第29話「揺らぐ炎、封じられた名」
ミハヤの記憶の奥に眠る“叫び”と“祈り”。
それは忘れ去られた過去と、封じられた名を呼び覚ます鍵だった。
そして、名を呼ぶということは……魂の火を再び灯すことでもある。
草原の端、一本の古木の根元に、小さな祠が埋もれるように佇んでいた。
イサナたちは、その前で足を止めた。
「……この場所、夢で見た」
ミハヤの言葉に、イサナとセオリは頷く。
祠の扉は少しだけ開いていた。中から微かに温もりのある風が流れ出てくる。
三人が中に入ると、そこには古びた祭壇と、小さな石碑があった。
石碑には、かすれた文字が刻まれている。
「これは……名前?」イサナが手で埃を払う。
そこに現れたのは、一文字――いや、“文字ではない何か”だった。
「これ、カムナ……?」
セオリの声に、ミハヤが目を見開く。
「……その音、知ってる。ずっと前から、聞こえてた。“ヒ”っていう音……でも、それだけじゃなかった」
彼女はゆっくりと石碑に手を触れる。
その瞬間、祠の中に熱が満ち始め、炎の紋様が彼女の手から浮かび上がった。
「名前が……ある。でも、呼んではいけない名前……」
幻のように現れる、焔を纏った影。
「お前の中に宿る“古き火”が、再び世界を焦がそうとしている……」
低く響く声。だがそれは怒りではなく、警告のようだった。
「封じられていた“名”が、目覚めを望んでいる。だが、選ぶのは――お前だ」
ミハヤの足元に、赤い花が一輪、咲いた。
「……この名を、呼んだら戻れない気がする」
イサナが彼女の肩に手を置く。
「でも、呼ばなければ、本当の自分には会えないんじゃないかな」
ミハヤは目を閉じた。
「……いいよ。名前を、思い出す」
深く、静かに息を吸い――
「わたしの名は……ヒミカ」
その瞬間、祠の中に朱の光が奔った。
封じられていた“名”が、再びこの世界に放たれた。
そして、それは新たな試練の始まりを意味していた――。
ミハヤの中に封じられていた“名”、それは「ヒミカ」。
かつて火を操ったとされる巫女の名が、今ふたたび響き始めます。
次回、彼女の中の“火”が真に揺らぎ出すとき、物語はさらなる深みへ。
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次回の30話では、この「ヒミカ」という名に隠された秘密、
そして、それを巡る“神話”の断片が描かれていきます。




