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僕が嫌いな私  作者: エドガー・サンポー


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第4章「時計を叩け」その8

毎日20時頃に更新します。

 不吉な音が耳に届く。それは、カッターの刃が伸びる音だった。電燈に照らされて鋭く光る得物に周囲の空気は一変した。呑気に観戦していた野次馬達にも緊張が走る。彼らはこれまではまだ不良の喧嘩ということで済ませていたが、刃物が出てきては洒落にならないとでも思っているのだろう。


 これに懲りてすぐにでも教師を呼んできてほしいのだが、教師が来る前にこっちが刺されかねない。ここは時間を稼ぐべきか。最悪、逃がしてしまってもいい。刃物を持った神経質な人間を外に逃がすのは危険なことではあるが、密閉された空間に助けが来るまで閉じ込めておくというのも無謀すぎる。


 篠崎が本気で殺しにかかってくるかどうかは未知数だが、わざわざ他校の文化祭で暴れまわるような奴だ、何をしでかすか分からない。俺は細心の注意を払って篠崎を見据えた。下手に動くと堰が切れたように動きだしかねないので身動きが取れない。だがいつまでもこうしているわけにもいかない。いつ刺しに来るか分からないのだ。教室全体を心臓が張り裂けそうなほどの緊張感が覆う。


 俺は震えていた。篠崎に震えを悟られないよう必死に抑えようと努めるが、それでも震えは止まらない。怖い? あぁ、怖いに決まっている。当たり前じゃないか。こんな状況で、今にも殺されるかもしれない状況で、怖くないわけがない。今は頭を働かせることで恐怖を何とか打ち消しているにすぎない。


 考えることすらやめてしまったら、いよいよ本当にへたりこんでしまいそうだからだ。ひょっとしたらあまりの恐怖に小便が垂れ流しになっているかもしれない。俺は今、怖いくらいに怖い。そのままポックリ逝ってしまってもおかしくないほどに。


「どうした? かかって来いよ。さっきまでの威勢のよさはどこ行ったよ」


 篠崎は不敵な笑みを浮かべながら挑発する。だが、動けるものか。こっちは一介の高校生にすぎないのだ。警官でもなければ軍人でもない。そして、俺は人一倍の臆病者だ。そんな人間が動けるわけがない。こうして取り乱さずにいるだけで充分だろう。これ以上俺に何を求めると言うのだ。


 と、その時だった。吉崎が動き出した。一気に間合いを詰め、篠崎がカッターを握っている右手首に手を伸ばす。不意を突かれた篠崎は焦り、吉崎の顔面へカッターを一振りした。俺は思わず目を瞑ってしまう。


 だが吉崎は臆さなかった。頬を切られ血を流しながらも、真っ直ぐに篠崎を見据え、そのまま奴の右手首を両手で力強く掴む。そして叫んだ。


「早く! 今のうちに!」


 恐怖に打ち震えていた俺は無理矢理突き動かされるように、篠崎へ掴みかかった。だが、二人がかりで取り押さえても篠崎の力を抑えることはできなかった。俺はあっさりと蹴り飛ばされ、吉崎も振り払われてしまう。さらに吉崎は篠崎に足払いをされその場に倒れてしまう。


 そして篠崎は大きく振りかぶり、握りしめたカッターを吉崎に突き刺そうとする。吉崎は転ばされたため逃げられない。周囲にはお化け屋敷の残骸のダンボールがあるが、手に取れる大きさのものはない。このままではカッターを防ぐことが出来ない。


 俺は走った。無我夢中に篠崎へ体当たりをした。篠崎の身体がよろめく。そしてその隙に篠崎の右手首を掴み、もう片方の手でカッターを奪い取る。不思議と篠崎の手には力があまり入っていなかった。得物を奪われたことで篠崎はベランダへ背を向けて逃げ出す。


 カッターを奪った俺は急に頭に血が上り、篠崎に飛び掛かる。うつぶせに倒された篠崎はこちらへ向き直る。そして俺は容赦なくカッターの刃を篠崎の太腿目がけて振り下ろす。だが悲鳴を上げた篠崎は俺を蹴飛ばし、ぎりぎりのところでカッターは篠崎の太腿に突き刺さることはなかった。篠崎は恐怖に顔を歪め、尻尾を巻いて再び逃げようとする。だが逃がすつもりなどなかった。 


 そうだ、俺はこの男に人生を狂わされたのだ。中学から数えて5年もの間、俺は辛い思いをし続けてきた。


 学校生活がうまくいかないのはこいつのせいだ、


 吉崎と喧嘩をしたのもこいつのせいだ、


 バイトの面接で店長にいびられたのもこいつのせいだ、


 体育祭で暴れまわってしまったのもこいつのせいだ、


 大勢のクラスメイトから責め立てられたのもこいつのせいだ、


 それによって精神を病んでしまい家出をしたのもこいつのせいだ、


 文化祭の準備で再び心がおかしくなって被害妄想に囚われたのもこいつのせいだ、


 そして、今のこの状況を生み出しているのも、こいつのせいだ。


 全てが、こいつのせいなのだ。俺はこれまで感じてきた怒り、悲しみ、憎しみ、妬み、嫉み、僻み、全てが篠崎によってもたらされたものであると思った。そう思いこんだ。そして、それを跡形も残らず晴らすために、俺は篠崎に向けてもう一度カッターを全力で突き刺さんとする。


 水っぽい、肉を裂くような音が小さく鳴った。瞬間、言葉通りの断末魔の叫びが教室を突き抜け、学校中に轟いた。こうして俺の人生に一区切りがついた。

お読みいただきありがとうございます。


次回は明日の20時頃に投稿予定です。

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