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魔女の瞳と巨大ネコ  作者: 牧屋へいり


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5.太陽の石

 木造平屋、築五十年は過ぎているかと思うような古い家。


 毎日祖母が庭の手入れをしており、いつも綺麗に整えられていた。


 時折ミレナも手伝うが、すぐに腕が疲れ飽きてしまう。


 祖母は憎まれ口を叩きながらも、ミレナがサボることを強く否定することはなかった。


 今日も庭の草むしりを諦め、ミレナは部屋に帰る。


 縁側から居間に上がり、廊下を通り部屋に向かう。




 廊下には、一枚の絵が飾られていた。


 ミレナに似た少女の微笑む絵。


 誰が描いた絵か、誰を描いた絵か。ミレナは聞いたことがなかった。


 ただ、考えてみれば察しもつく。


 祖母はこんなに若くないし、祖母が描くわけがない。


 絵が好きだったのは祖父だ。その祖父が母を描いたのだろう。


 この一枚の絵がこうして廊下に飾られ、部屋から顔を出せばいつでも見える位置にある。


 普段、家族の話をしない祖母だが、どれほど大切に想っているかよく分かる。




「それでも、面倒なものは面倒なんだよな」




 草むしりをサボった罪悪感を振り切るように、ミレナは自室に入る。


 襖を閉めるや否や、畳にヘッドスライディングで飛び込む。


 腕を伸ばして扇風機の電源を入れ、髪を風になびかせる。




 携帯電話の通知音。


 充電器に繋いだままの携帯を手に取る。


 サッカーボールのアイコンの横に「今日暇か?」の五文字が並んでいた。


 蛇の一件の時に、ミレナとレントは連絡先を交換していた。


 それから時折暇があればこうして何か用があるような無いようなやり取りを徒然なく行っていた。




 ミレナが「夏休みなんだから暇だよ」と返す。


 レントからすぐさま「夜に町を案内してほしい」と送られてくる。すごく早い。


 案内をしてほしいと言われても、なぜ夜なのだろうかとミレナは首を傾げた。


 日中は用事でもあるのだろうか。


 いつも暇そうにボールを蹴っているくせに。


 ミレナは直接言うわけでもなく頭の中で口悪く返す。


 畳に寝転びながらミレナはタコのイラストを送る。


 タコが大きく丸を作り、その上に「OK」と大きい文字が描かれている。




 「そうか」とだけ返って来た。




 他に何か言うことはないのかよと、畳の上で転がりながらミレナは画面を見つめる。


 待ち合わせの時間とか場所とか、そういうのは放置かよと、ジトっと携帯を睨む。


 夏の暑さにうだうだと転がりながら、ミレナは襖の傍に行き、足で隙間を開ける。


 とりあえず牛乳でも飲むかと、ミレナが立ち上がると、襖の隙間から祖母が覗いていた。




「うお、びっくりした」

「みっともない格好しているんじゃないよ」

「いいじゃんべつに、おばあちゃんしかいないんだし」




 誰かと会う用事もないのにいつも身だしなみを整えている祖母と対象に、ミレナは雑な格好をしていた。


 ブカブカのタンクトップから腹が覗き、ショートパンツの前ボタンは外れかけている。


 髪の毛はボサボサと纏まりつかないまま広がっていた。




「んで、なに」




 お腹をポリポリと掻きながら、ミレナは祖母に尋ねる。


 わざわざこっちに来たのだ、用事があるのだろう。




「太陽の石って知っているかい」

「おばあちゃん、ゲームやらないのに知ってんの」

янтаръ(ヤンターリ)琥珀(こはく)のことだよ」




 ゲームのアイテムの話だと思ったミレナは一瞬“コハク”が何なのか理解できなかった。


 眉間にしわを寄せ、頭上にクエスチョンマークを浮かべ、頭を捻る。




「琥珀って宝石の?」

「宝石……まあそうだね」




 ミレナの解答に祖母は歯切れ悪く返す。


 琥珀を宝“石”と呼ぶことに引っ掛かりを感じたようだったが、祖母は何も言わずに飲み込んだ。




「なんだよその意味ありげな感じ」

「気にするほどのことじゃないさ。あんたにね、渡そうと思っていたんだよ」

「宝石を? なに、お小遣いにしていいの」




 ミレナは目を輝かせた。それこそ宝石のように、キラキラと光る眼差しを祖母に熱く送る。


 祖母は呆れることも、怒る様子もなくミレナの視線を受け止める。


 それから左手に持っていた藍色の織物を掲げと、部屋の中へ入っていく。




「どう使うかは好きにすればいいさ」




 畳の上に正座し、布を広げる。藍色の布の中には漆の塗られた箱が1つ。


 眼鏡ケースよりも細いが、長さはそれよりもあった。


 蓋には梅の絵が描かれており、祖母がそれを両手でソッと開ける。


 黒い漆器の中は柘榴(ざくろ)のような赤い布が敷き詰められており、その上に黒塗りの(かんざし)が鎮座していた。


 黒い柄に山吹色の蜻蛉玉(とんぼだま)のような琥珀が付いた玉簪(たまかんざし)


 華美な装飾の一切ないシンプルなデザインの簪がそこにあった。


 祖母が手に取り、ミレナの手に渡す。


 ミレナはそれを掲げ、目を凝らして眺めてみるが。


 しかめ面のミレナは、これが一体何なのか分かっていないように見える。




「なにこれ、マドラーか何か?」

「地味だろう。そいつは簪って言うんだよ」

「カンザシ……。あっ、昔の人が髪留めるやつか。うん。使わないね」




 ミレナは箱の中に簪を戻す。


 21世紀に生きる女子中学生が簪なんかつけるわけがない。


 渋そうな顔をしながら足を投げ出す。


 窓から外を見れば相変わらず空が青かった。


 油絵で描かれたような入道雲が遠くにくっきりと浮かんでおり、その下で巨大ネコが身体をウンと伸ばしている。


 瞼を閉じ、耳を垂らした姿はネコそのもの。


 巨大であること、他の誰の目に止まらないこと、その性質。


 異質な要素が絡むネコも、何もなければ可愛いものだった。


 風が吹き、木々が揺れる。


 ネコのヒゲは風に動かされることなく、ネコの自由意思に従ってピクピクと動くばかりだった。




「好きにすればいいさ。そいつをやるよ」




 祖母の声に振り返る。


 部屋の中は太陽が光で満ちていた。


 迷いのない線が陰影を作り、部屋の中に幾何学線を作り出している。


 その陽射しが眩しいのか、祖母はサングラスをかけていた。


 黒いガラスの奥に光る青い瞳は、ミレナとはまた違う風景を見ているようだった。




 サングラスの瞳の奥で揺れる夏を幻視する。


 祖母はミレナと幼い頃のアンナを重ねた。


 ミレナとは違い、物静かな少女はこの部屋で沢山の本を読んでいた。


 少しは外で遊べばいいのにと心配した日もあった。


 過去の愛娘の幻影は、ゆっくりと背を伸ばす。制服を着始め、髪の長い美しい乙女となる。


 乙女の制服はワンピースに変わり、麦わら帽子を被る。


 麦わら帽子を脱ぎ去ると、いつの間にか乙女は母親の顔付きをしており、髪の毛を肩のあたりで切っていた。




「まあいいや」




 ミレナの声に祖母はハッとした。


 瞳に映る幻影が霧のように消えていた。




「ありがたくもらっておくよ。でも、おばあちゃん簪なんて使うの」

「あたしゃ使わないよ」

「使わないのに買ったんか。高そうなのに勿体無い」

「買ったのはジジイだよ」




 幻影を見ていたことを隠すように、祖母は顔を背けながら雑に返す。


 ジジイとは祖母の旦那のことである。


 つまりミレナの祖父のことであるが、彼は既に故人である。


 ミレナの幼い頃に亡くなったとはいえ、記憶にないわけではない。


 断片的にだが、祖父と遊んだ記憶は確かにミレナの中に残っている。




「じいちゃんが? 似合わないなあ」

「そうだろう。ジジイも必死で考えたみたいだよ。何度もあたしに相談してさ。“よろこんでくれるかな”だとか“せっかく買ったのに付けてもらえなかったらどうしよう”だとかな。大の男が恥ずかしいったらありゃしなかったよ」




 クツクツと喉を鳴らして笑う祖母。


 祖父の話をするときはいつも機嫌がよい。


 本人にそのつもりがないかもしれないが、ミレナには祖母の隠しきれない楽しさがよく見えた。


 そんな祖母の笑い声に重ね、ミレナが疑問を投げかけた。




「おばあちゃんへのプレゼントじゃなかったの」

「アンナの成人祝いだよ」




 あっけらかんと答える祖母に、ミレナは思わず目を点にする。


 ポカンと開いた口。脱力した身体。


 次第に沸々と臍の裏側から湧き上がるエネルギーが、全身に広がっていくと、ミレナはワナワナと身体を震わせた。


 ダンッと立ち上がり大きな声で吠えた。




「馬鹿じゃねえの! 早く言えよ!」

「どうして言う必要があるんだい」

「完全に売り飛ばす気だったよ、こっちは」

「だから、あんたの好きにすればいいって言っただろう」

「売れるか!」




 ガッデムと両手を力強く上に掲げ、グワシィと頭を抱えた。


 その勢いで全身を弓のように反らすと、ミレナが見る景色は上下逆さになる。


 ミレナはしばらくそのポーズで固まった。


 派手なリアクションのミレナを無視し、祖母はクイッとサングラスを手の甲で上げる。




「売った方が役に立つだろう」

「クソババア、そういうとこだぞ」




 シュンと元の体勢に戻るミレナ。


 彼女の腰は丈夫だった。先ほどのテンションとは打って変わって、冷めたような目で祖母を見て静かに指をさした。




「だがねえ、使わないものをいつまでも取っておく必要もないだろう」

「使うわ! ……使うから」




 二度、ミレナは言った。


 勢いで言った言葉を噛みしめるように、静かに言葉を置いた。


 誰に言うでもなく、自分に染み渡らせるように呟いたミレナの言葉に、祖母は微笑んだ。


 微笑んだと言っても、それは祖母がそうしたつもりなだけである。


 実際は耳元まで口角が吊り上がり、大地の裂け目のような魔女の笑い顔をミレナに向けていた。




「簪使ったことあるのかい」

「……ない」

「そうかいそうかい」




 祖母はクツクツと喉奥で笑い声をあげた。


 なにがそんなに楽しいのか、ミレナには分からなかった。


 口に拳を当て、楽しそうに笑う祖母を、ミレナはジトリと睨みつける。




「んだよ」

「ほら、こっち来な。あっち向いて」




 ミレナの不満を気にすることなく、祖母は笑いながら手招きをする。


 祖母に導かれ、ミレナは傍に寄った。


 それから、くるりと後ろを向いて、ストンと胡坐をかく。


 祖母はボサボサに広がった髪の毛を手櫛で一度整えた。


 続いて目の粗い櫛を取り出すと、髪が切れないよう毛先から梳き始めた。


 ミレナの髪の毛は癖が強く、毛が太く量も多いため、根元から櫛を通せば必ずどこかで引っかかってしまう。


 それゆえに、ミレナは髪を梳かすのが大変面倒に感じていた。


 祖母はゆっくりと、丁寧に櫛を通す。ミレナの髪の毛を梳かし終えると、その櫛で髪を一か所にまとめ、ギュッと2回捻じる。


 捻じる際に、頭をグイっと引っ張られ、ミレナの顎がキュッと上がる。


 この不意打ちにミレナはしかめ面をしたが、正面には誰もいない。


 誰も見ることのない不満な表情がそこにあった。


 ミレナの捻じられた髪の束に、琥珀の簪が差し込まれる。


 横にした簪にクルリと髪を巻き付け、グイッと簪を反転させる。


 最後に頭皮に沿ってスッと簪を差し込むと、祖母はパッと手を離した。




「これで良し」

「……簪。使えないんじゃあねえのかよ」




 そっと手で触れてみても解ける様子のないお団子ヘアー。


 祖母の手慣れた簪さばきに、ミレナは感嘆のため息を出すより早く、苦言を呈した。




「“使わない”とは言ったが、“使えない”とは言ってないよ」

「クソババア」




 そんな頓智(とんち)は求めていない。


 ミレナは祖母に振り返り、イーッと歯を剥き出しにする。




「うん、似合ってる」

「ああ、そうかよ」




 ミレナはプイと顔を背け、視線を畳に落とした。


 まさか素直に褒められるとは思っておらず、口を尖らせ、頬を赤く染める。


 その様子を祖母はジッと見つめる。


 幻想を追いかけるような瞳は、焦点を合わせることなくボンヤリとミレナがいる方を見つめる。


 その瞳に、ミレナはチラリと視線だけ返す。


 ところが、2人の視線はぶつからなかった。


 これだけ近いというのに合わない視線。


 ミレナはピクリと片眉を動かすと、バッと勢いよく立ち上がった。




「私はミレナだよ」




 祖母が自分を通して遠くを見つめていることに、ミレナは気付いていた。


 「血は関係ない」「自分は自分である」と言った祖母が、自分を通して別の人物を見ていたことに、ミレナは何かを言わずにはいられなかった。


 うまい言葉は見つからない。だから、心に沿って、思った言葉を真っ直ぐにぶつけた。


 ミレナの背に広がる青い空。


 突き抜けるような青い空が、祖母の幻想を突き破る。




「ククッ」




 祖母は思わず笑った。


 喉奥で声を鳴らす祖母を、ミレナは満足げに見下ろす。




「そうだねぇ、そいつは一本取られたよ。ああ、その通りだ」

「ま、悪い気はしないけどね。ママもつけてたの?」

「特別な時にな。あんたが知らないのも無理はないさ」

「そっか」




 祖母が手鏡を渡し、ミレナはそれを受け取る。


 普段から鏡を見ることはほとんどない。精々歯を磨くときくらいである。


 自分の顔をマジマジと見るのはナルシストがやることだとミレナは思っていた。


 しかし、ミレナはその考えを改めようと思った。


 胸が高揚する。


 横顔を横目に見ると、チラリと琥珀が輝く。


 「いつまでも見ていられる」とミレナは思った。


 鏡に映る自分を見ながら「これはバカにできるようなものじゃないな」と、ミレナは心の中で呟いた。




「なんだっけ、ヤンターリ?」

「琥珀で良いだろう。お前は日本人なんだから」

「まっ、そうだけどね。へへ、太陽の石。か」

「燃えるからね」

「燃えんの!」




 ミレナの驚きと共に手鏡が宙に舞う。


 放物線を描き、緩やかな回転と共に落下する手鏡を、祖母は片手でパシリと掴んだ。


 ミレナは思わず拍手を送る。




「樹液の化石だからねえ、琥珀は。燃えて溶けて消えるよ」

「そりゃ怖い」




 祖母は手鏡と櫛、それから簪の入った箱と包んでいた織物を片付けながら、淡々と答えた。


 ミレナは拍手をゆっくり止めながら、突然発火する自分の頭部を想像し、ウゲェと苦虫を噛み潰したような顔をする。




「自然発火するわけないだろう。なにビビってんだいこの子は」

「クソババアが変なこと言うからだろ」

「変なことたぁ失礼なこと言うガキだねえ。釜茹でにするよ」

「その時はクソババアも道連れにしてやる」




 口の悪い言葉の応酬。祖母の瞳は、もう幻想を映さない。


 ちなみに家のすぐ横に蔵があり、その中に大釜が眠っている。


 実際に子供一人くらいなら茹でられるような大きさの釜のため、祖母のその言葉は冗談にならない。


 埃をかぶった使い物にならない釜ならまだしも、自治会のイベントごとに汁物づくりに引っ張り出される祖母の大釜は未だに現役であった。




「ああ、それから、もう1つ渡そうと思っていてね」




 箪笥(たんす)を閉めながら、祖母は思い出したようにミレナの顔を見る。




「珍しい。おばあちゃん何かあったの」

「何かもなにも、今夜は祭りだろう」

「……そうなの」




 祭りと言えば夏祭り。


 商店街の人たちが気合を入れて出店を並べる。


 避難所としても使われる広場を埋め尽くす店は圧巻である。


 中央には(やぐら)が建てられ、太鼓の音が鳴り響く。


 町民全員が集まるだけではなく、隣町からもこの祭りに足を運ぶ人もいる。


 わざわざ遠くから観光に来る人はいないが、この周辺ではちょっとしたイベント扱いのお祭りだ。


 広場の裏手にはちょっとした山があり、長い階段を上るとちょっとした神社が建っている。


 この土地の神様を祀っており、祭りによって神様へ日頃の感謝を願う意味もある。


 そして祭りの終わりにはいつも花火が打ち上げられる。


 地元の住民が遠くから職人を呼んで一緒に作った花火を上げる。ちょっとしたイベント。


 しかし、ミレナは興味がなかったものだから、それが今夜あるとは露知らず。


 あっけらかんと祖母に返す。




「あんたってやつは」

「あー、そういや、なんかレントに誘われてたわ」




 先程の少年からのメッセージを思い出す。


 案内してほしいとはお祭りのことだったのかと、ようやく腑に落ちる。




「都会のボウヤの方が詳しくていいのかねえ」

「仕方ないからもらってやるよ」

「口が悪いねえ、誰に似たんだか」




 祖母は部屋を出て、奥の部屋へと歩いていく。


 ミレナもその後をカルガモの子供のようについて行く。


 太陽の日差しがキラリと琥珀に反射し、サンライトイエローの輝きを見せた。





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