表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第四話 騙された女と騙した男 1

※閲覧上の注意※

今回の作品には、未成年による喫煙や暴力、性行為を連想させる描写が含まれています。

苦手な方、嫌いな方、及び未成年の方は、申し訳ありませんがページを閉じてください。

また、本作品は犯罪、またはそれに類似する行為を推奨する意図はありません。


この物語はフィクションです。

実在の人物、団体、事件、事故などとは一切関係がありません。


以上の前置きを踏まえた上で、先に謝らせてください。

本文が4万字を超えたため、勝手ながら分割させていただきました。

さすがにこの文字数を正味2日で埋めることはできませんでした。

残りは明日改めて投稿させていただきます。

また、週末くらいにはアフターストーリーを考えておりますので、時間があるときにでも見ていただければ幸いです。


本日投稿した内容については、かなり厳しいご意見やご感想が来るかと思いますが、あくまでもフィクションです。

作者本人にはこのような思想は有りませんし、むしろ作りながら気分が悪くなったほどです。

それを踏まえた上で、最終的にこの2人がどうなるのかを楽しんでいただければと思っています。


それでは前置きが(前置きも)長くなってしまいましたが、よろしければ読んでください。

———side 岡田 伊織———


ピッ、ピッ、ピッ


バーコードを機械的に読み込んでいく。


実年齢よりも上に見られる私は現在27歳、独身、子有り。


だけどそれも仕方がないと諦めている。


化粧は最低限、着ている服なんてセールで買ったトレーナーにジーンズ。


それも洗いすぎてトレーナーは首のところがかなりくたびれている。


(こんなところも自分と一緒ね)


くたびれたトレーナーを見るといつも思ってしまう。


はっきり言って、見られる格好では無いけれど、こればかりは仕方がない。


私には全く余裕がないからだ。


多少の援助があるとはいえ、それもいつまで続くのかはわからない。


全て、自分のせいだ。


好きだった彼を裏切り、心も体も傷つけ、最後には自分自身も壊れてしまった。


今でも夢に思う。


あの時に戻れたら、と。


あの時、そう、私が幸せに包まれていた高校時代。


1年生の秋に私は恋をした。


相手は隣のクラスの男の子。


目立つタイプではなかったけれど、周囲に気を配り、自分は裏方に徹しながら周りのサポートをしていた姿が印象的だった。


紅茶を零してしまった私にいち早く気づいて、おしぼりを渡しながら


「火傷とか大丈夫ですか?すぐに新しいものを持ってきますね」


と声をかけてくれた。


一目惚れ、だったと思う。


だけど自分から声をかけることなんかできなくて、ただ目で追うばかりだった。


2年生で同じクラスになれたときは、すごく嬉しかった。


だけど相変わらず声なんてかけられなくて、やっぱり偶に見つめるくらいしかできなかった。


何もできない自分が悔しい。


だけど運命は思わない方向に進んでいく。


私が読んでいる本に、彼が興味を示してくれた。


同じ作者の本を彼も数冊持っていて、好きだと言っていた。


好きだと言われたときは心臓が止まるかと思ってしまった。


それくらい拗らせていたらしい。


それからは本のこと、授業のこと、新しくできたお店のこと。


少しずつだけど話す機会が増えた。


私はそれが何よりも嬉しくて、学校に行く楽しみがその時間一色になってしまった。


夏が終わり、秋が来て、文化祭の前日の夕方。


(そういえば、去年の文化祭で好きになったんだ。)


片付けも終わり静寂に包まれた教室で1人感慨にふけっていると、


ガラガラガラ


と教室の扉が開き、彼が入ってきた。


どうやら忘れ物をしたらしく、少し照れながらプリントを見せてくれた姿は可愛かった。


「「あの、」」


同時に話しかけてしまい、2人で驚いて少し笑う。


(やっぱり、好きだな。)


そう思った。


「…お先にどうぞ?」


「いや、そっちが先に…」


譲り合ったあとに、じゃあ、と彼から話してくれた。


深呼吸を数回したあと、彼が口にした言葉は、


「岡田さんのことが好きです。

もしよければ、僕と付き合ってくれませんか?」


言葉が、出てこなかった。


驚きすぎて反応ができない。


(好き?楠木くんが?私のこと?)


沈黙が流れる。


それと同時に、私の目からも涙が零れそうだ。


それを否定的にとられたのだろう。


彼は慌てながら、


「いや、ごめん、泣かせるつもりなんてなくて…。

でも、そうだよね、ほんとゴメン、今のは忘れてくれていいから、ほんとゴメン」


と言って慌てて教室を出ようとする。


「待って!」


突然叫んだ私に彼は驚いて足を止めた。


一番ビックリしたのは自分だ。


まさかあんな声が出るなんて…。


「あの……私も、楠木くんの事が好きです。

もし、よかったら、明日の文化祭、一緒に回ってくれませんか?」


自分でも何を言っているか分からなかったけれど、多分思いは伝えられたんじゃないかと思う。


彼は驚いた顔をしていたけど、そこから笑顔になって手を差し出してくれた。


「えっと、はい、もちろんです」


なぜか二人で握手を交わし、手を繋いでいることに慌てたのかすぐに手を離してしまった。


嬉しくて、でも少しだけ寂しかった。


だけどそれからのわたしの毎日は、キラキラ輝いていたと思う。


特に周りには言わなかったけれど、これまでとは明らかに二人でいる時間が増えたことで、周囲もなんとなく察してくれたんだろう。


手を繋いで歩けるようになるまで時間がかかりすぎたのも、彼らしいと思える。


デートと言っても二人で勉強をしたり、映画見たり、お喋りをしたり。


だけどクリスマスには二人でちょっといいところでご飯も食べたし、初詣も一緒にお参りに行った。


話す内容は学校のこと、友達のこと、そして将来のこと。


二人で同じ大学にいこうね、なんて話もしていた。


3年生になると、残念ながらクラスは離れてしまった。


だけど、少しでも一緒にいたくて、お昼は必ず2人で食べた。


彼の誕生日には頑張ってケーキも作ったし、プレゼントと称して頬にキスもした。


心臓がかなりうるさかったけど、奥手な自分としてはかなり頑張ったと思う。


周りは彼氏との初体験を語る人たちもいたけど、今の私にはとてもとても高いハードルだった。


そして彼も、私に無理やりそういう事を求めてこなかった。


最初は私に魅力がないのかなと心配したけど、彼が自分の考えをきちんと教えてくれたことで、さらに彼のことを好きになった。


今思えば、ここから私の運命は変わっていったのだと思う。


一学期に行う学校独自の試験。


期末や中間などとは違い、大学入試を見越した総合テスト。


そこで彼は自己最高の結果を残した。


喜んでいる彼を見るのはすごく嬉しかったけど、私には手放しで喜べない理由があった。


成績が、大きく下がってしまった。


下がったと言っても、元々上位10%にいたのが、20%に下がっただけのこと。


今の私ならそう思えるけど、その時の私は焦りに焦ってしまった。


彼は優しく、そんな事もあるよ、まだまだ取り戻せるし大丈夫だよ、と優しく言ってくれたが、その時の私は、それを素直に受け取ることができなかった。


(このままでは置いていかれてしまう、見捨てられてしまう)


普通に考えれば、彼がそんな事をするはずなんて無いのだけど、その時の私には全く余裕がなかったのだろう。


すぐにでもレベルの高い予備校に通わせてほしいと親に頼み込んだ。


私は部活をしていなかったので、時間ならある。


両親も納得してくれて、私は予備校に通うことになった。


彼にもきちんと説明し、会える時間が減ってしまうけど、できるだけ時間は作るようにすることを伝える。


彼も快く了承してくれて、翌週から私は予備校に通うことになった。


教室に入ると驚いた。


私は県内でもトップのA高校で、成績も悪くはないので上のクラスに入れたのだけど、同じクラスの女の子たち数人は、見た目的にも圧倒的だった。


(きれいで勉強もできるって、人生勝ち組も同然じゃない…)


勉強をするためのところなので、休憩中もピリピリとしているのかと思っていたけれどそんなこともなく、数人単位で固まりながらワイワイとお喋りに興じている。


私がどうしようかとマゴマゴしていると、一人の女の子が話しかけてくれた。


「その制服、A高だよね?

私B高のイズミ、よろしくねー」


B高校、比較的新しい私立高校で、レベルは私のいるA高校と変わらないと言われている。


「よ、よろしくお願いします、岡田伊織です」


それからイズミと名乗ってくれた女の子の友達も集まり、自然とそのグループに入っていった。


お互いの高校の共通の友人のことで話も弾む。


はじめはあまりにも毛色が違いすぎて警戒していたけど、彼女たちの持ち前の明るさとトーク力で授業が終わる頃にはすっかり仲良くなっていた。


(人は見かけによらないというか、見かけで判断しちゃダメね)


帰ってこれたのは割と遅い時間だった。


だけどこれが明日からも続くのだ。


夕食をとり、寝る支度を済ませる。


課題などは予備校が始まる前に済ませていたので、もう寝ることにする。


(あー、疲れた。

でも、ゆうやくんに…れんらく…しなきゃ…)


思った以上に疲れていたのだろう。


私は携帯電話を握りしめたまま眠りについていた。


元来他人と仲良くなる事が苦手な私だけど、その日はかなり頑張ったと自分でも思う。


そして、ここなら楽しくやれそうだ、とも思っていた。


予備校に通い始めて一週間ほどで、この生活ペースにもだいぶ慣れてきた。


勉強は大変ではあるけど、友達も仲良くしてくれるし、今のところ問題はない。


あるとすれば、自分のことだ。


周りの子達はおしゃれで輝いている。


それに比べて自分は……。


制服を着崩すこともなく、化粧もほとんどしていない。


髪型も束ねるかそのままかの2択だし、アクセサリーも何もつけていない。


これまではそれが当たり前だったし、それで何も問題はなかった。


だけど、あそこの空間ではかなり浮いてしまうのだ。


周りの子達に比べて野暮ったいと言うかなんというか。


学校の友達にも相談したことはあるけれど、周りもあまり気にするタイプではなかった。


だけどよくよく観察してみれば、小物だったりバックだったりのさり気ないおしゃれをしているように見える。


私はどちらかと言うと使いやすさや機能性などの実利を取ることが多く、見た目を考えたことは少なかったと反省する。


そう思い出すと、とたんにそうとしか思えなくなり、持ち物や自分の見た目にも気を使うようになった。


初めは四苦八苦していたけど、イズミさんたちの持ち物を参考にしたり、恥を忍んでお母さんにお化粧のコツを聞いてみたりした。


それまでそういう事に興味を示さなかった私が急に聞いたものだから、


「あなたもお年頃なのね」


なんてからかわれたりもしたけど。


勉強は勉強でしていたと思うけれど、夏前の私はおしゃれの方が頭の大半を占めるようになってしまっていた。


次はあれを変えよう、その次はこっち……。


ゆうやくんとご飯を食べていても、どんどん変わっていける自分が楽しくて、会話も漫ろになってしまった。


彼は真面目なところがいいところだけど、ちょっと前の私と同じようにオシャレとは言い難い。


他の人が聞けば、ニワカが何を偉そうにと思うのだろうけど、その頃の私はなぜかそういう部分で彼に勝った気になっていた。


今ならわかる。


自分の持つ彼に対する劣等感を、どうにかして晴らしたかったのだと。


彼はひたむきで、目標に向かって努力できる人だった。


だけど周りのこともきちんと見ているし、さり気なく他の人の事も手伝っている。


目立たなくても、感謝されることがなくても、それが当たり前だと言わんばかりに。


そんなところが大好きだったのに、当時の私はそこを見ないようにして、自分が勝っている部分ばかりを見ていた。


……なんて浅はかだったのだろう。


夏休みに入って、私は本格的に予備校に専念しだした。


朝から晩まで勉強漬けだったけど、合間のお喋りがあれば辛くはなかった。


イズミさんたちの彼氏も紹介してもらった。


みんな今風と言うか、一目見てモテるだろうなという感じだった。


そしてとてもお似合いだった。


その頃見ていたモデル雑誌からそのまま出てきたようなシュッとした二人を見ると、更に劣等感が膨らんでいく。


私にも彼氏がいることは言っていたが、何故かその時の私は紹介しようとは思わなかった。


イズミさんたちの彼氏は社会人や大学生で、時間もお金も余裕もある。


ゆうやくんはそうでもなさそうだけれど、私の家はいわゆる一般家庭なので、ブランド物を買ってもらう余裕なんてない。


勝手に敗北感を感じ、自己中な劣等感を膨らませていく。


今の私なら、その頃が一番幸せな時期だったと思えるけれど、まだ青臭い子供だった当時の私にはそれが分からなかった。


彼女たちとはよく授業終わりにコーヒーを飲みに行くことがあり、彼氏さんたちが迎えに来るとそれぞれ帰っていく。


その帰り道は足が重い。


毎回のことなのだけど、断ることもできずに参加し続けていた。


まもなく8月を迎える蒸し暑い夜。


なぜか久しぶりにゆうやくんの声が聞きたくなり、電話しようと携帯電話を開いたとき、


「ねぇねぇ、こんな時間に1人?なにしてんの?」


声を、かけられた。


今までなら無視して素通りしていた。


だけどその日は、見てしまった。


私と同じくらいの年齢。


少し悪そうだけど、気の強そうな顔。


そして、雑誌から出てきたようなブランドとわかるオシャレな服の着こなし。


目を、奪われてしまった。


「こんな時間に1人は危ないって。

この辺変なやつも多いからさ、送っていくよ」


「べ、別に、帰る、だけだから」


「そうなん?どっか遊びに行かないの?そんな可愛いカッコしてんのに?」


頭ではわかっている。


その言葉に乗ってはいけない。


何もせずに善意だけで送ってくれる人なんていない。


それに私にはゆうやくんがいる。


だけど、心の底から湧き出た感情は、


『嬉しい』


だった。


イズミさんたちから見れば、私は子供が母親のマネをして化粧をしているようなものだろう。


持っているものも高いものではなく、センスがあるとも言えない。


自分なりに頑張ってはみても、彼女たちを見ているとやはりまだまだだと思ってしまう。


だけどこの人は、そんな私を見て可愛いと言ってくれた。


私は喜んだ感情をできるだけ殺しつつ、


「どっか、いいとこ知ってるの?」


と、言ってしまった。


———side 塩崎 新太———


俺はニヤリとほくそ笑む。


(ビンゴ!)


今日はなかなか女を引っ掛けることができなかった。


良さげな女はコブ付きで、一人でいる女はイマイチ。


(しゃーねー、こないだ引っ掛けた女のとこにでも行くか)


そう思い来た道を引き返そうとする。


すると先の方で、ショーウインドウで自分の格好を見ながらため息をついている女を見つける。


(おいおい、最後の最後に当たりかよ?)


おそらくあのタイプは自分に自信が持てないやつだ。


口とテクでどうにでもなりそうだ。


ダメならダメで仕方ない。


そう思いながら声をかけてみる。


(やっぱり、な)


ちょっと褒めてやったら、簡単に靡きやがった。


自分じゃ隠してるつもりかもしれねぇけど、ケツについてるシッポがブンブン振れてるように見える。


(さて、どうするか…)


今夜このままいただくことは簡単だ。


だけどコイツはここ最近でも大当たりだろう。


(ガッツリ時間かけて、しっかり貶してやるか)


俺にしてみれば珍しい事。


さっさとやって、要らなくなったら棄てればいい。


コレが俺の流儀だし、棄てるやつでも欲しいって男は山ほどいる。


棄て方を間違えてトラブルこともあるが、大抵は力と金でどうにでもなる。


(ありがたく思えよ?お前にはフルコースを使ってやるからな)


———side 岡田 伊織———


夜に偶然出会った彼、塩崎新太くんは、見た目と違い中身はとても紳士的だった。


言葉遣いは少し悪いけど、よく気を利かせてくれるし、私のことをとにかく褒めてくれる。


そして私がそれまで知らなかった世界を教えてくれた。


躊躇っていた私の背中を押してくれて、少しだけ髪の色を変えてみる。


それだけで、自分が自分じゃないような気がした。


本当は嫌だったけれど、彼に言われるがままピアスも開けた。


初ピアス記念と言われ、ルビーの付いたピアスもプレゼントしてくれた。


これは彼と片方ずつのお揃い。


お財布やバック、洋服も選んでくれた。


私でも知っているようなブランド物から、無名だけど可愛いデザインまで。


ゆうやくんでは絶対選ばないようなものばかり。


遊びにも行った。


水族館や遊園地。


ゆうやくんと行ったことのないところばかりだ。


もちろん新太くんには、私には彼氏がいることを伝えている。


彼はそれでもいいと言ってくれた。


そしてこれだけのものを私に与えてくれる。


一度遊んでいる最中に、イズミさんと彼氏さんに会った。


イズミさんはビックリしてた。


たしかに今私は予備校を休みがちになっている。


だけど勉強は自分でしているから大丈夫なはず。


新太くんならイズミさんだろうが誰だろうが見られても気にならない。


だって彼はすごくオシャレで、私をすごく大事にしてくれているから。


新太くんと会うようになって2週間が経過した。


彼とはほぼ毎日会っているし、会えないときはメッセージを送りあっている。


その分ゆうやくんには全く会っていない。


最近は連絡も取っていない。


だけどこれはゆうやくんにも責任があると思う。


ゆうやくんが、新太くんの半分でもかっこよければ、私が新太くんと会う必要なんてないんだから。


そう、全部ゆうやくんが悪いんだ。


だって新太くんもそう言っていたし。


『伊織みたいに可愛いやつをほっとくなんて、悪い彼氏だな。

俺なら毎日でも会いてーのに。

もしかしたら、どっかで浮気でもしてんじゃねーの?』


そういえば明日は特別なところに連れて行ってくれるらしい。


どこに行くのかは教えてくれなかったけど、きっと素敵なところだろう。


明日のことが楽しみで今夜は眠れそうにないな。


———side 塩崎 新太———


まったく、ガキの相手するのも大変だ。


タバコをふかしながら、俺はしみじみと思う。


ここまでは思った以上に順調だった。


順調すぎるといってもいい。


相手を褒めつつ、男をけなす。


それも自然と、まるで自分がもとからそう思っていたかのように。


そして相手を自分に依存させていく。


(まぁこれは明日になりゃ自然とそうなるけどな)


ここまでくるのに、それなりの時間と金を使ってきた。


万が一にもしくじることはないと思うが、しくじったらしくじったで、金持ちの知り合いに売ればいい。


中古だろうが欲しがる変態の知り合いは多い。


使った分の倍くらいは戻ってくるはずだ。


もちろん、俺が散々楽しんだ後にはなるが。


毎日会うようにしているが、時間は昼から夜まで。


夜中から朝にかけては、別の女のところに行かなければならない。


(まったく、体がいくつあっても足りないぜ)


それもこれも全て、明日の晩に岡田伊織を自分のものにするため。


そのための手筈はすべて整った。


(まぁ、とりあえず剥いた所をビデオに取っとけば、逃げることもできねぇだろ)


カメラはわからないところに隠してある。


まぁそんな事されるなんて、夢にも思ってねぇだろうけどな。


さんざんクサイセリフを吐いた後は無性にタバコを吸いたくなる。


新しい一本に火をつけて、俺はニヤリと笑みを浮かべた。


———side 岡田 伊織———


その日は生憎の曇り空だった。


3時に待ち合わせなので遅れないように行かなきゃ。


目的地につくと、まだ5分前なのに彼はベンチに座っていた。


私は小走りで駆け寄ると、


「ごめん、遅れちゃったかな?」 


と、声をかける。


「いや、まだ時間にゃ早ぇよ、大丈夫、行こうぜ」


と言って立ち上がった。


最近はこの仏頂面も可愛く見える。


私は間違いなく彼に恋をしているのだろう。


会うたびに私を褒めてくれる、間違ってないと言ってくれる、そして間違っているのはゆうやくんだって。


ついていった先には一軒の家。


「伊織、料理得意だって前言ってたろ?

実は朝から何も食ってねぇから、なんか作ってくれよ」


ちょっと前になんとなく言ったことまで覚えていてくれたのか、と嬉しくなる。


「材料は好きなもん使ってくれ。

わりぃが俺はちょっと部屋でやることあるからあと頼むわ」


そう言うと彼は2階に上がっていく。


その姿を見送りながら、キッチンに向かった。


———side 塩崎 新太———


さて、俺は今迷っている。


やることは迷っちゃいない。


どっちにするか、だ。


究極まで俺に依存させる従順ルートか、途中でネタバラシして絶望させる闇落ちルートか。


どっちもやってて楽しいのはあるが、最終的には面倒くさくなる。


それに結果は変わらねぇ。


どっちにしても、俺からは離れられなくなるからだ。


さて、俺が選んだ結論は……。


飯を食いながら、この後のことを考える。


考えれば考えるほどニヤつきが止まらなくなるが、この後のことを考えれば仕方ねぇ。


もちろん飯中も褒めることは忘れない。


こいつも何が楽しいのか、飯食う俺を見ながらニコニコしてやがる。


この顔がどう変わるのか想像するだけで興奮がおさまらねぇ。


いや、気が変わった。


計画も変更する。


最初は薬でも飲ませて無理やり、その後は周りのアホどもに味見させて、最後は変態親父にでも売っちまおうと思っていた。


だがこいつの飯を食って気が変わった、


まぁまぁ食える。


もちろん俺の前から姿を消したあのクソ女ほどではねぇけど、俺好みの味はこれから教えりゃいい。


かけた金は別に痛くもねぇが、こいつの飯作りの腕は捨てるにはちと惜しい。


なにせあのクソ女が消えちまってから、俺の飯を作るやつがいねぇんだ。


コンビニ飯は飽きるし、外で一人で食う気にもならねぇ。


だからって毎回アイツらを呼んでたんじゃ、さすがの俺でも金がいくらあっても足りねぇ。


金の切れ目が縁の切れ目ってのは本当のことだ。


特に俺みたいに上から押さえつけてるやつは、必ずどっかで反発される。


それをさせねぇように、うまくガス抜きさせてやる必要がある。


仕方ねぇ。


もったいねぇけど、2番の女をくれてやるか。


あいつもそろそろいい年だし、俺の命令なら断らねぇから回してやろう。


となると計画も変更だな。


こいつにはもう少し夢を見せてやるか。


———side 岡田 伊織———


食事が終わると、何かをじっと考えているみたいだった。


美味しくなかったのかな、とも思ったけど、あの食べっぷりからすると考えにくい。


「さんきゅ、うまかった」


そう言ってくれるだけで、心がポカポカする。


「ど、どういたしまして。

ごめんね、時間がなくて簡単なものしか作れなくて」


私は家でも食事を作ることが多かったから、腕にはそこそこ自信があった。


だけどそれはあくまでも家庭料理の範疇で、サシの入ったステーキ肉や、大トロの柵なんか使ったことがない。


あるもので使えそうなものを必死に探して、本当に簡単なものしか作れなかった。


食器を下げて洗い物をしていると、突然後ろから抱きしめられる。


その後は口説き文句のオンパレード。


正直テンパりすぎて耳の後ろまで真っ赤になっていたと思う。


そして私は、気づけば彼の部屋のベッドの上に横たわっていた。


服を脱がされ、肌に直接触られる。


心臓はうるさいし、顔は熱を持ちすぎている。


行為の最中の記憶はなく、終わったあとの体の痛みで、自分のハジメテを捧げたことを理解した。


その後何度シタのかもわからない。


分かっているのは、これまで見たことがなかった顔を彼がしていたこと。


私があの人よりも先に大人になったこと。


そして、ゆうやくんを完全に裏切ってしまったこと。


だけど、私は後悔はしていなかった。


だって彼が言っていたから。


『ハジメテ同士だと失敗して、その後別れることも多いんだぜ?

今経験しとけば、伊織は彼氏くんとするときにリードしてやれる。

彼氏くんは失敗して恥をかくこともねぇ。

そして俺は伊織と一緒にいることができる。

誰も損しねぇだろ?

むしろこれはお前たちのためにもなるんだぜ?』


はっきり言って、滅茶苦茶だとおもう。


だけど、その時の私は、


(そうなんだ、じゃあいいか)


くらいにしか思っていなかった。


むしろ、ゆうやくんの為になるならなんてバカなことを考えていた。


狂っていたとしか思えない。


だけど、何も理解できていなかった私は、そのままズブズブとその沼に沈みこんででいった。


呼ばれれば料理を作り、そのまま体を重ねる。


それが夜遅くだろうが、何かの途中だろうが、すべてを捨てて彼に尽くした。


私の両親が仕事で遅くなるときは私の家でも何度もした。


時には外や、施設の中でも。


それが当たり前になってしまっていた。


彼が言うことが私の全てであり、脱げと言われれば脱いでいた。


その事に疑問も持たなかった。


いや、疑問を持つことすらできなかった。


ある日、下着を買ってこいと言われ、私は近くのモールに向かった。


かなり煽情的な物を選び、ついでに残り少なくなっていた化粧品を適当に選ぶ。


お店からでたところで、懐かしい声が聞こえた。


「伊織?」


誰の声だったっけ?


懐かしいような、聞きたくないような、嬉しいような、怖いような……。


振り向くと、懐かしい人が立っていた。


ゆうやくん?


少しだけ話をした気がする。


何を話したのかは覚えていない。


話すことよりも、一刻も早くここから立ち去りたかった。


雑に会話を終わらせて、彼のもとに向かう。


不安だった、怖かった、悲しかった。


だけど、私は何に不安や恐怖、悲しみを覚えたんだろう。


それが分からなくなっていた。


彼のもとに急いで戻り、貪るように体を合わせる。


今の私は、それしかすることがなくなっていた。


髪の色もかなり明るい茶色に染めなおした。


ピアスの数も、合わせて7つを超えている。


昔着ていた洋服もほとんど処分した。


今は体のラインが出るような服しか持っていない。


夏休みが終わり、学校が始まる。


行きたくはなかったけれど、彼から


「心配されるのも面倒だから、学校には行っとけ」


と言われたのでしかたなく行くことにする。


授業中も彼のことが心配だった。


(ちゃんとご飯は食べてくれたかな)


学校に行かせてくれることも、彼の優しさだと思いこんでいた。


だけど学校はつまらない。


心配するふりをする友人たち。


口うるさい小言ばかり言う教師。


そして何より、私の様子をちょくちょく見に来るあの人がいる。


「学校の中じゃ付き合ってるふりをしとけ」


と言われていたので素直に従っているけど、今の私には苦痛でしかない。


なぜか頭が痛くなるし、吐き気もする。


顔をじっと見つめてみても、疑問に思ってしまう。


(私はこの人のどこを好きになったんだろう)


新太くんの方が断然かっこいいし男らしい。


私のことを全て分かってくれているし、何よりも私のことを愛してくれている。


それに比べてこの人は……。


頭はたしかに新太くんよりはいいかもしれない。


だけど、それだけだ。


私に何かをしてくれるわけじゃないし、何よりもダサい。


今の私はたぶん学校でも一番くらいに可愛いと思う。


だって新太くんがそう言ってくれるから。


だけどこの人はそんな事をちっとも言ってくれない。


やっぱり私には新太くんしかいないんだ。


それがわかっただけでもこの人といて良かった。


でももう会うことはないかな。


昼食が終わると、さっさと教室に戻る。


夕飯の献立や、ベッドの上でしたいこと。


考えることは山ほどある。


これ以上あの人に時間を取られるのは嫌なので、クラスメートにはもう気を使わないでと言っておいた。


私の生活は簡単だ。


自宅をでて学校に行き、終われば彼の家に向かう。


食事の準備をしてから、彼と愛を確かめあって、終わったら家に帰って眠る。


休みの日は朝から晩まで彼の家で過ごす。


そこに途中別の何がが加わるだけ。


私のベッドは、彼の匂いが染み付いている。


リビングにも、お風呂場にも、彼との思い出がある。


公園やカラオケ、個室のある居酒屋でもしたことがある。


どこもかしこも彼との思い出が詰まっている。


秋を迎えたある日、私は母に呼ばれた。


「あんた、最近遊び歩いてるみたいだけど勉強は大丈夫なの?

それと、夜遊びの頻度が高すぎるんじゃない?

予備校も勝手に辞めちゃって、これからどうするつもり?」


はっきり言ってダルかった。


私が何をしようが私の自由だと思う。


普段は仕事が忙しくて夜遅くにしか帰ってこないのに、こんな時だけ母親面しないでほしい。


私は何も答えなかったが、顔に出ていたのだろう。


すごい剣幕で怒られた。


そして、


「あんた、友哉くんとはどうなってるの!?

あの子は真面目でしっかりしてるから、多少のことは目をつぶってきたのに、今日あったら全然前と違うじゃない。

私はあの子以外と夜遅くまで遊ぶのは許さないからね!」


「ウルサイ!あいつは関係ないでしょ!私のことはほっといて!」


そう言い放ち家を取り出す。


やっぱり私のことをわかってくれるのはあの人だけなんだ。


強くそう思った。


私が行くところは一つしかない。


学校も、家も、何もかもどうでもいい。


そう思いながら、彼の家に走った。


たくさんの誤字、脱字報告ありがとうございます。


また、表現に関する指摘もいただき、本当に助かっております。


本来であれば、そういったことが無いようにすべきかと思っていますが、なにぶん下手の横好きなもので、そこらへんは温かい目で見ていただけると嬉しいです。



誤字、脱字、表現の問題等ありましたら、ご連絡をお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 足の踏み外し方が半端ないな。 コンプレックスというか青い鳥症候群というか。 まだ元凶の連中がクズでなければ取り返しのつきようもあるのだが、意図的に堕落狙いのクズに目をつけられて落とされてる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ