第2話 金の瞳、白き衣
村の巫女見習い・セオリと出会ったイサナ。
少しずつこの世界に馴染み始める彼は、村の市で彼女の笑顔を知る――。
だけど、世界の奥には、まだ見えない「何か」が動いていた。
朝霧に包まれた小道を歩くと、石畳に水の粒が光っていた。
この世界に来てから八日目。まだ慣れないことも多いが、少しずつ日常の手触りを思い出してきた。
「イサナくん、おはよう」
村の農家のおばさんが笑顔で手を振ってくれる。
人々はあたたかく、どこか懐かしい。
その日、俺はセオリと祠の掃除をした後、一緒に村の市へ行くことになっていた。
「……市なんて、行っていいのか?」
「もちろん。今日は『月の九日』だから、祠の神様もお休みなのよ」
――神様も休むのかよ。
そんな冗談を心にしまいながら、俺はセオリと村の坂道を下っていった。
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市は広場に並んだ屋台の集合体だった。
果物、焼き魚、布地にお守り――にぎやかで、どこか昭和の縁日を思わせる。
セオリは白装束のまま、ぴょこぴょこと屋台をのぞいては、ふんわりと微笑んでいた。
祠にいるときの神秘的な空気とは違い、年相応の少女の顔。
「ほら、これ食べてみて」
渡されたのは、竹の皮で包んだ甘い団子。
齧った瞬間、懐かしさがこみあげた。もち米と黒蜜。まるで……。
「うまい……」
「ふふ、イサナくんって、意外とかわいい顔するのね」
「な……っ、言うな」
照れてそっぽを向いたが、セオリはくすくすと笑っていた。
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市の片隅に、ひっそりと設けられた占い屋があった。
老婆が1枚の板を見つめ、謎めいた言葉を口にしていた。
「三なる音が世界を開き……六なる光が調和を呼び……九なる印がすべてを閉じる……」
その言葉に、背中が冷たくなった。
――三、六、九。
天津坂の柱の光。それと同じ並び。
セオリも、顔色を変えて聞いていた。
「……あの言葉、知ってるのか?」
「祠の奥にある古い巻物に、似たような文があるわ。でも、意味は……誰も知らないの」
老婆はこちらに目を向け、微笑んだ。
「光の器は、幼き日に目覚めるもの。まだ間に合う」
……なんなんだ、この世界。
そして、俺はいったい何に選ばれた?
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市を出て、祠への道を登る途中。
セオリが小さな声でつぶやいた。
「……私ね、本当は巫女になるのが怖かったの」
「え?」
「だって、巫女って……一生、この祠で神様の声を聴き続けなきゃいけないのよ」
「誰かを好きになったり、村を出たり、普通のことが……全部できないの」
その横顔は、朝の光に照らされて、とても強くて、どこか寂しそうだった。
「でもね、不思議なの。あなたと会ってから、怖くなくなったの」
「……ぽかぽかするの。胸の奥が、あったかくなるような感じがして」
「……セオリ」
「あなたなら……私をどこかに連れていってくれそうな気がして」
俺は、何も言えなかった。
果物、焼き魚、布地にお守りーー
にぎやかで、まるで昔ながらの夏祭りのような、懐かしい縁日の風景だった。
村の市でのやりとり、セオリの笑顔、そして謎めいた占い師の言葉。
「3・6・9」や「天津坂」との繋がりが、少しずつ浮かび上がってきます。
次回、第3話では“癒しの祈り”をテーマにした小さな奇跡が起こります。
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