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惹けぬ弱者の世迷言  作者: 殴始末
諸日編
11/31

10「私の前で」

「アル…大丈夫かな…」


「ずっと言ってるじゃないか姉さん。もう昼も過ぎたんだからいい加減にしてくれよ…」


 呆れた口調で応える。

 それも無理はない。姉であるテスタは朝起きがけに、朝食時に、登校中に、授業中に小休憩に昼食時でさえ。

 文字通り一日中、息をするようにアルへの心配を口にしているのだから。


「でも…だって、心配じゃない。昨日だってろくに話もできずに帰らされたのよ?」


 不安げに首をもたれて呟くテスタ。

 気持ちはわかる。俺だってとても心配だ。昨日話せなかったのも同じだし、俺もアルとは幼馴染だからな。だが、それでも。


「それにしたってしつこい…!彼は謹慎中なんだ、会いたい欲求を呼び覚まさないでくれ…!」


 それが本音だった。

 実のところ、マロックは小さい頃からアルが大好きなことで近所周りで有名なのだ。

 ツンケンした態度とは裏腹に、姉弟で最もアルを大切にしている。

 魔力を持たない過去を過ごしてきたアルが穏やかに暮らす事ができたのはもちろん姉弟のおかげだが、マロックは多大な貢献をもたらしている。


「マロック、でてるーよでてるよ!見せちゃいけないもーのが!」


 言われて表情の大きな変化に気づく。

 つり上がった口角から考えても不気味なものになっていただろう。


「悪い悪い。それで、今日はやはり…アレの研究か…?」


「ええ。そのつもり」


「まーったく。あんなもーの一体どこで拾ってきたんだか」


 アレと言ってあんなものと伝わったそれは、これと言って形を持たない、そんなものだった。

 姉が昨日突然使い始めた、謎の力。

 姉の力と誇らしげに語ったのはやはり嘘だったようで、帰宅後すぐに事実を話してくれた。

 一応剣士、魔術師としてそれなりに高い位置につく俺とラパン話を聞いたのだが、剣術の力場とも魔力とも全く異なるものだった。

 曰く、奥底に大量に沈む、深く大きく広いもの。

 実際に目の前で使われ、感覚的に無理解を理解した。


「ニテちゃんが知っていればいいのだけれど…」


「そうだーね。まー、ガーラ先生が知らなければ図書館にでもいこーか」


ゴォーン、と音が鳴る。

 腹の底に響く音。それは授業開始の鐘だった。

 ガーラの到着を予感し一気に静まり返る周囲。

 だがしかし、依然として授業は始まらない。


「…あれ、ニテちゃんは?」


「まだ来ていないようだな、珍しい。」


 普段の生活から、時間を…いや、規則を重んじている事がわかるニテ・ガーラ。

 今まで遅れたり、ものを忘れたりしてきたことはなかったが、一体どうしたのだろうか。


「あ」

 

 不意に、優しい風が吹き抜けた。

 その風は心をなびかせるように温かく、思わず目を細めてしまう。

 まるで家族の、友人の、親友の声のように、穏やかでなだらかな風は俺達をまとめて包み込む。

 肌によく馴染む魔力が癒やしてくれる。

 二人はどう感じているのか、その表情を伺おうとした刹那、ラパンの表情が畏怖に染まっていることに気付いた。

 それを見て正気に返る。

 そう、この風には魔力が含まれていた。それも並大抵の量じゃない。

 恐らくは何かしらの余波だろうが、それでこれほどの濃度とは恐れ入る。

 だが気付く。気付いてしまう。

 この場に流れる、魔力のもととなる魔子が、明らかにこちらを対極とした方向に流れていることに。

 そして、その量がだんだんと多くなっていることに。

 それが指す事実はただ一つ。


「…ッ!お前ら自衛しろ!舞蝶流幻戯、『夜霧』、秘幻戯!『無収則むじゅうそく』!!!」


「そ、空飛片、荒芥隔てを。『動氷』。還彼も果上の地、突す化身が靡く、『遍葬』!」


「やああああああ!」



「…建城けんぎ殻鐵こうてつ』」


 意思が通じ合うかのように、姉弟の魔力は交差する。

 それを受け、空間は歪んだ。その後、頭上に濃霧が立ち込む。

 氷の天幕が張られて押し上げられ、叫びとともに放たれた、最早目に見えるほど衝撃波が、それらをすり抜け上空へと向かっていく。

 目立つ三人、それと少し離れた場所に不自然に位置する一人の手により、その防壁はより強いものと成った。

 しかしそれに反して、強者の先導のもと防御を固める他の者達は、圧倒的な力への安心感に身を委ねていた。

 それだけだった。

 だが、それもしかたないだろう。

 今まで見た中で最も力を有する者たちに守られているのだ。

 直後に死を味わうとは、思いもしなかったろう。


「来る…!!」


 額に脂汗を浮かべながらそう叫んだ直後。

 通常であれば身が耐えられないであろう速度にも関わらず無音で訪れたそれは、俺達の用意の一切を意に介さぬ様子で、優雅に降り立った。

 歪んだ空間を正すことなく通り抜け、高密度の霧を押し返し、目に見える衝撃波を拳で相殺し、強化された氷の天幕すら足先に呑まれて消えてゆく。

 遂に肉眼で捉えた。

 その純白に身を包んだ姿は、聖職者のそれだった。

 彼が地に降りた瞬間、居合わせた全員が崩れ落ち、顔から伏していく。

 それは理不尽に、ほとんどの人間の意識を刈り取った。


________________________


 恐怖に身を震わせて、ただ怯えていた。

 

 そうするうちに、いつの間にか歩みを進めていたその男。

 テスタらとそう変わらぬ若々しい顔に見合わぬ荘厳な空気を放つ細身の男だ。

 その大きな足で約五歩ほどのところで歩みを止め、問いかける。


「やあ。君がテスタだね?」


 その目は完全に姉を捉えていた。


「手伝ってほしいことがあるんだ」


 その眼光に射抜かれた姉は、言葉を、動きを失った。

 本能がけたたましく声を上げる。逃げろ、避けろ、退け、生きろと。

 思わずそれに従いそうになる。だがその奥で、より大きく、魂が叫ぶ。

 姉を守れ、と。


「…姉さん置いていくほど落ちぶれていない」


 深呼吸で息を整えた。

 震える足を掴んで、強引に立たせる。

 そして左手を地に這わせ、右手で腰に携えた、アルとお揃いの刀に手をかける。


「ほう、その歳でありながら面を見せるとは!なかなかおもしろい!」


 こちらに気付いたのか、その男は感嘆した。

 話す余裕はない。少しでも気が緩めば、そこで決してしまう。始まる前から敗北が決まったようなものだ。

 だがその男の興味は、俺ではなくその後ろに向けられていた。


「あーだりぃ。予定狂わせやがってクソが。こいつら姉弟は俺様の成長に必要なんだよ。」


 そこには普段と何ら変わらない、バルテミアの姿があった。

 

「その態度…よほど強さに自信があるか、もしくは非不あらずか…君の場合は後者のようだが、心当たりは?」


「あ?てめぇ今遠回しに弱そうっつったか?バカにしてんのか。」


 癪に障ったか、強大なその男に対しても態度を変えないバルテミア。

 しかし相手も経験が多いようで、簡単にいなされる。


「はっはっはっ、そういきり立つなよ少年。おや?その顔どこぞで見たかと思えば…ストレイシブ家の末っ子だな?君の姉上達には世話になってるよ。」


 地位を持つ姉兄と関わりがあると聞いたバルテミアは、わかりやすく困惑した。そうして問いかける。


「姉様と…。あんた一体何者だ?」


「おっとこれは失礼。名乗らせてもらおう。」


 問われた男は謝罪した。それに続けて。


「我が名は魔導神デイロ。然門教雄司教にして、『賢者』ナルクスの実の息子。以後お見知りおきを」


 男の唇が紡いだ名に、全員が言葉を失った。


 そして、直後に起きた出来事を受け混沌は更に加速する。


「黙れ、下郎が。」


 風を切って顕れたその男は、怨嗟の言葉と共に目視では数え切れぬほどの石槍を放った。

 それは生徒を避け、見事にデイロのみに降り注ぐ。


「これ以上の暴挙は許さんぞ、デイロ。彼らは…いいや、彼女は私の物だ…!!」


 動くことなく石槍を全て避け切ったデイロの表情はみるみる変わる。


「あぁ、あああああ!」


 突然涙をこぼす。


「お前は…お前は…!」


 喜色浮かべて叫ぶ。


「盟友ジールよ!再びの邂逅、運命に感謝する…!」

 

「私の前で二度とその言葉を口にするなと言ったはずだ!」


 怒りを露わにしたニテ・ガーラと呼ぶべき人間と、デイロと呼ばれる人間の戦いが始まった。

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