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決心


「きゃー!」


 つんざくような叫びが真衣子の耳を貫いた。


「良かったね、カレシができて!」

「騒がないでよ。 私だってもうアラサーなんだから、カレシの一人くらいいたっていいでしょ」


 少年はカメに向かって、良かったよねなんて言って、背中を撫でている。

 全く聞いちゃいねえ。


「それより、私がいない間、あんたはずっとカメと仲良くしてたの?」

「うん!」


 少年はうつ伏せになって、カメと目線を合わせ、足を交互に動かしている。


「でも、カメくんはすごいよ。 動かない時は本当に動かないんだもん。 僕はじっとするのは得意じゃないからさ。 カメくんは寂しくないのかなって思うよ」


 僕たち、もう友達なんだと少年は楽しげに言った。

 

 * * *

 

 真衣子は祐樹と焼き鳥を食べに来ていた。金曜日の仕事帰りである。

 今のところ、かつての飲み友達という関係と変わっていない。手を繋ぐくらいのことはしたものの、未だキスもしていなければ、当然その先にも進んでいない。まるで中学生のカップルである。しかし、その現状にほっとしている自分がいることも確かだ。なんといっても、お互いアラサーである。付き合うということは、その先に結婚もちらつく。その現実味が帯びないために、曖昧な関係を続けたいとも思ってしまうのだ。というのも、独身生活を長らく満喫している真衣子にとって、結婚は遠ざけたい存在である。無論、結婚願望がないわけではない。だが、結婚の先に見える諸々の面倒ごとや経費を考えると躊躇してしまうのが現実だ。まして、子供を産んで育てようものなら、数百数千万は掛かるという。それを成し遂げられる自信は、ない。

 真衣子はねぎまを、祐樹はつくねを頼んだ。食べる時、気取って肉を串から取って食べようか激しく逡巡したが、らしくないことをしても碌なことは起こらない。せめて、いつもより控えめにかぶりついた。

 プリッとしたもも肉の、ジューシーな油が舌に絡みつく。柔らかく、シャキッとしたねぎの香りが、肉の旨味と絶妙なバランスで調和している。

 美味しい。

 二人でお喋りしながら焼き鳥を食べ進め、飲み会の終盤に差し掛かる時、ふと好奇心で聞いてみたくなった。


「何もない部屋でずっと閉じ込められるって、どんな感覚だと思う?」


 え?と祐樹は顔を上げた。その時、彼はちょうどひな串の一番下のところを食べていて、口の端にタレがついていた。そんな顔で、不審げに真衣子を見つめる。


「何でそんなこと聞くんですか」


 その瞬間、真衣子は己の軽率さを思い知った。

 堅気のアラサーが、恋人と飲んでいてこんな意味のわからん質問するか、馬鹿、馬鹿、馬鹿。


「い、いや……別に深い意味はないけど」


 そのままスルーされると思いきや、思いの外祐樹は真剣に考えている。


「生まれたときから閉じ込められているのなら、それほどストレスはないかもしれないですね。 でも、外にも世界があるってことをちゃんと知っていて、閉じ込められるのはつまらないとかよりも、辛いでしょうね。 出られなくても生きていけるのでしょうけど。 檻に閉じ込められた動物って感じじゃないですか」

 

 * * *


 日曜日。

 真衣子は少年に聞いた。


「幽霊ってやっぱり成仏したいの?」


 少年はうーんと唸った。

 少年は、低く小さい丸テーブルの上に座っている。


「僕は成仏したいっていうか、ここから離れたいな。 つまらないもの」


 そうすると、慌てて言い直した。


「真衣子ちゃんが嫌なわけじゃないよ」


 わかってるわかってると言いながら、真衣子は一人、密かに決心したことがあった。それは突如にやってきて、真衣子の腹の底で動いた。動いて、それはそこに座った。


「私、やってみる」

「何さ?」

「あんたのこと、成仏させる」


 少年は目をまん丸くしている。

 慌てて立ち上がり、手を何かしたいように――例えば肩を揺さぶるとか――中途半端にぎくしゃくと突き出した。


「む、む、む、無理だよ真衣子ちゃん。 そんなことできないよ」


 少年は真衣子をいなすように口元だけ笑っていた。しかし、目の中では驚きの色があった。それを隠そうとしていることもわかった。

 幽霊のくせに、そんなことは止めろと忠告するつもりか。


「何で、急にそんなこと言い出すのさ?」

「別に、あんたが可哀想だからやるんじゃないから。 単なる趣味よ。 だって、何で私が幽霊と共同生活しなきゃなんないのよ」

「でも、やっぱ無理だよ」


 少年は目ん玉が飛び出しそうなほど、真衣子の顔を見つめている。


「どうすンのさ」

「隣の人に聞きに行くとか」


 隣人なら、前に住んでいた人が何者かわかるかも知れない。わからなかったとしてもわからなかったことがわかれば良い。

 少年は何か言いたいが、何と言えばいいかわからずもどかしい、という風に頭を掻きむしった。


「まあ……やりたいならやればいいと思うけどさ。 好きにすればいいよ」


 隣の人はかなり高齢のお婆さんだった気がする。引っ越しした時に挨拶しに行ったのだ。白髪で、腰が曲がっているせいか、背がとても小さかった。真衣子はそれほど背が高いわけではないのに、真衣子の鳩尾辺りしか身長がなかったはずだ。見た目も話し方も穏やかで、とても接しやすかった記憶がある。名前はカズヨだったか、カズコだったか。尋ねて行って、あのお婆さんが出てくれたらこちらの勝利だ。

 しかし、なんと言って訪ねよう?いきなり、私の前は誰が住んでましたかと聞いても怪しいだけだ。よくあるパターンは、料理を作り過ぎたから分けるという手法である。だが、今時アラサーがそんなことするだろうか?逆に怪しい。実家から食べ物が送られて来たが大量すぎて食べられないとか?

 それが一番ぴったりな気がした。そうとなればモノを揃えなければ。

 


本作品はフィクションであり、登場人物や作中で起こる出来事は全て創作です。

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