浄土寺
京都府警の林田は金沢駅から特急サンダーバードで杉下といっしょに京都に向かい、京都からは若手の泉刑事も同行することになり、3人で博多行の新幹線に乗り込んだ。新幹線の中で泉刑事に金沢で成果がなかったことを説明し、山口で成果を上げないと旅費をかけて捜査しているので、部長や本部長に面目が立たないことを教えた。
新幹線は山陽道をひたすらに西に走り、広島を過ぎると山口県に入った。新岩国、徳山と過ぎるといよいよ新山口だ。山口県は山口市が県庁所在地だが、人口が最も多いのは下関市の25万人で山口市は19万人台だ。新山口から山口線の電車に乗り換え7番目の駅が山口市だ。山口藩は室町時代は大内氏のもとで繁栄した大内文化が有名だが、江戸時代になると毛利氏の居城の地となった。その後、藩が萩に移ると中心地が萩にかわるが、山口市は戦国時代にはザビエルも立ち寄っているし、大変栄えた町として有名だ。だから歴史的に有名なお寺も多く寺町には大きなお寺が並んでいる。山口駅に降り立った二人は西本願寺で情報を得た小谷清香の実家である浄土寺を目指した。浄土寺という名前は全国に多く存在するが、その中でも山口の浄土寺は最大規模だろう。タクシーで浄土寺前に乗り付けたが、大きな山門と敷地の周りを取り囲む土塀の高さはまるでお城だ。金沢の専学寺にも行ってきた林田はこの寺の規模に圧倒されていた。寺の敷地内には大きな本堂と親鸞を祀る御影堂、さらに事務所がある事務棟、鐘楼、そして住職家族が住む家、さらには広大な庭が広がっている。本堂の裏にはこれまた広大な墓所があり、何千もの墓だ立ち並んでいる。その規模に圧倒された林田と泉と杉下だったが、気を取り直して玄関のベルを押した。役僧と思われる僧侶が玄関で出迎えてくれたので
「京都府警から参りました林田と泉と捜査協力者の杉下さんです。お話を伺いたくてご住職にお会いしたいのですが。」と言うとその役僧は
「ではしばらくこちらでお待ちください。」と応接室へ案内してくれた。応接室もきらびやかで、かけられている額には書家の作品や大きなサイズの油絵などが掛けられている。息をのんでそれらの作品を眺めていると住職がやってきた。
「お待たせしました、浄土寺住職の小谷大心です。どのようなお話でしょうか。」と聞いてきた。まだ経験の浅い泉刑事は、威厳のある態度のこの住職が、娘のためとはいえあのような犯罪を犯すようには思えないと考えたが、林田は違った。威厳のある人こそ自分の立場を守るために、考えられないような犯罪を起こすこともある。そう考えた林田は背筋を伸ばして
「京都のホテルでこちらの娘さんの同僚の田島栄心という女性指導員が殺されたのはご存じでしょうか。その件でいろいろ調べているんですが、ご住職は6月10日の夕方、どちらにいらっしゃいましたか。」と聞いた。住職は自分が疑われていると感じて、明らかに不機嫌そうな顔をしたが、事務所に行って手帳でスケジュールを確認してくれて
「その日は市内の西本願寺山口別院で山口教区の研修会があり、夜は懇親会がありました。私は山口教区の区長ですから出席しないわけにはいかないんです。」と完璧なアリバイを説明してくれた。丁寧にお礼をして次の林田の質問は
「このお寺の役僧さんたちは何人くらい、いらっしゃるんですか。」というものだった。住職は片手の指を折りながらしっかり数えて
「そうですね。5人いますが、曜日によって交代制なので毎日3人ずつ勤めてもらっています。寺の行事などで大きな法要をするときには全員参加します。でも役僧というか家族というか、一人だけ小坊主の頃からうちに住んでいる者がいます。もう、その子も25ですけどね。」と話してくれた。林田は
「役僧さんたちにお話をお聞きしてもよろしいですか。」と言うと住職は
「わかりました。では役僧たちに来るように伝えます。」と申し出を引き受けてくれた。
しばらく応接室で待っていると3人の役僧と25歳の彼が来てくれた。3人の役僧たちはみな60歳前後の男性たちだった。林田は
「みなさん、6月10日の夕方は何をされていましたか。」と問いかけた。3人の役僧たちは
「そうですね。その日は5時までは寺の勤めをして、勤務時間が終わると家にいました。」と3人とも同じような答えだった。25歳の彼は名前を泰然というらしい。彼は寺にいたということだったが、朝からあまり体調が良くなかったので部屋で休んでいたらしい。4人ともあまり不自然な感じがなかったので、その場で解散したが、林田には泰然の感情を表に出さないような表情が引っかかった。
浄土寺を出るとき住職や役僧たちが玄関まで出て見送ってくれた。林田と泉は深々とお礼して感謝の気持ちを表した。玄関に出て山門まで行く間に境内を箒で掃除しているおばあさんがいた。林田はおばあさんに軽く会釈して
「ご苦労様です。こちらのお寺でお勤めの方ですか。」と聞くとそのおばあさんは
「はい。この寺の台所やお茶出しなどをしています小林です。もうかれこれ30年以上この寺でお世話になっています。」ということだった。林田はさっきの腑に落ちない感じを解決しようと核心に触れる質問をした。
「このお寺に泰然さんという方は、小坊主の頃からいると聞きましたが、彼はどんな経緯でこの寺に住むことになったんですか。」と聞いてみた。すると小林さんは掃除する箒の手を休めて頭にかぶっていた手ぬぐいも取って話し始めた。
「あの子は生まれたばかりの時に、この寺の山門の前に捨てられていたんです。ちょうど25年前の春でした。そのころご住職さんと坊守さん、つまり奥様との間にはお子さんがなかったんです。2人は結婚して10年くらいたってましたが、子宝に恵まれずその捨て子を福祉事務所に一旦は届けましたが、養子としてお迎えになったんです。しかし3か月もしないうちに奥様がご懐妊になり、お姫様をお産みになられたんです。その子が清香さまです。お誕生日は3月だったので2人は同級生になったんです。ご住職も奥様も大変喜ばれ、2人とも大切に育てられ、2人は双子のように仲良くされていました。でも泰然さんは血のつながりがないので、この寺を継ぐことは出来ず、清香さんに婿養子を取られる計画をされているみたいです。」と詳しく話してくれた。林田は小林さんに深々と礼を言い泉と杉下には
「京都に帰るのはあと2日くらい延ばしましょう。泉君、山口駅の近くに宿を取ってくれ。」と小声で言って足早に寺を後にした。
外に出てタクシーを拾うと林田は杉下に
「刑事の勘だけかもしれませんが、同じ年で兄弟のように育った泰然という青年、不自然だと思いませんでしたか。」と聞いた。杉下はタクシーの中なので小声で
「私もピンときました。金沢でも聞いていた従属関係が、彼には存在するかもしれません。明日からの聞き込みで、泰然と小谷清香の子供の頃からの関係を探る必要があります。」と答えた。泉は話が完全には呑み込めず
「従属関係というのはどういうことですか。」と聞き返してきた。林田は
「邪魔になる人を殺したいと思っても自分が実行犯になってしまったらアリバイがない限り、警察に疑われて逮捕されてしまう。完璧なアリバイを作ったうえで被害者と面識のない共犯者が殺害を実行してくれれば、警察にはバレない。共犯者は被害者と面識がないから殺害の動機がないので捜査線上にあがりにくい。昔からよくあるパターンだよ。でも殺害を実行するということは、大犯罪だから誰でも請け負うわけじゃない。よっぽどの主従関係や奴隷的な関係がないと、その命令に従わないということだよ。」と説明した。事件の方向性を理解した泉は
「それでは明日から小谷の通った小学校や中学校の同級生に聞き込みをするんですか。」と質問した。すると林田は泉に諭すように
「高い旅費を使って山口まで来ているんだ。夕方だからって捜査をやめるのか。明日からじゃなくて、今からすぐに聞き込みを始めるんだ。お前はまず小学校へ行って同級生の名簿をもらってくるんだ。」と言ってタクシーの運転手に浄土寺が含まれる校区を持つ小学校へ行くようにお願いした。小学校で泉を下ろすと、林田と杉下は中学校の方へ向かって中学校の名簿を手にした。
林田たち中学校グループと泉が落ち合ったのはそれから1時間後、駅前の喫茶店だった。それぞれの名簿を確認して何人か抜粋して住所を書き写した。小学校でも中学校でも同じクラスになっていて、付き合いが長そうな男女を5人ほど選んだ。ただ、山口を離れて都会へ出ているかもしれないが、その時はまた選び直せばいいのだ。
3人が最初に訪れたのは小学校低学年から高学年まで同じクラスだった長谷川順子さんだった。長谷川さんの実家は浄土寺から100mほどの場所で、おそらく集団登校なども同じではなかったかと思われた。夕方6時ごろに長谷川家の前まで来た3人は、表札を見て順子さんの存在を確認してインターフォンを押した。中からは中年の女性の声で応対がありすぐにドアが開いた。
「京都府警の林田と言います。実はある事件の捜査で聞き込みを行っているのですが、順子さんはいらっしゃいますか。」と中年女性に聞くとすぐに中に入って行って、呼び出してくれた。奥から出てきた順子さんは、小谷清香と同級生なので25歳のはずだ。仕事帰りでまだスーツにタイトスカートを履いていた。
「長谷川順子ですが、どんなご用件でしょうか。」と聞いてきた。警察が来たということで母親と思われる中年女性も順子の横に寄り添っている。雰囲気が固いのでリラックスさせようと林田は近所の話を交えた。
「この近くは大きなお寺がたくさんありますね。緑が豊かで住みやすそうだ。子供の頃、集団登校の集合場所はどこだったんですか。」と聞くと長谷川順子は母と目を見合わせて
「そこの浄土寺の門の前の広場でした。」と答えてきた。林田は
「集団登校は何人ぐらいのグループだったんですか。」と清香に少しずつ寄せていった。
「8人位でした。毎年入れ替えがあるから正確ではありませんが、私が6年生の時は8人でした。」と当時の記憶をたどってくれた。さらに林田は
「その中に同級生は何人いましたか。」と言うと長谷川は何かを察したみたいにまた母親と目を見合わせて
「清香さんのことですか。何日か前に西山別院の研修所で清香さんと一緒に働いていた女性が、京都市内のホテルで殺されたんですよね。新聞で見てびっくりしました。清香さんが関係してなければいいんだけどと心配してたんです。」と答えてくれた。
「よくご存じですね。それなら話は早いんですが、清香さんは子供の頃、どんな子供でしたか。」と踏み込んだ。長谷川さんは清香が疑われていると直感したようで、身構えたが
「清香ですよね。小さいころからよく知っています。中学まで一緒でしたから。私たちの仲間の中では中心的な存在で、御姫様ごっこをするといつもお姫様は清香で、私は召使でした。大きなお寺のお嬢さんですから、持っているものも一流だし、習い事もピアノに歌、英語、ダンス。私たちの羨望の的でした。しかもスタイルも良くてお顔も美形ですから、私たちは何一つ勝てるものがなかったんです。彼女は常に一番でした。」と話すと隣から杉下が
「そういうお姫様育ちだと、欲しいものがあると手に入れないと我慢できないような性格が作られてしまうことがありますが、彼女はどうでしたか。」と質問をしてくれた。
長谷川さんは少し困ったような表情をしながら、話そうかどうかを迷っていた。そしてお母さんと眼で合図して話し始めた。
「これはこの辺りの子たちはみんな感じていたことなんですが、同じ男の子を2人の女の子が好きになってしまうってことはよくありますが、清香と争うことになると必ず変な噂を流されて負けてしまうんです。私も中学時代に経験がありますが、そんなことが続くと、みんな思ったのが、清香と争ったらトラブルになるから身を引こうとなっちゃったんです。だから中学生の後半からは誰も彼女に近づかなかったかもしれません。それにその噂を陰で言いふらしたのは、義理の兄弟の泰然じゃないかってみんな噂してました。」というのである。杉下は嫌な予感が的中した感じがした。長谷川さんに挨拶をして外に出ると、杉下は林田に言葉をかけた。
「小谷清香の思いを実現させるために、泰然は陰で手引きをしていたのかもしれませんね。」と言うと林田は
「捜査が動き始めましたね。とにかく次に行きましょう。」と言ってメモを眺めて2番目の同級生の住所を確かめた。
2番目の同級生は鈴木良子さん、実家を訪ねると彼女は大学から東京在住だったので、残念ながら対象外になった。3番目と4番目の人も高校卒業と同時に都会へ出ていた。
5番目の同級生は市橋信子さん。住所は小学校を中心に浄土寺と反対側にあり、小谷の家からは2kmくらい離れていた。午後7時過ぎに玄関に立った3人は表札を確認しインターフォンを押した。中から返答があり、インターフォン越しにどなたかと聞かれ
「京都府警の林田と申します。こちらに市橋信子さんはいらっしゃいますか。」と聞くと
「いますけど、どのようなご用件ですか。」と聞かれた。林田は躊躇いながらも
「市橋さんの小学校時代の同級生についてお話をお聞きしたいんです。」と説明すると玄関のドアがようやく開いた。中から中年のご婦人と若い女性が出てきた。
「市橋ですけど、信子にどんなお話があるんでしょうか。」とお母さんと思われる女性が口火を切った。林田は母の後ろに隠れるように顔を出した信子に
「市橋信子さんですね。小学校は山口市立明進小学校に通っていましたね。同級生は何人くらいいましたか。」と聞くと市橋さんは
「たしか2クラスで60人位だったと思います。」と思い出してくれた。林田は
「先ほど他の同級生の方からお聞きしたんですが、小谷清香さんと同級生たちの間で、時々トラブルがあったと聞いたのですが、市橋さんはどんなことがあったか、覚えていませんか。」と聞いてみた。すると市橋さんは
「ああ、小谷のお嬢さんですね。同級生の中では特に目立つ存在でした。歌もうまいし走るのも早いし、勉強もできるし顔もかわいいし、ピアノも上手でした。そうそう、ピアノと言えば合唱コンクールの伴奏者でもめたことがありました。」と言うので林田が
「それは何年生のことですか。」と聞いた。すると市橋さんは
「たしか、小学校6年生の時だったと思います。山口市の小学校連合音楽会があり6年生が合唱で参加するんですが、ピアノが上手な子が小谷さん以外にもう1人いたんです。吉川って言う子なんですけど、合唱担当の先生は、小谷さんは他にもいろいろなことで代表者になることが多かったので、吉川さんにさせたかったみたいなんです。でも小谷さんが先生に伴奏をどうしてやらせてもらえないのかとクレイムをいれたんです。先生は吉川さんに譲るように小谷さんを説得したんですが、小谷さんは納得しなくて保護者も交えた大問題になってしまったんです。でも次の日の朝、吉川さんが右手に包帯を巻いて学校に登校してきたんです。詳しくは知りませんが噂では下校途中の坂を下る時に、転んで手を打撲したらしいんです。でも本人は誰かに押されたような気がするって言ってたんです。ただ清香さんはそこにはいなかったんです。その日は早退して習い事に行ったんです。でもみんなの噂では泰然君じゃないかって言ってたんです。ただ子供の頃の話だし、証拠はないしどうしようもなかったんだけど、結局ピアノ伴奏は清香さんになって、見事にやってのけました。」と長い話だったが昨日のことのようにしっかりと覚えていた。その様子を見ていた杉下は後ろから身を乗り出して
「泰然少年と清香さんの関係は市橋さんにはどのように見えていましたか。」と聞いた。すると市橋さんはしばらく考え込んで言葉を選びながらゆっくりと
「そうですね。泰然君はあの寺で拾われた子供だったし、立場は弱かったでしょうね。清香さんは大きくて裕福なお寺のお姫様だし、外見は仲のいい兄妹だったかもしれないけど、泰然さんは清香さん言いなりだった気がします。みんなで遊んでいる時も、泰然さんは出しゃばらず、いつも清香さんの少し後ろにいたような記憶があります。」と思い出してくれた。林田は
「泰然君の写真を持ってませんか。」とダメもとで聞いてみた。すると5年前の成人式の写真があるということだったので、市橋さんの携帯にあった写真データをエアードロップで受け取って市橋さんの家を後にして山口駅前の旅館に帰った。
翌日は泰然本人について6月10日の足取りを調査することになった。昨日、本人から聞いた時には朝から体調が良くなかったので部屋で過ごしたということだった。しかしその裏を取るために再び浄土寺を訪れた。今日はまず坊守さん、つまり清香さんのお母さんから話を聞いた。事務所の玄関ではなく住職の家族の住宅の玄関から入っていった。
「ごめんください。」と言うと奥から返事があり、女性の声がして50代の女性が出てきた。
「失礼します。京都府警の林田と申します。少しお伺いしたいことがあるんですが、お時間よろしいでしょうか。」とお願いすると
「私で良ければ、お答えしますが。」ということだった。そこで
「昨日はご住職と役僧さんたちに6月10日のことについて聞いたんですが、奥様は6月10日の夕方はどちらにいらっしゃいましたか。」と関係なさそうな奥様から聞いてみた。奥様は怪訝な顔をしたが、この寺ではみんなに聞いているので、焦る様子もなく
「私ですか、私は夫と一緒に山口教区の研修会と懇親会に出ていました。主催者側なのでみなさんにおもてなしをしていました。写真もありますよ。」と証言してくれた。林田は予想していた通りだったので予定通り次の質問に入った。
「ところでこちらにいらっしゃる泰然さんの6月10日の夕方の居場所についてはご存じですか。」と聞いてみた。すると奥様は考え込んで
「泰然はどうだったかしら。あの日は私は研修会と懇親会で山口別院に出かけたのは1時ごろだったけど、その時には見てません。そういえば午前中から体調が悪いと言って休んでいました。風邪でも引いたんでしょうね。部屋にいたと思いますよ。」という返事だった。そこで林田は
「泰然さんにもう少しお話をお聞きしたいのですが、呼んでいただくことは出来ますか。」と聞いてみると奥様はすぐに携帯で泰然さんに連絡してくれた。他の役僧さんたちに見られないように、住宅の方の応接間に来るように段取りしてくれた。
3人で応接間で待っていると泰然が入って来て、応接セットに林田たちと対面して座った。25歳の若者は黒い僧衣を着て、首から輪袈裟を下げている。足は白足袋を履いている。ただ頭は曹洞宗の修行僧のように剃り落としているわけではなく、一般人と変わらない長さの髪なので、修行僧のような雰囲気はなかった。早速に林田は落ち着いた声で
「泰然さん、昨日も聞きましたが6月10日の夕方の居場所についてお願いします。」すると泰然も慌てる様子もなく
「朝から体調が悪く、熱もあったので部屋で休んでいたと思います。」と言うと林田は
「部屋にいたことを誰か証明できる人はいませんか。」と問い詰めた。すると泰然は
「部屋にいたので誰にも会ってません。」ときっぱりと言い切った。林田はさらに
「昼食や夕飯はどうしたんですか。誰とも会わずに食べたんですか。」と言うと泰然は
「父も母も山口別院に出かけていましたし、妹は京都にいますし、家には僕だけだったんです。昼過ぎに外に出て買い込んでいたお弁当を、部屋で少しずつ2回に分けて食べたと思います。」と言うので今度は泉が
「その弁当はどこで買ったんですか。」と聞くと
「表のコンビニです。」と答えた。林田は泉に目配せしてすぐにコンビニに行って裏を取ることを指示した。泉はトイレに行くと言って部屋を出ると、黙って玄関から出てコンビニに向かった。泉が出ていくと今度は杉下が質問した。
「清香さんと泰然さんの兄妹の関係性についてお聞きします。清香さんの依頼を泰然さんは断ることはありますか。」これには林田は横で聞いていてかなり誘導質問のように聞こえて、ドキドキしていた。しかしそんな心配をよそに泰然は
「僕たちは兄妹といっても血はつながっていませんし、彼女はこの寺を継ぐでしょうし、私はいずれこの寺を出ていきます。特に関係性はありません。私は彼女のことを妹としては見ていません。」とはっきりと言い切った。この発言を聞いてさらに杉下は
「実はこの近くの同級生の皆さんにも、いろいろ聞いているんですが、だいたいみなさんが言うには、泰然さんは清香さんの頼みを断らないし、いつも彼女のそばで控えているというようなお話でした。この点についてはどうですか。」と突きつけると
「それは誰に聞いたんでしょうか。随分違った角度からの見方だと思います。私のことは私が一番よく知ってますから。」と突っぱねてきた。するとコンビニに行って昨日泰然が弁当を買ったかどうかを聞き込みに行った泉が戻ってきた。泉は林田に近づき、耳元で確認が出来たことを報告した。林田は
「それでは泰然さん、ご協力ありがとうございました。またお聞きしたいことが出てきましたら連絡します。」と言って寺を後にした。泰然にはアリバイがないことが確認できた。
3人は容疑者を泰然に絞ることを確信して山口駅に戻った。




