断章
可及的速やかに現場を離れ、首都二ービルの西の空を征くアルたちだったが、ふいにバルテミアが声を上げた。
「やっべ、燃料切れるわ。」
「【燃料って…魔石のことか。」
今バルテミアは、魔石に内包される魔力を元に魔術を行使していた。だがそれも不思議なことではない。なぜなら彼は、昼から今の深夜まで戦い続けて来たのだから。
「【じゃあこのあたりで一旦降りましょうか。」
「そうだな。っとー…そこの平地がいいな。」
バルテミアの視線を追うと、山の上に平地があることがわかる。そこを顎で指し、彼はゆっくりと降下していく。
己を抱えるバルテミアの足が地に着いたのを確認してから、傷だらけの両足で恐る恐る地に降り立つ。
「【…つ」
奔る痛みも命があるからこそというものだ。
「ちょっとばかし時間がかかるから休んどけ。」
「【わかりました。」
言われて、隣に腰程度の高さの岩があることに気付く。歯を食いしばりながら、その岩に腰を掛けたそのとき、己の内から声が響いた。
(【…アル。親父の話、聞いてたよな?】)
(聞いてましたけど…それがなんです?)
彼が話題に挙げたのは先程最後の別れを果たしてきた父の話だった。
(【…お前としても、俺の呼称がないのは困るだろ?】)
(まぁそうですけど…もしかして?)
ここまでの短な会話でおおよそはつかめるだろう。
つまり、彼が言いたいのは…
(【ああ。今後俺のことはアージと、そう呼ぶと良い。】)
…ちょうどいいと、そう思ってしまう。
彼は他人のようだが他人には見えない。もうひとりの自分と言っても良い認識をしていた。
であればもう一つの己の名を彼が語ることは自明だとも言える。
少しふざけたように感じないでもないが、声色…声かはわからないが、その色から真面目な雰囲気が醸し出されていることから本気であることがわかる。
ならばそれを止める必要もない
(いいですよ。これからよろしくお願いします、アージ。)
(【おうよ、アル。】)
拳をぶつけるような動作を幻視し、若干呆れるような感覚を抱いた頃に。
「アル!準備できたから行くぞ!」
元気よく歩み寄るバルテミアの首に手を回し、先程までのポジションに戻ると、二人は…いいや、三人は、英雄国家を目指して西の空へと消えていった。