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惹けぬ弱者の世迷言  作者: 殴始末
諸日編
17/31

16「二人で一人」

 まるで逆転した戦況で闊歩する男の纏うオーラは、確実にそれまでのものとは違っていた。


「【ラパン!」


 封殺した人々の合間を縫って友人らの下へと駆け寄るアル。


 その姿には違和感があった。

 だが幼い頃から長い長い時間を共にした友人とっては、それに気付くのも容易いことだったことが直後に証明される。


「アル、眼が…」


 呻くかのように小さく震えた声でアルに語り掛けるラパン。


 そう。彼の生まれ持った輝く黄金の瞳の一対が、全てを飲み込むような漆黒へと変化していのだ。


「【金の定めを縛る羽、没響いて世を隠さん『土壕』。ラパン、待っていてください…どうやら、やるべきことがあるみてぇだからな」


 らしくない言い方をするアルは、それらの変化に気づいているのかいないのか。荒々しく言い放った彼は黄金の瞳を光らせると、横たわるクラスメート含めた知り合いを中心に小さな壕を同時に形成、そのまま保護した。


「【幻戯『散香』」


 その時、呟く声ごと背後に現れた影がアルを貫ぬく。


「これ以上もがくなああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 それは、魔導神にエニルと呼ばれた女だった。

 彼女は先程見せていた真っ白な顔を髪同様真っ赤に染め上げ、怒りを露わにしながらアルを何度も何度も執念深く切り裂いた。


「【一手遅れてんだよォ!『血晶』!」


 叫びと同時に赤い氷塊が、穴だらけのアルごとエニルを横殴りにする。

 しかし流石に魔導神の側近か、ただではやられてくれないようだ。


「ぐ…っいい加減にしろ!そこだお前ら!轟喚その空、脈波打満!『鳴鐘めいしょう』!」


「【ッ…!」


 巨氷の質量と速度を乗せられ飛ばされながらも、血と魔術と共に口から溢れた指示は直ちに部下たちを動かした。

 だが、放たれた光の矢が指したのは、アルとは真逆の方向だった。


 虚空へと奔ったその矢はバチッと音を立て何かに刺さり動きを止める。


「【よく気付きましたね…いってぇじゃねぇか…!!」


 そこから現れたのは、刃の跡が一つもないアルだった。


 彼は霧散する残像に抱かれ飛び去るエニルを尻目に、光を受けて焦げた右肩を押さえ白スーツの"敵"と相対する。


 「【空の主の思うがままに、重く想ひて其れを知る、『触溶』。…いててっ、ちなみにそれいらないぞ」


 肩口の傷に氷を被せた彼はボソリと呟くと、驚いた顔をしながら刀を抜いた。


「【そこまでですか…さぁ、どっからでもかかってこい!」


 だが既に白スーツらは駆け出していた。


 目視で九人、アルの正面と左右の三つに分かれて仕掛ける。


「「「蒼き天恵咲く最上、非衰の水よ零れを授けん『寵水』」」」


「「「轟き喚くその空は、脈波打ちて満とする『鳴鐘めいしょう』」」」


「「「望まぬ壁に臨む風、廻る世界ののぞみを結わん『旋刃』」」」


 三人一組となったそれらは、水と電気を纏った風の刃を次々と飛ばし始める。


「【キモすぎんだろうが!…どうしますか?…決まってんだろ。『善碌』」


 再びボソボソと言葉を紡いだ彼は身体強化をした後に、風と電気と水の刃を刀で断つ。

 勢いよく弾けた水が頬に掛かり彼の感覚をわずかに麻痺させる。が、それも関係ないとばかりに彼は言った。


「【逆にこっちから殺しに行くッ!!」


 沈んだ腰に構えた刀。

 踏み込む一歩に全力を注ぐ。


 その技能を伴わないように見えるほど自然に成された歩みは、込めた力に呼応し恐るべき速度を以て成された。


 一瞬遅れて、アルのいた場所がまるで鉄球でも落ちたかのように陥没する。


「【ッらぁ!」


 瞬く間に距離を詰め切ったアルに振るわれた刀は、正面に構えていた白スーツを胴から薙いだ。


「【もいっちょォ!」


 水平を向くその刃は勢いをそのままに跳ね上がり、反応できずにいたもう一人の首を刎ね飛ばす。


「【ついでに…」


 更にあと一人と貪欲に手を伸ばしたそのとき。


「金の定めを縛る羽、没響いて世を隠さん『土壕』」


 アルを中心に堀の高い小さなクレーターが生まれる。


「【クッ…仕切り直そうってわけですか」


 それには、ラパンらを保護した時の物とは違い頭上の隔たりが存在しなかった。

 またそれが生まれた際の衝撃が焦げた利き腕を揺さぶり、わずかな隙が生じてしまう。


「「「信ずるものさえ篤こそあれど、格を得ん『加岩』」」」


 他の白スーツらが手の届かぬ安全地から機械のように、正確に、無機質に。クレーターをさらに深めんとその中心めがけて複数の巨岩を放つ。


「【ちくしょうめんどくせェ!…幻戯『替豪』!行きますよ!」


 陽の光を遮りその穴に闇をもたらしたそれらを前に、宣言し刃をなぞる。


「【おうよ!らァァァァァァ!」


 二メートルもある、淡い橙色の光を放つ刀身を惜しむことなく振るわれたそれは、降り注ぐ巨岩を次々と断ち砕きその力を示した。

 そうして三つの岩が刻まれ平穏が訪れる。


「【これで終わりみたいですが、いささか静か過ぎます。何かあるでしょう…それごと斬っちまえばいいんだよ!」


 警戒しているのかしていないのか。余裕を見せたアルは自信と共に膝を折り、勢いよく穴を跳び出す。


「【んあっ?…ゴボッ」


 しかしそれは叶わなかった。

 跳んだアルは間抜けな声を出しながら上空に作られていた巨大な水の塊に突っ込み、勢いを殺され呼吸を奪われてしまったのだ。


「金の定めを縛る羽、没響いて世を隠さん『土壕』」


 彼を包んだその水は白スーツらの統率された腕の動きに合わせて、再びの『土壕』によりひときわ大きくなった穴へと落ちその中を溢れるほどに満たしていった。

________________________________


 水底は静寂に包まれていた。


 その心地よさに水を差すように"それ"が言う。


(【少し手間取りすぎじゃないか?】)


 ………


(あなただって手こずってるじゃないですか)


(【俺はいいんだよ。久々の自由を享受してんだから】)


 "それ"は自分を棚に上げ無責任な態度を貫く。

 それに、と続けて。


(【これはお前の人生だろ?自分で切り開いてみせろよ】)


(お前の人生、という割には干渉し過ぎでしょう…少しくらいちゃんと力を貸してくださいよ)


 "それ"が疑問を浮かべる。


(【…ん?お前気付いてないのか?】)


(何に?)


(【はぁ…もう全部貸してんだよ】)


(え…)


(【鈍すぎんだろ…まぁまだ魔力に慣れてねぇってことか】)


 今更ながら、体に流れる魔力に意識を向ける。

 すると…


(ッ!!なんですかこれ……!?)


(【やっとわかったか、すげーだろ】)


 体中を駆け巡る高密度の魔力、その実態に気付かされた。

 それは今にも血を煮やし身を焼くような灼熱で、身の毛がよだち凍りつくような極寒だった。


 "それ"は嬉しそうにニカリと笑う。


 だがそれなら尚更。


(とんでもなくすごいです。すごいですけど…!)


(【けど?】)


(こんなにすごいならもっとわかりやすく使ってもらってもいいですかね!?)


(【…は?】)


 溜めた言葉に"それ"は呆けた顔を返す。

 そう、やはり感じてしまう。


(あんな小出しされていたら気付くものも気付けませんよ!)


 そう。ただ説明が足りないのだ。


(【な、なんだよ、俺が悪いってのか?】)


(あー!そうじゃないですけど…!)


 力を借りておきながら"それ"が悪いなどと言うつもりは決してない。だがなんなのだろうか、このもどかしさは。


(詠唱が不要なことも言わない、力があるのも言わない、とにかく言わない!もうちょっとわかりやすく教えてくださいよ!)


(【…一理あるな。ま、みみっちい戦いにも飽きてきた頃だ】)


 一拍おいて頷くと"それ"は伸びをしてから、期待通りの言葉を放つ。


(【こっから先は本気で行くか】)


 きっと、これを止めることは誰にもできない。

 この純然たる感情をまき散らす"それ"は、どんな荒野でも戦場でも我が物顔で闊歩し、邪魔するものの全てを蹂躙するだろう。


(では頑張ってください、僕も補助は…余地があればしますから。)


(【何言ってんだ?】)


 瞬間、思わず目をつむる。

 それは、水底の暗闇に差す陽光だった。

 陽光は地上への道を繋ぐように、行くべき方向を指し示すように、闇に沈んだ僕たちを導くように。


 光が照らしたことで、アルの黄金の瞳に"それ"がはっきりと映る。



 "それ"の瞳は、水底よりも深い漆黒を爛々と輝かせ、燦燦と降り注ぎ星を照らす光を吞み込んでいく。



(【俺にできるのは半分だけだ】)



 拳を突き出し、だから、と"それ"は言う。



(【残り半分、お前が補え】)



 "それ"が浮かべた表情は、太陽すらも塗りつぶしかねないような狂気の灯った笑みだった。


 何故だかわからないがその表情に思わず安らぎを覚えた僕は、”それ”と拳を突き合せる。


(わかりました)


 未だ信用に足るほどのなにかはないが、心の底の叫びが聞こえる。


 だからこそ、僕は告げた。


(あなたの半分、預けてください)


 その時僕の顔を見た”それ”の表情が、記憶に強く刻まれた。

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