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僕が嫌いな私  作者: エドガー・サンポー


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第1章「鏡の女」その2

毎日20時頃に更新します。

 唖然。俺は数秒間何を言われたのか理解できなかった。それが何を意味しているのかが分からなかった。ようやく言わんとすることを理解できたとき、それはこっちの台詞だ、と俺は思った。この女が初めて教室に入ってきた時から思っていたことをまさかその当人から言われるとは思わなかった。しかし、この異様な空気の中、質問を質問で返すのは危険だ。並々ならぬ気味の悪さを放つこの女が期待する返答は一体何か。もし下手な回答をしようものなら何をされるかわからない。


 俺は吉崎の顔から目をそらさず、テロリストに要求された警官のような緊張した面持ちでそれはどういう意味だ、と言った。すると吉崎は眉をひそめながら、言葉通り、あんたは誰? 正体は何? と責めるような口調で言い返した。訳が分からなかった。俺の方こそ責め立ててでも聞きたかったことだというのに、何故俺の方が責められているのだろう。そう思うと、急に吉崎に対する恐怖感が薄らいでいき、代わりに沸々と怒りが湧いてくる。俺はその感情の勢いに任せ、おまえこそ誰なんだよ、と反対に問うた。すると吉崎は、どういうことよ、と眉をひそめて言った。


 「どうもこうもあるか。俺はお前が初めて教室に入ってきたときからお前が不気味でしょうがなかったんだ。俺の方こそお前が何者か聞きたいんだよ」


「それはこっちの台詞よ」


「いいや、俺の台詞だ」


 水かけ問答に俺は馬鹿馬鹿しくなり溜息をついた。それを見て吉崎はさらに苛立ったようだが、なにかしてくるわけでもなく黙り込んだ。俺もそれから声を発することなくその場に立ち尽くしていた。わずかな沈黙を破ったのは吉崎だった。気色悪いから今後私に近づかないで、と俺の目を睨みながら去っていった。俺はその言葉に腹が立ったので言い返そうとするが、吉崎の背中は既に堅い繭に覆われていた。それは、他者との関わりを遮断する堅牢な壁に見えた。


 クラス内でも授業以外では口を開くことのないこの女が、俺の隣に座ったとき一瞥をくれただけのこの女が、ここまで感情をむき出しにしてくるとは想像もしていなかった。だが、吉崎は俺との不可解な一致を気味悪く思いながらこの一週間を過ごしてきたのだろう。自分とそっくりな人間が近くにずっといるというのは実に不快なことだ。生理的な嫌悪感に加え、今まで気がつかなかった自分の汚点欠点盲点がはっきりと見えてしまう。俺は今まさにそれを体験している以上、吉崎の気持ちもある程度は理解できる。


 しかし、だからといって俺はあの女が嫌いだ。自分のことが嫌いなのと同じように。

俺は、つい先日謎の転校生吉崎はなれと旧校舎でばったりと出くわした。そこで交わされた会話の応酬で、俺はあの女の異常性を垣間見た。他人を見下すような不遜な態度、あれを見て俺は確信した。性格の面では俺と吉崎は似てなどいないということを。俺はいきなりよく知りもしない相手に向かって、何者だ? などと迫ったりはしない。


 それにしても、と俺は昼休みの教室を眺めながら思う。吉崎はなれのひどさもさることながら、この3年1組の連中のレベルの低さにも呆れるばかりだ。口を開けば流行の芸能人だのドラマだの映画だのゲームだの、一体いつまで「みんなと一緒」でいたいのだろうか。右向け右で誰もが同じ方向を向いて歩く光景は、さながらロボットだ。馬鹿馬鹿しい連中だ、と俺は吐き捨てた。本当に、苛々する。


-----------


 学校から帰宅してもすることがなかった。やることと言えば本を読むくらいだが、それだけでは時間が余る。そこで俺は気まぐれでアルバイトを始めることにした。人の下につき、はした金で働くのは癪だが、たまには変わったことをやるのもいいだろう。


 それに、もしかするとバイトを通じて気の合う仲間ができるかもしれない。なに、どうせバイトだ、嫌気が差せばすぐに辞めればいい。善は急げ、俺は早速バイトを探し始める。条件としてはとにもかくにも家から通いやすいところだ。


 俺は学校に毎日2時間かけて通学しているから、バイトは近所にしたかった。そうなると、うちのような田舎では必然的にコンビニになる。俺は最初に頭に浮かんだ自宅から徒歩10分ほどのコンビニに電話をかけた。面接の予約を取り付けると、次に履歴書を書く作業に取り掛かった。これだけパソコンが普及した世の中で未だに手書きで書かせるのは理解に苦しむが、仕方なく手書きで履歴書を書き上げた。あとは来週の土曜の面接まで座して待つのみだ。


-----------


 面接当日。履歴書を持ち店へ向かう。今日は面接ということで高校の制服を着ている。ほんの暇つぶし感覚で始めようとしているバイトだが、履歴書を書き、面接までするのだ。受かるつもりで臨む。


「アルバイトの面接に来た秋月です」


 店に到着した俺はレジにいる店員に声をかけ、バイトの面接に来たことを伝えた。だが、この時、その店員は俺に背を向けていたため顔が見えなかった。女であることは髪型からして分かるのだが、それ以上のことは分からなかった。だから店員が俺の言葉を受けて振り返った時、腰を抜かすかと思った。


「……何であんたがここにいるのよ」


 信じられないものでも見たかのような顔で吉崎はなれは言った。俺も驚愕の色を隠さずありのままのリアクションする。


「お前、こんなところで何しているんだ」


「見れば分かるでしょ、私はここで働いてんの。……あんたまさかここで働く気?」


「そうだよ、悪いかよ」


「最悪、よりにもよってこいつとは」


 心の底から嫌悪感を放ってくる吉崎。俺は不快感でいっぱいになる。だが今更帰るわけにもいかないので「……そんなことよりバイトの面接に来たんだが、担当の人に繋いでくれよ」と吉崎に言った。吉崎はまだ文句を言い足りないような表情をしているが、先ほどの会話で他の客やもう一人の店員に不審な目で見られていることに気づき、「ちょっと待ってて」とうんざりした顔で言いながら店の奥に入っていった。


 待つこと30秒、戻ってきた吉崎が飲料コーナーの横の従業員出入口から入れと言うので俺はげんなりとした面持ちのまま移動する。俺は早くも気力を失っていた。


 扉を開けて中へ入ると、事務所と更衣室を兼ねているような空間が広がっていた。3畳ほどの広さで、山積みにされた段ボールや机とパソコン、さらにはロッカーまである。俺は何も言われていなかったので机の手前にある椅子に座ることなくその場で立ち尽くしていた。すると、背後の扉が開いた。


「お待たせしました、そこの椅子にかけてください」


 言われた通り椅子に座る。男も目の前の椅子に座った。歳は30代半ばくらいで、細身で眼鏡をかけている。弱々しい感じのする男で、風が吹けば枯れ枝のように飛んで行ってしまいそうな危うさがあった。俺は吉崎のおかげでやる気をかなりの部分失っていたが、面接が始まるということで無理にでも表情を整えた。


「店長の若森です、よろしく」


若森と名乗るこの店の店長は微笑みながらそう言った。俺は自分の名前を名乗り、軽く挨拶をした。この店長、気は弱そうだが、人の良さは感じられる。田舎町ののんびりとした空気にふさわしい店長だと思った。俺はもう一年ほどこの店には来ていないが、前の店長は強面で熊のような大男だったから買い物をするときは少しだけ怖かったのだが、この店長は全くの逆で、店のイメージが良くなったのではないかと思う。


 もっとも、前の店長は見た目こそいかつかったが、店内におしゃれな飾りつけをしたり、商品のPOP広告を描いたりなど客を和ませるような工夫をしていた。それは自分の見た目を少しでも和らげるための彼なりの努力だったのだろうと思う。だからあの強面店長がいなくなってしまったことに少しだけ寂しさもある。コンビニ業界のことはよく分からないが、人の移り変わりの激しい世界なのだろう。俺がそんなことを考えながら哀愁をたたえた表情を浮かべていると、店長が唐突にこう言った。


「やる気ある?」

お読みいただきありがとうございます。


次回は明日の20時頃に投稿予定です。

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