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惹けぬ弱者の世迷言  作者: 殴始末
トイトスの悪魔
27/31

24「温もる第一関門」

 闇に覆われた夜の町並み、その頭上を過る二つの人影があった。

 その二つは連なり、一つとなって軽やかに空を舞う。


「…話に聞く通りのスラム街だな」


 それは、引く形で空を飛ぶ影。漆黒の中に紅い瞳を輝かせ、呟いた。

 手を繋ぐようにして空を翔ける二人は、それによって比重の均衡を取り、深い負い手の相補を成す。

 それの表情から見て取れるように、そこに広がっていた町並みは、王都という響きからはかけ離れたものだった。

 それの発言から聞き取れるように、そこに広がっていた町並みは、崩れ、廃れ、朽ち、転じ、果てたものだった。


「【そろそろ降りるぞ」


 引かれる形で空を飛ぶ影。

 ほそやかでありながらも前者に比べ少し丸みを帯びた体格のそれは言ってから、手を引く側に回った。指さしたのは、目下に佇む小さなボロ屋。後方に一度ひとたび視線をやると、緩やかな降下を始めた。


「随分と小さな建物だが…本当にここにいるのか?」


「【ああ。俺の記憶が正しければな。」


「へぇー」


 降り立ちながら疑うような様相を呈していた男は、しかしもう一人の言葉によってその表情を確信へと変えていた。

 トン、とローファ。

 しなやかに着地し躊躇いなくドアへ向かう男への若干の驚きを隠しながら、携えた剣の柄に、さりげない程度に手を添える。

 それを視界の端に捉えながら影は、扉を二回、強く叩いて呟いた。


「【ガジヤ、ユマギ、リュギア」



……………………



 訪れたのは、空白だった。

 薄目で睨む影に見られ、フッと目をそらす影。かと思えば、向き直し腕を振り必死に弁明する。


「【ち、違う…なっぼ、僕!?い、いや、記憶が古かったんじゃ…」


 ガチャリ。そう音が鳴り、扉が開く。

 目を瞬かせ、視点を幾度か往復させて言う。


「【ま、こういうわけだ。」


 口を閉じていた影がその目をより薄めるのが、暗い中でもよく見える。


「…なるほどな、お前の情報の信頼性はよーくわかった。」


 落胆するように肩を落とした影、柔らかく握られた剣の柄から手を離しかけたその時…


 バガン、と。爆ぜるような波が、影の鼓膜を襲った。


「ッ!?ハァ!!」


 咄嗟に抜き放たれたそれは、真正面から飛び来るその音源を切り裂く…ことなく、傾け合わせて引くことで対象そのものを流しきった。

 開いた扉をきれいに避けながら飛んできた存在をよく見れば、それが人の形を成していることがわかる。頬のあざから見ても、恐らく何かしらのいざこざで吹き飛ばされた、といったところだろう。

 しかし、それが人であることをよくもまぁあの一瞬で見抜き、刻まずに済んだものだと後ろで影は感心する。


「【…なかなかやるな」


「ん?なんか言ったか?」


「【なんでもねぇよ。…それよりもこの人…」


 ズ

 

「ああ。中から出てきたな。」


 ズン


「【…この異音的にも、多分この後…」


 ズズン


「…来るだろうな。」


 ゴゴゴゴ


「【舞蝶流幻戯『感眼』」


 言霊に従ったのは、その手から生まれた鎖刃だった。

 ギャリ、ギャリリリと騒音を撒き散らしながら据えられたそれは、その地に存在する生命の存在を直感的に知らせてくれる。

 しかし、その小さな小屋からは何一つとして気配を感じられなかった。


 直後のこと。


「【なっ…!?」


 ガシ、と。回っているはずの鎖刃の先が何かに掴まれ、常軌を逸した力で何を言う暇もなく影は引きずり込まれた。


「アル!!」


「んッオボッ…こんなところで敵意なんて振り回さないでねぇ〜」


「なんだお前…クソッ、酒クセェ!」


 小屋から狭そうに振る舞いながら顔を覗かせたのは、青白く顔を染め、筋肉をバツンバツンと音がなりそうな程に肥大化させた女だった。


「ん〜?君も一緒ってわけぇ〜?ならいっか〜。んっしょ…」


「っ、やめ…」


 返答も待たずに女はその、女よりも明らかに小さな建物よりも大きな腕を、女が顔を出す穴から強引に出して残った体を掴んだ。

 片腕で易々と掴まれた影はその大きな指に口を塞がれ、驚きからくる脈の高鳴りを騒がしく覚えただろう。



「ようこそ。"私の溜り場"へ。」


 そして、深い闇へと誘われた。



____________________________




「【グッ!…んぁ…ここは…」


 降ってきたものに体を押しつぶされるような感覚で意識が戻る。しかし、否が応でも視界に入る、真正面で腕を組んだ巨体に本能的な危機感が溢れ出す。


「【ッ…!?」


 咄嗟に刀を抜こうとするが、感覚通りに押しつぶすそれ。バルテミアが邪魔で身動きが取れない。


「落ち着きなよぉ〜。別に取って食おうってわけじゃないんだしさぁ〜。」


 ラパンを彷彿とさせるような、そのふんわりとした喋りに一瞬気を引かれるが、まだ気を緩めるわけにはいかない。


「ったた…」


「【バルテミア!」


 立ち上がりながら尻をさするバルテミア。安全を喜びつつも思考を巡らせる。


(ここは多分扉の向こう。鎖刃ごと引っ張られて…落ちてきた?どのくらい意識を失っていたんでしょうか…人が多い。とにかくここから脱出して形勢を立て直し…)


 上を向いて首を傾げて思考していると、意識の深くから返答があった。


(【落ち着け。ここは目的地で間違いねぇ。それに…ここは来るもの拒まず去る物追わずってトコのはずだ。まだ生きてるわけだし少しくらい様子を見てもいいんじゃねぇか?】)


 話を聞く限り、どうやら目的の場所に訪れる事ができたようだ。彼の言う通り、観察してみると意外にも敵意は感じられない。バルテミアが剣を抜いていないのが最たる証拠だろう。


「っ…けぷ。君らから来たんだろぉ〜?なに?緊張してるのぉ〜?」


「…"私の溜り場"つったな。それがここの名前か?」


 先に口を開いたのは、バルテミアだった。彼はあたりをきょろきょろと見回しながら、静かに言う。


「そうだよぉ~。ここは、"私の溜り場"。時代の離反者、法の赦しを無下にした愚か者の集う場所。私の作った、居場所だよぉ~。…ごッ」


 見渡してみれば案外広いその地には、想像よりも多くの人間がいた。それも、人がいるだけでなく酒場のような雰囲気が演出されており、一見犯罪者の巣窟とは思えないような場所だった。

 それがカモフラージュなのか、安心感を与えるためなのかは知る由もないが。


「【…そんなことを見ず知らずの僕たちに話していいんですか…?」


 当然の疑問だった。

 こんな調子で話していれば、すぐに情報など割れてしまう。しかしそれは、こんな場所としては最も避けるべき事象だろう。であれば、一応入場用のパスを知っていたとはいえ多少は警戒すべきなのではなかろうか。

 そんな安直で、しかし核心を突いた疑問はしかし、女の一言で無に帰すことになる。


「いいに決まってるよぉ〜。なるべく多くの人に知ってもらう必要があるしねぇ〜。それに、何かあっても私が守るんだよぉ〜。だから、"私の溜り場"ってわけぇ〜。んっ…ぽごッ」


 言われて、改めてその体を見てみると、それはおおよそ人間のものとは思えないほどの巨体だった。

 人間大の拳、街頭ほどの腕。それに対して扉ほどの相対的に見れば短い足。人並みの胴に、一般人よりも二回りほど大きな頭。

 人と言うにはあまりに歪なその姿だが、しかし同時に形容しがたい暴力を感じるのはその上気した顔によるものだろうか。

 ともかく、その言葉には見た目以上の説得力があったのだ。


「なるほどな。てことは一応歓迎されてるっつーことでいいんだな?」


「それでいいよぉ〜。まぁ、私たちに害を成さない限り……だけどね。」


 一瞬、空気が変わる。笑顔の下に何があるのか。体中の毛という毛が浮き立つような感覚が襲った。

 直後に解けたそれは、それでも意識の奥底に深い恐怖と警戒を植え付けた。

 しかしそれすら無視するように、バルテミアは己が道を歩み続ける。


「じゃあ…依頼をさせてもらおう」


「【そうだな。あんた名前は?」


 バルテミアに呼応したように言葉を紡ぐアージ。


「私のことはヒビヤと呼んでくれて構わないわぁ〜。」


 聞くと、彼が一瞬、いたずらな笑みを浮かべたように感じた。


「【ヒビヤ…雰囲気的に……ヒビヤママ!とりあえず二十日分の食料と…寝袋二つ、それと牛車でも馬車でも、なにか足になるものをください!」


 瞬間、空気が凍てついた。

 その場の全ての人間が言葉を失い、唖然とする。


(やっぱりママはまずかったんじゃ…)


(【いや!この雰囲気なら絶対ママだ。これだけは絶対に譲れねぇ!】)


 人とのコミュニケーションを何だと思っているのか。

 アージは己の欲望を前面に好き勝手な発言を、思考をしていた。

 続いた沈黙、今度ばかりは空気を読んでかバルテミアさえも無言を貫いていた。




 …………





「なぁ坊主。」


 耐えかねたように、酒場のカウンターで飲んだくれていた中年がこちらを向く。


「アンタら…」


 やはり無礼だったと、アルは息を呑む。

 その後放たれた言葉は、その訪問者の度肝を抜くものだった。


「めちゃくちゃイカしたセンスだな!!」


「見ろ!ヒビヤが照れてるぞ!!!」


「「「「「マーマ!マーマ!マーマ!」」」」」


 その拍子抜けな内容に、アルの口は閉じることを忘れてしまう。

 呆然とした彼に、その背の高い地下でこちらを度々見つめていた者々が続々集まってくる。


「うぃ〜、アンタら結構かわいいじゃねぇの。お酌でもたのむぜぇ〜!」


「小僧!ママは無類の酒好きだぜ!媚び売るチャンスだ!」


「今夜は飲み明かすぞーー!!!」


「「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉお!!!!!!」」」」」」」


 押されるままに揉まれるままに二人は、いつの間にか見えなくなっていたヒビヤの下へと流れ着く。


「こうなったらしょうがないねぇ〜……今日は私のおごりよぉ〜、飲みなさい!うごっ…」


 ずっと握りしめていた樽の酒を呷ると、訪問者への歓迎を口にする。


「…まぁ要求を通すためだ。少しだけ付き合ってやるか。」


「【…少しだけですよ。」


 嬉しそうに笑うバルテミア。

 段々と明かされるその表情に若干の感動を覚えながら、優しく笑ったアル。

 意識の底でアージが笑みを浮かべているのがわかる。

 一時はどうなることかと思ったが、進めてみればアージとバルテミアがなんとかしてくれる。そんな安心感に包まれながら、二人…もとい三人の男たちは、溜り場の信用を得た…?のだった。

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