東京スカイツリー
とうとうこの日がやってきた。東京スカイツリーにお出かけだ。仕事で通るときは何も感じない場所も、今日は清々しく感じられる。東京スカイツリーというロマンティックな場所でダブルデートだなんて(あくまで真衣子はそう認識している)、学生以来だ。アラサーも捨てたもんじゃないと、ウキウキ爪先が動きだしそうだった。
待ち合わせ場所は、東京スカイツリータウンの入り口である。一番最初に来ていたのは野崎恵美だった。恵美の服装を見て、真衣子は密かにほっとした。
同じレベルだ。
好きな人とのデートだと言うのに、運動部が使うような大きなリュックを背負っている。
一体、何を持ってきているのか。
真衣子の次に来たのは三山祐樹だった。黒のスキニーパンツに白のTシャツに、茶色のカーディガンを着ている。
そして、寝坊という理由で二時間遅れて来たのが高橋蒼である。
蒼を除いた三人は、近くのおしゃれなカフェで時間を潰し(もっとも、紅茶は全く真衣子の喉を通らなかったが)、蒼が来てから挨拶もそこそこにカフェの外に出た。
ちなみに、蒼はドクロが全面に描かれているTシャツとダメージジーンズ、金色のネックレスに大量の指輪という出で立ちだった。写真では分からなかったが、刺青は首元から右腕の全域に及んでいた。
外に出ると、冷たい風が肌を刺す。早速蒼が、「寒いなあ」腕をさすりながら言った。すると、恵美はリュックからカイロを取り出して、蒼に渡した。蒼が「喉が乾いたなあ」と言うと、リュックから水筒を取り出して、蒼に渡した。蒼が「鼻水が出てきたなあ」と言うと、リュックから鼻に優しいやわらかティッシュを取り出して、蒼に渡した。蒼が「やっぱり寒いなあ」というと、リュックからメンズ用のカーディガンを持ち出し、蒼に着せた。
リュックは猫型ロボットのポケットだったか。
祐樹が真衣子にだけ聞こえるように言った。
「恋をした方が負けって、こういうことなんですね」
やがて現地解散となり、真衣子は祐樹と一緒に行動することになった。二人で並んで歩く。
「すみません、こんなところまでついて来てもらっちゃって」
いえいえと祐樹は言う。
真衣子は聞いた。
「どうしますか、この後」
その時ちょうど、東京スカイツリーの展望台に登るためのチケット売り場の近くまできたところだった。
「どうしましょうかね」
祐樹は逡巡している様子でこう答えた。真衣子はがっかりした。真衣子の質問はつまり、せっかくチケット売り場の近くまできたのだから、一緒に登ろう――という誘いである。だが、経験も才覚も足りない祐樹は、バカ素直に真衣子の質問を受け取った。真衣子の心情が伝わったのか、祐樹は慌てて言った。
「せ、せっかくだから登りますか」
祐樹はへどもどと狼狽している。真衣子は可笑しくなって、思わず吹き出した。祐樹は真衣子の笑顔に見入ってから、照れくさそうに微笑んだ。
* * *
展望台に登って、富士山と隅田川に浮かぶ屋形船をカメラに収め、ソラマチの甘味処で白玉ぜんざいを食べた。その後、食品サンプルのお店を覗き、飴屋で金魚の飴細工を買った。飲み屋の時とは違い、ぎくしゃくと会話をしながらソラマチを散歩し、串揚げの店で夕食を済ませた。
東京スカイツリーを出た時には、すっかり空は暗くなっていた。外の花壇に二人で腰掛ける。
「今日、すごく楽しかったです」
「いえ、僕の方こそ楽しませてもらいました」
すぐに無言になった。
真衣子はキラキラ光っている東京スカイツリーを眺めた。
「あの」
祐樹が先に話し始めた。
「あの、僕と付き合いませんか」
真衣子は祐樹の顔をまじまじと見た。顔中真っ赤に染め、祐樹は俯いている。
「冗談で言ってるわけじゃないんです」
祐樹はぽつりと呟いた。
「前から真衣子さんのことは気になってたから」
どうですか、と聞くと同時に、祐樹は真衣子の視線を正面から捉えた。
何の躊躇もなく、自分でも驚くほど素直に返答が喉から飛び出した。
「もちろん、よろこんで」
本作品はフィクションであり、登場人物や作中で起こる出来事は全て創作です。