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惹けぬ弱者の世迷言  作者: 殴始末
諸日編
6/31

5「常に期待は裏切られる」

 再開の合図、それに言葉はなかった。

 互いに通じ合い、ずれることなく同時に動き始める。

 次の瞬間、迫るバルテミアの姿があった。


「おらああああああああ!」


 雄たけびを上げ翔んでくる彼に、息をつく間もなく技の行使を強いられる。


「幻戯『光紡』!」


 刀で光の軌跡を紡ぎ、攻撃を滑らせ受け流す。

 すかさず獲物を収縮させて不意の一撃を決めんとする。が、それでもやはりバルテミアを捉えられない。


「遅い上に理解もできないんじゃあ救われねぇなぁ!」


 高速で翔け周り攻撃を続ける彼だが、その動きからは多少の疲れを感じさせる。


 今ならきっとできるだろう。いや、今しかできないのだろう。覚悟を持って、彼を刈る。

 瞬きの間にその獣が肉薄する。


「近い、ですっ!幻戯、『妖炎』ッ!」

 戦場を光が包む。


「クソ!」


 その光はバルテミアの目を焼きアルに猶予を与えた。


「幻戯!」


 再び宣言するアルに先んじて、


堅刃流建城けんぎ、『断鎧絶壁』!」


 視界を奪われ勢いのままに跳んでいた彼は流技を使った。

 これは誤算だが、彼に初めて二種の流派を使わせたことを誇らしく思う。そして、その黄色く淡い光に身を包んだバルテミアに流技を放つ。


「『泥濘』!」


 局所的に顕れたぬかるみに足を取られた彼はそのまま勢いよく体制を崩す。

 語るまでもなく、体を特別粘りの強い泥まみれにしたバルテミア。


「口と脚さえ奪えばなにもできないでしょう!」


 勝つには今しかない。

 無防備ながらも体を堅く固く硬めたバルテミア、普段であれば火力の不足から敗北を喫していたであろうが今回は違う。


 アルは懐から『ハンデ』を取り出し、未だ経験のない、『魔術行使』のために詠唱を始める。

 選ぶのは敵を封じる、仕留めきれなくとも大幅な弱体化が望める氷を操る空魔法。


「空の届かぬ氷が層、重なるままにその世を止めろ!」


 手の内に収めた『ハンデ』から、魔力があふれ出しそのまま体内を駆け巡る。


 流技のそれとは桁外れの量の魔力が蠢く。しかし、これもまた流技の時とは異なる感覚だが、何をするでもなく自然と制御ができる。 


 いける。そう確信し、力を込めてその名を叫ぶ。


「『歴凍』!」


 それに応じるように、バルテミアを氷の膜が襲う。それは一層、二層と幾重にもなり、遂に光すらも通さぬ程の分厚さとなった。


 そうして彼は完全に氷塊へと成り果てた。肌を刺す冷気とその佇む静寂の象徴が、勝利を予感させる。


 そこに響くのは僕の切れた息と、氷から発せられる特有の、パキパキという音のみだ。つまり。


「勝った...?」


「そんなわけねぇのになぁ...」


 こもった声が氷塊からこぼれる。


 次の瞬間。


 氷塊に。氷の塊たるそれに、内から亀裂が入る。

 そして、静寂を体現していたそれは、粉々に砕け散ったのだった。

____________


 会議室に緊急招集をかけられた我々教員一同は、ある問題についての会議を執り行っていた。


「今回皆に集まってもらった理由は一つ。己の感覚で察知した者も少なくないとは思うが、校内の警備システムにて原始魔術が観測されたことじゃ。」


 中でもひときわ大きな椅子に腰かける老人、エオティス・ピーターはそう語る。

 彼との付き合いは長いもんだが、こうして座る姿は歳に関わらず尊厳を感じさせる。

 しかし、それを聞いた教師勢はさして驚く様子もなく、


「それがどうかしたんですか?」


「別にそれくらいはウチの警備なら大丈夫でしょう?」


「そうですよ。現に何も被害は出ていないですし。」


と返す。

 仕方が無いのだろう。今声を上げたのは新任の者たちだ。


「確かにわが校の対魔術警備であれば被害を出すことはないじゃ

ろう。だが此度の案件、着眼すべき点はそこではない。」


 エオティスは、首を横に振る。


「原子魔術の発生。そこまでしか確認出来ていないんじゃ。」


 首をかしげる教員たち。


「それってどういう...」


「つまり重要な事象のほうが確認できてないってことだよ。」


 察しが悪いようなので、時間を優先。要約して答えた。俺は指をふりながら続ける。


「普通魔術は詠唱して、魔力練って、発動、魔術が出るだろ?俺らが感覚として魔術の発生を認識するのは、魔力練って発動した時なんだよ。今回はその発動後に何も起きなかったってわけだ。」


「厳密には何も起きなかったのではなく、魔術の本体がここではないどこかで生まれた、といったところだろう。」


 細かな指摘をしたのはニテ・ガーラだ。細々と必須でない情報を付け加え揚げ足を取る彼に顔が歪む。


「いちいち細けぇな...」


「フン、重要なことだ。」


「まぁまぁ。今はそんなことよりももっと大切なことがあるじゃ

ろう。」


 にらみ合う俺たちを諫め、エオティスが話を進める。


「儂が把握している範囲は先に語ったことのみじゃ。ほかに何かわかっている者がいればぜひとも共有して頂きたい。」


 手を挙げたのはガーラのみ。クソみたいな野郎だがその魔術の腕と知識は本物だということだ。


「それではガーラ先生からお願いします。」


 それを受け、ガーラはこほんと咳ばらいをした。


「まず今回の案件だが、生徒によるものだろう。」


「なっ…!」


「生徒の仕業とな!?」


「流石にそんなことはないのでは…」


 一気に騒々しさを増す会議室だったが。


「気持ちはわかるが静粛にしろ。人の話は最後まで聞くもんだろ。」


 子に知を授ける教師が人の話を聞かないなんてことあっちゃいけない。空気に少しばかり重りを加えて威圧するように吐き捨ててやる。


「して、なぜそう思い至ったのじゃ?」


 なにゆえか、カタカタと笑いながらエオティスは先を促す。

 まぁそう考える理由なんてもんは一つだろうが。そう考えた俺だったが、彼についての認識を大きく改めることになった。


「まず、校内にいたのは私達教員と生徒たちのみだ。これは仮に私達にさえ察知できない強者でない限り気配、セキュリティ共に明らかだ。」


 彼の発言の根拠は、監視記録が示している。


「そして原始魔術を扱える教員は校長と私しかいない。校長が学び舎にて危険を犯すはずはなく、私も同様だ。であれば自ずと見えて来ると言うものだ。」


「でも生徒にそんな大層なものが扱えると?」


 当たり前の質問だろう。なにせそれを使えるか否かで上位の称号が与えられるほど、難しく複雑な技術なのだから。


「私が把握している中でも、一人は使える。そして二人…いや、三人見込みがある。」


 一人はまぁわかるが…他三人は一体誰なんだろうか。という俺たちの疑問を察したように、


「前者は知っての通りラパン・メイエル。後者はバルテミア・ストレイシブ、アユーカ・ケカメ。そしてアル・イジュリアだ。」


 おおよそ順当な回答だ。『紅魔使』と『蒼魔使』であるラパンは紅と蒼の原始魔術を扱える。バルテミアは覇王の直系と血に恵まれている上に幼い頃から優秀な師を二人持つ。アユーカについては噂しか聞かないが、魔力の扱いが非常にうまいらしい。


(だが疑問が浮かぶのはアル坊だ。なぜアル坊が…?)


「今回の場合、アルの線は薄いだろう。原始魔術に必要な魔力は、一日やそこらで練れる量ではないからな。つい先日生成できるようになった彼には不可能だろう。」


「なぁ。なんでアル坊も候補にあがってるんだ?あいつにそこまでの才能があったのか?」


 即座にうんざりした表情を浮かべガーラは答える。


「魔力の理解に優れている。扱えない時点でさえ彼は私にそう思わせたのだ。であればこれからはどんどんと成長していくだろう。ゆえに『見込み』だ。」


(なるほど。やるじゃねぇかアル坊。ガーラにここまで言わせるとは。)


「満足か?」


「おう。続けてくれ。」


「はぁ…。バルテミアは真面目で余計なことはあまりしない。アユーカに関しては気にするまでもないだろう。」


「じゃあラパンがやったってことか?」


「ああ。まぁどうせテスタ・メイエルの無茶振りに応えた結果だとかそのあたりだと思うがな。」


 一通り話し終えた彼は一息ついてから、


「ラパンは現在、私が受け持つ戦闘実践だ。会議が終わり次第聞いてみるとしよう。」


と、今後の行動を話す。


「では現段階での使用者はラパン・メイエルとし、一応その他の可能性も考慮。厳戒態勢を取るという形で今回の会議の帰結とする。異存ある者は?」


もちろんいるはずもなく。


「ではこれにて解散。各自持ち場に戻るんじゃ。」


 ガーラによって大部分を進行された会議となった今回だったが不透明な部分が多く、予測で終えることとなった。

 明日からも平和な日々が続くように。


 そう祈ったモーテリアの願いは、切り捨てられる。

____________________________


 氷塊を砕き現れたバルテミア。


「なっ!」


 彼は驚愕に浸る暇も与えてくれず、ズカズカと歩みを進め距離を詰めてくる。


「お前は今まで何を学んで来たんだよ...」


 ため息とともに放たれる斬撃をもろに喰らい、衝撃で吹き飛び瓦礫の山へと頭から突っ込む。


「だっからよぉ…遅いんだって言ってんだろ…」


 振り抜いたままのその剣を収め、手に腰を当てて語り始める。


「堅刃流の流技の勉強もしたんじゃなかったのか?どうしてやりきれる、やりきれたと思ったんだ?俺様を覆う光が見えなかったか?」

 怒りが態度に露骨に現れる。


「あーもーイライラすんだよな、物分りが死ぬほど悪いやつって。破れないんだって何回言われりゃ理解すんだ?」


 頭をかきむしり舌打ちを繰り返し、収めた剣を鞘ごと地面に叩きつける。


 あれ程の攻撃を受けてなぜまだ動けるんだ?

 体にも既に泥は一片もついておらず、先の攻撃による影響を見せないその漫然とした態度。


 自惚れていたという事実と瓦解する自信。そしてその圧倒的な力への疑問と恐怖が湧き上がる。


「ど、どうして…」


「逆にどうしてだよ…どうして今まで見てきたものだけが俺様の実力だと思ったんだ?なぜ見せてない可能性を考慮しないんだ?どうすればそこまで浅はかでいられるんだアル・イジュリア!?」


 次第に声が大きくなるバルテミア。彼はなにゆえに怒るのか。理解の及ばぬなか、必死に逃げ道を、生きる道を探す。


 痛む頭を抑えながら宣言する。いや、正確には宣言しようとした。


「幻、ぐっ」


「ふざけてんのか?」


 急速に距離を詰めたバルテミアに剣で首を押しつぶされ声を空気を、魔力を扱う権利を失う。


「今更使わせる意味なんてないだろうが。ここで幕締めだ。」


 必死に剣を離そうとするが単純な腕力差ゆえ無意味に終わる。


「アル。やっぱてめぇじゃ力不足で役不足。期待外れだったぜ。」


 喉が締め上げられ、呼吸をできない苦しさが襲う。


「っぁ」


 声をあげようとするが、微かな呻きが絞り出るばかりだ。

 欲しくもない恐怖と後悔に流されて。


 離したくない意識を、引き剥がされた。

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