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惹けぬ弱者の世迷言  作者: 殴始末
諸日編
18/31

17「計れぬ男達」

「ぐうウゥゥゥゥああああァァァァァァ!!」


 絶大な痛みに伴う叫びを上げながら、その女、エニルは自身に強い力で貼り付いた薄く青みがかった赤い氷塊を引き剥がした。

 引き剥がされたそれの下、左半身の首元から足首を鮮血に染め息を切らしながら彼女は呟く。


「はぁ、はぁ。く、狂っている…態度、魔力に技術まで…」


 彼女は彼の存在に対するごくごく一般的な感想を抱いていた。

 それもそのはず、彼女はどこにでもいる女であり彼は全てが文字通り狂った男なのだから。

 彼女は異常性に気をとられ頭に昇った血を引かせ、思慮に耽っていた。


「デイロ様にあんな態度を取るなんてありえません…」


 魔導神への恩義からくる信仰心を以てその下で活動する彼女にとって、デイロは絶対だった。

 事実、彼はこれまでに多くの人を救い、街を救い、命を救ってきた。賢者の息子ということもあり、世界中から絶大な信頼と信仰を受けている。

 故にこうして、敬意を払わない者に対して批判的な目が向くのは当たり前のことなのだ。


「それに、もっとおかしかったのは魔力と技術…本当にあれは…彼は何者なのでしょうか…?」


 そう。彼の扱った魔術『血晶』は、本来氷に血を混ぜることで魔力の伝導性を増し、より強く打ち出すものとされている。


 だが彼が放ったそれは、その定義と大きくかけ離れたものだった。

 手元を離れ接触した氷塊が、内包された血液を針のように剥き出しエニルを襲ったのだ。

 その針が彼女を串刺しにし共に吹き飛ばしてきたことは想像に難くないだろう。


 その上炙っても解けず逆風でも止まらず、殴っても砕けないのだから厄介なものだ。

 そのせいで彼女は戦場から遠く離れた地まで飛ばされてしまった。


 辺りは地獄。

 そこにいる全てが死と隣り合わせの完全な異質。

 その状況を作り出したことへの罪悪感が押し寄せ彼女は唇を噛む。


「…でもこれはデイロ様が望んだことだから、きっと世界のため。だから大丈夫」


 曲がりかけた精神を信仰で正す。

 そのとき、バチャン、と大きな水音が、飛んできた方向から響き渡った。


 そのまま地を揺らした音の正体は彼女が関わるべきなにかであることだけがわかる。


「急がなくては。風司翠鳴、虚空を飛ばせ『風飛』」


 彼女は飛んだ。


 その地獄をより深めるために。

________________________________


 大きな水音が響いてから少し。


 長い距離を飛んだ先に見えたのは、砕けた岩と水に満ちた池…と言うにはほんの少し小さな穴だった。


「戦況は?」


 優雅に降り立ったエニルは遅れを取り戻すべく情報の把握を急いだ。


「エニル様が飛ばされた後三班に分かれ、目標へ遠距離での攻撃を開始。」


「数刻の逡巡を経て、目標は正面の班に突撃。」


「こちらは戦闘員二つを代償に、目標を『土壕』により穴へ。」


「妨害の後『寵水』にて、目標を巻き込み水溜りの形成。」


「それより反応なし。」


「水溜りへの通電により撃破可能と推測。」


「そして只今、準備が完了。」


 状況は思ったよりも悪くないどころかおおかた終わりといったところのようだ。何の個性もない部下が無機質にのんびりと答えた。

 見るに、陣の用意をしていたようだ。

 その大きさから恐らく原始魔術。通電と言うくらいだから金原始だろう。教会から貸与されているものだ。


 一見過剰ともとれるが敵が敵だ。

 学生とはいえ不明な点も不審な点も多い為、何もさせずに葬るのは正解だろう。

 そこまで考え、彼女は一歩前へ出た。


「私がやります。道を開けてください」


 この場の教団勢力で唯一単騎で金原始を実行できるエニルが請け負うのは自然な流れと言える。

 その言葉に従い、部下らは端へと寄ってその姿を見守る。


「すぅぅぅぅぅッ…」



 大きく息を吸い込み、彼女は詠唱を始めた。



「止まぬ雨風降る雷光。」



 ブワッ、と大きな魔力の衝撃と共に、彼女の周りに大型魔術の特徴である陣が次々と浮かび上がる。


「知論の果てに残りし羨望、思想で以て是非と問わん。」


 それは言葉を紡ぐ度に現れ、周囲を旋回し光を放つ。


「奥引き嘶き虚空を引き裂き、格紡縁の支配も知らず、孵る恐怖も射んとせず。」


 そのとき。

 遥か頭上、丁度真上に雲が集まって行くのが見えた。

 それらは収束し大きな一つとなり、黒々とした色へと変色していく。


 だが、それはエニルらの知るものではなかった。


「「「「還る彼の地も果ては上の地、突するその地の化身が靡く『遍葬』」」」」


「「「「翠のいずる帝のさえずり、後引く残りの風よ裂け『退旋』」」」」


 部下らの放った二つの風が、幾重にも重なりその雲へとぶつかっていく。


 だが、その雲は一切の揺らぎを見せなかった。


「…?」


 エニルは違和感を覚えて一度詠唱を止め、その様子を観察していた。



 やがて。



 ぽつり、と。



 それは雨を落とし始めた。



「ッ…!金原始中止!」



 その現象に、彼女は見覚えがあった。


 それは、あの日。


 彼が救ってくれた日。


 恩人に、信じた存在に救われた記憶が脳裏を過る。


「は…?」


 だが事実は、彼女の思い浮かべたものとは違った。


 いつの間にか豪雨となった雨の影響で溢れる深い穴から、一人の男が顔を出す。

 その男は掲げた右手で雲を操り増幅させ、やがては学校の広大な敷地を全て覆い尽くすほどになった。


「【第二ラウンドです。」


 挑発気味に放ったその男は、彼女を救った神などではなかった。


 その事実に耐えられなかった彼女は、感情を剥き出しにし叫ぶ。


「ふざけるなァァァァ!!!」


 そして明かした。その理不尽な怒りの根源を。


「それはデイロ様の特権だ、お前が使うことは許さない!!!」


 その感情に呼応するように、取り巻く七人の白スーツ。その瞳が真っ赤に光ったように見えた。

________________________________


「ままごとは終わり、授かりし技で以てお前を殺す!!!」


 言いながら彼女は大きく腕を広げる。


 途端に、横に並ぶ七人の部下が糸の切れた人形のようにガクンと首を落とし右目を閉じた。


「奉る角位に惑う闇、諸業しょごうの比肩を引き招かん!『操演そうえん』!!グォああァァァァ!!」


 唱えた瞬間、彼女の右目に陣が刻まれ真っ赤に染まる。

 痛みが伴うようで、その瞳には涙が浮かんでいた。


 そして、魔術が使用されたのに付随し、人形と呼ばれた七つの人影。そのまぶたが上がる。


 現れたのは、エニルと同じく陣の刻まれた真っ赤な右目だった。


「【なんですかそれ。気持ち悪い技を…」


 アル達はその人とは思えない、恐ろしいまでに統率されたに動きに嫌悪を示した。


「お前のほうがよっぽど気持ちが悪い…!」


 言葉に怨嗟をのせ彼女は言い放つ。


「やれ…!人形ども!!」


 術者と同様に涙を流しながら、それらの内四つが指示に従い、各々の持つ剣を抜いた。あるものは長身の刀を、あるものは二振りのみじかなチェインソウドを、あるものたちは騎士剣を。


 そして宣言する。思いのままに。


「舞蝶流幻戯『散香』」


「翔天流連来『拍単』」


 気付けば目前に、機械的に振るわれる二つの剣があった。


「【ですがまだまだ未熟ですねっ!『血晶』!」


 同じ流派でも、マロックから譲り受けた特別作りの良い刀を右手で抜き放ち、左手に朱い氷を纏って迎え撃つ。

 決して上級者を名乗れるほど己が長けているとは言わないが、それらの"人形"の刃に感情がないことは容易にわかった。


「【かのアロバトロス氏は言いました!心無きつるぎに人を変えるほどの力はないと!『動氷』!」


 英雄の仲間である偉人の言葉を借りながら反撃に出る。

 朱い氷の下から放たれた魔術は、雨に濡れる者たちの全てを凍らせると思われた。しかし。


「堅刃流建城『媒掠ばいりゃく』」


「【それはさすがに…!」


 背後からゆっくりと歩み寄る、他と比べニ回りほど大きな体を持つ"人形"の流技が、放たれた冷気の全てを吸い取った。

 もちろんその魔力を一身に抑え込むことなどできず、その巨体は軸を失った。

 たった一度の使い切り。しかしそれでも吸い取られた事実は変わらない。

 その隙は、たとえ"人形"と言えど見過ごしようがないものだった。


「狼牙流伝欺『裂壊』」


 ボソボソと陰気臭く呟きながら、倒れゆく巨体の脇から小柄な"人形"が飛び出し、その二本の剣で斬りかかる。


「幻戯『凝夢』」


「連来『申奥』」


 好機と見たか、押し合いにある二つも流技を用いてより力を増してゆくことを、漂う蝶が教えてくれる。

 足元に違和感を覚える。『凝夢』によって物質の変換が行われているのだろう。その不安を抑え込み、迫る"人形"に対処すべく思考を巡らせる。

 しかし思いつくはずもない。なぜなら今の今まで魔術を、魔力を知らなかったのだから。

 実践経験の極端に浅いアルは、この猶予のない状況を打開する術に至ることができなかった。


 背後から授けに来る死の宣告。それを悟ってかゆっくりと流れる時間。数々の記憶が次々と掘り起こされ、過ぎてゆく。


(…これが走馬灯ですか)


 アルは死を確信した。

 命とはあっけないものだ。

 いくら体を強くしようと、それを上回る力が揚々と駆け回る。

 やはり、敗北の運命に囚われた人生だったと、アルは内心苦笑する。


(テスタもこんな気分だったのでしょうか)


 最後に感覚の共有ができたことを嬉しく思いながら、彼はゆくままに瞳を閉じ…









 飛沫が上がった。









「【…言っただろうが。半分だけだってな。」



 アルの意識がまどろみに向かう中で、その魂は輝いていた。




________________________________



 それは実に奇妙な光景だった。


 漆黒に染まった細い糸が踊り、剣を構えた"人形"を瞬く間に切り裂き、打ち付け、破壊したのだ。


「【これも言ったはずだぞ。こっからは本気だって。】」


 言い終わると同時に、四つの"人形"全てが崩壊した。

 それに伴い吹き出した血飛沫が頬をドロリと濡らす。

 そのいささか心地よいとは言えぬ感覚に、これが現実であることを認識させられる。


「なっ…なにが、何をしたのですか!?抵抗の余地など…」


 狼狽えるエニルに彼は言った。


「【知らねぇのか?魔力っつーのは、馬鹿みたいに凝縮すれば変換ナシで物理干渉できんだよ】」


「そんなことできるはずがない、デイロ様は不可能だと言っていました…」


「【つまり、あいつにはできないのか。案外、大したことねぇな。っとと】」


 頭を軽く横に揺らすと、元あった位置を短剣が通り過ぎた。

 正面では、一つの"人形"がバランスを崩し倒れているのが見える。


「いい加減にしろ…」


 激昂した彼女は肩をわなわなと震わせ、"人形"を一つ殴りつけながら小さく言った。


「いい加減にイイイイィィィィィィイイイ!!!!!!!」


「「「紅く脆くも爆ぜるしろ、響いて醜く破らん。『爆震』」」」


 残った三つの"人形"の体が瞳よりも紅く明るく光を放つ。


 光をそのままに、人間の構造を無視した奇怪な走り方でそれらはアルに迫る。


「【爆破の魔術か。】」


 冷静に分析しながら、彼は右手に提げていた刀で触れぬ距離から断ち切った。


「【ほらっ、よ!】」


 そうして、先頭を走るひときわ早い"人形"の体が上下に分かたれる。

 元々無気力だったそれは、下半身から解き放たれたことでよりその無を増し自由に飛んでいった。


 そのとき、異変が起きた。


 その上半身が、慣性のままにアルに抱きついたのだ。かと思えば、その体の紅はみるみるうちに増していく。


「【なっ…】」


 思わず声を漏らすアル。

 慌てて引き剥がそうとするが時すでに遅しと言わんばかりに、光は目を灼くほどにまで達すると高温を放ち、途端に爆破した。

 その爆破はうるさく降り注ぐ豪雨すらも縦横無尽に薙ぎ払う。


 灰色の煙が漂い、目の前に一本の"人形"の腕が落ちる。


「行け!塵も残すな!!」


 命を受け、残った二つの"人形"が煙の中へと飛び込み爆破した。

 その度に中から腕が、足が、頭が、内臓が飛び散りその破壊の象徴として脳裏に刻まれる。

 雨に導かれ足元に流れた大量の血が、生命の絶命を予感させた。


 三人目が爆散してしばらく。

 訪れた静寂で彼女は笑った。


「は、ははっ、ざまあみろ…デイロ様を侮辱した報いです!!ははははは…!」


「【ははははは!!…はぁ…】」


 声色とは裏腹に、乾いた二つの笑いが豪雨の中に響き渡る。


 そう、それは二つあった。


「【そうだな、侮辱には報いがあるべきだ】」


 晴れる煙の中、全身を血に染めた男が現れる。


「…!?どうやってあの中を生き延びたのですか!?」


 エニルの驚愕もそのはず、そこには三度の爆破を受けてなお五体満足のアルが立っていた。


「防いでも二次被害はあるはず…それに少なくとも一度は直撃を受けているはずです!」


 死者でも見たかのような態度のエニルに、彼はうんざりとした様子で語る。


「【語る意味もねぇだろ。無駄に時間かけさせやがって。】」


 その興味を失ったように冷たく突き刺さるような眼光を浴び、鮮血のように真っ赤だったエニルの顔は転じて青くなっていく。


「【既にこの状況の中心はお前じゃない】」


「一体どういう…」


「【はぁ、呆れたぜ。幹部がこれじゃあ然門教も終わったりだな】」


「……」


 毒づくアルに、遂に否定すらしなくなったエニルが問うた。


「あなたは何者なんですか…?」


 その問いに、彼の眉がほんの少しだけ上がったように見える。


「【…いいぜ、冥土の土産に教えてやるよ。】」


 不服そうにその男は口を開く。


「【俺の名は………いや、次が来たみてぇだな】」


「次…?」


 次の瞬間、相対するエニルとアルの間に割り込むように空から柱が、雨雲を裂いて飛び刺さる。

 雲が晴れ世界を陽光が照らす中、いつの間にかその柱に立っていた少女は悠々と言う。


「情けないですね。ただでさえクソ教会の落ちこぼれというのに、仕事もまともに___


「【『辟焼へきしょう』】」


 再び空から影が落ちる。

 それは熱を放ち、少女の身を焼くために降り注いだ炎だった。



「【さあ。最終フェーズ、第三ラウンドだ】」



 その声は、確かに世界を震わせた。

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