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惹けぬ弱者の世迷言  作者: 殴始末
諸日編
13/31

12「狂気をも貫く」

 どうしたら納得してくれるだろうか。


 灰に染まる視界の中で、手足の感覚が喪失していくのを感じながら私は考えていた。


 圧倒的な武力差も、技力差も、知力差も贅力差も勢力差も金力差も権力差も。

 普通であれば納得させられるだけの物が、私と彼らの間にはすべて存在する。


 それでいて、何故理解しない。納得しない。


 仕方ないのだと、この他ないのだと、その道を譲れば良いというのに。


 …いや。その姿、覚えがある。



 時間を奪われることで少し頭が冷え、思い出してしまったことがあった。

 それは今の私にとって最悪なことだった。


 私は知っていた。


 ジールという男が、今の私の世界で、最も諦めを知らぬ男だと。


(ここは私が諦めよう。)


 完全に色を失った彼の世界で、彼はそれを宣言する。


________________________


「『刻遍了擬』…ヤツの"今"を奪った。」


 かつての仲間に手を下したと、振り向きながら教え子達にそれを伝える。


「勝った…ということか?」


「実質的にはねー。ま、そこも魔導神様のポテンシャル次第ってとこだろーけど」


 普段と違わぬ強気な口調でマロックが問い、ラパンが返す。

 確認を取るような視線に頷くと、彼は姉の下へと走った。


「姉さん…」


「マロック、ラパン、ガーラちゃん…それにバルテミア、ありがとう」


「フン、俺様はマロックのために動いただけだ。勘違いするなよ?」


 堂々として応えるバルテミアに、少し元気をもらう。

 流石にこの程度で息絶えるデイロではなかろうが、そこそこに追い込んでしまったことへの罪悪感が押し寄せる。


 しかしこうする他なかったのだ。

 じっくり話し込んでから、いつか開放してやろう。


「眠れ、盟友よ。香る風と共に。」


 なだらかな風が鼻腔を撫で、穏やかな風の香りが過る。



「[過ってしまった。]呼吸を止めることで魔力の行使を封じ、視界を塞ぐことで認識を阻害することができれば、一般には完勝と言えるだろう。」



 その声は、してはいけない声は、時の静止したはずの空間から発せられていた。



「しかし私は違う。」


「私には」


「音も」


「動きも」


「必要ない。」


 言い切ると同時に大地が蠢き、その場に立ち尽くす我々を叩いた。

 地はそのまま全員の体の半分を飲み込み、その場に封じてしまう。


 灰の体にインクを零すように色彩を滲ませながら、その男は歩みを刻み寄ってくる。


「私の名は、デイロ・コッコ。世界に、魔導神と呼ばれた男だ。」


その名に恥じぬ、神と言うに相応しい所業だった。

________________________________


「どうしても譲らないらしいので、強硬手段に出させてもらう」


 まずい。テスタを、姉を奪われる。

 慌てて言葉を発しようとするものの、口に手を当てられているように音がでない。

 その何かを退かそうと持ち上げた手は虚しく空を切り、期待に応えてくれない。


「テスタ・メイエル」


「ひっ」


 遂に目標との接触を果たしたデイロは、まるで繋がった言葉が無理矢理に転がり出ようとしているかのように、テスタの意思を無視して続けざまに発言した。


 しかし、その口から溢れたのは思いも寄らぬものだった。


「貴様はこれから旅に出る。」


「……え?」


「各地を巡り、弱者を救い、そして果たすんだ。始まりたる彼の存在への復讐を。」


 咄嗟に頭を守ろうと丸まっていたテスタが、驚きからか、はたまた殺意を感じないことからの安堵からか顔を上げる。


 浮かんだ視線がデイロのそれと交差し、数刻の時が流れた。


 その先で、テスタが立ち上がる。

 そして、またしても不可解な景色が広がった。


「…魔導神デイロ。」


 小さく呟いたテスタは直後に大きく振りかぶる。

 それを見て、デイロはゆっくりと目を閉じた。


「これで許してあげるわ。」


 優しく放たれた言葉とは裏腹に、振るわれた手は目にも止まらぬ速度でデイロの頬を撃ち抜いた。


 吹き飛ばされた先で頭から落ちる男。それでもなお無言を貫く魔導神にテスタは続けた。


「代わりに、私の命を…運命を。うまく使いなさい」


 それを受けて魔導神は深く、深く頷いた。


「無論だ。決して無駄にはしないと約束しよう。」


「フン、よく言うわ」


 魔導神に対して普段通りの振る舞いを見せる姉だったが、様子がおかしい。

 まるで自分の未来を、行く末を知ったかのようで…


「でも勘違いしないことね」


「勘違い?」


「そうよ。勘違い。」


 命の危機にありながらも、姉は胸を張って答える。


「今回はあなたに譲るわ」


「……。」


 静かに聞き入る魔導神。しかしその表情に変化はない。


「けれど次には彼がいる。あなたの知らない、私も知らない彼が、あなたの知る、私も知る彼と共にいる」


 自慢の姉は指を指し、力強く伝える。


「それまでその停滞を味わい尽くしなさい。それがあなたの贖罪よ」


 イマイチピンとこないような心の内を顔に浮かべながら、


「なるほど、心に留めておこう」


 と応えて手を差し出した。



 突然悪寒が奔る。

 姉の危機を、姉の恐れを、姉の喪失を、何の根拠も無く予感させられた。


 だめだと、その手を握ってはいけないと。

 思わず出そうとした声は地に呑まれ、練った魔力は砂に消え身体の強化は叶わない。


 視界の端にバルテミアとジールの姿が映るが、自分と同じく抗うことで手一杯なようだ。


 このままではデイロを…姉を止められない。


 その考えが過ったとき底なしの不安と諦めが押し寄せた。


 だがそんな心もいざ知らず、姉はデイロへと手を伸ばす。


 いっそ意識を奪ってくれたならどんなに楽だったろうか。

 そう弱さに屈したとき。


「や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛め゛ろ゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!」


 バルテミアの咆哮が轟いた。

 あろうことか彼は、口に詰められた岩の梢を己の歯を代償に噛み砕いたのだった。


「連゛来゛『暁゛


「はぁ…」


 人の感情をも冒涜するようにその男、魔導神はため息と共にバルテミアを石の槍で顎から口に貫いた。


「そろそろ限界なんだ。我慢してくれたまえ」


 掲げた右腕を払って魔導神はそう放つ。


 しかしその狂犬は、その狂人は止まらない。


「お゛う゛』ッ!!!!」


 片目まで抜かれながらも見事に言い切ったバルテミアの腰辺りから、岩を貫通して光が漏れる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


「貴様…狂っているのか…?」


 再び叫んだバルテミアに恐怖ともとれる声色で語りかける魔導神。


 そう。彼は今、腰に携えた剣の温度を爆発的に上昇させその身を包む大地を焼かんとしていた。

 もちろんその影響はバルテミア自身にも及んでおり、彼の体の一部はすでに溶けていることだろう。


「う゛あ゛…え゛う゛あ゛…!!!」


 それでも未だ彼は殺意を絶やしていなかった。


「なるほど…やはり非不あらずか。ならばその狂気も納得できる」


 またしても聞き慣れない単語を零す。


(一体非不あらずとはなんなんだ…)


 考えるうちにも戦況は変わる、どころか戦力差から戦うことへの思考がそれてしまう。


 己の弱さを悔いる暇もない。


「貴重なサンプル…といいたいところだが、その性質では扱いきれんな」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!お゛っ゛」


 溶けた大地と自身の中でそのつるぎを掴んだバルテミアだったが、その雄叫びも途切れてしまう。

 飛来した翠の重い風により意識を奪われてしまったのだ。


「まったく厄介なものだ。しかしこれで良いだろう。さぁ、手をとりたまえ」


 あちこちを向いて見失っていた手が姉の、テスタの方向を向いてしまう。


「ええ、無論よ。まぁ少しだけ苦しんでもらうけれど」


「やれるものならやってみるといい」


 いたずらなテスタに、魔導神は余裕の表情を浮かべ挑発する。


「ならお言葉に甘えさせてもらうわ!」


 言葉のままに勢いよく手を握ったテスタ。その瞬間、絶望が深まる。

 咄嗟に見回すものの誰も立ち上がれない様子だ。


(こんな時さえ人を頼るのか…)


 今更できることがないと言わんばかりに、無意味に自らの愚かさを呪う。


七魔心しちましん


 宣言に呼応するように魔導神からにじみ出たおぞましいほどに黒々とした魔力が、形を持ってテスタを手から包み込む。


「んっ…」


 くすぐったそうな声を上げるテスタだが、そんなことはどうでもよいと無神経に、無秩序にそれは広がり続ける。


 そしてとうとうもやが首に差し掛かったその時、それは静かに実行された。



「『録食伝ろくじきでん』」



 小さくこぼれた言葉を受けてぼやけていた魔力が凝縮された。

 蜘蛛の巣のようにピンと張り巡らされたそれは、まるで一切の接近を許さない檻のようで。


 よく見れば、その糸がテスタと魔導神とを繋いでいることがわかる。

 それは脈打つように鈍い光を放ち、その度にテスタの肌から鮮やかさが抜けていく。


「…あとどれくらい?」


「二十秒もかからんだろうな。なにか言い残すことはあるか?」


 尋ねたテスタに慈悲をかけたのか、遺言を聞こうと言い出す魔導神に己の奥底から怒りがふつふつと湧き上がるのを感じる。


「そうね…」


 彼女はちらりと俺とラパンの顔を一瞥してから、一瞬の逡巡経て答えた。


「もう一度だけ、アルの顔を見ておきたかったわ」


 言い切ると同時に彼女の体はビクンと大きく跳ねる。


 それっきり、彼女の体は動くことを忘れてしまった。

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