18「其の女、危険につき」
「【さぁ。最終フェーズ、第三ラウンドだ】」
炎に消えゆく柱の少女に向けたその言葉とともに、戦いの火蓋が切って落とされる。
「【これで終わりなはずがねぇもんなぁ?幻戯『感眼』!】」
宣言に応じ、その瞳は全ての命を見通す水晶と化す。
同時にそれは現れた。
一人は空から、また一人は地中から、木から水から雲から影から光から。
そうして不可解にも、無から三十を優に超えるほどの、アルと同年代ほどの少年少女が姿をあらわす。
それらは思い思いの姿をしていながら、一律して紅がかった深い深い、深緑の羽衣を纏っていた。
その中に、先ほど焼いたはずの柱の少女の顔もあった。
そう思った矢先、その少女はそれらの中から一歩、前に出る。
「あのお方直々の指令だったから何かと思えば…まさかエニル、戦力だけはそれなりのあんたがこうも簡単にやられるとはね。なかなかの強敵_____
「【語らいは後にしてくれるか?それとも、このまま引いてくれてもいいんだぞ】」
「…また遮った…いいわ。すぐに終わらせてあげる」
声を大きくし、再び少女の言葉を遮るアル。その無粋の極みと言える行いに少女も流石に苛立ちを覚えたようで、そのこめかみには青筋が浮かんでいた。
「【そうかよ、好きにしろ。幻戯『夜霧』】」
「逃がさないで。確実に生け捕りなさい?」
指された指に従い、漂う霧を吹かんとする者たち、斬りかからんとする者たち、その補助をする者たちとエニルの"操り人形"すら凌駕しかねないほど統率の取れた連携を見せつける。
しかし、それでも己を強く主張し続ける霧の中、誰にも捉えられないアルは背後から音を響かせる。
「【…俺には、守るべきものがある。】」
背後を取られていた。それも認識できないレベルで。
「いつの間に…行きなさい!」
霧の中へと向かわなかった半数が杖から剣へと持ち替え走る。
人間としての意識を持つであろう彼女らは、経験に基づく技術を惜しむことなく利用する。
各々の色を纏い様々な技を行使し、斬りかかった。
「【救うべきものがある。】」
体を深く沈めたアルは、ぬかるんだ足元でありながらも三方向から向かう少女らの内一つに狙いを定め、それめがけ深く踏み込み飛び込んだ。
剣よりも速いその蹴りは後ろで補助する少年のうち二人を巻き込みながら直線上に突き抜ける。
岩を貫きようやく止まった彼は、遠くから放たれる炎を右手に提げた刀で断ち切り、水を叩き、それらの生じる方へと走っていく。
風の刃を避け、向かい来る雷を刀に宿し、地形の変動を跳び越え、氷の礫を踏み台にしさらに高く跳んだ。
無防備なその体を狙う魔術を避けながら中空にて納刀し、術者らの目前への着地とほぼ同時に抜き放つ。
白刃から雷の黄金を放つその刃は振るわれた方へとその手を伸ばし、その刀身の長さにはそぐわぬ働きを見せ五人の少女を断ち六人の少年を焼いた。
背後に感じた気配を頼りに、振り向きざまに高い蹴りを入れ正確に頭を撃ち抜く。
「【そのためなら、どんな犠牲も厭わない。】」
その絶対的な力でなく、強さを前に、少年少女は思わず足を止める。
どれほど積もった教育も、死の恐怖からの開放だけは叶わなかったのだ。
だがその恐怖は許してはくれない。
振るわれた左腕に一拍遅れ、炎の波が立ちすくむ少年少女を呑み込む。それらは成す術なく燃やされ、後には灰しか残らなかった。
納刀したアルは残った一人を、電気の伝播した右腕で殴り飛ばす。
「ッ…!とっ、止まるな!行け…!!」
…………………
世界の沈黙が少女を襲う。
不思議に思い振り向いた少女の視界に写るはずだった、霧へと向かった少年少女は、誰一人として生命活動の一切をしていなかった。
「!?ガっ…!」
不意にアルがぬらりと体を揺らしたと思えば、その右腕は指示を出す少女の首を絡め取り、声とは違って正直にわかりやすく感情の込もった力の入れようを体現していた。
「【だから。】」
「…………ック………ァ……アァ………ガ…」
パリパリと右腕に帯びた紫電が喉を撫で、先程までの楽観が嘘のように恐怖に塗りつぶされていく。
次の瞬間、その腕を中心に陣が浮かび上がる。
その陣は色濃く、膨大で、文字が読めぬほどに重なり、腕を隠していた。
直後、その全てがうねるように激しく波打ち、回転し始め腕の中心へと収束していく。
「【記憶されることもなく。】」
バヅン、と鋭い痛みが、柱の少女の両足に奔る。
その痛みを認識した頃、アルは既にその少女から手を離し、その腕を空高く掲げていた。
「【認識されることもなく。】」
高速で回転する陣は遂に腕から解き放たれた。
手元を離れたそれは天へと昇っていき、空をまるまる覆い尽くすほどの陣となって少女の頭上を中心に展開される。
「【ただ、あいつらの安寧のために。】」
「あぁ…ああぁ……」
己の漆黒の双眸に煌めく金を漂わせ、悠然と彼は言った。
「【死ね】」
黄金が、世界を貫いた。
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一撃による殲滅が終わった。
ひとまずの学校全体での安全だ。
まさかラウンドが三まで続くとは欠片も思っていなかった。
だが、そう。終わったのだ。
しかし、犠牲があった。
テスタは死んだ。
敵は取れなかった。
仕方のないこと、と割り切るには彼の心に空いた穴が大きすぎることもわかっている。
けれど仕方のないことだろう。
せめて、安らかに眠らせてあげよう。
今は出来ずとも、償わせ方はいくらでもある。
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戦闘が終わり彼は、"アル"ではない彼は、辺りの友人らを掘り起こした。
中には意識を覚ましているものもいて、マロックは感謝と自責、バルテミアは後悔と屈辱と、それぞれが好きに考えを深めていた。…ちなみにラパンはよくわからなかった。
ジールかガーラか、どう呼べばいいのかわからない彼。
テスタの命を奪ったそれをどうすべきか。
其れについてラパンらに相談し、彼らが何か言いかけたそのときだった。
そのとき、初めて気付いた。
彼女の、テスタの遺体がないことに。
血の気が引いていく。
鼓動が早まる。
不安に顔が歪む。
頭が熱くなっていく。
抑えきれない怒りが湧き上がる。
内なる獣の咆哮が轟いた。
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「【アアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!」
突然に叫んだアル。
その考えられない声量の彼にマロックは困惑した。
「ど、どうした、アル!?」
「【テスタが!テスタの遺体が…!!」
瞳を揺らして答えるアル、そう言われて他の面々も次々と気付いていく。
テスタの遺体があった場所の下に大きな窪みがあった。その窪みの地は、まるで一度掘られて埋め直されたかのような柔らかさを持ち合わせていた。
「一体どこに…」
「【ッ…!あなたでしょうジール!!!どこにやったんですか!!答えろ!!」
「グッ…」
凄まじい剣幕で、アルが背中を巨岩に預け座り込むジールの胸ぐらを勢いよく掴み問う。
「…貴様はつくづく真実に嫌われているようだな、ぐぅッ」
「【どこにやったか聞いているんだ!与太話に付き合うつもりはない!!」
彼は怒りを顕わに、ジールの首を締め上げる。
苦しそうに呻く彼は抵抗する力を消耗しきっている様で、されるがままだった。
「やめておけ」
「【…離してください」
締め上げる手を、横からバルテミアが掴む。
その手は叩けば落ちそうなほどに力なく、しかし確固たる意志があるように感じられた。
しかしアルだって引けない。
「【これ以上邪魔するのなら実力行使に出ますよ」
「できるもんならやってみろよ」
「【いい加減にしてください!今の僕にはあなた達だって倒せるだけの力がある!」
「だから…やってみろよっつってんだろ!!!ごぼっ…」
感情的に言うバルテミア。
同時に湧き上がった魔力は、しかし戦闘の爪痕が打ち消してしまう。
「【そんなに言うんだったら…!」
「やめろアル。ジールじゃない」
次にその手を掴んだのは、マロックだった。
バルテミアとは逆の方向から掴む腕は、やはり無力で弱かった。
「ジールは…こいつはそんなヤツじゃない」
「【でもテスタを殺したのはジールです!ならばジールが最も考えられるでしょう!?」
「いいや違う!ジールは____________
「内輪もめのトコ、失礼するぜぃ」
そのとき、知らぬ声が投げられた。
「【誰ですか…お前?」
アルの瞳が、警戒と共にひときわ黒く染まる。
黒い瞳が見つめた先にいるその中性的な人物は、両脇に何かを抱えていた。
アルは疑問を抱いた。
そう、先程の雷。金原始魔術によって、校庭に存在した白いスーツと深緑の羽衣を身につけた人間は全て焼き潰したはずだったから。
ならば、この人間は一体何者なのだろうと考えるのは必然と言える。
「カカカカカ、確かにそら不思議なことでんなぁ。ま、あっしが羽衣を着てなかったか校舎にいたか、であろうよぉ」
貼り付けたような笑顔で語った。
「いやはやこれまた趣き深い。あっしは別にこのために来たんではござらんのだが数奇な運命はやはりしかしてこれを望むらしい。元はといえば呆けるためにとぼけるために任務を蹴って身内を切って引く手数多の世界の成り行きから逃れるために巡り巡ってこの地に安住を決意したのであんしたがここまでなると恐ろしいほどおもしろい。ようやっとお星さんもあっしを惹くため入れるため交わらせるため娯楽の理解を深めてくれさったようでんなぁ。あ、娯楽と言えばあっし最近……
「【お前は誰なんだよ」
「……」
長ったらしく語り続ける人間に嫌気が差したアルは再び問うた。
それを受け、一瞬真顔になったその人間はスッと顔を伏せる。そして上げる頃には、先程までの笑顔が戻っていた。
「これは申しわけなんだ。気の高まりようからついつい無駄な話を挟んでしまいやしたね。あっしの悪い癖でして幼い頃より度々言われて……おっと、そんなに怖い顔しないでくらさい、そこまで気になるのならば言いましょうぞ教えましょうぞ語りましょうぞ広めましょうぞ!」
またしても話を脱線させたその人間に集まった批判的な視線に気付き、人間は元の路線と戻っていく。
「あっしの名前はジオ。所属はこれとおんなじで、お茶目で可愛いおサボり剣士なんですわ。」
そう言って見せた左脇、抱えたそれは。
「柱…?」
「ええそう柱。あっしの部下に当たる子…だったはずでして」
そこまで言うと人間はアルの方を向き、
「残念でしたなぁ、この子は柱が本体とか言う吃驚絡繰人間でしてな、あんさん一切気付きもせんからおもろく見させてもろうたわ」
「【そうですか、それで?それだけですか?」
「あーそうそう、本題本題。そのことなんやけどさぁ、これ、もろてくで?」
言って見せたのは、右脇に抱えた人だった。
その顔には、非常に見覚えがあって。
ギン
金属と何かのぶつかる音が響いた。
「急に暴力なんて怖いやんか〜、もちっとばかし自然の移り変わりを身に受け閉じ込め楽しむべきだと思いんなぁ」
「【黙れ…テスタを返せェェェェェエエエェェ!!!!!ぐううぅぅぇ…」
そう、人間の手元にあったのは、テスタの遺体だった。
衝動に駆らたアルは己の肉体の強化もせずに限界を超えた速度で抜刀したのだ。
しかし届いた刃は柱で弾かれ、ちぎれた筋肉の痛みだけが残る。
「生憎戦う気はあらんくてなぁ。報告しただけマシだと思いなんし?ほんでらあっしはここいらでドロンさせていただきますわ」
「【まてえぇぇぇぇ!!」
「あ、そういえば…あっしよく間違えられるんけど女でして。今後共々よろしくねん」
そう言うと人間は…少女は右目で下手くそなウインクをすると、意識の外へと去っていった。
残った虚空に、アルの嘆きが響き渡る。
居合わせた者は感じただろう。ほんの少し甘い、テスタを彷彿とさせる香りを。
失われたそれの、残り香を。