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声の届かぬ森で

作者: ntpq
掲載日:2025/05/25

※本作は短編です。

言葉の通じにくい時代に生きる少女・ユイの視点から、「伝えること」について考えてみました。


先に公開していた『飛ぶことと話すこと』と対になるような構成です。

どちらの話からでもお読みいただけます。

言葉が通じないことに、私は慣れていた。


薬草を探しに村の外へ出るようになってから、もう三度目の季節がめぐった。

山を越えれば、言葉の調子も、人の目も、風の匂いさえ違う。

話しかけても、返ってくるのは訝しむような顔か、そっけない沈黙だった。


一度、草の効能を伝えようとしたとき、

知らない言葉で怒鳴られて、水をかけられたことがある。

それ以来、私は言葉を使うことに慎重になった。


それでも、私は草を探す。

どこに何があるのか、どう効くのか、どう煎じるのか――

知っているだけで、救える人がいる。

話さずとも、やれることはある。

そう思っていた。

そうでも思わなければ、胸の中の、どうしようもない孤独に押しつぶされそうだった。



あの日、沢のそばにしゃがんでいた私に近づいてきたのは、一人の若い男だった。

村の者ではない。

でも、弓を持ち、気配を消して歩く様子から、狩人であることはすぐにわかった。


彼は私を見るなり、何かを言った。

意味はすぐには掴めなかったが、敵意は感じなかった。

身ぶりと、目の動き、間の取り方――

彼は、伝えようとしていた。


私は、少しだけ言葉を返してみた。

知らない抑揚に戸惑いながら、それでも、通じた。

わずかな言葉と身振りの中で、彼は私が探している草の名前を聞き取り、

その草のありかを知っているという素振りを見せた。


驚いた。通じた、ということが、こんなにも嬉しいものだとは思っていなかった。

そして、その嬉しさが胸を刺すように痛かった。

これまで、誰にもわかってもらえなかったのだと、あらためて思い知った。


彼は先を歩き、私はあとをついていった。

道中、彼は何度か私の方を振り返った。

ふとした表情に、やさしさと不器用さがにじんでいた。

それだけで、私は少し、安心した。


歩きながら、たどたどしい会話を交わした。

言葉の壁はあった。

でも、その向こうに、何かがあった。


“話す”ということが、ただの音のやりとりではなく、

何かを伝えようとする心の動きなのだと――

私は、そのとき初めて、実感した。



草を手に入れたあと、私は彼に礼を言って山を下りた。

それっきり、顔は見ていない。


けれど、その後。

風の音を聞くたび、葉の揺れに目を止めるたび、

私はあのときのことを思い出す。


言葉は、届かない。

けれど、「届かせよう」とした記憶は、私の中に残った。


もっと、ちゃんと話せたら――

もっと、伝えられたら――

そんなことを、考えるようになった。


私があのとき伝えたかったのは、草の名前でも、効能でもなかった。

礼と、喜びと、たぶん、少しの名残惜しさ。

言葉の奥にあったそれらは、私の口をすり抜けて、どこにも届かなかった。


私は、言葉の限界を知っていた。

でもあの日、限界の少し向こうを見た気がした。



私は今でも草を探している。

道に迷っても、人に笑われても、足を運ぶ。

そして時々、空を見上げる。


飛ぶことは、想像したこともなかった。

でも、あの日のように――たとえ少しでも、誰かと言葉が通じたら。

そんな時間が、また訪れたらと思う。


想像は、一人で閉じていては生まれない。

何かを伝えようとした誰かに出会ったとき、

はじめて、自分の中にも芽吹くものがある。


私はそう信じている。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


タカが「会いたい」と思いながら“飛ぶこと”を想像したのに対し、

ユイは「伝えたい」と思いながら“言葉の壁”に向き合っていました。


想像は、時に時代の中に閉じ込められます。

でも、誰かとの出会いによって、その想像は静かに広がっていくのかもしれません。


もし何か、心に残るものがあれば幸いです。

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