見られているのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第14弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「納得できないのは、君のほう。」の後の話です。
「公衆浴場に行こうと思います」
休みの日にわざわざ?
と思ったものの、オルガは薄い茶の入った杯を持ったまま「えええ?」と瞳をきらきらさせる。
「大衆浴場ってやつでしょ!?」
こちらに来た最大の目的はそれだった。
(食べ歩き、大きなお風呂……一度はやってみたかったからね)
ノインは剣の手入れをしながら続けた。
「あまりおすすめはしませんけど、君は行きたがっていたので」
「そういえば、引き返しちゃったもんね?」
「……はぁ」
……また渋ってる……。
「なにがそんなに嫌なの?」
「目立つからです」
そう言われて、オルガは「あっ」と気づいた。
容姿が目立つのだからノインが嫌がるのは当然だ。
(そ、そっか……。だから家にお風呂があるのかな……)
「ノインが行きたくないなら、べつに行かなくてもいいと思うんだけど」
「…………では、俺が行きたいということにします」
「??」
なんか言い方おかしくない?
(でもまあいっか! 大きなお風呂か~。楽しみだなあ)
**
「どうぞ」
「? え、うん」
布が二枚。
「? なにこれ」
「体を隠すのと、濡れたあとに羽織るのに使ってください」
「……そうなんだ」
よくわからないけど、頷く。
「君は髪も長いので、絡まると大変ですから」
「? え、う、うん」
紐を渡された。
「湯船に浸かる前に括ってください」
「う、うん」
「石鹸も持って行ってください」
「え……? そ、そうかな」
てっきり油脂とかあるのかなって……。
(灰水とか……)
薄めた灰水くらいはさすがにあると思いたいのだけど。
「使い終わったものを入れる袋も持っていきましょう」
「そこまで!?」
持っていくものが多くない!?
「履き物も持って行きましょう。濡れた足で靴を履くの、嫌だと思うので」
「ちょおおおおおお!」
叫び声を上げると、ノインが動きを停止した。
「邪魔になるんじゃないの!? そんなにいる!?」
「…………いります」
なんなの今の間は!?
*
そんなやり取りをしていたのは昼の午後……人が少ない時間帯を待って。
(結局夕方になっちゃった……)
石造りの建物を見上げ、それから横のノインを見る。
「……ここ?」
「そうです」
「…………」
「王都では珍しくもないですけど、まだここはマシなほうです」
マシ???
簡易的に仕切られた入口の向こうで、人の声が反響している。
(お、おわあぁ……思ったより人が多そう……!)
今さらながら、そわそわしてきた。ここに来るまでは、楽しみでいっぱいだったのに!
「…………」
硬直しているオルガを見て、ノインが軽く首を傾げる。
「やめますか?」
「やめない!」
即座に返事をすると、びっくりされた。
「だ、だだって! 一生に一回だって思って来たんだよ!?」
「……そんな大層なものではないですよ?
体を清潔にするために来るだけなんですから」
「家とは違うじゃない!」
大きなお風呂なんて、夢しかない!
拳を握って言うと、「はあ」と呆れられた。
「だって村では基本は水だったんだよ! あったかいお湯なんて、滅多に入れないの知ってるでしょ!?」
「……うちにはあるじゃないですか」
「それはそれ!」
「…………わかりました。
これも王都経験ですしね」
そう言われて、オルガは腑に落ちる。
嫌そうだったけど「行こう」って言ってくれた理由は……。
「では俺はこちらなので、オルガは向こうです」
思考を遮られ、ハッとする。
男女は衝立で分けられているだけで、完全に隔てられているわけではないらしい。
「…………」
周囲を見回してから、自分の格好を見下ろす。
(……ど、どうやって入れば……)
当然ながら、村とは違う。家族ごとに桶で体を拭く程度だったこともあり、軽く混乱してしまった。
大勢で湯に入る経験は、当然ながらない。
「大丈夫ですか?」
ノインの声に「行ってきます!」と反射的に言ってから、オルガは大股で目隠し用の布の向こうへと足を踏み入れた。
*
中は思った以上に広かった。
のは、まあ、いいとして。
(ど、どうしよう……!)
すでに何人かの女性がいて、思い思いに体を洗っているのが目に入る。
「?????」
思わず、視線をあちこちに向けた。
ワンピースの下は肌着だけだ。それが当たり前ではあるのだが……。
(?? え? で、でも)
全部脱がないと、肌着は濡れてしまう。
だが、肌着を身に着けたままの人も見かけた。
(どっ、なにが正解なの!? でも、う……)
肌を直接湯船に入れないほうがいいのでは?
平民にとって、肌着は下着そのもの。それを濡らしたまま帰宅するのはちょっと……。
だが、こんなに人目があるところでさすがに全裸にはなれない。
悩んだ末に隅に移動して、肌着姿になる。桶で水を汲んで体に流すと、予想よりも冷たくて体を震わせた。
(な、なんだろう。ノインの家のあったかいお風呂に慣れちゃったから、余計に驚いたのかも)
きっとそう!
石鹸は家から持ってきたもので、贅沢なものではない……のだが。
(えええええ!? ほとんど使ってない!? みんな水とかお湯を体にかけてるだけなのかな……都会なのに!?)
石鹸を所持していることが、かえってプレッシャーになってしまった。
洗い終わってから、恐る恐る湯船に足を入れる。
温度は、思ったよりも高くない。
(…………少し濁ってる)
表面に細かな泡が浮いているのが見えた。
不潔と言うほどではないが、これだけ大勢の人間が使っているので当然だろう。
そう、問題は。
(人が多い……!)
市場や、初夏の市とはまったく違う!
湯に浸かってからはなるべく視線を伏せた。
(勘違いなのはわかってるんだけど、見られてる気がする……!
私はノインじゃないんだけど! 勘違い勘違い!)
恥ずかしい……見られてるわけないじゃない!
(あああ、でも村と全然ちがう! 村ではだれも見ないし、距離感おかしい感じがするっていうか!)
*
(だめだ……全然落ち着かなくて、神経すり減った……)
よろよろと外に出ると、少し冷たい風を受けて「うっ」と声をもらす。
「なんだか疲れてますね」
声に、視線を遣る。
いつも通り落ち着いた表情のノインが立っていて、オルガは黙りこくってしまった。
(…………)
ハッとした。
ノインが周囲の視線を集めている!
背も高いのだから目立つのは当然ではあるが……。
「の、ノイン!」
「?」
男女ともに注目されていることに、気づいていない!?
(いい加減自覚してよ! ノインはかっこいいんだってば!)
じーっと見ていると、ノインが呆れたように目を細めた。
「言いたいことはなんとなくわかりますが、今回は違うと思います」
「? 違う?」
なにが?
「とりあえず寒いと思うので着てください」
上着をかけてきたので、オルガは驚愕した。
「どっ、えっ? 上着持ってきてたの!?」
用意周到もここまでくると怖いんだけど!
「必要になると思っただけです」
「必要?」
「君が見られているんですよ」
「…………は?」
言っている意味がわからない。
ノインに背を押され、オルガは歩き出した。
「早く帰りましょう」
*
「大きなお風呂はどうでした?」
帰り道を歩きながら、オルガは問いかけに視線を伏せる。
「…………家のほうが、いいかな」
その呟きを聞いて、ノインが笑みを浮かべた。
「他人の視線は、うるさかったですか?」
「えっ、う、うん……落ち着かないのはわかるかな。
ノインはいつも注目されるから、大変だよね」
そこでふと、先ほどの言葉を思い出す。
「私が見られてるって? そんなことないでしょ」
化粧もしてない、どこからどう見ても野暮ったい田舎者だ。
「…………君は少し、自覚したほうがいいかもしれないですね」
「自覚?」
「馬鹿な男は、短絡的に君を見るんですよ」
「???」
どういうこと?
首を傾げると、ノインが視線を合わせてくる。そしてゆっくりと、動かす。
つられてオルガは視線をさげ、自分の胸元を見た。
「ん?」
「俺の外見が目を引くように、そういうことに価値を見出す者がいるということです」
「???」
しばし考えてから、思い至る。
「もしかして、私って変なの!?」
「……変ではないですよ?」
「だって、こんなのが価値とか、ありえないよ!?」
「……両手で持ち上げるのやめてください」
「ただの邪魔なものだけど? そんなに大きくないと思うし」
「……いえ、わりとあるほうだと思います。だから持ち上げないで」
そんなにないのに……。
しょぼんと肩を落とし、はぁ、と大きく息を吐く。
「ノインにあげたい……」
「いらないです」
即答しなくても……。
「標準よりはある、という感じですね」
「……き、気にする人とかいる?」
「……そうですね。いやらしいサイズではないですけど、目は引きます」
いやらしいサイズ!?
湯船で感じていた視線は気のせいではなかったのだろうか……。
(いやらしいサイズってなに……いやらしい???)
「の、ノインも……気にする?」
ぼそっと小さく尋ねると、きょとんとされてから「はは」と笑われた。
「まさか。俺は外見を気にしたことはないですよ」
「そ、そっか」
ほっとしてしまった。考えてみれば、昔の自分はかなり丸々としていたのに、彼は好きだったようだし。
「そういえば、私が痩せてたのによくわかったね?」
五年ぶりだったのに。
「? わかると思いますけど」
「そ、そう?」
「相変わらずかわいいと思いましたし、性格もまったく変わってなかったですから」
「……か、かわいくは、ないかな……」
いつも思うが、ノインはちょっとほめ過ぎだと思う。
「…………君は化粧をしてないだけで、標準値はあるんですよ」
「? それが?」
ノインが微笑んだ。
「化粧をすれば、美人になるということです」
「………………」
いやそれは。
「ありえないって。ないない」
一度だってそんなこと言われたことない。
ノインが小さく笑う。
「まあ、最初に目がいくのは顔ではないですから」
「……………………」
「不服そうですね」
「都会っておかしなところだなあって思っただけだよ」
「……村では労働や出産以外に価値はつきませんからね」
「…………あっ」
オルガがハッとして、羽織っている上着とノインを見比べた。
「えっ、あっ」
「?」
「も、もも、もしかして、わ、私っ、の」
「…………肌着を着てないことですか?」
「っ、う」
慌ててもじもじしてしまう。
ノインが持たせてくれた布を一枚、巻き布として腰に使っている。
丈のある肌着とは違って、太ももからふくらはぎが無防備な状態になっていた。
(寒いなあくらいしか思ってなかったけど……)
いつもの感覚ではいけなかったのだ。
「……だから、上着……」
そろり、とノインを見る。
寒いからかけてくれたのではなく、て。
(体型が隠せないからって、こと!?)
ほぼワンピース一枚の状態だ。
そういうものだと思って周囲に倣ったのだが……。
「そ、そんなにわかりやすい?」
「まあ、はい」
「………………」
みるみる顔を赤らめ、「えぇ?」と小さく呟く。
「どっ、そ、そこまで?」
「肌着があると下に引っ張られるので、全体的になだらかになるんです」
「???」
「それがないので、腰との高低差がはっきり出る……んです」
つまり。
(いつもと体型が違ってるから、気をつけろってこと!?)
「ち、ちょっと気になるな、って感じが……あ、けっこうある、って……こと?」
「そうですね」
そうですね!?
「だって濡れたから、脱ぐしかないっ、し」
さっき自分はなにをしたっけ。
(う、うわああああああ!)
恥ずかしい!
「大丈夫ですか? オルガ」
「ノインにあげたい……!」
「まだ言いますか」
**
ノインの家までそれほどかからない場所だったこともあり、帰ってからオルガは慌てて肌着を身に着けた。
やはり安心する……!
ばたばたと寝室から居間に戻ると、のんびりお茶を淹れていたノインと目が合った。
「こ、これでどう!?」
「……まあ、少し目がいく程度ですね」
「…………なんで一瞬目を逸らしたの!?」
「俺は君が好きなんですよ」
「だってノインは気にしないでしょ!?」
「気にします。せめてワンピースは着てください」
「練習の時と同じなのに!」
「……焦って混乱しているのはわかりましたから」
お茶です、と杯をテーブルに置かれたのを見て、オルガは素直に椅子に腰掛ける。
立ちのぼる湯気を目で追ってから、はあ、と息を吐いた。
「なにか着てください。隙間風があるんですから、風邪をひきます」
「…………」
「俺の服でいいならどうぞ」
「うん……」
のろのろと受け取って、肌着の上に着る。
「すぐに夕飯を用意しますから」
「うん……」
「なにを悩んでいるんですか?」
「な、悩んでないよ」
「……俺の普段を想像したんですか? それとも、見られることで俺に迷惑をかけたとでも?」
当たってる……。
「私の体が目立つとは思わなくて……」
「…………」
少し思案するような動きをしてから、ノインがこちらを見てくる。
「甘い果実に、おまえが甘いのが悪いと言う相手をどう思いますか?」
「? 甘いくだものに文句を言う人がいるの?」
「いますよ。でも、それは果実のせいではありません。違いますか?」
「…………」
「老人に、おまえが老いてるのが悪いと言っても意味はないでしょう」
「……なぐさめてる?」
「さあ? 本当のことしか言ってません」
目を丸くしてから、オルガは小さく笑う。
「ふふ、ノインってば……」
「夕飯のリクエスト、受けつけますけど何にしますか?」
「やっぱり私が作るよ」
「君を甘やかしたいので、そのまま座っててください」
微笑むノインを見てると気が緩んでしまった。
「じゃ、じゃあ……具のたくさん入ってるスープがいい!」
*****
後日。
「そういえばノインの奥さんて、けっこう胸あったと思うんだよね」
「そうかあ? オレはそれより、なんか話しやすかったくらいしか印象ないなあ」
「フーン」
同じ隊のジョスとコニーから聞いていたナーヴは、一人で弁当を食べているノインを見て、笑みを浮かべたまま目を細めたのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
オルガが行きたがっていた公衆浴場の話となります。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
もしなにか感じるところがあれば、そっと教えてもらえたらさらに嬉しいです。




