちているのを見つけた。
そっと手を伸ばして拾ってみると、それは銅鏡だった。
確か、盗人が「ゴミ」と言った御神体も銅鏡だ。水音もいつの間にか止んでいる。
(これ、きっと吽蓮達の探してた……)
確固たる証拠は無いが、確信した。楓はそっと自分の荷物にその銅鏡を忍ばせ、待たせている杏と柾の元へ戻った。
暗がりに苦しめられながらも、楓たちは着実に盗品の回収をしていった。
全てを終えた頃には空が白み、狐火たちも消えていた。
「……ん、ねむっ。」
「ふふ、あともう帰るだけ……だね。」
杏の顔にも疲労が隠せない。
「でもこれ、今やっといて正解だ。時間経ったら見つかんねぇや。」
集めた盗品を見やり、柾も隠さず大欠伸をする。
「……あれ? こんな道あったっけか?」
柾が脇道を見つける。柾の背中越しに見てみると、楓にとって見覚えのある祠や石の塊が転がっていた。
「変に入ると迷うんじゃない?」
「うぅん、多分…大丈夫。」
風がさわさわと葉を揺らす。避けようとする杏を止めて、楓はその道へ一歩踏み出した。
道を抜けた先に、あの廃れた神社があった。
「楓〜、これ……迷ってないか?」
「大丈夫!」
がっかりした声を漏らす柾と対照に、楓は明るく笑った。
荷物に忍ばせた銅鏡が、一度だけ大きく脈打ったような気がする。
(合ってる。この神社の御神体だ。)
明確な理由はないが、そう確信した。柾と杏も、見慣れない神社におずおずと近付く。
「この狛犬、疲れてるみたいだね。」
杏が笑った。
見ると、昨日は確かに無かった台座に狛犬が居た。厳かに座る姿ではなく、前足を折って少し項垂れて見える。
狛犬の間を通って本殿に向かうと、誘うように板戸が開いている。
「ちょっと休憩させてもらわね? 腰下ろせるとこ見たら一気に眠気が……。」
夜通し山を歩き回った後の安心感からか、どっと疲労感に襲われた楓たちは、三人揃って神社に手を合わせ、挨拶をしてから本殿に入った。




