会
「やあ、来たね。」
流風だ。
楓が先に来ている日もあるが、大抵この古木の元に彼は座っている。
何か意味があるのか、聞いたことがある。
「風がね、気持ち良いのだよ。」
彼はそう答えて、気持ち良さそうに目を閉じるのだった。
今日も彼は、いつものように風に当たっている。
(つくづく不思議な人…)
「僕の顔に何か付いているかい?」
知らぬ間に目を開けていた流風が、楓の視線に気が付いた。
「変わった人だって思っただけ。」
「僕が?」
「『普通』って思える事が無いんだもの。」
話を聞けば妖の『友人』も多く、知識も深い。朱鷺とは違う分野の生き字引のような存在として楓は話を聞いている。
だが一方で、流風自身の家族の話や故郷の話は一切聞かないのだ。
「『普通』というのは人によって違う。人里離れて山に住むのは君にとって『異常』かもしれないが、住んでいる側からしてみれば、それは『普通』の事なのだよ。」
「この山に住んでるの?」
「君が知らないだけで、山に住んでいる人間は意外といるものさ。」
もしかすると朱鷺が話していた、魅染も、里を追われた後この山に住んでいるのかもしれない。
「流風は…魅染?」
「みぞめ?」
ふと疑問をぶつけてみたが、どうやら人里でしか使っていない言葉だったようだ。
流風は首を傾げる。楓が朱鷺から聞いた話をそのまま伝えると、彼はようやくその意味を飲み込んだらしい。
「なるほど。だが僕はそれとは違うかな。」
「ふぅん。」
「でも…」
流風が見上げた先に、白鴉と飛燕が飛んでいる。
すっかり白鴉に懐いてしまった飛燕が、追い回しているのだ。
「僕は妖が好きだ。そして、人間も好きさ。」
一点の曇りも無い晴れ渡った表情に、楓は図らずも、少し桜を重ね合わせてしまった。
「あれ…雨?」
飛び回る白鴉達を見上げた空から、ぽつりと雫が落ちてきた。
少しずつだが、雨粒が増えてくる。
勘違いではなく、天気雨のようだ。
「おや、輿入れは今日だったかな?」
「何の事?」
「流風、盛大に降るぞ。」
ふわりと舞い降りた白鴉が、無愛想に告げる。
頷いて応えると、流風はすっと立ち上がった。
「まず雨宿りしようか。この木では大して雨も凌げない。」
流風に案内されて着いた先は、廃屋のような場所だった。よくよく見てみると、半壊してはいるが鳥居らしきものと、台座だけが残っている狛犬の跡があり、かろうじて神社だとわかる。
半壊した鳥居と同じく、狛犬も壊れてしまったのだろうか。
辺りを見渡したが、欠片らしきものすら見当たらない。
「神社なのに狛犬はいないの?」
青空から降り注ぐ雨の中、屋根の下で雨宿りをしながら、近くに居た白鴉に聞いてみた。
「出掛けたようだな。」
白鴉が珍しく冗談を言った。
思わず笑いを漏らすと、少し不満げに口を噤んでしまう。
「ここは井戸の水源を守っていた水神を祀っていた神社さ。かなり前にその井戸も枯れ、人々の信仰を失い、忘れ去られてしまった。」
楓は、朱鷺からその昔、山に在った神社の話を聞いたことがあるのを思い出した。
ある日突然井戸の水が濁り、人々の祈りや捧げ物の甲斐無く枯渇してしまったのだという。
きっとここがその神社なのだろう。
「ここに祀られていた神は死んでしまったのだよ。だから、人々が幾ら祈ってもそれが届かず、井戸が枯れてしまった。」
「神様も死んじゃうの?」
神という存在は永久に生き長らえるものだと思っていた楓には興味深い話だったらしい。
間髪入れず反応が返ってきた。
「当時、雨の降る日が長く続いたらしい。長雨の影響で、下の人里を巻き込む地滑りを起こすところだった。それを知った水神は、自らの身を犠牲にしてそれを守ったと聞く。」
確かに、山深いこの辺りは、昔から自然災害が多いと聞いている。
地滑りが起こってもおかしくない地形だ。
「地面を余計に潤していた水を連れて、地中深くに潜ったのさ。そのまま水神が戻ってくることは無く、井戸の水は濁り、そして枯れた。」
「あの水神は成り上がったばかりだったが為に力も無かった。自分の力以上の事をしては身を滅ぼす。」
「白鴉、成り上がりと言うのは、言葉が悪い。」
白鴉の補足に、流風は苦笑いしながら釘を刺す。
「神様の…成り上がり?」
一人と一羽の会話に出た、聞き慣れない言葉に楓は首を傾げた。
「そうだな。では今日は“神”について話でもしようか。」
合点がいかない様子の楓を見て、流風が話し始める。




