変態Ⅰ
劉先生ゆるして
――お前たちは肉便器だ。
人類が待ち望んだ異星生命体との初邂逅。彼らが電波信号で送ってきたメッセージは、簡潔かつ理解に苦しむものだった。
中華人民共和国、香満省朕鉾市の巨大望遠鏡、安安が、69光年離れた恒星から受信したメッセージである。内容はこの一文のみであった。
国連主導のもと、国の垣根を超えた碩学たちが秘密地に集結し、喧々諤々の論争が行われる。
「お前たちをファックしてやるぞ、すなわち侵略の意図を示す、極めて単純なものだ、これは」
「安直に捉えるのは危険です。言葉の裏の真意を探らなければ」
「真意もクソもあるかい!肉便器とかいう直球淫語に意味を見出せと?」
「地球に女性的側面を見出しているのかもしれない。妊娠、出産、あるいは――」
「アジアはやはり文化的に遅れているようですね。男性も、肉便器たり得ます」
「聞きたくない!そんな話は。宇宙人がホモセックスに興じたいとでも言うのか!」
「このメッセージには2つの意味がある。まず、異星人からの"我々は地球文化を学んだぞ"というものだ。我が国日本でとあるホスト漫画が書かれたが、このメッセージはその作中のセリフに酷似している。そして、そのまま思考を進めれば、これは婚姻のメッセージだと容易に推察できる。ちなみに、その漫画のセリフとは、”お前さえよければ俺の生涯の肉便器に”――」
「そんなコピペ顔だらけの暴力漫画など知らん!」
「しっかり読んでるじゃねーか!」
「丸太漫画の話だけど、いつの間に兄貴復活してたの?」
「秘密会合の場でネタ漫画の話にそれるのはルールで禁止スよね」
「タイムマシン作って2005年に行きてえよ。ポルタタカヤツギハギ斬ポセ学わじまにあのジャンプ黄金世代」
「黄金(意味深)」
「あ、そこの棚のオレオとって」
「シュッ ビッ」
「ぐあっ」
秘密会合は漫画の話に終止して、何の結論も出なかった。人類は虫けらである。
* * *
人類がバカなことをしているうちに、侵略の魔の手は静かに忍び寄ってきた。
はじめに、偉大なるポルノ男優、ホーク・カトーが死んだ。
――もう二度と、精子出せません。無理無理。本当は世界中のオメコとファックしたかったけど、もう無理。まぢで。あれは、精神にクる。ちんちん勃たないよ。セックスが怖い。世界中のかわい子ちゃんたち、無責任ですまねえ。君たちみんなを、妊娠させたかった――
クソみてぇな遺書であった。世間は彼を笑った。しかし、彼を皮切りに、世界中のポルノ・スター男優が似たようなクソみてぇな遺書を書いて死んだ。死に続けた。
そして、世界から、AVが消えた。もう男優が、いねえんだもの。
◯
「ほんでぇ、君、AV男優になりたいって?」
森 王は、小汚いAV事務所の一室で面接を受けていた。
「はい!!めっちゃ頑張ります!!」
やる気満々といった風情の青年。
対する社長は、ハゲ散らかした額の汗を薄汚れたハンカチで拭いながら言う。
「君さあ、知ってるよね?もう、うちも含めてどこもAV撮ってないのよ。だってさあ――」
「――男優が、死ぬからですか?」
「そう。君さあ、セックスに命かけるなんて、バカバカしいと思わんの?」
王は、目を閉じ、深く息を吸った。居住まいを正した後、こう切り出した。
「僕の人生の話をしましょう」
「あ、うん」
「僕の名前は王。親がめっちゃバカなんで、王様になれって、クソみてぇな名前をくれました」
「うん」
「バチクソいじめられましたよ。当たり前ですね。王だもの。あほかて。で、中学生の頃のある日、ボッコボコにされた挙げ句、パンツを下ろされました」
「うん……」
「これを見てください!!」
王は絶叫の後、おもむろに立ち上がると、勢いよくパンツを下ろした!
そこには、あまりにも粗末な豆粒大ちんちんが鎮座していた。
「うん!?」
「どうだ!!小さいでしょう!!これがバレてからというもの、僕はさらに壮絶にいじめられた――素粒子ちんぽ、極小ペニス!!僕は、悔しかった!!この極小ペニスは、小さいけれどもたしかに僕自身で!!だから!!僕は!!!」
すとんと、ちんこ丸出しのまま、力が抜けたように座り込む王。虚ろな目で、うっそりと呟く。
「僕は、ナノテクを極めました」
「な、なのてく?」
「小さいちんぽでも、女性を満足させる技術です。僕に、イカせられない女性はいない。たとえこんな、極小ペニスでもね――社長」
「え、あ、はい」
「僕が研ぎ澄ましたこの技を、みんなに披露する場がほしい。それさえ叶えば僕は、死んでもいい」
王の目は血走っていた。ネコ科動物が獲物を見つめるようにまんまるに開かれた目が社長を見据えた。
さらけ出したままの極小ペニスが、社長の方を向いて喉を鳴らすようにヒクヒクと動いた。
「わ、わかった!わかったから!一本撮ればいいんでしょ!わかった、わかった!!」
* * *
ひとりの命がかかっていることを想像もできないくらい、撮影はつつがなく行われた。
有名AV女優を――彼女は王の指名だった――、王は手技舌技、時に足や髪の毛まで使い責め立てる。
だが、それを撮影室の隅で見守る社長は、内心こう思っていた。
――なんだ、大口を叩く割に、こんなものか。
確かに、彼は巧い。上位の男優たちにも比肩しうるだろう。百戦錬磨の女優も、主導権を握れず、されるがままといった状態だ。
だが、それだけだ。その程度だ。目新しさもなく、映像映えもしない。
――この程度の映像に、人ひとりの命は賭けられない。
社長が撮影中止を告げようとした瞬間だった。
「十分、ウェッティだ」
攻撃に使った人差し指をねぶり、王が呟く。
「ここまでは、オードブル——ゆくぞ、極小ペニス。仕事の時間だ」
彼はいつの間にか、パンツを脱いでいた。そしてそのあまりに小さな破城槌を、蜜滴る城門へ向けた。
* * *
「おほ――――――――っ」
白目をむき出しにし、獣のような絶叫を上げる女優。社長は彼女とは長い付き合いだが、このような痴態を見るのは初めてだった。
「すげえ!!腰の動きが早すぎてゆっくりに見えるぜ!!」
興奮した様子でカメラを回すカメラマン。あまりにも早い反復動作というものは、人間の視覚と脳の処理速度を超えた場合、まるでコマ送りのように見える。理屈の上では分かる。だが――
「まさか、こんな早業が実在するとは――」
一度腰を振る間に、三度肉がぶつかる音がするのだ。人間の視覚処理のfpsはおおよそ60程度と言われている。これはつまり――
「180fpsの腰振りだと!バカな……」
優美に、見た目にはゆっくりとしなるように律動する腰は、まるで宇宙空間を漂う巨大な弦のイメージを見るものに想起させた。
撮影室は異様な熱気に包まれていた。人を超える技、その集大成の披露に、撮影クルー全員が固唾をのんで見守る。
この一瞬が永遠に続けばいい。ああ、極まったセックスは、こんなにも美しい――
そんなとき、唐突に、王の動きが止まった。
* * *
王は、脂汗を浮かべた。
(――なんだ、これは)
視界の隅に、数字が表示されている。「13」、不吉の数字。あまりに、現実離れした状況だ。
だが、王は止まらない。
(ええい、知るか!!エッチ優先!!エッチ優先!!射精ぞ射精ぞ射精ぞぉ〜〜、――ん?)
王は気付いた。視界の隅の数字が、減っている。10、9、8、7……
思わず、動きを止める。
すると今度は、数字が戻っていく。7、8、9、10……
――射精カウントダウンだとッ!?
さすがの王も動揺した。俺の射精タイミングが、読まれている!あまつさえ表示まで――
血走った目で、周囲を見渡す。撮影クルーは動揺していたが、それはあくまでキングが不意に動きを止めたからのようだった。
明らかに、このカウントダウンは王にしか見えていない。
(なんなのだ!これは!!)
おかしなことが、起きている。超常の存在の影。脳裏をよぎるのは、まことしやかに囁かれる、国連と地球外生命体接触の噂、それとAV男優自死を結びつける陰謀論の類い――
ここで止めるか?だが――
(妙なことが起こるのは覚悟の上だ!!)
この技の全て、ぶつけて、散る。王の思考は、そこに帰結していた。
「うおおおおおおおおお!!!」
「AHEAHEAHEAHEAHEAHEAHEAHEAHEAHEAHE」
腰を振り続ける王!認識不能のうめき声を上げる女優!撮影中なのも人ひとりの命がかかっているのも忘れてやんややんやと喝采を送る撮影クルー!!
混沌がうねりを成し、収束し、カウントダウンは進む。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1――
「射精ぞッッッッッ!!!」
「AHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHAAAAAAAAAAAAAhhhhhhhhhhhhHHH!!!!!!!!」
その瞬間。
王の視界いっぱいに、しわくちゃの老婆がアヘ顔ダブルピースの海老反り姿勢で潮を噴いている映像が挿入された!!
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!」
射精は、止められなかった。
* * *
だだっぴろい麦畑の片隅で、王は体育座りをしていた。
虚ろな目で、ポーンと小石を放る。麦畑からガサガサと、イナゴの群が逃げ出していった。
「もう、二度と射精できないねぇ――」
あの日。射精の時に視界いっぱいに広がったアヘ老婆の映像。
人知を超える存在が、どんな意図をもって、あの映像を王の視界に挿入したのかはわからない。
重要なのは、その呪いがずっと彼を苛んでいることだ。
――一人でヤろうが、誰かとヤろうが、射精の時に必ず、あの老婆の映像が視界に挿入される。
それは、恐ろしい呪いだった。ついに彼は、インポテンツを発症した。
あの時撮影されたAVは、売れに売れた――
【小兵立大功!マイクロペニスの奇跡】と銘うって、撮影陣のオーディオコメンタリー付きで発売され、物珍しさに手に取った者も、全く出ない新作AVにしびれを切らしていた者も、その物理を超越した絶技に皆が驚嘆した。
彼は金持ちになったし、名声も得た。ナノテクで世の中をあっと言わせるという、当初の目標も完遂した。
「でも、たたねえんだもの。ちんこ」
いじけて、また小石を投げる。
「そりゃ死ぬわ。男優たち」
いっそ、僕も楽になったほうがいいのではないか――そんな考えまでよぎる中。
「おい!ここにいたか王!!ソープ行くぞ!!お前の金で!!」
「なんだ、千田か……」
タバコを吹かしたむくつけき大男が、背後からぬっと現れる。友人のダーチーだ。
ちなみに、中学校の時、王のパンツを下ろしたのはコイツである。
「放っといてくれ、泡風呂なんて、というかエロに関わるもの全て、考えたくもない……」
「まだババアの幻影に怯えてるのか!ワロタ!!ちんぽ出して行きましょう!エーザイ!!」
畜生である。
「お前には分かんないだろ。なにもかも、どうでもいいんだよ。ダーチー……」
「お前に、ひとつ質問がある。飛田新地を知っているか?」
「大阪にいまだしぶとく残ってる遊郭街だろ……それがどうした」
「メイン通り、青春通り、大門通り……飛田新地には実にたくさんの通りがあるが、その中には、妖怪通り、年金通りなんてものがある。信じられるか!?成人男性のディズニーランド、エロの大博覧会の中に、ヤァヤァ、我々はバケモンとババアを出すぞォ!!なんて自慢げに吹聴する通りが2つもあるんだぜ!?わざわざ大阪くんだりに行って、わざわざその通りに前かがみで向かう男たちがいる!で、これらの通りはずっと前から、しぶとく生き残り続けている。性癖っつーのは、度し難くて、ひとくくりにできない、てんでバラバラのエネルギーだ!お前は、そのババアの幻影は宇宙人の仕業とかなんとか言ってたが、だったらその宇宙人ってやつらは、ひとつの事実を忘れちまってるらしい。――すなわち、世の中に、オナネタにならない女はいないって事実をな」
ダーチーは、懐から四角い、薄っぺらいケース状のものを取り出した。そしてそれを王に渡す。
「こいつを進呈する」
それはDVDのパッケージだった。その表紙には、【還暦完熟!初撮りババア幻の驚天動地涅槃昇天ファック!】と書かれている。
「それで抜けるようになれば、お前は宇宙人に勝てるぞ!!例の幻影も立派なオカズになるだろうよ!!宇宙人を見返してやれ!!ガハハ!!」
「抜けるか馬鹿野郎!!」
変態Ⅰ 了




