第3話 小さき命の光
少しずつ距離を縮めていくイサナとセオリ。
そんなある日、村でひとりの子どもが倒れたという知らせが届く。
ふたりは祈りと希望の力で、小さな命を救えるのか――。
その日は曇り空だった。
朝から村中が、どこか重たい空気に包まれていた。
「おい、聞いたか? キヨのとこの坊が倒れたらしい」
「熱が下がらんってよ……もう三日も水が飲めてねぇとか」
村の広場で交わされる不安な声。
小さな村では、誰か一人の不調が、大きな不安となって広がる。
「セオリ、どう思う?」
祠で掃除を終えたあと、俺は彼女にそう尋ねた。
彼女は眉をひそめ、祠の奥から、ふと一冊の古文書を手に取った。
「“命の灯、弱きときは、祈りの火をもって癒せ”……」
「古い言い伝えがあるの。けど、いまだに誰にも再現できてないわ」
「……できないなら、やってみるしかないだろ?」
俺の言葉に、セオリは少し驚いたように目を見開いたあと、ふっと微笑んだ。
「ほんと、あなたって不思議な人ね……じゃあ、一緒に行こうか」
⸻
倒れていたのは、薬草師の家のひとり息子・リク。
まだ五つになるかどうかの小さな子だ。
顔は赤く、息は浅く、意識ももうろうとしている。
母親はずっと手を握り祈っていた。
その姿が、どうしようもなく俺の心を掴んだ。
――誰かのために、こんなに必死になれるんだ。
「セオリ……何かできることは?」
「祈りの術を試すわ。でも、今の私じゃ……たぶん足りない」
セオリは懐から白い玉のような「神珠」を取り出した。
それは祠に捧げられた、祝詞の力を込める儀具。
彼女は静かに呟いた。
「カミヨカエシ、ヒカリノヒトミ……ワレ、ノゾミテ、ミタマフレ……」
祝詞のようなその言葉に、神珠がかすかに光る。
だが、子どもの苦しみは止まらなかった。
「……足りない。足りないの」
セオリが涙をこぼし、膝をつく。
両手は震え、祈りの言葉が、もう唇から出てこなかった。
「私じゃ、神の声に届かない……!」
かすれたその声に、胸が締めつけられた。
そのときだった。
俺の胸の奥が、じん、と熱を帯びた。
光でも炎でもない、言葉のような何かが、静かに内側で震えている。
(これは……俺の中の“何か”が応えてる……?)
天津坂で聞いた、あの静かな声が、また響いた気がした。
――《三つの祈りを、ひとつにせよ》
気づけば、俺はセオリの手を握っていた。
その手は冷たくて、かすかに震えていた。
「え……イサナ?」
「わかんねぇけど……祈ろう。二人で、力を重ねて」
「俺たちなら、きっと……何かを変えられる気がする」
俺たちは、言葉を合わせるように、祈った。
「ヒフミヨイ……ミズマルクムナ……マカタマノ……」
光が、神珠から放たれた。
白く、柔らかな光が、部屋全体を包み込む。
リクの顔色が、少しずつ戻っていく。
「……ん……」
小さな声が、喉から漏れた。
「……っ、生きてる……生きてるよ……!」
母親が泣きながら子どもを抱きしめた。
俺とセオリは、ただ手を繋いだまま、その光景を見守っていた。
⸻
祠に戻る帰り道。
夕日が山の端に沈む中、セオリがぽつりと言った。
「……ねぇ、イサナ。今日の光……あなたが引き出したのよね」
「いや……一緒にいたから、できたんだ」
セオリは少しうつむいたまま、言葉を続ける。
「私はね、本当は自分が選ばれた人間じゃないって、ずっと思ってたの」
「でも……今日、あなたと祈って、光を見て、少しだけ信じられた気がするの」
「私でも、人を救えるんだって」
そう言って微笑んだその顔は、どこか儚げで、だけどまっすぐで――
俺は、その笑顔を守りたいと思った。
「また、誰かを助けよう。今度は、もっと大きく、もっと強くなって」
「……うん」
祠の上空、夕日が差し込む空に、うっすらと虹のような光がかかっていた。
それは祈りのあとに現れた“証”のようで、どこか神聖だった。
天津坂で見た、あの三段の光の柱。
——その輝きに似たものが、空の奥で確かに揺れていた。
セオリとの絆が少しずつ深まっていく中で、イサナは“祈りの力”の意味を知っていきます。
次回、第4話では、古代の儀式「ミツヒノ祭」に参加。
神殿の“幻視”が、ふたりをさらなる世界の奥へ導きます。