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惹けぬ弱者の世迷言  作者: 殴始末
諸日編
14/31

13「無知の愚者」

「おお、おおおおぉぉぉぉぉ…」


 塞がれた口から言葉にならない言葉が漏れ出す。


 この感情は、喪失感は何からくるものだろうか。研究素材を奪われた悔しさか、はたまた教え子を失った悲しみか。


(どうせ前者だろうがな…)


 半ば決めつけ気味に結論付ける。他人への愛があるならばここまで堕ちてはいないだろうからきっとそうだ。


「ハハハ...なるほどなるほど...」


 しおれた声で思考に横から水を差したのは、この場において最も優位に立ち回り望みを叶えたはずのデイロだった。


「これは…またひどいモノを押し付けてくれたものだな…」


(テスタが何か仕掛けたのか?)


「ッ!?」


 明らかに異常なその態度に疑問を抱いていると、不意に体の自由を奪っていた自然の拘束が崩れ落ち自由を得た。


「がっ、ごぼっ、げほっ」


 突如口の中で暴れまわった大量の小さな粒たちを吐き出し、土に埋まった体の半分を引きずり表へと這い出た。

 感傷的なデイロの姿を見て、昂った感情が冷めていくのを感じる。もしくはそう思わされているか。

 いずれにせよ今すべきことは…


「ごほっ…。デイロ…俺はお前を──


「幻戯『妖炎』『糸焦ししょう』『替豪たいごう』」


 その宣言に応えるようにデイロの視界を暖色の光が埋め尽くした。


 直後に放たれた長い刃は先に小さな炎を灯し風を切って強引に速度を増していく。


「なっ…!?」


「...ッ」


 驚きを表したジールに反してデイロは静かに隔たりを作る。


 だがそれも気休めにすらならないようで、鈍く光を放つ黒鉄は土の壁をぬるりと切り裂きデイロの下へと届かせた。


 しかしそれでも...


「[通らない。]...やめておけ。もう遅い。」


「ふざけるな!ここまでやられて生きたままに返すわけがないだろう!」


 そう。発言を遮ったのは彼、マロックだった。


「威勢を張ったところで、すでに弱みを見せた相手には効果などあるまいよ...」


「うるさい!何をいったところで貴様の犯した罪は変わらない!」


「いや、デイロの言うとおりだ。やめろマロック」


 マロックは姉を失い冷静な判断が出来なくなっている。


 そして今彼を止めるべきは私なのだろう。


「どうしてだ!!ここでこいつを仕留めなければ次のチャンスがいつになるかなんてわからない!!姉さんの仇を打つべきだ!!」


 声を荒げて吠える愚かな弟に一体姉は何を感じるだろうか。


「はぁ...積金攻石、集いてほどす。『枷希かせき』。おとなしくしていろマロック。...ついでにやるべきことがある」


 くたびれた顔で立ち尽くすデイロの脇を抜け向かったのは、静かに横たわるテスタの遺体。


「ジール...?一体何を...」


 弱く困惑の混ざった声を上げるデイロ。実に滑稽だ。


「ガーラ?何する気だ!?」


 石の枷によって縛られながらも叫ぶマロックだが、構っている暇はない。

 迅速にすべきことがある。


 既に動かぬモノとなったそれ。

 その右腕を掴み、力づくで上に放り投げた。


「おーい!」



 そのとき、してはいけない声がした。



「テス......タ...?」



 その青年は今この場にいるはずがなく、今この場にいてはいけない存在だった。


 しかし途中で辞めることもできない。


「すまない...世界のためだ...どうか許してくれ...」


 亡きテスタに向けてかそれを見る者たちにか、謝罪を垂れるジール。


 大きな腕が、私の腕が。


 勢いよく、その薄い胸を貫いた。


「あっ...くぅ...」


 苦しそうにテスタが呻く。


 そう、呻かせたのだ。


「私は…貴様の行いに報いなければならない」


「ガーラ先生、なんで」


「ガァァァァァラァァァ!!!!」



 不安の色を見せる正面と、怒りに染まりきった背後。


 自らを悪に染めざるをえないこの状況、苦汁を飲んで受け入れよう。


「テスタ、私に用意できた時間はほんのわずかだ。これで頼む」


 その細い肩を掴み太い腕から体を引き抜き懇願する。

 腕から強引に削ぎ落とした魔力、それによる不足で意識が朦朧としてしまう。


「なんでマロックが拘束されて?そこのが魔導神?なんでテスタが...殺されて?」


「どういうつもりだ!!!それは姉さんへの冒涜だぞ!!!ふざけている場合じゃないだろう!?」


 質問と罵声を一身に浴び信頼と信用を失っているが、考えてしまうのは明日のこと。


 どこへ行くか誰と会うかなにをするか。


「なにを逃げようとしている!?早く魔導神を殺すべきだろう!?」


 聞こえるものも耳を抜けていく。


 懐かしい"それ"に思いを馳せて、ゆっくりと座り込む。


「あとすこし、任せなさい」


 恐らく世界の真理に触れたであろうテスタが震えながら立ち上がり胸を張る。


 ここから何をすべきかは、全て決まったようだ。


 その父親に似た強い背を誇らしく思いながら、ジールは意識を手放した。

____________________________________________________


「テ、テスタ、胸の穴は、傷は、怪我は?大丈夫なんですか?」


「大丈夫なわけないじゃない。このまま出血で死ぬわよ。」


 淡々と告げるテスタ。彼女は胸に大きな穴を空け、今も血を流しながらも平然と振る舞っている。

 しかしその口から出たのはその様子とは正反対のものだった。


「姉さん…!?」


 その姿にか絶句するマロック。彼の近くにはラパンが横たわっていた。

 突然の情報に頭が回らない。死ぬってなんなんだろうか。ここで何が起こったのだろうか。


「言葉の通りだよ、『アル・イジュリア』。…まさか貴様が関わっていたとはな。なるほど納得だ」


 まるで思考を読んだかのように、マロックの隣に座る男が割り込んでくる。

 その男は厳しく忌々しそうな表情を浮かべて小さくつぶやく。


「このまま彼女は死ぬ。もっとも、既に死んでいるはずだったのだが…」


 そう。それは一連の元凶、魔導神デイロと思しき人物だった。


「あなたが…」


「それより!」


 絶えない疑問をせき止めたのはテスタだった。

 僕の言葉に被せるように発言した彼女は、すっかり血の気の失せた真っ青な肌をしていた。


「私の話を聞いてくれない?少しだけでいいの。」


「姉さんッ…おいアル!姉さんを治してやってくれ!このままでは…本当に死んでしまう…!!」


「ごめんなさいマロック。今だけ少し静かにしてて。」


「姉さっ…」


 言うとテスタは、何をするでもなくごく自然にマロックの意識を奪い去った。

 そのまま彼女はくるりと身を反転させ、恥ずかしそうに肩越しからちらりとこちらを覗く。


「テスタ?まさか死ぬなんて嘘ですよね?みんなが勝手にそう言ってるだけで大丈夫なんですよね?」


「いいえ。何度だって言ってあげる。」


 テスタは小さく息を吸い込み、振り向いて答えた。


「ここで私は死ぬ。魔力じゃどうにもならないし、どうにかする術は無いに等しいわ。だからこの時間、有効に使わせてもらうの。」


 面と向かう彼女は右足のかかとをカッと小気味よい音を立て、勢いよく肩幅に地に突き刺した。

 そして腕を組み普段と変わらぬ姿で、しかし頬を紅色に染めながら言う。



「アル。あなたを愛しているわ。」



 次の瞬間、彼女は覚悟していた死を待つ自由もなく、全方向から迫る無数の石の槍により絶命した。



「ふざけるな…ふざけるなッ!!」


 先程から沈黙を貫いていた男が激昂する。


「"それ"はもう…私の物だ…!!」


 そんな訴えもいざ知らず、アルは。


 その愛された男は。


「なんで…」


 疑問にまみれろくに動けず、理不尽に奪われたその愚か者は。


「どうして…!」


 深く、深く絶望し、強い、強い怨嗟の炎を胸に抱いていた。


「許さない…!!」


 その拙い男は今ここに、復讐を誓った。

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