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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

見られているのは、君のほう。

掲載日:2026/03/07

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第14弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「納得できないのは、君のほう。」の後の話です。



「公衆浴場に行こうと思います」


 休みの日にわざわざ?


 と思ったものの、オルガは薄い茶の入った(コップ)を持ったまま「えええ?」と瞳をきらきらさせる。


「大衆浴場ってやつでしょ!?」


 こちらに来た最大の目的はそれだった。


(食べ歩き、大きなお風呂……一度はやってみたかったからね)


 ノインは剣の手入れをしながら続けた。


「あまりおすすめはしませんけど、君は行きたがっていたので」

「そういえば、引き返しちゃったもんね?」

「……はぁ」


 ……また渋ってる……。


「なにがそんなに嫌なの?」

「目立つからです」


 そう言われて、オルガは「あっ」と気づいた。


 容姿が目立つのだからノインが嫌がるのは当然だ。


(そ、そっか……。だから家にお風呂があるのかな……)


「ノインが行きたくないなら、べつに行かなくてもいいと思うんだけど」

「…………では、俺が行きたいということにします」

「??」


 なんか言い方おかしくない?


(でもまあいっか! 大きなお風呂か~。楽しみだなあ)


**


「どうぞ」

「? え、うん」


 布が二枚。


「? なにこれ」

「体を隠すのと、濡れたあとに羽織るのに使ってください」

「……そうなんだ」


 よくわからないけど、頷く。


「君は髪も長いので、絡まると大変ですから」

「? え、う、うん」


 紐を渡された。


「湯船に浸かる前に括ってください」

「う、うん」

「石鹸も持って行ってください」

「え……? そ、そうかな」


 てっきり油脂とかあるのかなって……。


(灰水とか……)


 薄めた灰水くらいはさすがにあると思いたいのだけど。


「使い終わったものを入れる袋も持っていきましょう」

「そこまで!?」


 持っていくものが多くない!?


「履き物も持って行きましょう。濡れた足で靴を履くの、嫌だと思うので」

「ちょおおおおおお!」


 叫び声を上げると、ノインが動きを停止した。


「邪魔になるんじゃないの!? そんなにいる!?」

「…………いります」


 なんなの今の間は!?



 そんなやり取りをしていたのは昼の午後……人が少ない時間帯を待って。


(結局夕方になっちゃった……)


 石造りの建物を見上げ、それから横のノインを見る。


「……ここ?」

「そうです」

「…………」

「王都では珍しくもないですけど、まだここはマシなほうです」


 マシ???


 簡易的に仕切られた入口の向こうで、人の声が反響している。


(お、おわあぁ……思ったより人が多そう……!)


 今さらながら、そわそわしてきた。ここに来るまでは、楽しみでいっぱいだったのに!


「…………」


 硬直しているオルガを見て、ノインが軽く首を傾げる。


「やめますか?」

「やめない!」


 即座に返事をすると、びっくりされた。


「だ、だだって! 一生に一回だって思って来たんだよ!?」

「……そんな大層なものではないですよ?

 体を清潔にするために来るだけなんですから」

「家とは違うじゃない!」


 大きなお風呂なんて、夢しかない!


 拳を握って言うと、「はあ」と呆れられた。


「だって村では基本は水だったんだよ! あったかいお湯なんて、滅多に入れないの知ってるでしょ!?」

「……うちにはあるじゃないですか」

「それはそれ!」

「…………わかりました。

 これも王都経験ですしね」


 そう言われて、オルガは腑に落ちる。

 嫌そうだったけど「行こう」って言ってくれた理由は……。


「では俺はこちらなので、オルガは向こうです」


 思考を遮られ、ハッとする。


 男女は衝立で分けられているだけで、完全に隔てられているわけではないらしい。


「…………」


 周囲を見回してから、自分の格好を見下ろす。


(……ど、どうやって入れば……)


 当然ながら、村とは違う。家族ごとに桶で体を拭く程度だったこともあり、軽く混乱してしまった。

 大勢で湯に入る経験は、当然ながらない。


「大丈夫ですか?」


 ノインの声に「行ってきます!」と反射的に言ってから、オルガは大股で目隠し用の布の向こうへと足を踏み入れた。



 中は思った以上に広かった。

 のは、まあ、いいとして。


(ど、どうしよう……!)


 すでに何人かの女性がいて、思い思いに体を洗っているのが目に入る。


「?????」


 思わず、視線をあちこちに向けた。

 ワンピースの下は肌着だけだ。それが当たり前ではあるのだが……。


(?? え? で、でも)


 全部脱がないと、肌着は濡れてしまう。


 だが、肌着を身に着けたままの人も見かけた。


(どっ、なにが正解なの!? でも、う……)


 肌を直接湯船に入れないほうがいいのでは?


 平民にとって、肌着は下着そのもの。それを濡らしたまま帰宅するのはちょっと……。

 だが、こんなに人目があるところでさすがに全裸にはなれない。


 悩んだ末に隅に移動して、肌着姿になる。桶で水を汲んで体に流すと、予想よりも冷たくて体を震わせた。


(な、なんだろう。ノインの家のあったかいお風呂に慣れちゃったから、余計に驚いたのかも)


 きっとそう!


 石鹸は家から持ってきたもので、贅沢なものではない……のだが。


(えええええ!? ほとんど使ってない!? みんな水とかお湯を体にかけてるだけなのかな……都会なのに!?)


 石鹸を所持していることが、かえってプレッシャーになってしまった。


 洗い終わってから、恐る恐る湯船に足を入れる。

 温度は、思ったよりも高くない。


(…………少し濁ってる)


 表面に細かな泡が浮いているのが見えた。

 不潔と言うほどではないが、これだけ大勢の人間が使っているので当然だろう。


 そう、問題は。


(人が多い……!)


 市場(いちば)や、初夏(しょか)(いち)とはまったく違う!


 湯に浸かってからはなるべく視線を伏せた。


(勘違いなのはわかってるんだけど、見られてる気がする……!

 私はノインじゃないんだけど! 勘違い勘違い!)


 恥ずかしい……見られてるわけないじゃない!


(あああ、でも村と全然ちがう! 村ではだれも見ないし、距離感おかしい感じがするっていうか!)



(だめだ……全然落ち着かなくて、神経すり減った……)


 よろよろと外に出ると、少し冷たい風を受けて「うっ」と声をもらす。


「なんだか疲れてますね」


 声に、視線を遣る。

 いつも通り落ち着いた表情のノインが立っていて、オルガは黙りこくってしまった。


(…………)


 ハッとした。


 ノインが周囲の視線を集めている!

 背も高いのだから目立つのは当然ではあるが……。


「の、ノイン!」

「?」


 男女ともに注目されていることに、気づいていない!?


(いい加減自覚してよ! ノインはかっこいいんだってば!)


 じーっと見ていると、ノインが呆れたように目を細めた。


「言いたいことはなんとなくわかりますが、今回は違うと思います」

「? 違う?」


 なにが?


「とりあえず寒いと思うので着てください」


 上着をかけてきたので、オルガは驚愕した。


「どっ、えっ? 上着持ってきてたの!?」


 用意周到もここまでくると怖いんだけど!


「必要になると思っただけです」

「必要?」

「君が見られているんですよ」

「…………は?」


 言っている意味がわからない。


 ノインに背を押され、オルガは歩き出した。


「早く帰りましょう」



「大きなお風呂はどうでした?」


 帰り道を歩きながら、オルガは問いかけに視線を伏せる。


「…………家のほうが、いいかな」


 その呟きを聞いて、ノインが笑みを浮かべた。


「他人の視線は、うるさかったですか?」

「えっ、う、うん……落ち着かないのはわかるかな。

 ノインはいつも注目されるから、大変だよね」


 そこでふと、先ほどの言葉を思い出す。


「私が見られてるって? そんなことないでしょ」


 化粧もしてない、どこからどう見ても野暮ったい田舎者だ。


「…………君は少し、自覚したほうがいいかもしれないですね」

「自覚?」

「馬鹿な男は、短絡的に君を見るんですよ」

「???」


 どういうこと?


 首を傾げると、ノインが視線を合わせてくる。そしてゆっくりと、動かす。

 つられてオルガは視線をさげ、自分の胸元を見た。


「ん?」

「俺の外見が目を引くように、そういうことに価値を見出す者がいるということです」

「???」


 しばし考えてから、思い至る。


「もしかして、私って変なの!?」

「……変ではないですよ?」

「だって、こんなのが価値とか、ありえないよ!?」

「……両手で持ち上げるのやめてください」

「ただの邪魔なものだけど? そんなに大きくないと思うし」

「……いえ、わりとあるほうだと思います。だから持ち上げないで」


 そんなにないのに……。


 しょぼんと肩を落とし、はぁ、と大きく息を吐く。


「ノインにあげたい……」

「いらないです」


 即答しなくても……。


「標準よりはある、という感じですね」

「……き、気にする人とかいる?」

「……そうですね。いやらしいサイズではないですけど、目は引きます」


 いやらしいサイズ!?


 湯船で感じていた視線は気のせいではなかったのだろうか……。


(いやらしいサイズってなに……いやらしい???)


「の、ノインも……気にする?」


 ぼそっと小さく尋ねると、きょとんとされてから「はは」と笑われた。


「まさか。俺は外見を気にしたことはないですよ」

「そ、そっか」


 ほっとしてしまった。考えてみれば、昔の自分はかなり丸々としていたのに、彼は好きだったようだし。


「そういえば、私が痩せてたのによくわかったね?」


 五年ぶりだったのに。


「? わかると思いますけど」

「そ、そう?」

「相変わらずかわいいと思いましたし、性格もまったく変わってなかったですから」

「……か、かわいくは、ないかな……」


 いつも思うが、ノインはちょっとほめ過ぎだと思う。


「…………君は化粧をしてないだけで、標準値はあるんですよ」

「? それが?」


 ノインが微笑んだ。


「化粧をすれば、美人になるということです」

「………………」


 いやそれは。


「ありえないって。ないない」


 一度だってそんなこと言われたことない。


 ノインが小さく笑う。


「まあ、最初に目がいくのは顔ではないですから」

「……………………」

「不服そうですね」

「都会っておかしなところだなあって思っただけだよ」

「……村では労働や出産以外に価値はつきませんからね」

「…………あっ」


 オルガがハッとして、羽織っている上着とノインを見比べた。


「えっ、あっ」

「?」

「も、もも、もしかして、わ、私っ、の」

「…………肌着を着てないことですか?」

「っ、う」


 慌ててもじもじしてしまう。


 ノインが持たせてくれた布を一枚、巻き布として腰に使っている。

 丈のある肌着とは違って、太ももからふくらはぎが無防備な状態になっていた。


(寒いなあくらいしか思ってなかったけど……)


 いつもの感覚ではいけなかったのだ。


「……だから、上着……」


 そろり、とノインを見る。


 寒いからかけてくれたのではなく、て。


(体型が隠せないからって、こと!?)


 ほぼワンピース一枚の状態だ。

 そういうものだと思って周囲に(なら)ったのだが……。


「そ、そんなにわかりやすい?」

「まあ、はい」

「………………」


 みるみる顔を赤らめ、「えぇ?」と小さく呟く。


「どっ、そ、そこまで?」

「肌着があると下に引っ張られるので、全体的になだらかになるんです」

「???」

「それがないので、腰との高低差がはっきり出る……んです」


 つまり。


(いつもと体型が違ってるから、気をつけろってこと!?)


「ち、ちょっと気になるな、って感じが……あ、けっこうある、って……こと?」

「そうですね」


 そうですね!?


「だって濡れたから、脱ぐしかないっ、し」


 さっき自分はなにをしたっけ。


(う、うわああああああ!)


 恥ずかしい!


「大丈夫ですか? オルガ」

「ノインにあげたい……!」

「まだ言いますか」


**


 ノインの家までそれほどかからない場所だったこともあり、帰ってからオルガは慌てて肌着を身に着けた。


 やはり安心する……!


 ばたばたと寝室から居間に戻ると、のんびりお茶を淹れていたノインと目が合った。


「こ、これでどう!?」

「……まあ、少し目がいく程度ですね」

「…………なんで一瞬目を逸らしたの!?」

「俺は君が好きなんですよ」

「だってノインは気にしないでしょ!?」

「気にします。せめてワンピースは着てください」

「練習の時と同じなのに!」

「……焦って混乱しているのはわかりましたから」


 お茶です、と杯をテーブルに置かれたのを見て、オルガは素直に椅子に腰掛ける。


 立ちのぼる湯気を目で追ってから、はあ、と息を吐いた。


「なにか着てください。隙間風があるんですから、風邪をひきます」

「…………」

「俺の服でいいならどうぞ」

「うん……」


 のろのろと受け取って、肌着の上に着る。


「すぐに夕飯を用意しますから」

「うん……」

「なにを悩んでいるんですか?」

「な、悩んでないよ」

「……俺の普段を想像したんですか? それとも、見られることで俺に迷惑をかけたとでも?」


 当たってる……。


「私の体が目立つとは思わなくて……」

「…………」


 少し思案するような動きをしてから、ノインがこちらを見てくる。


「甘い果実に、おまえが甘いのが悪いと言う相手をどう思いますか?」

「? 甘いくだものに文句を言う人がいるの?」

「いますよ。でも、それは果実のせいではありません。違いますか?」

「…………」

「老人に、おまえが老いてるのが悪いと言っても意味はないでしょう」

「……なぐさめてる?」

「さあ? 本当のことしか言ってません」


 目を丸くしてから、オルガは小さく笑う。


「ふふ、ノインってば……」

「夕飯のリクエスト、受けつけますけど何にしますか?」

「やっぱり私が作るよ」

「君を甘やかしたいので、そのまま座っててください」


 微笑むノインを見てると気が緩んでしまった。


「じゃ、じゃあ……具のたくさん入ってるスープがいい!」


*****


 後日。


「そういえばノインの奥さんて、けっこう胸あったと思うんだよね」

「そうかあ? オレはそれより、なんか話しやすかったくらいしか印象ないなあ」

「フーン」


 同じ隊のジョスとコニーから聞いていたナーヴは、一人で弁当を食べているノインを見て、笑みを浮かべたまま目を細めたのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

オルガが行きたがっていた公衆浴場の話となります。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

もしなにか感じるところがあれば、そっと教えてもらえたらさらに嬉しいです。

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