三山祐樹という男
10:25「土曜日引っ越ししたんですよね。 大丈夫でしたか?」
10:27「無事引っ越しできました。 良かったです」
10:27「何かお手伝いできることがあれば言ってください」
10:59「家、見に来てみますか? 最寄りに飲み屋もありますし。 飲み屋開拓がてらに」
11:15「僕が行っても良いんですかね」
11:25「私は大丈夫ですよ」
11:30「お家は墓地の横でしたっけ」
11:35「そうですよ。 怖いですか?笑」
11:42「そんなことないですよ。笑 じゃあ、ちょっとだけ行ってみようかな。 飲みに行く前にお邪魔してもいいですか」
11:50「はい」
* * *
三山祐樹が新しい家に来た。
「へえ、ここが新しいお家ですか」
「新しいって言っても私にとって新しいっていうだけですけどね」
祐樹を部屋の中に招き入れる。
祐樹は靴を脱ぎ、きっちりと揃えた。そして、部屋に入ることを躊躇しているかのように、慎重に足を踏み出す。
緊張しているのだろか。しかし、緊張していたのは祐樹だけではない。真衣子もどきどきしていた。
「すみません、まだ全然汚くて」
「……所沢さんは墓地の横とか気にしないんですね」
真衣子の言葉は無視された。祐樹なりの気遣いだろう。段ボールは山積みだし、使わなくなった段ボールは畳んで至る所の隙間に挟まっている。お世辞にも綺麗とは言える状態ではない。ほんの一瞬、祐樹を家に招いたことを後悔した。だらしない奴と思われたかな。
祐樹は知り合ってしばらく経っているのに、未だに敬語である。真衣子の呼び方も「所沢さん」だ。したがって自動的に真衣子も敬語になる。
「そうですね。 幽霊とかが怖くないわけじゃないけど、幽霊が皆んな悪い霊だって感じはしないです」
そうなんですね、と祐樹は相槌を打つ。会話が途切れた。
「三山くんは幽霊とか信じますか?」
「あまり信じてはいないです。 見たことがないから」
真衣子の新たな発見であった。なるほど。祐樹はそういう感じの人なんだ。見たことを信じる、理屈で物事を考える人だ。ちなみに、真衣子は感情のままに行動するタイプである。
「じゃあ、お化け屋敷も余裕で入れますね」
冗談半分に言ってみると、祐樹は思いの外真剣に考えていて、
「信じてはいないけど、コワイです」
と返された。
思わず笑ってしまった。
「わかります。 その感じ」
祐樹もつられるように笑った。そして、辺りを見渡すと
「でも、港区でも墓地の近くだと安いんですね」
と言った。
僕も墓地横に住もうかなというので、また笑った。
「せっかくだからお茶でも出しますよ」
その後はたわいもない話に終始した。真衣子の心情としては、とても、とても――艶消しだった。
せっかく家まで来たのに、飲み屋で飲んでいるのと同じじゃないか。どうしたいとか、どうして欲しいというわけではないが、もう少しロマンチックなことがあっても良いのではないか?
始終目を伏せ気味だった祐樹は、ふと真衣子の後ろに目をやった。
「あれ、何ですか」
後ろを振り返ると、まだ開封していない段ボールの上に、顔が描かれた大きなどんぐりが二つ並べて置いてあった。
「ああ、あれは姪に貰ったんですよ」
嘘ではない。真衣子が二年前に実家に帰省した時である。姪がひときわ大きいどんぐりを見つけて喜んでいた。それに顔を描いて真衣子にくれたのだ。大したものではないが、真衣子は今でも大事に取ってある。ジップロックに入れていたのだが、他のものと比べて小さく、失くしてはいけないからと取り出して置いたのである。
「せっかくだから片方あげます」
「良いんですか? その姪っ子さんは所沢さんにあげたんじゃないですか?」
「私にとって大事なものだから、あげるんですよ」
少しばかり祐樹が照れくさそうにしたのは気のせいだろうか。
「じゃあ、飲みに行きますか」
と祐樹が言った。
「そうですね」
これだから恋愛に発展しないのである。
* * *
一通り飲み終えた後、店の外に出た。
「家まで送って行きます」
真衣子は首を振った。
「大丈夫ですよ。 墓地横にアブない人なんて出ませんから」
「でも夜道は危ないです」
そう言って、祐樹の方から歩き出した。しばらく歩いていると、やっと思い出した。
「そういえば、恵美さんが蒼さんと東京スカイツリーに行くらしいですよ」
恵美と蒼の話は既に祐樹に話しているので説明は不要である。付け加えると、恵美もこれを承知しているので極めて合法的だ、念のため。
「そうなんですね。 いい感じになってるんだ」
「それで、恵美さんに私と三山さんも誘って一緒に行かないかって、どうですか?」
「え?」
祐樹は間抜けな声を出して真衣子を見た。おそらく恵美に誘われた時、真衣子も同じ顔をしていただろう。恵美から言われた文言をそのまま説明すると、祐樹はたっぷり三十秒考えた。
そして立ち止まると、夜空を仰いだ。
「スカイツリーかあ」
祐樹の目線の先には、ビル群の隙間からのぞいたスカイツリーの姿があった。展望台の部分がきらりと黄色に光る。
「綺麗ですね」
そう話しかけると、はい、と返された。
しばらく黙った後、返答してきた。
「僕も行きます」
本作品はフィクションであり、登場人物や作中で起こる出来事は全て創作です。