第30話「炎の記憶、遠き祈り」
封じられし名「ヒミカ」が呼ばれたとき、
眠っていた記憶の断片が、火種とともに揺らぎ始める。
それは、かつて祈りを捧げ、世界を守ろうとした少女の記憶──
祠の奥に満ちていた光が、静かに収まっていく。
ミハヤは膝をつき、肩で息をしながら目を閉じていた。
「ヒミカ……それが、私の名前……だった」
セオリがそっと手を伸ばし、ミハヤの背を支える。
「無理しないで、今は……」
「……大丈夫。わたし……思い出しかけてる」
ミハヤの瞳の奥に、別の時代の光景が揺らいでいた。
──炎が舞い、空が朱に染まっていた。
──人々が祈りを捧げ、少女がその中心に立っていた。
「“ヒミカ”は、火の巫女……この地の守り人だった」
低い声が祠の空間に響いた。誰かが語るように、あるいは記憶が囁いているように。
「“ヒミカ”は、火の神の声を聞いた。けれど……火が暴走したとき、その名は封印された。
名を封じることで、力を沈めるために……」
イサナはその声に応えるように言った。
「でも、もう一度、その名を呼んだのは……ミハヤだ。きっと、必要だから」
ミハヤはゆっくり立ち上がる。
「……まだ全部は思い出せない。でも、何かが、わたしの中で眠ってる」
その時、祠の奥の壁が淡く光り、模様のような文字が浮かび上がった。
「これは……ウタ?」
セオリが驚いた声を上げる。
カムナの文字に似た、その“言葉”は、まるで焔のように脈打っていた。
「きっと、これが鍵になる。ヒミカの記憶を辿るための――」
イサナがそう呟いた時、祠の外から風が吹き込み、文字が空へと舞い上がる。
「……風が教えてくれてる。次に進むべき道を」
ミハヤが小さく笑った。その顔には、もう怯えはなかった。
「もう、逃げない。ヒミカの記憶も、火も、わたしのものだから」
静かに祠を出た三人。
その背に、朱の風が舞った。
世界の深層へと、物語はさらに踏み込んでいく――。
ヒミカという名前は、ただの記憶ではなく「使命」だった。
それは火と祈りにまつわる、古代の神話の一端──
この記憶が、次の“扉”を開く鍵となっていきます。




