14「拒絶と神」
「許さなかったらどうすると?」
「…………」
「だんまりか、貴様も威勢だけのようだな。そこに伏すテスタの…兄弟のように」
「ッ…!」
挑発気味に放つデイロ。
だが落ち着け。相手は魔導神と呼ばれ世界に恐れられる存在だ。迂闊に動くわけにはいかない。
「…そういえば、一体何の用でここまで?」
問いながら状況を知るべく見渡すが、映るのは倒れた知り合いか然門教徒という死屍累々といった惨状だ。
「貴様が知る必要はない」
「じゃあなんでまだここに残っているんですか?それも何もせずに。気まぐれだとでも?」
「……そうだな。広く言えば気まぐれとも」
屁理屈のようなものをやすやすと。
このふざけた人間を殺したい。だが殺せない。
その身からあふれる人間と呼ぶにはあまりにおぞましいその魔力、それだけで逃げ出してしまいたいほどだ。
「恐ろしいったらありゃしませんね…」
紛らわせるために小さく呟き、相手の出方を見る。
戦うのであれば望み薄だが真正面から、戦わないのであれば奇襲を。やはり後者が望ましい。
非常に単純なものだがこれで十分だろう。
どうせ頭は良くないのだから。
「…私は帰る。ジールを頼んだ」
「ジール?誰のことですか?」
望み通りの回答に幸運を感じるが、見知らぬ名を聴きつい疑問を浮かべてしまう。
「貴様も知らなかったか。ニテ・ガーラ。そこで穏やかに眠る我が盟友の名よ」
盟友…やはり相手側の人間のようだ。
(どうしましょう、動けないうちに息の根を止めておくべきですかね…)
「それは推奨できんな。奴のことだ、どうせ自爆機構の一つや二つ用意していることだろう」
(また読まれた!?一体どうやって…)
何かを仕掛けられた覚えはない。であれば単に想像か、もしくはそういった技術か。
「またくだらないことを考えているようだから失礼する。…健勝を祈る」
「健勝を祈る」と、そう彼は言った。
彼のせいでたった先刻すべてが台無しになったというのに。
頭の血が一気に昇るのを感じる。
恐らく僕は彼を殺さなければならない。そういう"運命"なのだろうと、半ば確信に近い何かを抱き、正反対を向くデイロへの殺意を込めて魔力を練る。
「だめだ…」
ポツリと彼は呟いた。
しかしそんなことは関係ない。
今、ここで彼を殺す。殺さなければ報われない。
テスタのために、マロックのために、ラパンのために…自らの知るすべてのために。
腰に携えた黒鉄の長い長い刀に手をかけ、詠唱を始める。
「欠けて掛けらん目特色、秀る繋りね生根体。『善碌』」
唱えた途端に、二日でも前の自分では到底出せないほどの力が溢れていくのを感じる。
だが直感でわかる。これでは勝てない、と。
だからここに『覇気』を重ねる。
知的生命体が長い年月をかけ研究し続けてきた身体強化、その王道と頂点を以て彼を殺す。
更にみなぎる力に興奮しながらも狙いを、精神を研ぎ澄ます。
グッ、と姿勢を深くしながら右足を三、四歩分程度後ろに下げ地を這うような、舞蝶流特有の抜刀の姿勢を取る。
狙うのは一瞬。
彼が飛ぶ瞬間だ。
空を飛ぶことは大量の魔力と思考を要する。
いかなる魔術師であろうとその際には確実に隙が生まれるのだ。
よってそこを叩く。
通常であればそこを予期して反撃用の手段を用意しておくものなのだが、今回は大きく油断してくれているようだ。
(とはいえ単純な人間としての強さにかかってくるんですが…)
そうして柄を強く握り直したそのとき、遂に中空に魔力の歪みが生じた。
魔術の予兆たるそれを認識した瞬間、アルは全身全霊をかけ鞘…と呼ぶにはいささか巨大なそれから抜刀する。
刀身よりも短い鞘に収められていた刃が機構により展開せんと動き始めるのを確認した後、手首の小さな動きでそれを補助しつつ足元に収束していた魔力を爆発させた。
途端に体に掛かった想像を絶する負担、しかし怒りのほうが強かった。
その半ば感情に支配された体は、風を超えるような速度で瞬時に魔導神に肉薄する。
恐るべき速度をのせた刀は最高の状態を維持したまま、直前に踏み込んだ左足に応えるように強く、早く放たれた。
その刃は騎士としての恥を代償に得た相手の背後に容赦なく振りかざされた。
しかし、世界はそれを望まなかった。
だから、言っていただろう。
「[意味はなかった。]と。どれほど力を磨こうと、私には敵わない」
終始振り返ることもなく語った魔導神。
拙い剣とは言え単純な力量だけで言えば岩を砕き鋼をも容易く切り裂く、もしかすればベルテイトに傷をつけかねないような一撃。
それををもろに受けてなお無傷に収めるその姿は、世界の”上”を知らぬ未熟な剣士にはまるで...いや、神そのものに見えた。
神は言った。
「余計なことをするな…鬱陶しい。」
その目に見えた力の差に、もはや言葉も出てこない。
「まただんまりか?つくづく…くだらない男だ」
表情の見えない神はため息をつく。
「エニル、ここを頼む。私はもうここに居たくない」
「承知しました。処分のほどは?」
「…殺しても構わん」
「仰せのままに」
呼びかけに応え赤髪の女と、その背後に複数の人が現れた。
そして二言ばかり交わしたのちに彼は、何かを唱えることなく飛び去って行った。
そう認識したとき既に視界は空を向き、組み伏せられていた。
「いつの間に?」
「言葉にする意味もありません。無駄に手をかけさせて...彼の地も其の肢を忌み嫌い、喰らい暗うは被の定め。『呑包』」
体が地に呑まれ、動かなくなっていく。
そのまま僕は、己の無知と無力に嘆くことすら忘れてただ思考の沼へと沈んでいった。