表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕が嫌いな私  作者: エドガー・サンポー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/31

第5章「再出発」その1

毎日20時頃に更新します。

 文化祭での騒動から一週間が経った。今週は本当にくたびれた。学校や警察からの事情聴取やら親からの叱責やら篠崎の家とのいざこざやら、心底疲れ果てた一週間だった。あの時、俺が逃げ出そうとする篠崎の足にカッターを突き刺したことで篠崎は行動不能となり、それからすぐに教師たちが野次馬を押しのけて駆けつけてきた。太腿から血を流しながら絶叫する篠崎に応急手当を施し、瞬く間に学校へ救急車が到着。篠崎は近くの病院に搬送された。


 その後、俺と吉崎、教室内にいた数人のクラスメイトが別室に連れていかれて状況説明をさせられ、やってきた警察からも再度説明を求められた。最重要の当事者である俺と吉崎は随分と長い時間拘束され、ようやく解放されたと思ったら今度は親に絞られた。そして最も面倒だった篠崎の家との話し合いは、予想以上にこじれ、今も揉めている最中である。篠崎の怪我は全治1か月と重く、篠崎自身憔悴しきっているらしい。


 だが、よその学校で暴れまわり、挙句の果てには刃物まで持ち出してきたというのに、被害者の面を被り、謝罪と賠償を要求するそのふてぶてしさには怒りを通り越して呆れるばかりだ。さらに弁護士を呼び出して裁判沙汰にまでしようとしてきている始末。篠崎の家は金だけはあって、あの手この手で問題を複雑化させようと躍起になっているため、早いところ折り合いをつけなければならない。両親には申し訳が立たない。


 ちなみに、誰もが気になるであろう篠崎が暴れた動機と俺の高校を狙った理由を説明しておこう。なんでも、学業不振やそれによる家庭内不和、さらには彼女にふられたことで猛烈なストレスを抱えた篠崎は、日々盗みや喧嘩に明け暮れて高校を退学させられたらしい。


 そして、いよいよ自暴自棄となり、たまたま通りかかった俺の高校の文化祭を襲ったのだという。なぜ篠崎が地元から電車で1時間以上かかる俺の高校の付近をうろついていたのかというと、やつの通っていた高校が近くにあったからだ。俺はそれを知ったとき驚いた。つまり同じ最寄り駅を使って通学していたのだ。よく道端で顔を合せなかったものだ。今の今まで知らずにいられたことは単なる偶然だった。


 ところで、昨日学校から連絡があった。それは、俺の処遇についてだった。やはり、カッターで足を突き刺したのがまずかったようだ。過剰防衛と見なされ、1か月の停学処分を受けてしまった。しかし、すでに俺の腹は決まっていた。


 正直なところ、もうあの学校にはいられない。今回の件のみならず、今まで俺はいくつもの問題を起し、迷惑をかけてきた。今回の件についてはクラスメイトや教師など多くの人たちが俺を擁護しているようだが、迷惑をかけたことに違いはない。文化祭は後味悪く終わってしまったし、衝撃的な光景を一部の人達に見せてしまった。


 篠崎とのやり合いを目の当たりにし、精神的疲労で寝込んでしまったクラスメイトもいるようだ。そのようなことを考えると、やはり俺は今回も多大な迷惑をかけてしまったことになる。今後これ以上迷惑をかけないためにも、俺は高校を退学する決意を固めたのだった。いや、それは建前にすぎない。実際は、居たたまれなさを限界まで感じているからやめてしまいたいのだ。確かに申し訳ないという思いもあるが、本音としてはこういうことだった。


「駆、吉崎さんが来てるわよ」


 唐突に扉の向こうから母親の声が聞こえた。吉崎が来ている? 一体何の用だろうか。そういえば、色々とバタバタしていたこともあり吉崎ときちんと話をすることができていなかった。いい機会だから今話してしまおう。


 俺は階段を降り、玄関の扉を開けた。「よう」と俺は抑揚のない調子で言った。こういう時、どんな顔をすればいいのか分からないので伏し目がちな表情を作った。吉崎もまた、後ろめたそうなぎこちない顔をしていた。その頬にはガーゼが貼ってある。俺はそれを見て目を細める。あの時──カッターを持つ篠崎に吉崎が飛び掛かった時、振り下ろされたカッターが吉崎の頬を掠ったのだ。吉崎が口を開いた。


「秋月、その……今時間ある?」


「あぁ……あるよ」


「なら、そこの公園で話さない? 色々と話したいこともあるし」


「そうだな、そうしよう」


 きまずい雰囲気の会話だった。だがそうなるのも仕方がない。しんみりとした空気を漂わせながら俺達は近所の公園に向かった。


 自販機で適当な飲み物を2本買い、片方を吉崎に渡す。吉崎は「いいよ」と遠慮を示したが、「もう買っちゃったし、飲んでくれよ」と俺が言うとこくりと頷いた。手近なベンチに二人で腰掛け、俺は500mlのコーラのフタを開ける。缶特有の小気味よい音が鳴り、俺は漆黒の液体を口に含む。吉崎もフタを開け、オレンジジュースを飲み始める。季節は11月、すっかり秋の風情で彩られていた。時折吹くそよ風は肌寒さすら感じさせる。どうせならあったかい飲み物にすればよかったと思った。


「それで、話ってのは……」


 俺は本題を切り出した。まずは吉崎の話を聞こうと思う。吉崎は両手で握っている缶に目を落としながら、神妙な顔つきで「ごめんなさい」と告げた。それから俺の方を向き、「色々ごたごたしていて話す機会なかったけど、改めて言わせて。迷惑かけて本当にごめんなさい」と、頭を下げた。俺としては謝られる義理などないし、むしろ悪いのは俺の方だと思っていたので反応に困った。


「よせよ、謝らなきゃならないのはむしろ俺の方なんだ。本当にすまなかった。その頬の傷も……危険な目に遭わせてしまってすまない」


「傷なんて、こんなの大したことないわよ。そんなことより、私が割って入って篠崎を刺激しちゃったから、あんなことになったの。すぐに先生を呼びに行くべきだったのよ。だから私が悪いに決まってる」


「……俺が言えたことじゃないけど、過ぎたことを嘆いてもしょうがない。仮に吉崎が来なかったとしても篠崎はカッターを取り出していたかもしれないし、もしそうなったら俺だけじゃ止められなかった。お前の加勢があったからやつを止められたんだ。だから俺はむしろお前に礼を言わなきゃならない」


「……でも、やっぱり、私が先生を呼びに行っていれば、大事になる前に収まっていたのよ」


 吉崎は再び自分を責める。これでは話が平行線だ。全く、吉崎らしくない物言いである。普段ならば他人に責任をなすりつけるくらい図々しいというのに、今はえらく謙虚というか、平身低頭だ。やはり、吉崎には普段通りであってほしい。今はそんな気分にはなれないだろうが、これではどうにもやりづらいのだ。


「なぁ、自分を責めるような言い方よせって。俺は別に怒ってなんかいないんだから。いつも通りにしていればいいんだよ。それが一番だ」


「そんなわけにはいかないわ。すごく迷惑かけたんだから……」


 あまりに腰が低いので背中がむずがゆくなってくる。いい加減、元に戻ってもらわなければ。だから俺はちょっと洒落くさい真似をしてみることにした。


「だったら、詫びとして何でも言うことを聞いてくれよ」


 吉崎は焦った表情を浮かべながらも、何をすればいいのか聞いてきた。そうだ、いい食いつきっぷりだ。すかさず俺は言ってやる。俺らしくもない、格好つけた調子で。


「毒づけよ。こんなしみったれたの、お前らしくもない」


 その言葉に、吉崎は目を丸くした。そして、くすりと笑い出した。


「バカみたい。似合わないわよ、そういうの」


 普段の色が戻ってきたことで、思わず俺も笑えてきた。俺は気づいたのだ。これまで事あるごとに人一倍くよくよしていたが、そんなことをしていても余計辛くなるだけだということに。篠崎とのひと悶着を終え、俺の心境は大きく変化した。不思議と前向きな考えが湧くようになったのだ。篠崎に一発お見舞いしたことで俺にずっと取り付いていた邪気のようなものが取り除かれた気がする。


 今回の件で多くの人に迷惑をかけたのは事実であり、本当に申し訳ないと思っているが、正直な話、俺にとってこの一波乱は必要だったのだと思う。一種の通過儀礼のようなものなのかもしれない。代償は大きいが、得るものもまた大きかったと感じている。もっとも、こんなこと大きな声ではとても言えっこないが。


「じゃあ、辛気臭い話はもう終わりだな。どうする、景気づけに遊びにでも行くか?」


「あんたってやつは……どこまでも変な奴ね」


「お前もな」


 俺達はすっかりいつもの調子を取り戻した。気分を戻したところで現実にのしかかる負債が消えてなくなるわけではないが、それはまた後で考えればいいのだ。そう、俺が退学するということも、後回しにすればいいのだ。

お読みいただきありがとうございます。


次回は明日の20時頃に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ