第一話 今の僕
初の連載投稿作品です。
全5話+アフターとなります。
駄文ですが、読んでいただければ幸いです。
登場人物
楠木友哉 くすのきゆうや
地元の大学を卒業後、大手広告代理店に勤務
謙遜しているが仕事はかなり出来る
上司からの信頼も厚く、同期の中では出世頭
高校時代のトラウマで大学、社会人と彼女は作れなかった
同郷の宮崎さくらと婚約を機に故郷に挨拶のため戻ってきた
宮崎さくら みやざきさくら
高校卒業後、関東の女子医大に進学
現在は産科で新しい命と向き合っている
多趣味だがなかなか時間が取れないのがストレス
大学、社会人と彼氏は作らなかった
インドア、アウトドア問わず趣味は友哉の母親仕込み
現在の息抜きは友哉の母親とネットで将棋や囲碁、FPSゲームをすること
楠木雪子 くすのきゆきこ
友哉の母親
超多趣味
盆栽からネトゲまで幅広く嗜む
複数のアパートや土地を所持しており、家賃収入で生活しているが、副収入はかなりある
若い頃から様々な資格を取っており、人手が足りないと言われれば近所の定食屋から大型ダンプの運転まで何でも手伝う
コミュ力おばけで誰とでも仲良くなり、周辺住民からの信頼は厚い
夫とは死別したが、旦那一筋であるため再婚の予定はない
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「ここに帰ってくるのも5年ぶりか……」
様変わりした空港に降り立ち、感慨にふける。
僕が大学を卒業して、上京するときには改築の計画をしていた。
5年という月日は建物を一新させるくらいには長かったらしい。
(あの頃は仮設みたいな建物だったのに、変われば変わるもんだ)
出口の待合スペースには家族を待つ人、笑顔で抱き合う人、紙に名前を書いて相手を待っている人たちでごった返している。
例のウィルスのせいで帰郷ができなかった。
その前は仕事になれることが精一杯なのと、嫌な思い出が強すぎて帰る事をしなかった。
そういったわけで、5年ぶりに地元に帰ってきたわけだ。
ちなみに今回は結婚の挨拶も含んでいるので一人というわけではない。
「友哉くん、あそこにラーメン屋ができてるよ?
あれ私の家の近くが本店なんだよ?
懐かしいなー」
懐かしいも何も、僕らの職場の近くにもFCでお店が出てますよ?
もちろんそんな無粋なことは言わないけど。
彼女の名前は宮崎さくら。
同じ高校だったが特に接点はなく、会社の同僚が開いた合コンで出会った。
僕もさくらも数合わせで呼ばれただけで、合コン自体に興味もなかった、あぶれたボッチ同士が話していたら、実は同郷だったという笑い話である。
ちなみにさくらも僕のことは記憶になかったらしい。
彼女は高校を卒業して東京の大学に進みそのまま就職。
僕は地元の大学を卒業後、大手企業に就職した。
同期の中では一番の出世頭で、給料も同世代の中ではかなり稼いでいる方だと思う。
まぁこれは仕事が思っていたよりも自分に合っていたのと、運の巡りが良かっただけだと思ってる。
ちなみにさくらは東京の医大を卒業後、現在は産科の若手としてバリバリ働いている。
僕の会社の同僚と、さくらの大学の同期が主催した合コンではあったけど、僕は女性不信、さくらは男性不信という状況だったので、声はかけられるが基本当たり障りのない対応をしていたと思う。
まぁ翌日同僚からはかなりやっかまれはしたけど。
空港からはバスで移動しようと思っていたのだけど
「ゆうやーー」
懐かしい声が聞こえた。
「あれ?母さん?」
予想していなかったお迎えがあった。
たしかにフライトの時間は伝えていたが、趣味で忙しいだろうし来てくれるとは思っていなかった。
ちなみに母さんは爺さんが建てたアパートをいくつか管理していて、悠々自適に趣味に生きている自由人だ。
父さんは早くに病気で亡くなっていて、僕にとっては母さんが唯一の家族ということになる。
「お久しぶりです。
今日は、わざわざありがとうございます」
「え?紹介……したっけ?」
「友哉くん、何言ってるの?
友哉くんはこっちに帰ってきてないんだから紹介も何もないじゃない。
私も驚いたんだけど、友哉くんのお母様は私の趣味のお師匠様なの。
ほら、私の趣味って、お母様と同じのが多いでしょ?
私昔から勉強以外することなくって、そんなときにお母様に初めてお会いしたのよ。
父がやってたから将棋は好きだったんだけど、将棋の対戦ゲームでお会いして、そこから仲良くなって今に至るの。
知らなかったでしょ?」
まじか……、全然知らなかったわ。
たしかに母さんと趣味が似てるなー、これなら結婚しても仲良くなってくれるかなー、なんて漠然と考えてはいたけど、まさか知り合いだったとは……。
「だから友哉くんよりも、どちらかといえばお母様とのほうが付き合いは長いわよ。
昔はそれこそ山登りやキャンプもご一緒させてもらったし、今でもネットを通じて将棋の相手をしていただいているもの。
ま友哉くんのお母様だって知ったのはそれこそお付き合いしてからだけどね」
「あぁ……、そう……なんだ。
いや、世間は狭いと言うか、まさか、だったよ」
「私も驚いたよー。
まさかあのさっちゃんがうちの友哉と同級生で、さらに結婚するなんてねー。
あんた全然そんな話しないから母さんも心配してたんだよ。
でもさっちゃんも久しぶりに会ったけど、きれいになったねぇ」
あ、これはまずい展開だ。
母さんは人当たりはいいのだが、話し込むとかなーーり長くなってしまう。
忘れてはいけないのがここはまだ空港のロビー。
「取り敢えず移動しない?
僕も疲れたし、さくらも大変だと思うから」
「ああ、そうだねぇ。
こっちだよ、ついておいで」
そう言うと、母さんはさくらの荷物持ってさっさと駐車場に向かう。
車に荷物を詰め込み、一応『運転しようか?』と尋ねてみたが、ペーパーには任せられんと断られてしまった。
たしかに免許は持ってはいるが、運転にはあまり自信はない。
助手席に乗ろうとしたら、アンタは後ろに座んなさいと言われ、さくらを助手席にキープしていた。
さくらも苦笑いしながらお願いしますと頭を下げる。
母さんとの顔合わせが無事に済んだことで安心したのか、僕は後ろで眠ってしまっていた。
さくらは取り敢えず実家に帰るらしく、母さんが送っていくらしい。
僕も家は知っているが、心の準備と言うか色々な支度が済んでいないので実家に残ると伝える。
(5年ぶり……か)
外壁は知っていたが家の中まで手を入れたらしく、懐かしいという感情は湧きにくいけど、それでも庭に植えてある樹木や手入れのされた花壇は懐かしさを感じることができた。
僕の部屋もまだ残っていて、キレイに掃除がしてあることに感謝しつつ、ベッドに横になる。
窓から見える景色にはあまり変化がなさそうだけど、実際は色んなところが変わっているのだろう。
あの頃は二度と戻りたくないと思っていた故郷。
5年という月日で僕の心が癒えたのか、それとも僕自身が成長したのか分からないけれど、帰ってみれば心休まる場所ではあった。
存外僕も疲れていたらしい。
さらに1時間ほど眠っていたが、母さんの声で目を覚ました。
「ちょっと材料足りないからスーパーまで行ってくれない?」
「え?2人分なのに何を作るの?
僕はカレーとかが食べたいんだけど」
「は?あんた何言ってるの?
これからさっちゃんとこのご家族も来るのに、カレーってわけにはいかないでしょ。
ある程度は中華屋さんとかお寿司屋さんに頼んだけど、店屋物だけってわけにいかないからね。
私がちゃちゃっと作るけど、乾物が切れてるから買ってきてよ」
……そういえばこういう人だったな。
昔からちゃちゃっとで簡単なものが出てきた覚えがない。
カレーもスパイスから炒めてるし、蕎麦食いたいっていった日には蕎麦打ちをさせられて驚いた記憶がある。
メモ書きと財布を渡されて家を追い出される。
自分が出すって言ったんだけど、笑って断られた。
しかし量が多いな。
鰹節に鯖節にイリコにジャコ。
乾燥した魚のオンパレードだな。
何を作るのか検討もつかない。
僕も料理は叩き込まれたので生活に困らない程度には作れるけど、やはり母さんの味には程遠い。
メーカーも指定されてるから、これじゃないとダメなんだろう。
これを揃えるとなると、ちょっと行ったところのスーパーか。
東京は歩きが基本なので染まってしまった僕は歩くことに忌避感がない。
昔ならちょっとの距離でも自転車を使っていたけど、景色を眺めながら歩くのは思ったよりも気持ちが良かった。
(あれ?さくら……の家族?)
寝ぼけてはいたが、さっちゃんが、ではなく、さっちゃんとこのご家族と言われた気がする。
さくらがくるのは全然構わない。
正直親子だけの会話をと思ったりもしたが、プロポーズは済ませているし、女性二人の関係はおそらく良好なものだろう。
さくらのご両親とも一度だけお会いしたことがある。
さくらの両親が上京した際にご挨拶をさせていただいたし、明日の昼から結婚のご挨拶に伺う予定だ。
え?でも今夜?来るの?
待って、心の準備ができてないんですけど……。
(携帯、携帯、けいた……)
出てきたのは何故かエアコンのリモコンと財布。
(なんてベタな。
慌てるにもほどがあるだろ……)
取り敢えずリモコンを見なかったことにしてそっとポケットにしまう。
一度戻ることも考えたが、お使いを頼まれている上に手ぶらで帰ったら怒られること間違いなしだ。
(取り敢えず、走るか)
目的地まではあと5分くらい。
だけどここで家に帰れば30分はロスしてしまう。
小走りでスーパーに行き、メモ書きと照らし合わせながら必要なものを揃える。
我が母親ながら、預かったお金と支払うお金がピタリなのは流石という他ない。
支払いを済ませてマイバッグに詰め込んでいると、
「……もしかして、ゆうやくん?」
声が……聞こえた。
二度と会いたくなくて、声も聞きたくなくて、顔を見ることすら嫌で。
背中に冷たい汗か流れる。
両腕は鳥肌が立っている。
視野が急に狭くなったように感じ、足元がふらつく。
当時はあんなに好きだった声が、今でも恐怖と憎悪を足して2を掛けたように聞こえる。
「………い…………おり?」
自分でも掠れているのがわかる声をひねり出す。
自分が今どんな顔をしているのかわからない。
笑っているのか、泣きそうなのか、それとも『無』なのか。
振り返るとそこには岡田伊織が立っていた。
当時の面影を残しつつ、少し疲れた表情で。
長袖のTシャツにジーンズを履いて、エプロンを付けていることから、ここで働いているのかもしれない。
「久しぶり、だね」
少し照れくさそうに頬を染め、右手人差し指で頬を掻く。
昔はその仕草を可愛いと思っていたけれど、今となっては可愛さどころか吐き気すら覚えてしまう。
「帰ってきてたんだね?全然知らなかった。今は?何してるの?」
声が出ない。
気持ちが悪い。
一歩後ろに下がろうとしたところで躓きそうになってしまう。
「危ないよ!」
伸ばされた手を本能で振り払ってしまう。
バチっと言う音が響き、周りの客が僕らに目を向ける。
僕の背中を支えてくれたのは、さくらだった。
「どこにいるのかと思ったら、どうしたの?
そちらは……もしかして岡田さん?」
どうしてここにさくらがいるのか。
どうして僕は岡田伊織を恐れるのか。
蹲った僕の背中を優しくさすってくれるさくらの手は暖かかった。
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