首実験
翌日は得度習礼修了前日で、西山別院で最後の正信偈講習があった。今日の講師には西本願寺式務部より堀川康照が招かれていた。午前中最後の講義で、これが終了すればあとは午後の得度式と明日の修了式だけであった。大講義室に研修生50名全員が集まり、指導員もほとんどの人が現役バリバリの式務部の正信偈に、聞き耳を立てようとしていた。
最初は部分的に間違いやすい箇所を練習していった。堀川は
「最初の部分の『帰命無量寿如来』は、命と量に引がついていますから2拍です。しかし命の『みょう』の『みょ』は1.5拍、『う』は0.5拍で、2拍目の後半に『う』をつけます。最後の来も引がついていますが、『らい』はそれぞれ1拍です。」と具体的に黒板で拍と音を示しながら、最後には自分で発声して模範を示しながら進めていった。特に「善導独明仏正意」の所は、初めて音がレではなくソにあがるところで、節回しも複雑になり記号がたくさんついてくるところで、初心者はみんな苦労するところだ。彼の模範の読み方は音程がしっかりしていて聞きやすく、高音のラの音でも徐々に上がるのではなく、スタートからしっかりラの音が出されていて、癖のない歌い方は演歌の感じはなく、クラシック的な歌い方であった。講義を聞いていた研修生よりも、指導員たちの方が感心仕切りで、それぞれの場所で感銘を受け首を縦に振って納得の表情を浮かべていた。
講義時間も残すところ30分を切ったところで堀川は
「それではみなさん、今回の研修を締めくくる形で全員で正信偈を唱和しましょう。調声人は私がさせていただきます。」と言って正面仏壇に向けて合掌礼拝を済ませると、経本を高くささげ、鐘を2つ鳴らして会場に染み渡るような美しい声で、しかも大きすぎない適度な音量で
「帰命無量寿如来」と発声した。それに合わせて会場の研修生、指導員全員で「南無不可思議光」と続いた。60人余りの僧侶の重厚なお経の響きは、全員の心の中の敬虔な信仰心をさらに深くしていった。読経は続き、まもなく和讃が終わり回向に入る場所が近づいてきた。小谷指導員は昨日杉下から告げられた作戦を思い返していた。
「例の半音下げるところを4分の1だけ下げる場所で、小谷さんが堀川さんの前でやってみてください。堀川さんがどんな反応をするか、もしかしたら、堀川さんが尻尾を出すかもしれませんよ。」と言っていた。その場所が徐々に近づいてくる。小谷の心臓は今にも爆発しそうなくらい激しく鼓動していた。杉下もその音の変化を聞き漏らすまいと、神経を集中させた。
「大応供を帰命せよ」の「よ」は2拍でゆっくりと『よー』と伸ばしていきながら全員が半音落としていった。その時、小谷が周りのみんなから、ほんの少しだけ高い4分の1音だけさげて『よー』を発した。その音の違いを杉下は感じ取ることが出来なかった。まわりの研修生も指導員たちも、何の違和感も感じ取ることが出来なかった。そのまま最後の回向までつつがなく進んでいった。会場内の雰囲気は最高潮に達し、研修生たちは今までで最高の正信偈を唱和できた喜びで、顔が上気して満足げだった。
終了後の講評に入り堀川が再びマイクを持って話し始めた。
「きょうはみなさん、ご苦労様でした。素晴らしい正信偈になったと思います。それぞれのお寺に戻られても、今日のような正信偈をあげられるように精進していただきたいと思います。ただ一つだけ指摘させていただくと、回向に入る直前の半音下げる『落音』の箇所がありますが、どなたか一人だけ下げ切っていなかったように思います。正確に半音落としてほしいと思います。」と講評した。
杉下は思わずほくそ笑んだ。小谷さんが意図的に4分の1音だけ音を外した罠に、見事に引っかかった。これはひっかけようと思っても特別な耳を持った人しか引っかからない罠だったのだ。この大研修室の指導員を含めた60名の中でこれを聞きわけられるのは小谷さんと堀川さんだけだっただろう。
研修が終わり昼食会場に全員が入っていく中、小谷と杉下が大研修室に残って話し合っているところに、京都府警の林田が入って来た。
「どうでしたか。成果はありましたか。」と林田が聞くと杉下は得意げに
「大きな成果です。彼は自ら音の違いを聞きわけられることを証明しました。今後の捜査はどうなりますか。」と杉下が聞くと林田刑事は
「堀川さんに殺害の動機がある事はよくわかったし、その手段として音の聞きわけ、発音の仕分けが手段になったのではないかということもよくわかりましたが、彼には決定的なアリバイがあります。それに小谷さんだって動機は十分だし手段も堀川さんと同じくらいできますよね。問題は共犯者の存在になってきます。失礼ですが小谷さんの周辺も捜査させていただきますし、堀川さんの周辺も捜査させていただきます。」と返答してくれた。杉下と小谷は林田に礼を言うと食堂に入って行って昼食を摂ることにした。
食堂に座ると小谷は杉下に
「実は今晩、堀川さんに会うことになってます。」と耳元でつぶやいた。杉下はあんな事件があって容疑者としてマークされている堀川に、1人で会うなんて恐ろしいなと感じたが、同時に女は強いなと感心させられた。
午後はいよいよ得度式である。明日の最終日は西山別院の本堂で最後の晨朝勤行をして、その後式典の修了式があるだけだが、今日の得度式は西本願寺の阿弥陀堂で一人一人が法主から御剃刀をしていただき黄袈裟と僧侶としての免許状である度蝶を頂くのだ。玄関前に集まった研修生は班ごとに整列して指導員に先導されてバスに乗り込んだ。お世話になった小谷清香はいたが、田島栄心はいない。不思議な感情を抱えたまま杉下はバスの座席でぼんやりと外を眺めた。
「この道を何回バスで通っただろうか。桂から京都市内までは意外と距離がある。しかし今までは早朝に行くことが多かったので、渋滞に巻き込まれなかった。しかし今回はかなり混みあっている。七条通を東に進み、西本願寺が左前方に見えて来てからでも堀川通の信号までなかなか到達しない。ようやく堀川通に入ると西本願寺正面にバスをつけて順番に降りていった。小谷清香を先頭に研修生が一列に中に入っていった。控えの間に入ると順番に座り、荷物を入れた風呂敷を広げ得体を整え、俗袴を履いた。この俗袴は死んだ田島栄心に頼んで貸してもらったものだったことを思い出した。得度を認められる前はまだ俗人であるという証にあえてこれを履くのだろう。袴を準備し班ごとの順番を確認して阿弥陀堂に入っていった。阿弥陀堂では一定の間隔を保ちきちんと整列して正座した。得度式が始まると読経の後、剃髪の儀式がある。前の方の列から順番に法主が一人一人に御剃刀をあてる。俗人は死んでからお葬式の直前に御剃刀の儀を行う地域もあるようだ。50人の研修生は僧侶になるこの時に剃刀をあてるのだ。1人10秒程度なので、10分くらいで終了した。その後は阿弥陀堂の出口付近で黄色の袈裟を受け取り、素早く控室に戻って俗袴を脱ぎ、得体を黒衣、黄袈裟、右手に中啓、左手には双葉念珠を持ち、正式な僧侶として阿弥陀堂の自分の席にいち早く戻った。ここからは正式な僧侶としての心得を全員で唱和したり、領解文という蓮如上人の時代に作られた浄土真宗の基本的な教義を暗唱した。最後に法主のお言葉を頂き終了だったが、控室で一人一人に度蝶と法名が書かれた書簡を頂き、正式に僧侶として認められた。帰りのバスではみんな寡黙だったが、これまでの修行を振り返り、感慨深いものを感じていた。しかし杉下はその場に田島栄心がいないことに寂しさと疑問を感じていた。




