動
里に戻った楓は、まだ周りが活動を始めていないのを良いことに、少しうつらうつらと居眠りをしていた。
怠惰なこと極まりないが、二度寝が心地良い。
浅く夢を見かけていた楓を起こしたのは、侍女の足音だった。
「鵠様がお呼びです。」
その言葉に楓の気持ちがぐっと落ちた。祖父である鵠が楓を呼ぶ時は、大抵良いことではない。
おそらく幕府から何かしら依頼でも来たのだろう。
依頼が来るということは、否が応にも妖と関わるということになり、朱音の反感を買うのだ。
返事をして身なりを整え、鵠の部屋へ赴くと、そこには既に数人の里の人間が座していた。
妖避けのきつい香の匂いが漂う部屋の中、軽く挨拶を交わして彼らと同じように座る。仲が悪いわけではないが、会話はしない。きっと間もなく鵠が来るからだ。
予想通り、程なくして鵠がやってきた。
後ろには使妖である絡新婦も従えている。優秀な使妖らしいが、楓はこの暗い眼をした妖があまり得意ではない。
「急な呼び出し、すまんかった。御触れが回ってきてのう。どうもこの近辺まで盗人の一味が逃げ込んでいるようじゃ。」
鵠が腰を下ろし、集めた面子それぞれの顔を見渡しながら口を開いた。
破魔の里は辺境の地にある。
妖が多く出ると人々が恐れる山を越えると、そこには別の国が広がっている。
山へ入り、運良く妖と出会さずに越えられれば、追手がなかなか辿り着けないという利点から、盗人などの犯罪者の逃げ場所としても悪名高い。
妖を退治するだけでなく、時折そうして山へ逃げ込んだ犯罪者を捕らえ引き渡すのも、破魔の里の立派な役目である。
鵠によると、巷では官寺や大社の御神体が盗まれるという事件が多発しているのだという。
幕府の調査で足取りを追うと、どうやら破魔の里を麓に持つあの山に逃げ込んだらしく、隣国に逃亡され盗品を売り捌かれてしまう前に捕縛をしろ、といった話だ。
周りを見渡すと、確かに追跡や探索に向いている使妖を持つ者ばかりが集められている。楓にとっても見慣れた面子だ。
簡単に捜索範囲を説明され、山へ入る時間を決めると、その場はお開きとなった。
「楓。」
他の仲間たちと共にその場を去ろうとした楓を、鵠が呼び止めた。
「修行は滞りないか?」
修行といっても、していることといえば、退治する為の妖の知識を深めたり、自分の使えそうな術を書物から読み得る程度だ。
桜と競って術を試したり鍛錬を行うような熱量は、今の楓には無かった。
「今は実践が一番の修行だから……。」
尤もらしい言い訳だが、事実、妖退治に加わり始めてから腕が上がっている。鵠も納得したようで、「心強い事だ」と頷いた。
「浅葱も桜も亡き今、頼れるのはお前だけじゃ。期待しておるぞ。」
祖父の言葉に曖昧に笑って応えた。
その期待は楓にとって、あまり嬉しくない。里長の地位に近くなれば近くなるほど、母・朱音との溝は深くなる。
鵠の部屋を出た後、知らず知らず深く溜め息が出てきた。
何となく山が見たくなり、楓はその足で櫓に登ってみた。
真上から日に照らされた山が鮮やかな緑に光り、上空に浮かぶ雲が時折その緑を濃い色へと変化させている。
山から吹く風に当たりながら、今朝会ってきたばかりの流風を思った。
柵など全くなく、風の向くまま気の向くまま、自由に生きているように見える流風が羨ましい。
それとも、彼にも柵や枷があるけれど、それを見せないだけなのだろうか。
(…わかんないや。)




