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惹けぬ弱者の世迷言  作者: 殴始末
諸日編
3/31

2「可能性」

 昼餉よりも少し前、四限終了の鐘で目を覚ます。


 窓の外を見れば、校庭の人間が撤収していく頃だった。それをぼんやりと眺めながら、状況を思い出して。


「……無理して学校来てまで、何してるんでしょうね。」


 冷静に振り返ったことを後悔した。

 とはいえそれなりに眠ったためか、普通に授業を受けても余りある程に回復したようである。きっとモーテリアによるものだろう。


 ベッドから上体を起こしたとき、当の彼の不在に気付いた。何かあったのだろうか。


 一応、軽く手足を動かし変なところがないかを確認したが当然正常だった。なぜなら担当医はモーテリア!だもの。

 なんて軽口を内心叩きつつ、ベッドから降り立つ。


 そのとき廊下からなにやら騒がしい声が聞こえ始める。急げだの急ぐなだの、飛べだの飛ぶなだのと。それらの声はよく聞き慣れたものだった。


 そのドタドタと、慌ただしい足音が保健室の前で止まった次の瞬間、扉が耳を疑うような異音を立てて勢いよく開く。

 開いたそれから覗いたのは、やはり予想通りの人物だった。


「あ!アル!起きたのね!」


 耳をつんざく爆音の正体はテスタの声。いや、正確にはテスタを含めた三姉弟の声だった。


「姉さん!他の人に迷惑だろう!?」


「でも他には誰もいなかったわよ?」


「ッ!そんなのは結果論だ!」


「二人共落ち着いてよ、一応アルも病人でーすよ?」


 目の前で喧騒を始めたテスタと男を諌めたのは、三人の中で最も小柄な少年だ。


「相変わらずラパンは大変ですね」


「全くーです…二人共もう少ーし大人しくしてほしーんですが…」


 同級生とは思えない程に萎れた表情の彼はラパン・メイエル。若くして『紅魔使』と『蒼魔使』、火と水を操る魔術のプロフェッショナルであることを表す称号を持つ魔術師である。


「あれ?アル、少しにおいませーんか?」


 スンスンと鼻を鳴らし、


「そうですかね?」


「はぁ!?僕は悪くないはずだ!いつだって姉さんが無神経過ぎるからだろう!?」


 ラパンの発言に噛みついた男はマロック・メイエル。ラパン同様、蝶級という、舞蝶流における上位の称号を博する剣士。


「あらマロック。私は何もしてないわよ?」


 それに、と続けた。


「ここは保健室なの。大きな声で怒るのなら廊下でしてきて。ラパンも言っていたけれど、アルに迷惑じゃない。そう、思うわよね?」


「………!」


 優雅に放たれたテスタの怒気が含まれた声には、有無を言わさぬ迫力があった。直接言われたわけでない僕にですら、体が動かなくなる程に。


 それを直に受けたマロックは、反論しようとした口をつぐむ。

 以降、場は静寂に包まれた。


「ま、まーまー。そんなことよりさー!お昼ごはんにしましょうーよ!」


 やはりというべきか、沈黙を破ったのはラパンだった。本当に頼りになる男である。言いながら彼は、テスタの手を引き食堂を指差す。


 声こそ震えているが、それでも発言し行動できる時点で相当な物だろう。

 にしてもそう強靭な彼女らに囲まれるマロックも、いい家の生まれと教育の方針で同じ生活域で生きることを余儀なくされるとは少々不憫なものだ。


「それもそうね、じゃあ行こ!アル!」


「は、はい!」


 そんな僕の思案とは裏腹に保健室を抜けて駆け出す、元気いっぱいな幼なじみに返事をして、


「マロックも気が向いたら来てくださいね。」


 一言、振り向きながら元気皆無な幼なじみにも声をかける。

 視界に映ったマロックは、部屋の隅に屈んで何か小さな空色の粒をつまんでいた。

 テスタの背を追う気は満々であったが、それ以上の興味を惹かれて留まってしまう。


「マロック、それは一体?」


「一見氷のようだが…」


「あーそれか。魔力は感じるから誰かが生んだもんだと思うぞ」


 その問いに答えたのは、マロックではなくモーテリアだった。

 いつの間にか帰ってきていた彼は、僕らの抱いた疑問を解決してくれるように見えた。


 しかしそこまで単純でもないようだ。


「ほう。こんなとこでそんな理解しがたいことをしたのは誰なんだ?」


「それが不思議なんだよな。俺が使った覚えも他の誰かが来た覚えもないんだよ。それに...」


 そこで言葉が詰まるモーテリア。

 理由はきっと明白で、彼の優しさを感じさせるものだった。


「アルは普通と違って魔術を扱えないからおかしいな。」


 息を詰まらせたモーテリアに相反するように無神経な発言をしたのは、マロックの性格故か彼と僕が古くの友人である故か。


「おい...もうちょっと言い方ってモンがあるだろ...」


「いや、いいんですモーテリア。彼の厳しさが僕に現実を知らせてくれる」


 言ったのは本音だ。

 大多数が気を遣うような中で自らが異端であることを教えてくれる彼が、厳しい世の中に意識を引き戻してくれる。


「だそうだ。して、心当たりがないなら誰の仕業だと考える?」


 余程興味があるのか、掘り下げる姿勢をやめないどころか深めるマロック。

 何が彼をそこまで駆り立てるのだろう。


「んなこたぁ...わかんねぇよ」


 当然の反応を不機嫌そうに示すモーテリアだが仕方のないことだろう。プライドの高い彼が何も分からないことを認めさせられているのだから。


「フン、そうか。知らないのならいい」


 そう語るマロックの目には愉悦の感情が宿っていた。


 昔からそうだ。彼の悪い癖...なのだろうか?テスタたちに聞いてもそういったことはないと聞くが、彼はたびたびこうして相手を貶める。

 あまり褒められた行為ではないが彼なりのストレス解消なのだろうか。


 とすればこちらからとやかく言うことではない。


「いちいち気の悪い奴だな。付き合う友達くらいは選べアル坊」


「と、言われましても...」


「ハッ、アルとは親繋がりの幼馴染だ。アルが俺と出会わない未来はなかった」


「というわけです」


「どこまで厄介なんだ...」


 さらに言えば、親の繋がりに関わらず生まれた地も巡った場所も好みの話題も風景も。

 幼い頃から運命づけられたかのように、幼馴染という冠の知らぬところでも彼との邂逅は幾度となく成された。

 だから多分、彼とはそういう運命だったのだろう。


「とにかく、治ったんならさっさと行きな。こういうときに出ておかないと卒業できないぜ?」


 長く眠っていたせいで抜けていたが、そうだった。

 今のうちに食事を済ませておかなければ授業に出られない。

 やはり彼はよく気の回る男だ。


「そうですね。行きましょうマロック。お世話になりました」


「そう思うんなら早起きするこったな」


「やたらとうるさいオヤジもいるものだ」


「ハッ、言ってろ」


 そうして余計ともそうでないともいえる言葉を交わした僕たちは、放つ言葉とは裏腹に穏やかな表情を浮かべるモーテリアの下を去ったのだった。




.........


「…さっきのあの膨大な魔力、一体何が...」


モーテリアの脳裏に浮かんだ疑問は、彼らの知るまでもなく闇に呑まれていくのだった。

____________


「アル、ずっときーになってたんだけどさ...」


 食堂に向かう途中、突然立ち止まり声を上げたラパンにその場にいた三人の注目が集まった。


「どうかしましたか?」


「なーんか匂うんだよ...」


 言われてにおいを嗅ごうと鼻を動かす、が。


「そうですかね?」


 鼻が狂ってしまったのか、もしくはラパンのものがか。まったく違和感を覚えなかった僕は疑問を抱く。

 しかしその疑問も、他二名の反応によって晴れることになる。


「それ!私も思ってたの!」


「確かに、少し鼻につくな」


 どうやらその匂いの存在は明らかなようだ。


「そうなんですか、僕には全くわかりませんが...」


「...アルのことだよ」


 ラパンが、ポツリと耳を疑うような言葉を漏らした。

 理解の及ばぬ一瞬が過ぎ直後に衝撃が心を襲う。


「そ、そんな…」


 深い傷を負いかけたその時、またしても想像とは真逆の方向にコトは進み始める。



「あ、いやーそうじゃなくて...ねぇー?」


 共感を誘うラパンに彼の姉と兄は明確に同意を示す。


「そうだな。匂いと言っても...」


 含みを持たせたマロックの言葉を、勢いよくテスタが遮った。


「魔力の匂いよ!」


「魔力の匂い?僕から...?」


「はぁ...そうだ。先程の氷を生んだ残滓だろう。」


 不機嫌そうにため息をついてからマロックが続けた。

 だが彼はしかしと加え、


「まだアルだと確定したわけではないがな」


「あんまり人の気分を下げるようなことを言うものじゃないわよ」


「事実を伝えることは重要だ」


 姉からの説教を物ともしない強い姿勢を保っていた。


「そうですか…」



 一拍置いて声が漏れる。なにせ、時間にして約十七年と少し。

 全世界どの国どの町どの路地裏。万人が生まれ持つそれを持たずに生きてきた。

 誰もが知る努力を知らず、誰もが知らぬ努力を知っていた。

 幾度望み幾度諦めてきたことか。

 ずっとずっと、一切の希望すら与えぬ程に姿を見せなかったそれが、遂に芽を見せた。

 まだ可能性に過ぎないそれを心に刻み、胸の底から湧き出る涙と嗚咽を抑えることなくそのまま放出する。




『おめでとう』



 それが一体誰の言葉か、感情に呑まれた視界が捉えることはなかった。

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