6「望まぬ争い」
当然の如く今回も勝ちだ。
"不運"にも前回利用者の落とした罠に足を引き裂かれながらも、"不運"にも野次から飛ばされた石を頭に受け計算を狂わされながらも、"不運"にも突風で懐の武器を吹き飛ばされようと、関係ない。
当然、それらに左右される戦いもある。
だが常に"不運"に晒される俺様は、努力で"不運"を埋め合わせる。
今回はそれもあまり発揮できなかったが。
しかしアル・イジュリア。手応えも意思も覚悟も能力も成長も。なにも感じられない、弱い男だった。良い師を持ちながらなぜ…
「こんな無能になるとはな。」
バルテミアは足元に転がる男を見下ろし、そう評価する。
「そんなに言う事ないじゃない!」
厄介な人間の声が、いや、人間そのものが頭上から落ちそのまま倒れた弱者の介護に回る。
「アル、大丈夫?」
これ以上はまた面倒なことになりそうだと感じこの場を去ろうとする。そう、去ろうとしたのだ。
全身が総毛立つほどの、かつてない違和感を覚えるまでは。
"それ"を感じたとき、バルテミアは、即座に"それ"を介護しようとしていたテスタを回収、端まで翔けた。
「ちょっとなにするのよ!」
「お、俺様もよくわからねぇが立ち止まるってる場合でもね
ぇ。」
「どういうことよ!」
どうにもこうにも説明できないこの悪寒。迷っていると、脇から助けが出た。
「落ち着け姉さん。バルテミアの言うことは俺たちが保証する。」
「このヤバさにはさすがに気付けるーよねー」
額に汗を垂らしながら共感するメイエル兄弟、テスタの信頼を買うには手っ取り早くありがたい。
だが彼らの表情の悪さ見るに、状況はよほどのものだろう。
「お前ら今すぐ出てけ!さもなくばブチ殺すぞ!」
声を張り上げ観衆へ遠回しな避難を促す。単純で明解で、しかし自分を殺す簡単な技だ。
「貴様…」
案ずるようなマロックだが、今は気にしている場合ではない。
三十秒もしないうちに観客席が空になる。
ひとまず息をついて視界の真ん中にアルを据えたそのとき、異変が場を包む。もしくは場を異変が"包んだ"。
アルの体がビクンと大きく跳ねたかと思うと、彼を取り巻く魔力の領域が突如として制御を失い暴走する。
そして、膨大な量の魔力が蜘蛛の巣状にその閉鎖的な戦場をまるごと呑み尽くした。
おぞましいほどに黒く染まったその魔力はあまりの濃度に質量を持ち、この狭い場所を切り開かんと唸りをあげる。
「な、なによこれ!アルは!?危ないんじゃなかったの!?」
「落ち着け姉さん。これは恐らくアルが原因だ。幻戯『盲楽』!」
「だからどういうことなのよ…!」
飛び交うその魔力を流しながらなだめるマロックだが、テスタはアルを案ずるあまり冷静さを欠いているようだ。
「アルの魔力が爆発的にあふれてーるね。まぁ原因は目にみーえてるけど。見る見ぬ地獄、『辟焼』。」
「あれって…バルテミアが渡した魔石じゃない!どういうこと、あなたはこれを見越して渡したっていうの!?」
そう。倒れる彼の手に握られているのは、先刻使われなかったもう一つの魔石。だが。
「こんなしょーもないこと望んじゃいねーよ。てかこんな使い方見たことないわ。連来『反命』」
(しっかし魔石を純粋な魔力に変換して放出だとは…理解が及ばないな。あれって消費魔力に応じて自動的に魔力供給されるもんだから、制御できるはずがねーんだが…)
「てかてめぇも一応戦えたんじゃなかったのか?できねーならさっさと避難しろ、よっ!」
「幻戯『糸焦』!」
「無芯の流全『雨粒』!」
迫る六本の魔力をそれぞれで捌く。俺様は叩き落として進路を変え、マロックは美しい軌跡を焦がしながら断ち切り、ラパンは無数の水の粒で穿った。
「メイエル兄弟、本気だとここまでやるのか...」
「君もなかなかやるんじゃなーい?」
「そうだな。貴様もそこらの奴らとはモノが違う。」
「お褒めに預かり結構で。」
久々に気分がいい。やはりできる人間といるのがもっとも心地よい。
「ね、ねぇ。アルは?アルは助かるの?」
「すまない姉さん。バルテミアも言っていたが、なにもしないな
ら避難してくれ。」
少しずつマロックの声が強くなる。
「でもアルが…」
しかし涙を流して食い下がるテスタ。先程のガーラとの件もあるがしつこい女だ。
「姉さん!」
マロックは珍しく大きな声をあげ、圧倒する。
「アルは絶対に助ける、だから頼む。避難しててくれ。彼のためなんだ。」
「マロック…」
神妙な面持ちのテスタだが早々な決断を願う。主戦力の兄弟にはフルパワーで戦ってもらいたいがお荷物抱える暇なんて俺様にはないからな。
「アルが…」「命が…」「みんなが…」
それを聞き、少しの間そうしてつぶやいていたテスタは顔を上げて答えを告げる。
「私も……やるわ!」
「なっ…!?」
そこで驚愕したのは意外にもマロックでなくラパンだった。
「どうしてですかテスタ姉さん!さっきの試合を見たならわかるでしょう!?」
「ラパン?」
不安げに問いかけるテスタを無視して彼の言葉は続く。
「アルより弱いあなたがこんな混沌とした何かに相対する必要なんてない!あなたは傷つくべきではない!何より足手まといです!はやく避難してください!あなたは弱いんだ!!」
勢いのせいか口癖の外れた、実力があるが故重みのある言葉。声を荒げるラパンに、一同は言葉を失う。ただ一人、テスタを除いて。
「お姉ちゃんだもの。」
彼女は迷わず即答した。
「そんなこと言ったって弱いものは弱いんだ!綺麗事で強くはなれないし人の命は救えない!」
「それでもよ。」
ラパンの放つその優しくも厳しい言葉を強く断つ。そして何よりも強く大きく、再び言う。
「私はあなた達の姉なんだから。リックラック父様との約束もあるんだし、あなた達を守る義務があるの。」
直前の弱々しさが嘘のように闘志に満ちたその瞳は、まさに彼ら兄弟の姉と呼ぶに相応しいものだった。
次の瞬間。質量的な修復を果たした針の形を保つ細い魔力の糸達が、テスタに背後から襲い掛かる。
「姉さん!」
「テスタ姉さん!」
焦る兄弟。黒い針はしかしその速度を凌駕する。
「やあ!」
テスタのゆるく握られた拳が、やわい声とともにゆっくりと振るわれたそのとき。
ドン!
そう音を残し魔力が、瓦礫が、空気が弾け飛ぶ。
粉々になったそれらは空気を軋ませ耳障りな音を放ちながら消えてゆく。
その被害はおよそ戦場の端にまで及びながらも外壁に傷をつけることはなかった。
「な、なんだ?」
言いながら横を向くと、彼女の兄弟らも同じように表情には驚愕の色が浮かんでいた。
「姉さん…?」
「なんですかそーれ…?」
肝と同時に頭も冷えたか、口癖の戻ったラパンが問う。
「これが姉の力よ。」
テスタは、そのたくましく厳しく穏やかな一人の姉は力強く、けれど優しくそう答えたのだった。
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(あ、危なかった…なんとかうまく行ったけれど…)
戦力的な劣勢をひっくり返したその少女は、ひっそりと安堵していた。
(しかし実際、何なのかしら。この力は。)
自分の奥底から溢れるとてつもなく大きな力。少女はその力を扱う権利を持っていることに疑問を抱いていた。
「姉さん、いつの間にそんな力を…?」
「だから姉の力だってば。姉は弟の前では常に強いものよ?」
今は二人に心配をかけられないので、仕方なく誤魔化してしまう。彼らに嘘など吐きたくないものだけれど。
「だからってこーれは強すぎるんじゃなーい?」
余裕が生まれたのか、話し方の戻ったラパンが指差す方向を見ても、そこには何もなかった。否、何も残っていなかった。そう、何も。空気も魔力も空間さえも。歪んで滲んで捻れてくすんで掠れてぼやけていた。
「ま、まぁね…」
こうして見ると、流石に思っていた以上だ。こんなになるなんて誰が考えるだろうか。
「それよりアルよ!どうすれば助かるの?」
「そうだな。」
バルテミアはアルをちらりと見てから一息ついて語り始める。
「俺様の見立てによるとヤツを止める方法は二つだな。」
指を一本、立てながら続ける。
「まず魔石の破壊もしくは奪取。見た感じ原因それだからな。多分腕切り落とすだけでも大丈夫だ。」
「そ、そんな!腕を切るだなんて…!」
「命には変えられねぇだろうよ。それに然門教のご子息なんだ。腕くらい数日すれば生やしてもらえんだろ。」
「そうかしら…」
バルテミア、彼の言動は信用にあたるのだろうか。言っていることは事実であるがやり方があからさまに乱暴だ。少し警戒すべきなのだろう。
「わかったわ。それで、二つ目は?」
彼は二本目の指を立てながら。
「ああ。ヤツを殺すことだ。」
言葉よりも先に体が動く。先刻よりももっとずっと固く握った拳が突き抜ける。
「まぁ落ち着けって!あくまでも止め方ってだけだからな、別に本気で殺そうってわけじゃねぇよ!」
バルテミアは慌ただしく否定する。
「もうそんなこと言わないで。」
よくわからない力で本当に圧を放つ。怯える姿は果たして本物なのだろうか…?
「二人も考えは同じかしら?」
無言を貫く兄弟にも手番を回す。
「文句はない。」
「同じくだーね。ま、魔力が尽きるまで待つって手もあるんだけ
ど…これは現実的じゃないねー。」
幾度破壊されてもなお修復し暴走するそれにラパンは肩をすくめた。
「じゃあ今回はヤツを助けるために魔石を破壊か奪取。あの魔石に特異性があることを踏まえると封印が好ましいが、この際破壊で構わない。いずれか満たすことが勝利条件だ。いいよな?」
「異存ないわ。」
「姉さんがそれでいいなら。」
「それじゃーいこうか。先手必勝、油断大敵だよー!飽く手二波、『浪納』!」
ラパンによる短縮詠唱を皮切りに、今度はこちらの攻撃が始まる。
「建城『|固根<ここん>』、連来『|暮節<くれふし>』!」
「幻戯『|替豪<たいごう>』。」
彼らは瞬く間に戦闘用意を終え突撃した。
バルテミアは全速力で駆け抜ける。近づく程に増えてゆく魔力の針を避けながら。
すぐ後ろにつくマロックが追いすがる針達をはたき落とし、ラパンが再生するそれらを抑え込む。
私もこうしちゃ居られないと、彼らが作った道を走る。
「らあ!」
またしても柔らかい声とともに拳を振るう。
バルテミアの目前に現れたおぞましい程の魔力の剣山。それらを一撃で吹き飛ばし追い続ける。
「連来『拍単』!」
流技で距離を詰め切った彼の剣が魔石を襲う。
「これさえっ、落とせれば!」
叫んだ彼の剣は一切の迷いなく、まっすぐに魔石へと落ちる。
そして、魔石はあっけなく砕け散るのであった。
しかし。彼の、バルテミアの"不運"は止まらない。