8「あとは不始末」
顔を歪め拘束された俺は今。狭い部屋で非常に退屈、かつ面倒な時間を過ごすことを余儀なくされていた。
「あー、『なんでこんなことをしたんですか』」
問うたのは、俺の顔を崩壊させた張本人である”徴轍員”『ニテ・ガーラ』。
棒読み気味に聞くその男はけだるそうにあくびを漏らしている。が、しかしそれも演技か、まるで隙がない。
戦う姿はあまり観たことがないが先の魔術、体術を見るに、それなりに経験を積んだやり手だということが分かる。
「【バルテミアがテスタにひどい怪我を負わせたからです。】」
「ほう。襲ったからにはそれは事実なんだな?」
耳に手を当てながら言う。
何かしらの手段を用いて、『バルテミア・ストレイシブ』らを保護した『モーテリア・テリテル』とコミュニケーションを取っているのだろう。
「【バルテミアがそう言ったんです。そしてマロックらの否定もなかったためそう取りました。】」
「うんうん、なるほどなぁ。」
わざとらしいほど深く頷き共感を装う『ニテ・ガーラ』だったが、一拍おいて攻めに転じた。
「だが事実は違うようだぞ?」
「【というと?】」
「妙に気軽だな...字面通りだ。奴らを襲ったのはバルテミアじゃない。」
果たして言うのだろうか、彼は。そんな思考も間もなく意味を無くす。
「襲ったのはバルテミアでなく貴様だ、アル。」
なんの躊躇いもなく言い放つ『ニテ・ガーラ』。しかしここではまだ止まらない。
「貴様、わかっていただろう?」
「【これは驚いた。一体何を根拠に?】」
咄嗟に出たのは本心だった。まさかここまでの短いやりとりのなかでそれに気づいてしまうとは。
「直感だ。普段とは雰囲気も、状況も違ったのでな。」
俺の手を一瞥し、『ニテ・ガーラ』は言う。
「魔力の使い方は多種多様だ。やろうとすれば過去や未来を覗くことも、果には時間を介した次元移動すら可能にするとも言われている。」
一人席を立ち拳を掲げて力説するその姿は、教師と言うよりも熱狂的なアイドルファンのようだった。
魔力と時間について書かれた物はいくつか観たことがある。しかしどれも現実味がなく、机上の空論としか思えないモノばかりだった。
教師たる彼がそれを事実のように語るのはいいかがなものだろうか。
「【それを、僕がやったと?】」
「そうは言わん。言った通りただの直感に過ぎない。」
「【はぁ…して、それとこれとなんの関係が?】」
「聞いてくれるか!」
喜色を浮かべ、一気に声が大きくなる。
「素晴らしいと思わないか!?」
掲げたそれを振り下ろし、両手を広げて想いを伝えんと喋り続ける。
「この世界に生まれた全ての生命がすべからく持つ平等性の権化とも言えるそれは、決して公平でも公正でもなく、知的生命体と一部超高度生命体のみがその恩恵を余すことなく受け進化することを許されるッ!聖典にも記されたこの矛盾こそが美の象徴ッ!!神は全てに与え総てを許すゥ?そんな馬鹿げた記載に反するように神はケモノを統べて牙を抜いたッ!しかし抜けた穴から溢れたのはなんだ!?神に対する離反の心か?野生に本能に欲望に染まりドス黒くなったその汚れた魂か!?否!否否否!決して汚れることなく我々の意志に背くことなく、ただ純粋にそこに在り、ただ漠然とそこに有り、進化の種に成長の果てに待つそれは!魔力だったッ!魔力とは我々に不可欠なものでありながら我々の先に待つものッ!そう!魔力とはすなわち矛盾ッ!魔力とは世界ッ!つまり世界とは矛盾によって成り立つのだッ!!!!!」
手のひらで魔力を細い糸状に形成し、うねらせながら恍惚とした表情を浮かべ早口で長々と語る。世が世なら侮蔑の対象だ。
「【そ、そうですか。で、結局何を伝えたいんですか?】」
「ムッ、そう冷めてると逆にやり辛いな。まぁいい。単刀直入に言おう。」
大きく広げたその手を合わせ、強引に魔力を消し飛ばす。
「私の研究を手伝え。貴様の頭が欲しい。」
残滓の漂う手をはたく彼は、絶対的に俯瞰的な俺でさえ不覚にも恐怖を覚えるほど、邪悪な笑みを浮かべていた。
「一週間時間をやるからゆっくりと考えるがいい。もっとも、断ることなどないだろうがな。貴様には賢明な選択ができると信じているよ。」
その姿はさながら狂気に満ちたマッドサイエンティストのそれだった。
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教師の狂気から解き放たれて帰路に着く頃、すでに夜は更けていた。
冬ということもありあたりは真っ暗。足元が見えず歩きづらい。
男は先の出来事を思い出し苦悩する。
(面倒なことになっちまった...ちょっとだけはっちゃけて怒られる程度だと思ったのに...)
計算から大きく外れたどころか、結果として一週間の謹慎を受けることになってしまった。
(どうすっかな。どの道『ニテ・ガーラ』からは逃れられないから吞むとして、アルにどう示しつけるか...つーかどうやって伝えればいいんだ。)
考えているうちに我が家に着く。
「【ただいま帰りました。】」
言いながら玄関に入る。しかし中に灯りはついておらず、人の気配も感じられない。
(今日も然門教か...観てたより結構寂しいもんだな。)
そう、普段と変わらぬ光景だった。
アルの両親は揃って宗教の幹部を務めている。それも、世界最大規模の物であるため地位は確かだ。しかしそれ故に時間に余裕がない。
そうした環境で育ったアルはもちろん、親との親睦が浅い割に名の恩恵を多く受けている。
(アルの気持ちは俺にしかわからない。)
強い確信を持つその男は、荷物を置きにアルの部屋へと向かう。
いつも観ているのに初めて見る、不思議な感覚を得ながら。
扉を開き、机に横にカバンを置いて、ベットに腰掛ける。
(しっかし土足文化は馴染まねぇな...っとと、そんなことより今はアルをどうするかについてか。)
考える男だったが、突然その頭がフッと殴られたように枕元へ落ちる。
(あ?意識が朦朧と...)
少し口惜しいが、彼は一旦ここまでのようだ。
まぁそろそろ返すくらいがちょうどいいだろう。
倒れた彼の意識は、そのままゆっくりと沈んでいった。
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朝起きると、妙に体が痛むことに気付く。
「いたた...なんででしょう...?心当たりが...」
言葉にして思い出す。躍動だった昨日という一日のことを。
「あれ?昨日は確か魔力に目覚めてバルテミアと決闘して負けて...そこから記憶がないですね。テスタが運んでくれたんでしょうか?」
その線が一番濃厚だろう。
「ま、考えてもわかりませんしね。はてさて今は何時でしょうか...うぇ!?」
時計を見て驚く。そう、今はまさに昼の真っ下がり。既に登校すべき時間から超過していたのだ。
「な、なんで、目覚ましは!?」
焦りながら見渡すと、目覚まし時計は無様にも床に転がっていた。
「あっ、昨日落とした時壊れてたのか…!」
今更気付くがもう遅い。急いで着替え、下に降りる。
親に挨拶もしたかったが、この様子だとすでに家にはいないだろう。そう考えて玄関を飛び出し施錠する。
今までであればこのまま走って向かうところだが、今日のアルは一味違う。
すうっと息を吸い込むと、小さくつぶやく。
「風を司る翠の嘶き、虚で掻く空を切り裂き飛ばせ。」
体を蠢く魔力を感じながら、宣言する。
「『風飛』!」
それを受けアルの体は宙へと向かう。
「テスタにもきっと迷惑かけただろうし、ちゃんと謝っておかないとですね。」
そう心に決めて前に前にと加速する。
そんな考えも、運命の前には虚しく散るものだとも知らずに。