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声の届かぬ森で

作者: ntpq

※本作は短編です。

言葉の通じにくい時代に生きる少女・ユイの視点から、「伝えること」について考えてみました。


先に公開していた『飛ぶことと話すこと』と対になるような構成です。

どちらの話からでもお読みいただけます。

言葉が通じないことに、私は慣れていた。


薬草を探しに村の外へ出るようになってから、もう三度目の季節がめぐった。

山を越えれば、言葉の調子も、人の目も、風の匂いさえ違う。

話しかけても、返ってくるのは訝しむような顔か、そっけない沈黙だった。


一度、草の効能を伝えようとしたとき、

知らない言葉で怒鳴られて、水をかけられたことがある。

それ以来、私は言葉を使うことに慎重になった。


それでも、私は草を探す。

どこに何があるのか、どう効くのか、どう煎じるのか――

知っているだけで、救える人がいる。

話さずとも、やれることはある。

そう思っていた。

そうでも思わなければ、胸の中の、どうしようもない孤独に押しつぶされそうだった。



あの日、沢のそばにしゃがんでいた私に近づいてきたのは、一人の若い男だった。

村の者ではない。

でも、弓を持ち、気配を消して歩く様子から、狩人であることはすぐにわかった。


彼は私を見るなり、何かを言った。

意味はすぐには掴めなかったが、敵意は感じなかった。

身ぶりと、目の動き、間の取り方――

彼は、伝えようとしていた。


私は、少しだけ言葉を返してみた。

知らない抑揚に戸惑いながら、それでも、通じた。

わずかな言葉と身振りの中で、彼は私が探している草の名前を聞き取り、

その草のありかを知っているという素振りを見せた。


驚いた。通じた、ということが、こんなにも嬉しいものだとは思っていなかった。

そして、その嬉しさが胸を刺すように痛かった。

これまで、誰にもわかってもらえなかったのだと、あらためて思い知った。


彼は先を歩き、私はあとをついていった。

道中、彼は何度か私の方を振り返った。

ふとした表情に、やさしさと不器用さがにじんでいた。

それだけで、私は少し、安心した。


歩きながら、たどたどしい会話を交わした。

言葉の壁はあった。

でも、その向こうに、何かがあった。


“話す”ということが、ただの音のやりとりではなく、

何かを伝えようとする心の動きなのだと――

私は、そのとき初めて、実感した。



草を手に入れたあと、私は彼に礼を言って山を下りた。

それっきり、顔は見ていない。


けれど、その後。

風の音を聞くたび、葉の揺れに目を止めるたび、

私はあのときのことを思い出す。


言葉は、届かない。

けれど、「届かせよう」とした記憶は、私の中に残った。


もっと、ちゃんと話せたら――

もっと、伝えられたら――

そんなことを、考えるようになった。


私があのとき伝えたかったのは、草の名前でも、効能でもなかった。

礼と、喜びと、たぶん、少しの名残惜しさ。

言葉の奥にあったそれらは、私の口をすり抜けて、どこにも届かなかった。


私は、言葉の限界を知っていた。

でもあの日、限界の少し向こうを見た気がした。



私は今でも草を探している。

道に迷っても、人に笑われても、足を運ぶ。

そして時々、空を見上げる。


飛ぶことは、想像したこともなかった。

でも、あの日のように――たとえ少しでも、誰かと言葉が通じたら。

そんな時間が、また訪れたらと思う。


想像は、一人で閉じていては生まれない。

何かを伝えようとした誰かに出会ったとき、

はじめて、自分の中にも芽吹くものがある。


私はそう信じている。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


タカが「会いたい」と思いながら“飛ぶこと”を想像したのに対し、

ユイは「伝えたい」と思いながら“言葉の壁”に向き合っていました。


想像は、時に時代の中に閉じ込められます。

でも、誰かとの出会いによって、その想像は静かに広がっていくのかもしれません。


もし何か、心に残るものがあれば幸いです。

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