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第三話 私のこれまで

さらに長くなってしまいました。

予定ではあと1話です。


今回は宮崎さくらの過去編です。


よろしければ最後までお付き合いのほど、よろしくお願いします。

私の名前は宮崎さくら。


地方出身、現在は医大の4回生です。


当たり前のことですが、ここに至るまでは平穏無事な道などありませんでした。


当然ですよね。


そもそも医学部ってなんでこんなにお金がかかるんですか?


そしてなんで周りのみんなはそんなにキラキラしてるんですか?


そんなに世の中お金持ちが多いんですか?


言っときますけど、うちは至って普通の家庭なんです。


そこまで貧乏ではないですけど、余っているわけでもありません。


私も自分で頑張ってはいますが、バイトと奨学金だけでは全く暮らせません。


えぇ、そうです。


モヤシは心友です。


助かってます、いつもありがとう。


両親に負担をかけるのは本意ではありませんが、出世したら倍で返します。


本当です、信じてください。


いや、いらないとかじゃなくて、ぜひ受け取ってください。


そのために私頑張ってますから。


心配しなくていい?むしろ私のほうが心配だ?


こちらは大丈夫です。


安いスーパーを梯子すれば食べていけます。


寒いときも重ね着すれば暖房なんていりません。


暑いときは……中のものを脱ぐことにしてます。


女としてどうか?


余計なお世話です。


どうせ見せる人なんて居ませんので。


それに私、見た目はいいって評判なんですよ?


信じてなさそうですね。


昨年の学園祭ではミスコンにもエントリーしましたよ?


もちろん他薦です。


うちの学校女子ばかりですけど。


話がそれました。


ですが、私のことについては安心してもらえたと思います。


余計心配になった?


いらぬお世話です。


これでも声をかけられることは多いんです。


ナンパなんてしょっちゅうです。


声をかけてくる半分は女の子ですけど。


不思議ですね。


どこからどう見ても女性に見えると思うのですが。


お父さん、お母さん、東京は怖いところです。


さて、何故か女性に大人気な私ですが、実は生まれてこれまで彼氏がいません。


何故でしょう?


自分で言うのもなんですが顔もスタイルも整っている方だと思います。


胸は……ふれないでください。


ヅカの男役?


申し訳ありません、そこはまだノーチェックです。


さて、私に特定の親しい男性ができない原因なのですが、実は自分でもわかっています。


ヤツのせいです。


少し長くなりますが聞いてもらえますか?


あれはまだ私が小学生の頃です。


私の家の近所には同い年の男の子が住んでいました。


名前は塩崎新太。


見た目はそこそこ、頭脳は最低、その名は迷惑男新太。


だけどそんな彼には少しだけ周りとは違うところがありました。


両親が会社を経営していて、周りと比べ家が裕福だったことです。


もちろんこちらの裕福な方とは比べ物になりませんが、それでも田舎の方ではクラスでも一目置かれる存在になります。


その事に気づいた彼は、いつしか周囲に横柄な態度をとるようになりました。


小銭をまき散らし、周囲を従え、偉そうに他人に命令をする。


都会の方たちの相場はわかりませんが、私の居た地域で、小学生のうちからお小遣いを一万円も貰う子などいるはずもありません。


それに加えて彼の両親はおもちゃやゲームも買い与えていました。


今となっては理解できますが、歳を重ねてからの子供ということで殊更甘やかしたのでしょう。


しかし田舎ではそれが絶大な効果を発揮します。


周りは彼を囃し立て、さらに調子に乗っていく。


完全な負のスパイラルです。


私はというと、その頃は引込思案で大人しい性格をしていました。


そんな私が彼に目をつけられるのは当然のことです。


なにせ家は目の前だし、本当に小さい頃から一緒に過ごしてきたのですから。


小学校も高学年になる頃には、私はすっかり彼のお世話係のようになっていました。


毎朝起こしに行き、着替えを手伝い、学校が終われば私の終わらせた宿題を彼のプリントに写す。


当時の私はそれに疑問も抱かず、当然のことのように受け入れていました。


それは私を取り巻く周囲の大人たちの責任でもあります。


小学校でも問題を起こしていた彼ですが、彼を叱る先生は少なく、何かあれば私に注意させるよう仕向けられました。


また、私の両親も彼の両親も、いずれ結婚するだろうから、今のうちから仲良くさせておこうと考えていたようです。


今なら声を大にして言えます。


『大きなお世話だ!!!!』と。


中学になると、彼は男友達と頻繁に出歩くようになりました。


そして私はその間に自分の宿題を済ませ、彼のノートに書き写す作業です。


別にその事をなんとも思いませんでした。


それが当時の当たり前だったからです。


仕事の忙しい彼の両親から頼まれ、彼の夕食を作り、お風呂を掃除して沸かす。


家の掃除も済ませた頃に彼が帰ってきて、私の作った料理に文句を言う。


これが当時の日常でした。


今なら胸を張って言えます。


『そんな日常あってたまるか!!!!』と。


そんな私の転機は中学3年の頃です。


日課を済ませ、手持ち無沙汰になった私、彼の家にある1台のパソコンが目に止まりました。


使ってもいいと彼のご両親から許可は頂いていたので、手持ち無沙汰だった私はとりあえず起動させてみました。


使い方くらいは学校の授業で習っていたので、スマホも持っていなかった私にとって、それは自由に使える唯一のツールでした。


大手サイトでニュースを見たり、調べ物をしてみたりと、学校ではなかなかできないことが自由にできる。


あっという間に私はその世界の虜になってしまいました。


まだ幼く、自由のない私にとって、インターネットの海はそこにいながら世界中を旅することができる素敵な空間です。


最近は彼も夜10時前後にしか帰ってこないので、あと2時間くらいは余裕があります。


そこで私は、とあるゲームを見つけました。


これが後に私の運命を変える事になるネット将棋です。


私の父は将棋が好きなので、私もたまに相手をしていました。


最初はCPUと対戦していたのですが、よく見るとこれなら他の人とも対戦できるようです。


恐る恐る対戦部屋に入ってみると、待合室には一人の名前がありました。


『snow』


雪……北国の人でしょうか。


日本の南に住んでいる私からは真逆の人です。


取り敢えず対戦をお願いしたら、即オーケーしてもらえました。


結果は惨敗。


20分ももたず私の王様は陥落です。


その後2戦しましたが、結果は同じ。


私の王様は20分耐えることはできませんでした。


『あなたなかなか筋が良さそうね

でも戦い方的にはまだまだかな?』


全敗で落ち込んでいる私に、突然メッセージが送られてきました。


返事をするか悩みましたが、意を決して返事をすることにします。


『相手してくれてありがとうございました、私の完敗です』


『そんなことないよ

私も何度か危ないところがあったし、もう少し練習すればもっと強くなれるよ』


数回のやり取りでしたが、とても楽しい時間でした。


機会があればまた対戦してもらうことを約束するのも忘れません。


楽しかった。


そう、私は本当に楽しかったのです。


短いながらも、それは私が数年ぶりに感じた心から楽しいと思える時間でした。


それからも私がやることは変わりませんでしたが、その中で増えた私だけの時間は大切な宝物になりました。


時には1戦だけ対戦してもらい、その後は他愛もない世間話をする事もありました。


顔も見えない、年齢もわからない。


それでも画面の向こうのその人は、子供の私と真摯に向き合ってくれて、時にはアドバイスを、時には叱ってくれることもありました。


そうやって日々を過ごしていくうちに、私は中学3年に上がり、進路を決める時期になりました。


その頃の私は少しだけ自我を持てるようになっていました。


ただ周囲の環境は変わっていません。


彼の両親は彼と同じ高校に進んでほしいようで、それとなく誘導してきます。


私の両親も、何故か彼の家族に協力的でした。


だけど私と彼の成績には大きな差があります。


それも当然のこと。


私は昔から真面目に勉強を積み重ねていたのに対し、彼は全く勉強をしていなかったのですから。


私の今の学力なら、県内トップのA高校もこれからの頑張り次第でギリギリ狙えるかもしれません。


対して彼は、県内でもかなり下の方のD高校が精々でしょう。


もしかしたらそこにも落ちるかもしれませんが。


ちょっと前の私なら、それも仕方ないと受け入れていたかもしれません。


だけど今の私は違います。


少しだけ強くなれましたから。


だけど両親たちを説得する必要があります。


彼の本性がバレればいいのですが、そこは狡猾と言うか、彼は自分の本性を大人たちにはバレないよう周到に行動しています。


少なくともうちの両親や彼の両親は、学力はいまいちだけど根はいい子くらいにしか思ってないでしょう。


まぁ、そう思わせる彼がすごいのかもしれませんが。


そして私にも原因があります。


これまで不平不満を言わなかったからです。


理由は簡単。


彼は私を徹底的に否定し、時には暴力を振るうからです。


それも目立たないところに。


今ならわかります。


あれは一種の洗脳です。


私の行動を否定し、私の自我を否定し、最後には甘い言葉をかけてくる。


彼は本性がクズなんでしょう。


だけど幼い私にはそれがわからず、ただ盲目的に自分が悪いんだと信じ込んでいました。


だから自分の意見も言えず、彼や親が正しいと、間違っているのは自分だと思ってしまっていたのです。


だから見ず知らずとはいえ、私のことを肯定し、褒めてくれるSNOWさんに惹かれたのです。


単純だと笑ってください。


だけどSNOWさんがいなければ、もしかしたら今でもその檻の中に囚われたままだったかもしれません。


そのSNOWさんですが、もしかすると私と同じ地方の人かもしれません。


そう思った理由はいくつかあります。


まず私が何気なく使う方言がすぐわかること。


これはおそらく他の地方の人では決してわからないでしょう。


そして、好きな食べ物が似通っていること。


知識としては知っていますが、味噌や醤油が甘いのはこちらの地方独自の文化だと聞いています。


思い出せばいくつかありますが、極めつけは最近私達の町にオープンした県独自の特色を持つお店の名前を知っていたこと。


まだオープンして1ヶ月も経っていませんが、そこに行きたいと言ったときに同意してくれました。


おそらく間違いないと思います。


かなり悩んだのですが、私は一大決心をしてSNOWさんに一度あって話がしたいと伝えました。


最初は断られてしまいましたが、熱心にお願いしたところ、短い時間であればと渋々了承してくれました。


そして迎えた約束の日。


待ち合わせ場所は駅前の喫茶店です。


ここらへんは治安もよく、交番も近くにあるので何かあってもすぐ逃げられます。


おそらくSNOWさんは私より年上の女性だと思いますが、これはメッセージからの予想なので全然外れている可能性もあります。


待ち合わせ場所が見える少し離れたところから駅の出入口を観察します。


待ち合わせ時間まではあと10分ほど。


目印は黒い傘と白い帽子に白いシャツ。


なかなかそんな組み合わせはないと思いますので、逆にすぐ分かるでしょう。


SNOWさんからは、自分を見て危ない、怪しいと思ったら何も言わずに帰りなさいと言われています。


あれ?これって私のこと詳細を理解してますよね?


まぁ進学や家族の相談をしていたので当たり前といえば当たり前ですが。


そんな事を考えていると、駅から一人の女性が歩いて出てきました。


黒い傘に白いキャップ。


ですが白いシャツを着ていません。


すごくきれいな大人の女性で、思わず憧れてしまいそうです。


そう思っていると、彼女は白いシャツを紙袋から出してさっと羽織りました。


(間違いない!あれがSNOWさんだ!)


思わず私は駆け出してしまいました。


理想を遥かに超えたかっこいいお姉さんです。


モデルさんなんて生で見ることはありませんが、それこそ雑誌から飛び出したようです。


突然走り寄ってきた私にびっくりしながら、


「あなたが、さっちゃん?」


と、優しい声で聞かれました。


「はい!はじめまして。

SNOWさん、ですよね?」


声は普通に出せたでしょうか。


緊張で上擦ってなかったかな?


「はじめまして、SNOWです」


ニコッと笑った顔に思わずキュンキュンしてしまいます。


こんなにきれいなのに笑顔が可愛いとか最強です。


「ところで………」


と言ったところで、


『ペチン』


とデコピンされてしまいました。


思わず


「痛っ!」


と呟いた私に、


「無用心すぎるよ?

私が変な人だったらどうするつもり?

あなたはもっと自分を大切にしなさい!

それとネットリテラシーをもっと勉強すること!」


まさかの初手からお説教です。


正論なので何も言い返せませんが。


フフッと笑いながら、


「じゃあここで話すのもなんだから、喫茶店にでも行きましょうか?」


と言って颯爽と歩いていきます。


あれ?ここってランウェイですか?


ランウェイなんて見たこと無いですけど。


慌ててついていく私の歩幅に合わせて少しゆっくりと歩いてくれます。


もう、どこをきりとってもかっこよすぎます。


いい意味で予想を裏切られすぎです。


喫茶店に行き、注文を済ませてからのお喋りはすごく楽しかったです。


私の拙い話も笑顔で聞いてくれて、私の思いつきもしない答えが返ってきます。


時間はあっという間に過ぎて、気がつけば約束していたお開きの時間になってしまいました。


思えば私は自分のことばかり話していた気がします。


そして一番大事なことを話していません。


話すチャンスはあったのですが、この事を話してもいいのか、軽蔑されないかと思うとその一言が言い出せませんでした。


そんな私のことを察してくれたのでしょう。


初めてSNOWさんから私に問いかけてくれました。


「そういえば何か悩んでいたよね?

さっちゃんの時間が良ければ私の事は気にしなくていいから、話せることなら話してみて?」


本当にいいんでしょうか。


メッセージのやり取りはずっとしてきたとはいえ、今日初めて会う人にしてもいい相談なんでしょうか。


葛藤もありましたが、私は結局話すことにしました。


自分のこと、家のこと、周りのこと、そして彼のこと。


頑張って説明しているうちに、気づけば私は涙を流していました。


これまでは泣きたくても自分の部屋で、誰にもばれないように声を殺しながら泣いていました。


誰かの前で泣くのは本当に久しぶりのことです。


SNOWさんは黙って私の話を聞いてくれました。


いつのまにか私の横に座り、私の背中を優しく撫でながら。


すべてを話し終えた時には、ずっとつかえていた重しがとれたように心が軽くなりました。


SNOWさんの顔を見ると、一瞬険しい表情をしていましたが、私と目が合うと、また柔らかい笑顔を見せてくれました。


「内容はわかったわ。

これからあなたはどうしたいの?」


「私は……変わりたいと思ってます。

今の環境からも、今の自分からも」


「そう、わかったわ」


その後少しだけこれからのことを話して、この日は終わりになりました。


「私がしてあげられることは少ないと思うけど、それでもできるだけ力になってあげる。

だけど最終的に決めるのはあなた自身なんだから、大切なことからは逃げずに立ち向かわなきゃダメよ?」


ようやく買ってもらえた真新しい携帯電話にSNOWさんと連絡先を交換したあと、SNOWさんはそう言ってくれました。


私は力強く頷くと、もう一度頭を下げてお店をあとにしました。


家に帰るとお父さんとお母さんがなにか慌てて準備をしています。


どうしたのか尋ねると、急用ができたので家を空けることと、誰が来ても対応しないように言われました。


私は日課となっている彼の家に食事を作りに行かなくていいのか尋ねましたが、今日はしなくていいから家でゆっくりしていなさいとのことでした。


用事が終わればいつものようにSNOWさんとゲームができると思いこんでいた私は、今日はできないことを伝えます。


残念ながら私の家にはパソコンは無いので、ゲームをするとなれば嫌でも彼の家に行くしかありません。


すぐにSNOWさんから


『今日は私も用事かあるからまた今度ね』


と言われてしまいました。


ホッとしたような残念なような気になりましたが、次の対戦のために将棋の本でも読んで勉強することにしましょう。


幸いにもお父さんは将棋が大好きなので、その手の本は山ほどあります。


簡単に夕食を準備して本を読んでいると、ガンガンガンと、扉を叩く音が聞こえました。


かなり驚きましたが、対応しないわけにもいかず、恐る恐る覗き窓から見てみると、かなり苛立った顔の彼が見えました。


私はそっとチェーンを掛け、扉の鍵を開けます。


鍵が開いたのがわかったのか、すぐさま扉を開けられましたが、チェーンが掛かって完全には開きません。


「おい!ふざけんな!ここ開けろ!」


「い、いや!

な、なにしに、きたの……」


「あぁ!?飯がねぇから文句言いに来たに決まってんだろ!?ふざけんなよテメェ。また殴られてぇのか!?」


「わ、わたし、もう、何もしないから!

もう決めたから!これ以上乱暴するなら、け、警察呼ぶから!」


「あぁ?警察だ?あぁ呼んでみろよ、呼べるもんならな!

どーせ警察なんてすぐどっか行っちまうんだ。

それともずっとお前のこと守ってくれるとでも思ってんのか?

俺んちは目の前なんだ。

警察が帰ったらすぐまた来てやるからな!

それでもいいなら呼んでみろや!

そのかわりてめぇの家族がどうなってもいいならな!」


怖い、怖い、怖い。


開けたら多分また殴られてしまう。


だけど開けないともっと酷い目に合うかもしれない。


今開けたほうが楽なんじゃないか。


だけどせっかくこれから強くなるって決めたのに。


弱い心が簡単に顔を出してしまう。


やっぱり私はここから逃げることなんてできないんだ。


すべてを諦め、鍵を開けよう。


いつもよりもっと殴られるかもしれないけど、私が耐えればいいだけだ。


チェーンに手を伸ばしかけたその時、


「あぁ!?なんだって………」


彼の声が聞こえ、それから静かになってしまいました。


何が起きたのかわかりません。


ただわかっているのは、今までの騒々しさが嘘のように外が静まり返っている事だけです。


5分くらい経ったのでしょうか。


相変わらず静かなままの外が気になって仕方ありません。


覗き窓からは暗闇しか見えず、恐る恐るドアを開けます。


開く範囲からは何も見えませんでした。


(もしかしたらまだどこかに隠れているのかもしれない)


そう思うとチェーンを外すこともできず、只々時間が過ぎるのを待つ事しかできませんでした。


部屋で1人、布団にくるまりながら過ごすのは苦痛でした。


ちっとも時間が過ぎず、時計が壊れているかと思ったほどです。


どれくらいそうしていたのでしょうか。


ガチャっと音がして玄関が開きました。


「あれ?チェーンがかかってる?」


それは聞き慣れたお父さんの声でした。


私は無我夢中で玄関へと走り、慌ててチェーンを外します。


私の顔を見て何かを察してくれたのでしょう。


お母さんは黙って私を抱きしめてくれました。


お父さんは


「今までゴメンな」


と一言呟きました。


その言葉の意味を理解することができず、ただ安心感から私はお母さんの胸で泣いてしまいました。


両親の前で泣くなんていつ以来でしょう。


ただ泣きじゃくる私の頭を、お母さんは黙って撫でてくれました。


ようやく落ち着いた私達は、リビングへと移動します。


よく見ればお母さんの目も腫れていたので、もしかしたら私を抱きしめながらお母さんも泣いてくれていたのかもしれません。


そしてお父さんは信じられないことを言い出しました。


「さくら、高校は好きなところに行きなさい。

僕もお母さんも、さくらがやりたいことを応援する。

ここから離れてもいい。

ここだと、いつなにがあるかわからないからね。

もちろん僕たちはきみを全力で守る、だけど、どうしても目が届かないところもある。

もしさくらが望むのであれば、一人暮らしをしてもいい。

この辺りだと少し遠いけれどA高校なんてどうだろう。

あそこは県内ではトップクラスの学校だけど、さくらの学力なら無理ではないと思う。

少し考えてみてくれないか?」


ビックリしました。


ビックリしすぎて何も言葉が出てきませんでした。


あんなにわからずやだと思っていたお父さんからこんな事を言われるなんて。


確かにお父さんの言う通り、A高校は県内屈指の進学校です。


正直なところ今の私の学力ではギリギリですが、絶対に無理というわけではありません。


「私、だめかもしれないよ?それでもいいの?」


「あぁ、もちろんだ。

それにやる前からダメだって決めつけたら何もできないよ。

まぁそこは今決めなくても良い。

取り敢えずこれからのことを話そうか」


その後にお父さんの言ったことに私はまた驚いてしまいました。


もう今日だけで何度驚きすぎたか分りません。


寿命縮んでないかな?


「これまでさくらが塩崎家で働いてきた分は、塩崎さんから迷惑料というか、バイト代と言うか、そういうことでお金を預かってきた。

これに関しては僕たちにも大いに責任があることだからさくらが自由に使ってくれて構わない。

僕も母さんもそれで納得している。

それと、新太君とのことだけど、これは完全に僕たちの見込み違いだった。

彼は気さくでいい男だと思っていたけど、それは僕たちの目がかなり節穴だったらしい。

これに関しては本当に申し訳なかった。

ただ、一つだけ言い訳をさせてもらうと、きみと新太君は昔から仲が良かったし、よく一緒にいたから彼といればさくらが幸せになれると勝手に信じ込んでしまったんだ。

このことに関しては申し開きをするつもりはない。

本当にごめん」


そう言うとお父さんは深々と頭を下げました。


「そして、今後は一切彼には関わらなくていい。

と言っても急に引っ越すこともできないから、さくらが良ければ暫らく家を移すのはどうだろう。

もちろん僕らも一緒に行くし、家はこのまま残しておく。

生活するところは変わるけれど、新しいところについては僕たちが保証する。

学校も変える必要はないし、学校までは僕たちが送っていく。

進路も含めて考えてくれないか?」


こんなに色々と変わることがあるんでしょうか。


一度に色々とありすぎて混乱してしまいます。


「取り敢えず今日のところは寝ましょうか。

さくらも色々とあって疲れてるでしょうし、明日またゆっくり話せばいいでしょ?」


お母さんの提案でとりあえず今日のところは終わりになりました。


私はわけがわからないまま、とりあえず自分の部屋に戻り、布団に潜り込みます。


今日は本当に色々あった日でした。


SNOWさんに会って、色々話を聞いてもらって、いきなりお父さんたちの態度が変わって、、、


「そうだ、SNOWさん!」


私は慌ててSNOWさんに連絡をします。


もう遅い時間なので迷惑かなとも思いましたが、状況がよくなったことを報告したいと思ったからです。


SNOWさんからは直ぐに返事が来ました。


「まずはおめでとう、よく頑張ったね。

だけどこれは自分が行動した結果だから、まずは自分を褒めなさい。

これからも負けないようにね」


なんてかっこいいんでしょう。


私が男の子だったら完全に惚れますね。


いえ、女の私でもすでに惚れてます。


私も頑張って、SNOWさんに一歩でも近づけるようにしましょう。


その日は久しぶりにぐっすり眠ることができました。


悪夢で目が覚めないことは本当に久しぶりです。


翌日の朝一番。


私はA高校を目指すこと、別の家に引っ越すことを両親に伝えました。


もちろん今からの勉強は今までよりももっと大変になるのはわかっています。


40点を70点に上げるよりも、90点を92点に上げるほうが何倍も難しいからです。


それともう一つ、お父さんにお願いしました。


それは………。


「私に勝つための将棋を教えてください」


変なお願いなのは自分でもわかっています。


だけどお父さんは黙って頷いてくれました。


それから早速引っ越しの準備を始めます。


家はそのまま残すので、取り急ぎ必要なものをまとめるだけでいいのは助かります。


ある程度まとまったところで、家の前にワゴン車が到着しました。


運転してる方に見覚えはありませんが、両親が挨拶しているので知り合いの方なのでしょう。


それにしても素晴らしいタイミングです。


さっさと荷物を詰めこんでいると、お隣に挨拶に行った両親が帰ってきました。


私はまだ新しい家を知りません。


お父さんの運転する車に乗り込み、車に揺られること30分ほど。


林を抜けた先に一軒のアパートが見えてきました。


先行していたワゴン車は先についています。


おそらくここが新しい家なんでしょう。


すると、奥の方から一人の女性が歩いてきました。


顔が見えなくてもすぐに分かります。


何もない道をランウェイのように歩く女性。


私は自分の目がおかしくなったかと思いました。


「遅かったね、何かあったかと心配したよ」


それは紛れもなくSNOWさんでした。


私を見てサッと右手を差し出しながら、


「改めまして、私がこのアパートのオーナー兼管理人の楠木雪子です。

よろしくね、さっちゃん?」


これは夢でしょうか。


夢なら夢でいいので、できれば覚めないでください。


私は右手で握手をしつつ、左手で頬を抓りながら、


「よ、よろしくお願いしましゅ……」


……大事なところで噛んでしまいました。


「ふふ、何してるの?」


痛い、夢じゃないみたいです。


そして恥ずかしい……。


両親も挨拶をしているようですが、私はそれどころではありません。


もう昨日から驚きすぎて表情筋が亡くなりそうです。


SNOWさん改め雪子さんは私に向き直り、


「はい、さっちゃんにはこれ」


と、一つの鍵をくれました。


鍵には101と書いてある可愛らしいキーホルダーがついています。


それを見た両親は驚いていました。


なにか特別な鍵なんでしょうか。


「ご両親が住む部屋は少し狭くてね。

あいにく今は広めの部屋は空いてないのよ。

さっちゃんもこれから勉強が大変だと思うし、一人部屋も欲しいでしょ?

偶然この部屋が空いていたから好きに使っていいよ。

もちろん合鍵はご両親に渡しておくし、ご飯は食堂でもご両親の部屋でも好きなところで食べていいよ。

細かい決まりはこの冊子を読んでね。

残りの住人は……また今度紹介するね。

住民参加のバーベキューや鍋パーティーなんかもあるから、暇なら参加してくれると嬉しいかな。

あとの詳しいことはお父さんかお母さんにでも聞いてね」


そう言うと雪子さんは車に積んであった荷物を運転してくれた方と一緒にさっさと運び始めました。


私が呆気にとられていると、お父さんが私の両肩を掴みながら、


「さくら、頼むから、絶対に、ぜっっったいに鍵を失くすんじゃないぞ?」


と念を押してきました。


ほんとにこの鍵は何なんでしょう。


少し怖いのですが……。


それからは瞬く間に過ぎていきました。


私の両親が(何故か雪子さんと)学校に行き、事情を説明したらしく、私の生活は平穏そのものでした。


彼とは廊下などですれ違うこともありましたが、人目につきやすい廊下でなにかできるわけもなく、苦々しく私を見るだけでした。


そういえばあの夜はいったい何があったのでしょう。


そして春を迎え、、、、。


私は無事にA高校に入学することができました。


聞いた話によると、彼はギリギリD高校に受かったそうです。


ヨカッタデスネ。


住民の方とも仲良くやっています。


皆さんひと癖どころか4つも5つも癖のある方たちですが、とてもいい人たちばかりです。


そして私の部屋には念願のパソコン様をお迎えしました。


雪子さんからの高校合格祝いだそうです。


嬉しいですけど値段も知っていますので、遠慮したのですが、


「これで思う存分一緒に遊べるね?」


という美悪魔の誘惑には抗えるはずもありませんでした。


雪子さんと遊ぶようになってから、私はすごく変わったと思います。


まずは筋トレと体力トレーニングを始めました。


突発的に山登りをしたり、海に行ったりする雪子さんに、今のままではとてもついていけません。


それと同時に自衛の意味で空手と柔道を教え込まれました。


我流だけど、と前置きされた上で、コテンパンにされてしまいました。


ちなみにワゴン車を運転していただいたのは202号室の家守イエモリさん。


元自衛官で、現在はプロの格闘家だそうです。


この方相手に組み手なんて無茶が過ぎます。


それと食堂で料理を作ってくださるのは天草アマクサさん(と、雪子さん)。


県内で名を知らない人はいないといわれる、料亭の料理長をされているそうです。


嘘か真かそのお店は予約が5年待ちだそうですが、このアパートなら普通に食べられます。


というか、このアパートっておかしくないですか?


住んでる人がみんな物語の主人公みたいな人ばかりなんですけど……。


というか、そんな天草さんと料理対決している雪子さんっていったい……。


わかっています。


深くは考えません。


というか、考える暇がないほど、毎日が充実しています。


そして考える前に体を動かしておかないと、確実に太ります。


ご飯が美味しすぎるのが悪いのです。


決して3杯目のおかわりをした私が悪いのではありません。


育ち盛りだからです。


そしてできればもう少しお胸に栄養がいってほしいです。


………クスン。


今の私はやるべきことがいっぱいです。


まずは勉強。


これは優先事項の一番です。


学年で30番から落ちてしまえば、次回のテストで挽回するまで雪子さんと遊べなくなってしまいます。


だけど、学年で500人近くいるこの学校では並大抵の努力では間に合いません。


中学と違い、高校は自分のレベルに合わせて選ぶことができるので、周りはみんな自分と同じか自分より優秀な子達ばかりだからです。


これはA高校に入学したときに私達で交わした約束なので破れません。


そして運動。


雪子さんに追いつくこともそうですが、私はまだ心も体も弱いからです。


いつ、どこで彼に遭遇するか分りません。


いくら引っ越したとはいえ、同じ町に住んでいることに変わりはないのですから。


助けを求められる場所ならまだしも、人の少ない場所や時間帯は必ず存在します。


もちろんそこを回避することは絶対に必要ですが、万が一ということはあります。


その時に自分の身を自分で守るためです。


そして最後に学校生活を楽しむこと。


今は毎日が楽しいです。


これは中学の頃では考えられないことでした。


そしてこの生活を守るためには、自分が変わるしかありません。


雪子さんはこれを教えてくれました。


そして助けてくれました。


もうあの人に心配はかけたくありません。


そのために毎日努力あるのみです。


だけど、嫌なことは忘れた頃にやってきます。


放課後、参考書を買いに町中に出たときでした。


「よぉ、久しぶりじゃねぇか」


後ろから肩を掴まれました。


声だけで誰かわかってしまいます。


苦い記憶がフラッシュバックします。


体が強張り、冷や汗が出てきます。


当然ですよね。


どんなに体を鍛えても、心まではそう簡単にいきません。


ましてや相手は幼馴染。


幼少期に植え付けられた辛すぎる記憶はそう簡単にはなくなりません。


動け、動け、逃げろ、逃げろ。


頭ではわかっているのに、体が言う事をきいてくれません。


まるで金縛りにあったように動かない私に、彼はどんどん調子に乗ります。


「なーんか、家族で逃げたみたいだけどよ、俺から逃げられるとほんとに思ってんのか?

俺がその気になりゃ、すぐわかるんだぜ?

まぁいいや、まずは体にじっくり思い出させてやるか。

楽しい楽しい記憶をよ。

そんで誰がお前の主人なのかはっきり分からせてやるよ!」


そう言うと彼は私を強引に引き摺ろうとする。


ありったけの力でその腕を振りほどこうとすると、


「いってぇ!?」


振り払おうと振り回した腕が、偶然彼の腕に当たり掴んでいた指が離れました。


それが気に食わなかったのか、右腕を大きく振りかぶり、私を狙っています。


家守さんや雪子さんと比べれば遥かに遅いです。


遅いですが、その怒りに満ちた目が私の恐怖心をさらに煽ります。


2秒経ち、3秒経ち、それでもなぜか拳が振り下ろされる気配はありません。


瞑っていた目を開くと、そこには雪子さんの姿がありました。


(なんで、ここに?)


そう考える暇もなく、


「こんの、バカ娘がー!」


雪子さんの怒鳴り声が響きました。


思わず再度目を瞑ってしまいます。


「誰がそんな対処の仕方を教えた!?

だいたい襲われてる最中に諦めるバカがどこにいる!

あんたはこうならないように鍛えてたんじゃないの!?」


……ご尤もです。


ぐぅの音も出ません。


「罰として、あんたはこの先一週間甘いもの禁止!

それと、家守くんの料理の味見役!」


「ヒィ!?そ、それだけは許してください!」


家守さんの料理は独特です。


簡単に言えば、何にでもプロテインをかけられます。


塩の代わりにプロテイン、砂糖の代わりにプロテイン、味噌と、醤油の代わりにプロテイン………。


だからお願いします、それだけは、プロテインだけはやめてください。


家守さんも、『え!?いいの?』みたいな顔しないでください…。


「んだぁ、てめぇ、なに邪魔してんだぁ!」


ここでようやく彼を見てみると、腕を後ろに回されて関節を極められています。


こうなったら最後、ど素人の彼では絶対に抜けられないと思います。


「イキがると碌なことにならないよ?少年。

だいたいこないだの約束もう忘れたの?」


こないだ?約束?なんのことでしょう。


「あぁ!?って、てめぇはこないだの!?」


「やっと思い出した?

パンツいっちょで詫び入れたくせに、約束破るなんてたいした度胸してるじゃない。

まぁこっちも、本気でアンタが約束守るなんて、ハナから信じてなかったからね。

そろそろ忘れる頃だと思ってたよ。

ほんと、アンタみたいなやつは単純で扱いやすいね?」


あー、これは完全に理解ってて煽ってますね…。


あの極め方は、今はそんなにだけど、動けば動くほど痛くなるやつです。


私も何度か受けたので、痛みは知ってます。


あーあ、後ろ向くと余計痛くなっちゃいますよ。


ってもう遅いか。


「いだ、いだだだ…、おい、離しやがれ、クソが!」 


「全く、言葉使いも知らないみたいだね。

そもそもアンタの優しいパパとママに言われなかった?

金輪際、宮崎さくらに、近寄るな、関わるな、ってさ」


え?なんのことでしょう。


さっぱり意味がわかりません。


というか、本当に今更なんですが、私はこのままぼけっと座っててもいいのでしょうか?


足元がゴツゴツしていて結構痛いのですが、そう言い出せる雰囲気ではありません。


というか、言ったら確実に怒られそうです。


「どうやらアンタは私が思ってた以上のバカだったみたいだね。

こんなのに目をつけられるなんて、さくらも気の毒に。

まぁでもそれも今日までよ。

モノもコトバも知らないアンタにもう一度だけ教えてあげる。

今後、二度と、うちのさくらと、その家族に、近寄るな!!

次にこの言葉を破ったときは、骨の1本や2本じゃ済まないからね?」


そう言うと、雪子さんは思い切り腕をひねり上げる。


あー、あれ死ぬほど痛いやつだ。


叫び声にならない悲鳴を上げながら、彼は地面に叩き伏せられます。


極められていた腕が離されると、一目散に逃げ出してしまいました。


「さて、と」


雪子さんは私の腕を掴み強引に立たされます。


「え、、、と、、、」


ありがとうございました、なんでここに、さっきの話って……。


言いたいこと、聞きたいことは山のようにあるのに、次の言葉が出てきません。


雪子さんは笑顔で、


スパーーーーーン


と私の頭にチョップを繰り出してきました。


まぁ当然、ですよね。


むしろこれくらいで済んでくれれば感謝したいくらいです。


「このおバカ!何考えてんの!

たまたま私達が間に合ったから良かったけど、あんな態度とってたら最悪のことだってあるんだからね!」


怒られて嬉しい私はどこかおかしいのでしょうか。


いえ、無事だったからこそ良かったのは自分でもわかっています。


それでも、私のことを心配して、こうして忙しい中助けてくれたことが本当に嬉しくて。


「はい、ゴメンナサイ」


としか言えませんでした。


泣きたいけど我慢です。


「ったく、ほら、帰るよ?」


少しぶっきらぼう気味に話す雪子さんがかっこよくて、さらに惚れ直してしまいそうです。


「まぁ、さくらの気持ちも理解できなくはないよ。

あれだけ長い時間手酷くやられたんだ。

ちょっとやそっと鍛えたくらいじゃ、どうしようもない事もある。

だけど次はどうなるかわからないからね。

今回はたまたま私達がいたけど、それが間に合わないことだって必ずある。

あの手の輩は暫くは大人しくしてるだろうけど、かならずまた来る。

その時までに、自分ができることをしっかりやりなさい」


やっぱり雪子さんの言葉は優しくて暖かい。


今回の件は完全に私の失態です。


まさか自分がここまで動けなくなるなんて思ってもいませんでした。


もし次があるなら、その時は必ず自分で過去の自分を乗り越えてみせます。


「うん、いい顔になった。

まだまだ鍛えてあげるから頑張んなさい」


「はい、よろしくお願いします」


そう言って私は頭を下げました。


「まぁ、それはそれとして、家守くんの料理は食べてもらうけどね?

大サービスで3品で勘弁してあげましょう。

もちろんデザートも許してあげるわ。

それも家守くんの手作りだけどね?

うーん、私ってなんて優しいのかしら」


……前言撤回です。


この人はどちらかと言うと天使の見た目の魔女よりです。


結論から言うと、その後、高校を卒業するまで彼の襲撃はありませんでした。


ただ、悪い噂を聞くことはよくありましたが。


なんでも、複数人の女性と関係を持ち、そのうち何人かを妊娠させてしまったそうです。


それがわかると同時にどこかに雲隠れしてしまい、現在彼の両親が血眼になって行方を探しているらしいです。


それらの情報は、すべてクラスメートで噂好きの女の子が、聞いてもいないのに教えてくれました。


そして、なんでも妊娠した女性の1人は同じ高校にいるそうです。


この学校は優秀な生徒が集まっているはずなのに、あんな馬鹿男に騙される人もいるんですね。


いや、真面目だからあの手の男に引っかかってしまうのでしょうか。


まぁ、そういう私も、雪子さんに助けてもらえなければ、そのうちの一人になっていた可能性は十二分にありますが。


それと卒業式の数日前に、学校で事件が起きたそうです。


どうも怪我をした同級生がいるらしく、私のクラスのグループチャットにも連絡が来ました。


もしかしたら、卒業式が中止になるかもしれない、と。


ですが、卒業式は無事に執り行われました。


なにかの間違いか、事実だとしても大事にはならなかったのでしょうか。


雪子さんにも来てほしかったのですが、大事な用事があるとのことでした。


とても残念です。


そして私は猛勉強の末、関東の女子医大に合格することができました。


いやー、ほんと運が良かったです。


学費や諸々のお金はかなりかかりますが、私は例のお金をこのいうときのために取っておいたので、なんとかなりそうです。


だけど無駄遣いは厳禁です。


唯一の心残りは、高校3年間で一人の彼氏もできなかったことです。


周りの友人たちが1人、また1人と青春をエンジョイしていく中、私は黙々と自分を磨くことしかできませんでした。


それもこれも全てヤツのせいです。


次あった時には覚悟してください。


特大の呪いとともに、3年間で培った私の正拳突きをお見舞いしてやりましょう。


ふふ、冗談ですよ、半分は。


それに今の私が本気を出せば、内臓破裂では済まないと思います。


私もあんな奴のために人生を棒に振る気はないですからね。


ですがトラウマのことは本当に深刻です。


私も友達に羨ましがられるくらいは見た目に気を遣っています。


実際男の子とちょっといい感じになったこともあるんですよ?


だけど、その度に恐怖というか、得体のしれないナニカが私を包みこむのです。


今でも夢に出てきます。


小さかった私を、執拗に痛めつけるやつの亡霊が。


そんなときは決まって汗だくで目を覚ましてしまいます。


どんなに強くなったつもりでも、私の心は未だ弱いままなのでしょう。


それが理由で、卒業するまで特定の男の子と特別な関係になることはできませんでした。


その分、雪子さんをはじめ、アパートの住人の方たちとは思う存分楽しいことができたので、それはそれで良かったのですけど。


私も春から都会の大学生です。


きっと素敵な出会いがあるはずです。


だからそこらへんにいる後輩の女子たち。


私は春からの出会いに期待で胸を膨らませている途中です。


手紙はいいですけど、重すぎる期待には応えられません。


ですからその豪華すぎる花束を受け取ることはできないのです。


あなた女の子ですよね?


あなたと一夜限りの思い出作りなどできるはずもありません。


いや、泣かれても困ります。


一度だけでもなんて言われても受け入れられません。


本当です。


だからそんなに力強く袖を引っ張らないでください。


だれか、たすけて!!




色々あったこのアパートとも今日でお別れです。


家具や家電はそのままでいいとのことなので、私の荷物と、雪子さんにもらったパソコンを連れていきます。


お別れ会は縁起が悪いとのことで、卒業と合格おめでとう会を住民の方が開いてくれました。


いつでもここに帰ってきてもいいそうです。


やばいです、すでに泣きそうです。


だけど、私は笑顔で今日を乗り切ります。


それと、私の両親は、私の卒業を機に今までの家に戻るらしいです。


お父さんは最後まで私の一人暮らしを反対していました。


雪子さんが知り合いのアパートを紹介してくれて、渋々納得していましたけど、どうやら会社に東京への異動願いを出したようです。


叶うといいですね。


でもお父さんの勤めている会社の東京支店は、都内じゃなくて八丈島じゃありませんでしたか?


えぇ、知らなかったふりをしておきます。


スルースキルは大事です。


天草さんが用意してくれた料理は本当に美味しくて、皆さんが自然と笑顔になります。


だから雪子さん、こんなときに料理勝負なんてしないでください。


私も含めてみんなお腹いっぱいなんです。


ところで最後に1つだけいいでしょうか。


いえ、私も見なくてすむなら見なかったのですが、そうもいかないようです。


そう、そこにいる方です。


いえ、アパートを紹介していただいたことは感謝しています。


はい、これからもよろしくお願いします。


いえ、その件ではなくて。


はっきりお伝えした方がよろしいですか?


そちら様はこの国の今のなんたら大臣の方ですよね?


なぜここに?


え?このアパートのOB?


数十年前までここに住んでいた?


えーと……、どうも、改めまして、宮崎さくらと申します。


え?このアパートの住民はみんな兄弟?


そして自分が長男だ、と、


酔っていらっしゃるのでしょうか?


今日はアルコールは無しだと聞いていたのですが。


え?料理に使うお酒で酔った?


香りつけ程度のはずでは?


昔からあんな感じだったと。


わかりました、知らないことにしておきます。


なのでSPと秘書の方々、あとはよろしくお願いします。


いえ、このまま放っておくと、若干1名とても怖い方がいらっしゃいますので。


いえ、皆さん目をそらさないでください。


いや、こちらに振られても困ります。


私はまだまだか弱い弟子の身。


師匠には到底敵いませんので!!

誤字、脱字の報告、本当にありがとうございます。


また、多くの方に読んでいただけて本当に嬉しいです。

最後まで頑張りたいと思いますので、お付き合いよろしくお願いします。



誤字、脱字、表現の問題等ありましたら、ご連絡をお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、彼女、三本足新太と昔から知り合いだったのね。 早い段階で崖から突き落としてれば(マテ)。 まあ実際、田舎の地元の名士のクズ息子で(それこそ貴族院議員とか出してた家系)、地元で悪さ…
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