15「己が選択」
「言葉にする意味もありません。無駄に手をかけさせて」。
彼女がそう口にしたのは怒りからだろうか。
感情の緩急を経たせいか人のそれに対する理解がしやすくなっていた。
だがそんなものも不要なのだろう。
大切な人を失ったぞ。
何もわからぬままに自らの命も落とすのだろう。
まだやりようはあるってのに。
いつだって同じだった。
また同じ過ちを繰り返すのか?
力を得たって結局無駄に終わってしまった。
まだ終わってないっつってんのに。
首を絞める指一本一本に殺意を感じる。
身に覚えもない悪感情を向けられてるのにそれでいいのか?
しょうがないだろう。
そんなことないだろ。
ついた頃には始まっていた。
始まる前に出来ることもあったはずだ。
遂に気が狂ったのだろうか。
そんなもん元から狂ってただろうが。
自分の中で自分と言い争うなんて初めてだ。
こんなこと俺もしたくなかったさ。
じゃあなんで出てきたのだろうか?
見てみろよ。
どこを、と言われずとも僕の言う方向はわかった。
エニルって呼ばれた女の部下たちだろうな。
彼らは指示に従い、マロックやラパンらの方向へと歩みを進めていた。
そういうわけだ。
どういうことだろうか。
...お前、これ見て何も思わないのか?
何を思ったところで仕方ないだろう。
諦めんのか!?
ああそうだ、今更できることなど何もない。
そう易々と言い放った俺に対して湧き上がる感情は、誰がどう見ても明確なくらいに怒りの紅に染まっていた。
な、なんでこんなに...
戸惑う俺に余計に苛立つ。
どうして...?
何がだ。
これ以上、僕に何をしろって言うんだ...?
情けない俺は言った。
「どうしろって言うんだ!」
【戦えってことだよ】
「どうやって!?全力も、精神も、言い訳も情動も何もかも届かなかった!これまでと一緒だったんだよ!僕は、僕は敗北の”運命”に捕らわれているんだ!!」
【なら、諦めてもいいって?】
「だってそうだろう?届かない、通らない、意味はなかったんだ!どんなに努力してもこの帰結は変わらなかったと断言できる!」
【ほーん。じゃあこれは何だ】
「これって...?」
僕が指し示す僕の内には、僕とは明確に違う何かがあった。
それは...
【力だ。】
それは視界に収まらないほど大きく、視界から追い出したいほどに醜いものだった。
僕とは違う僕は、瞳に決意を灯して言った。
【俺の中にはこれがあった、だけどお前は気付けなかったこれは仕方のないことだ。だがこれを見た今、俺はどうする?】
恐らく今僕は、精神を狂わせて生きながらえている。
現実に影響を及ぼすはずのない己の妄言だろう。
だがもし、もしもそれが真実である可能性が少しでも残っているのなら。
【選べ。これはお前の選択だ。】
そう告げた俺の瞳には、僕と同じ決意と...
希望が映っていた。
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どこからともなく現れた女を筆頭とする男たちはガーラ先生とマロック、そして僕の下へと迫っていた。
(どうせこのまま、死ぬんだーろね)
姉を失い、弟を守れず、また親友とともに戦うことの出来なかった男。ラパンは絶望に暮れていた。
一度は恐怖に打ち勝ち立ち上がった。
(でも、本当の強さにきれいごとは一切通じなかった)
それだけのことがここまで人を落とすとは、彼は思いもしなかっただろう。
だが同時に、彼は魅入られてしまった。
”力”の絶対さに。
それを生まれ持った彼は、努力を、あがくことを知らなかった。
故に、ここは彼が初めてあがき、抗い、醜く這いずり回った場所となる。
「だけど、後悔はしない。空届かぬ氷層、重り世を止めろ。『歴凍』」
生まれてこの方、先の戦闘を含めなければ負け知らずのラパンの魔術は、当然のようにその場を治めた。
だがそれもつかの間。
「「「焼の償い良しとせず、衝の盛りを悪しとせよ。『熱塊』!」」」
三人がかりで起こされたその熱に、氷のステージは成す術なく溶けてゆく。
大丈夫。まだ魔力は残っている。
だが相手もそう優しくはなかった。
起こされた熱は氷を溶かした後、ラパンの顔面に迫った。
(ちょっとこれはまずいかもね...)
とっさに避けようとするが、体が動かないことに気付く。
(あ。そうか、さっきデイロに...)
しかし地に呑まれ動かないことを思い出したところで既に終わりは迫っていた。
(そっか。せっかく全部辞めたのに、ここまでなんだ。)
顔を炙るそれがその灼熱を以ていざ幕を下ろさんと向かってくる。
(なら、もういっか。)
死を、受け入れようと目を閉じたその時_______
「【彼の地も其の肢を忌み嫌い、喰らい暗うは被の定め。『呑包』」
その声はなぞった文字を実現し、その全てを支配した。
だがそれは、魔導神のものでも、ラパンのものではなかった。
その声の持ち主は...
「【ラパン!」
ラパンのよく知る男。
誰よりもあがき、誰よりも抗った愚かな弟分。
アル・イジュリアであった。