4「意地を張っても」
クラスの約半分、二十名を引き連れたバルテミアに引きずられるままに実戦エリアに。
彼は掴んだ僕を放り投げ、高笑いしながら機嫌よく、声高に喋る。
「じゃあ予定通りやるぜ?異存はねぇな?」
バカ言わないでください!異存まみれですよ!…とは、かっこつけた手前言えるはずもなく。
「もちろんです。二言はないですよ。」
「ほーう!こりゃあかっくいいこった!」
煽るように大仰に拍手をしながら、
「それじゃあその姿に免じて、優しい俺様はお前にハンデをくれてやるぜ。」
言うと彼は、腰に付いたポーチから何かを抜きこちらに放る。
慌てて手を伸ばし地面スレスレでキャッチすると、それは丸みを帯びた小さなニつの石だった。
「シルフェニア姉様に頂いた最高級の魔力と魔子の一対、『三代魔石』だ。効果はストレイシブ家が保証するよ。」
『魔石』。滅多に市場に出回らないほど貴重なものだ。
そも、空気中の魔子を取り込み生態内でのみ生成される魔力は本来、一部例外を除いて視認不可、補充不可。感覚のみでの認識、自然回復を待つ他ないものである。
しかし、約百年前に発見されたある魚類がそれらを可能にした。
それは、特有の巨体からなる贅力を以て様々な生物を喰らい、それらが取り込んでいる魔力や魔子を体内に蓄積する。
だが、それらの器官が己が生命力を利用する為平均寿命は三年と短い。
また、死に際に子を産みそれらに自らを食べさせる生態上、代を重ねる度にどんどんと濃縮されていくのだ。
その性質を利用した『悪なる賢者』による研究、それを元にした品種改良を重ねた結果。遂に二十年前、その蓄積された魔力の結晶化に成功した。
故に『三代』とは、九年かけて作られた種。
おおよその価値は、国単位で占有して市場にまわらないようにしているという事実が物語っている。
「それってつまり…」
とすればわざわざそれを贈るというのは…
「あんちゃん!そんなことしていいと!?それすっげもんだち!」
口を挟むのはミュータ・ノモルード。さすがに大商会の血を継いでいるからか、恐らくこの場で最もこれの価値を理解している。
「ああそうだ。俺様の勝利を揺るぎないものとして証明するために。」
既存の差。それを、大きなハンデを施すことで強調し、苦痛を与え、最後には家名までもを恥辱の波に呑むことだろう。
しかし既に逃げ場はない。
負けたら親には謝ろう。腕を組むバルテミアを前に、そう考え固く拳を握る。
「ステージは平地でルールは無用。命は安全装置が守ってくれる。文句なしの一本勝負だ。」
「いいですよ。後悔しないでくださいね。」
「かはは!言ってくれるねぇ!」
虚勢を張り気を保ちながら、後ろに下がる。
二十歩程度下がったところでバルテミアに対し構えを取る。
「みんなちゃんと見ててくれよな!」
彼は余裕からか、観客席に移動したテスタら含むクラスメートにアピールする。その後こちらを向き、
「お前も準備は良さそうだな。」
彼がそう言ったとき。脇から「アル!」と聞き慣れた声が響いた。
「危なくなったらすぐ降参なさい!やる以上は絶対に無理しちゃだめよ!」
不安げな表情を浮かべ、観客席から大声で呼びかけてくるテスタ。
だめだ。嬉しくて笑みが溢れてくる。
その心配は不要です。と言ってあげたいところだが、今回ばか
りは無理をしよう。
「ええ。出来る限り頑張りますよ!」
小さな嘘。
その表情は拭えなかったが一つ頷き、任せてくれた。
意外なことにそのやりとりを見守っていたバルテミアは、
「お話は終わりでいいよな?」
「はい。すいませんね、お時間頂いちゃって。」
「かは!いいってもんだぜ。俺様ってば優しいから、手向けを贈るくらいの猶予は与えてやるっつーの。」
不敵な笑みで言い放つ。
それを見て、鼓動が早くなるのを感じる。
今から戦うという自覚が、テスタに癒やされたばかりの精神を押しつぶす。
「ま、グダグダすんのはめんどくせーしな。」
バルテミアは余裕そうな空気を醸しつつ肩を回す。
「俺様が打ち上げる『炎丸』の破裂が合図だ。」
「わかりました。では早々に始めましょう。」
僕の戦闘への意欲が意外だったか、驚きながら詠唱を始めるバルテミア。それに伴い肌で感じる魔力の流れ。今まで知らなかったそれをに触れ、感動と共に戦いの始まりが目前に迫るのを直感
で受け取る。
「紅き行く末拝む夢、小さき炎で路を示せ。『炎丸』」
直径三十センチ程度の火の玉が、開始を示すべく放たれた。
背に携えた刀に手を添え、その時を待つ。
距離は約十五メートル。
今までや今回の戦いへの態度から察するに相手は不動。
舞蝶流の誇る刀身二メートルに渡る刀とその展開にかかる反動、それらに身体能力を織り込んでも一秒程で届くだろう。
また、遺跡は障害物が多く失敗時も立て直しやすい。
改めて、心の準備をする。
家のためにも、自分のためにも。
こいつを、殺す。そのつもりでいこう。
しかし今まで通りなら確実に仕留めきれず敗北する。
であれば、あるかもわからぬ新しい力で________________
パンッ
考えていると上空で小気味よい音を立て炎が破裂した。
瞬間、抜刀しながら這う程の低姿勢で土を蹴とばす。
向かい合うバルテミアといえば…
注視したとき、その姿はなかった。否、もっと近く。
既に彼の剣はアルの首を跳ね飛ばさんと、目にも止まらぬ速度で翔んできていた。
咄嗟に刀を地に突き刺し、勢いを殺し反動で跳ね返る。
しかし追いすがるバルテミア。
「くっ…!」
思わず声を漏らしながらも、彼との間に刀を滑り込ませすんでのところで薙を防ぐ。
そのまま地を蹴り、防いだ衝撃で後ろに大きく飛び距離を取る。
「速すぎるでしょう…」
「たりめーだ!翔天シルフェニア姉様の直伝だぜ?」
自慢げなバルテミア。
彼の扱う翔天流は、速度に重きを置いた剣術であり、その速度は覇制四流派のみならず世界最速として名を馳せている。
最強の剣技と言われるそれは確かに強い。だが強化されるのはあくまでも直接的な速度のみであり、思考や動体視力は通常のままだ。
そのことから、使い手に大きく左右されると言われている。
今回の場合、相手の技量や個人の能力はマロック程ではないが非常に高い。
もちろんこちらの技量が極端に劣る訳では無い。
だが身体強化の『覇気』や『流派』を扱ったことがない以上、明らかに相手に分がある。その上彼は、姉であり翔天流の最高位にして世代の担い手である『翔天』シルフェニア・ストレイシブより技を学んでいる。
その点を加味すれば、この戦い、結果は僕が魔力をよほどうまく扱えない限り敗北しかない。
そうしていると、バルテミアが再び跳んでくる。
「おっせぇなああああああああああ!!!」
「らあっ!」
足元の土を掬い、迫りくるバルテミアめがけてぶちまけた。
「ぐあっ」
視界を奪われたバルテミアは、平衡感覚を失い倒れ込む…と思われたが。
「翔天流連来、『中遊』!」
詠唱とは少しばかり異なるそれを言い終えたと同時に、バルテミアの足が地を離れ翔けだす。
「早速ですか…!」
「もちろん!おや?お前には使えなかったっけな〜?」
挑発的に返すバルテミアだが、語ることが事実なのが反論を押しつぶす。
しかし、そう。これこそ流技である。覇制四流派を【覇制】たらしめる一因。
各流派ごとに無数に存在するこれは、「魔術を超える脅威」と名高い。
なぜならこれらは、詠唱不要、宣言のみで使用可能。また魔力の消費が微量であるにも関わらず絶大な効果を持つ。
唯一弱点と言えば、同じものは日に二度撃てないという一点のみだろう。
「蒼き天恵咲く最上、非衰の水よ零れを授けん。『寵水』」
悠長に魔術で目を洗うバルテミア。その表情から見るに、またしても挑発か。
だが、今の行動で空を制する非常に強力な技を抑えたはずだ。最初にこの札を切らせたことは僥倖と言える。
目算する。今の彼との彼との距離は、流技を試すには十分なものなのか。
思案し決める。記憶を呼び起こし頭を働かせ、脳裏に描いて出力する。
「舞蝶流幻戯、『夜霧』」
刹那、微量ながらも魔力が体を、血管を、細胞の隙間をかいくぐりながら暴れまわる。
「グッ…アァァァ!」
内部から刺激された体が節々より悲鳴をあげて脳を揺さぶる。でも、だからこそ、ここでこの力を使わねばならない。
見えず触れず聞こえない不可解不理解不明瞭なそれを、無理矢理に抑え込み出鱈目に動かし無茶苦茶に操る。
そして、放たれる。刀の切っ先を軸とし、全方位に一寸先も見えぬ程の濃霧が顕われた。
夢にまで見た見えぬ光景に、涙を呑んで感激する。しかしそれもつかの間。
「翠のいずる帝のさえずり、後引く残りの風よ裂け!『退旋』」
いつの間にか地に降りていたバルテミアの魔術が霧を晴らしてしまう。
「テメェやっと魔力を使ったな。おっせーんだよここまでもこれからもよぉ!」
彼は地団太を踏んで苛立ちを露わにする。
「それがでなけりゃあ今回戦う意味がねぇんだよ!おら、もっと使ってこい、よ!」
言いながらに最高速度に達した彼に、懐に入り込まれる。
「これでいいんでしょう。幻戯、『楼穣』!」
霧が晴らされることを予測し、夜霧と並行で練った流技を宣言したと思えば、たちまち地から細い草木が立ち昇りバルテミアを囲んでいく。
「馬鹿かてめぇは!こんな葉っぱ程度で俺様は止まらねぇよ!」
彼が刃を大きく一振りすると、生え伸びたそれらを、有無を言わせぬ様子でことごとく薙ぎ払う。
あまりにも速すぎてまともにかち合うことすらできない。対応しても対応しても、一瞬で片付けられてしまう。まともに思考する暇すらないのだ。このままではこちらの手札が尽きて負けまで一直線だ。
「げ、幻」
「だからおっせーんだって!」
この戦いにて初の攻撃を身に受け外壁まで吹き飛ばされる。血脈はあふれ骨が軋む。
しかし耐えられないことはない。だが起きてどうする。単調すぎるその動き。しかし速さゆえに成す術がない。
もはや只純粋な実力差である。せめてその『速さ』を少しでも抑えることが出来れば...
「アル!」
その時、外壁の上、場外から声が届く。
「もうだめよ、これ以上見てられない!諦めましょう!」
この身を案ずるその声は、テスタのものだ。
「おやおや降参か?家名が泣くぜ?イジュリアさんよぉ。」
「うるさいわよ!家名なんて気にしてこんなボロボロになってたら世話ないじゃない!」
「なーんだやっぱ馬鹿か。てめぇが思ってるより家名ってのは大事なもんなんだよ。」
「でもこんなに傷つくほどじゃない!」
「こんなに傷つくほどなんだよ。わからん馬鹿には説明なんてしないけどな!」
「なによさっきから馬鹿馬鹿うっさいわね!」
「馬鹿に馬鹿って言ってなにがおかしい」
頭上を介して行われる喧噪。少々ずるいが、考える時間が生まれた。今のうちに対策を講じよう。と考えていると、頭上からテスタとは違う声が二つ落ちてくる。
「アル、お前の剣の技量じゃあいつは仕留めきれん。」
「マロックの言う通りだーよ。意地を張るのは辞めなー。」
否定の言葉。それが自分よりも優れた者たちから見た現状だった。
「二人もテスタと同じように諦めろというのですね...」
残念気に言う。しかし言葉の真意はそうでなかったようで。
「ち、違うぞアル!諦めろとは言っていない!」
「でも二人とも僕にはできないと言ったじゃないですか...」
「ちがうよー!君の剣じゃあだめだって言ったんだーよ?」
焦り気味に返す二人はすぐに言葉を繋ぐ。
「バルテミアから寄越されたものがあるだろう。あれを使え。」
「で、ですが僕は魔術を使ったことはありませんよ?」
「大丈夫だーよ。君の詠唱の精密さは僕が保証すーるとも!」
そういう問題ではない気もするが、二人が言うならそうなんだろう。だが問題はまだ解決していない。
「決め手はそれとして、バルテミアは速すぎて捉えられないで
す、いったいどうすれば...」
助言を乞う。しかし彼らは期待に応えない。
「そんなの気合でどうにかしろ!あんないけ好かない野郎はぶっ飛ばせ。これで助言は以上だ。」
片目を閉じ、観客席へと戻っていくマロックに続いて、
「とにかく大きいのかましてやりなーよ!僕からも以上だーよ!」
言い切るとラパンも席に帰っていく。おそらくそれくらいは自分で考えろということなんだろう。もうすこし頑張ろう。
前を向きなおすと、いつの間にかテスタとの口争は終わっていたようで、バルテミアはのんびりとあくびをしていた。
「ふぁーあ。お、作戦会議は終わったか?」
どうやらわかっていて待っていたようだ。とことん人を舐めた態度である。しかし今はそんなところに感謝さえできる。
「ええ、終わりましたよ。待たせてしまってすいません。」
「かはは!さっきも言ったろ?俺様優しいから見逃しちゃうの!」
彼は上機嫌に笑い、剣に手を添える。
「でもこれ以上は冷めるからちゃっちゃと終わらそうぜ。」
目つきが変わる。先ほどまでのおちゃらけた雰囲気の一切を殺し、戦場には空気が張り詰める。
「ええそうですね、そろそろ終わらせましょうか。」
負けじと強気に出て覚悟を偽る。
「アル!」
またしてもテスタ。次はいったい何を...
「負けないで!」
......
「わかりました!」
そのとき、偽りの覚悟は本物になった。