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惹けぬ弱者の世迷言  作者: 殴始末
諸日編
10/31

9「控えた朝」

「敷地内は基本禁止でしたっけ。」


 慣性を『風飛』で相殺してから、アルはゆっくりと高度を下げ正門前に降

り立つ。


「っとと、今の時間だと...グラウンド!」


 魔力の急激な減少に転びそうになる。やはり『風飛』は大量の魔力を使用するようだ。対策せねばと考えながらも勢いをそのままに走り出す。


パンッ


 不意に乾いた破裂音があたりに響き渡る。何事かと目線を上げると、校舎の上から覗くように目的地から大きく土煙が舞っていた。


 それと同時に、一人や二人ではないくらいの人たちの騒々しい気配を、魔力の交わりを感じる。


「またラパンたちが暴れているんでしょうか…」


 半ば呆れつつ校舎の脇を通り抜けその広大な、訓練用の戦場を内包するグラウンドへとたどり着く。


そこで視界に写ったものは、目を疑うような光景だった。


 いたるところから血が流れ、忙しなく紡がれる詠唱。

 氷の彫刻と化した者、地から生える石の槍に射抜かれた者、業火に身を焼く者、全身切創にまみれて伏す者など。そこにある命のうち半数は失われたものであった。


 理解が追いつかない。ここは学校だろう。授業は?みんなは?

 あまりの恐怖と不安と無理解に全身総毛立つ。

 そうありながらも、現状を知ろうとあたりを見回す。


 倒れる者たちは本当に死んでいるようで、鼻をつくその異臭に思わず顔を歪めるが今はそれどころではない。


 ひとまず見える限り、約六十の遺体にクラスメートのものはなく息をつく。

 では一体誰のものなのかと言えば…その服装から予想がついてしまう。

 見知らぬ人々は共通して、袖が余るほど長く白いスーツを身に纏っていた。

 この見知ったスーツには、毎朝毎晩見るのと同じ門のマークが胸に刻まれている。信じたくはないが、両親の信じる然門教の信徒らであろう。


 今はそこまでしかわからないが、十分だろう。敵はわかったのだから。

 そう結論付けた。固く拳を握り、広くは身内とも言える人々に対する罪を覚悟する。


「くぅ…」


 聞き取れないほど小さく呻き、涙を一粒落とす。そして、近くで然門教徒と戦う教員のもとへ駆け出したのだった。

____________


「紅き行末拝がむ夢、小さき炎よ道を示せ!『炎丸』!」


「悪いな!狼牙流伝欺でんぎ、『罰史』!」


 女の放った炎の玉と、白スーツの持つ二本の剣が交差する。

 独特な形状のその剣は、従来のものと比べ全長が短い。また、先端は丸みを帯びており、本来刃があるべき場所にはトゲが張り巡らされている。

 その形状が炎に絡みつき、強引に引きずり退かす。


「も、もうだめ…」


 命を賭して魔力を操り、炎を白スーツに押し付けていた女だったが、制御を失った。


「死ね!」


 遂に白スーツを阻むものがなくなったそのとき。


「らあっ!」


 男が空から落ちてきた。

 叫びながら落下するその青年は、右手に持った長い刀で白スーツめがけて切りかかった。

 咄嗟に剣で受け止めたものの、片方の剣を叩き切られてしまう。


「なっ…!」


 驚愕もつかの間、頭の処理よりも先に相手が動く。


「舞蝶流幻戯」


 次の瞬間。青年が姿を消したかと思えば、足元からステンドグラスのように鮮やかな、無数の蝶が舞う。


「『凝夢』」


 漂う蝶たちが体に集まり繋がっていく。


「まっ、や、やめ」


 言葉も途中に白スーツは、足先から半透明の物質に埋め尽くされていった。

 やがてガラスのオブジェクトの様になったそれを、その青年が小突く。するとたちまちヒビが入り、象徴たる白いスーツもろとも粉々に砕け散ったのだった。


「ふぅ、ご無事ですか?」


「ええ。なんとか。」


 女は緊張の糸が切れたのか敵だったものを前にへたり込んだ。


「いったい何があったんですか?今登校してきたばかりで、然門教徒が乗り込んで来たこと以外わかってないんです。」


「えっと、アルくんでよかったわよね?私もあまりわからないの。」


 怯えた表情で膝を震わせながらそういえばと続け。


「君のクラスの人達はガーラ先生とトビ先生に守られながら端の方まで逃げるって聞いたわ。」


 なるほど。生徒を守るためならば当然の対応だろう。


「そうでしたか。どの方角に向かったかはわかりますか?」


「あっちよ。ガーラ先生は後を追う形だったけれど...何か焦ったようだったわ。」


 言って、校舎の影と同じ方向を指差す。


「そうですか。えっと…何かお手伝いは…」


「必要ないわ、元気もらったもの。さぁ、行きなさい。心配なんでしょう?」


「いや、でも…」


 つい先程殺されかけた人間を置いておくことなどできない。どうにかならないものかと考えていたとき。


「おーい!」


 遠くから声が響いくので、目を凝らしてみるとそれは別の教員だった。


「無事だったか!?」


「ええ。大丈夫よ。ほら、助けも来たことだし、あなたは行きなさいな。」


 微笑んでそう答える女性。記憶には名前は残っていなかったが、いい先生だったようだ。今後はしっかりと覚えておくとしよう。また次会ったときにでも聞いてみよう。


「ありがとうございます…では、行ってきます。」


「は!?君は生徒だろう!避難したまえよ!」


「ふふ。いいのよ、今回は。私だけ回収して。」


「そんなこと言ったってなぁ!」


「幻戯『散香さんか』」


「あっ、ちょっと!」


 言っている間に、消える様にその場を去る。

 少し離れた地点に着地し、陰の差す方へ方へと向かっていく。

 すると、またしても白スーツに襲われる教員の姿が。


「コレ以上時間かけてもな!怒られちゃうしな!」


 言いながら、いかにも弱々しい男性教員の頭を槍で一突きにしようとする。


「ヒッ」


 目前に迫った刃だったが、通すわけにはいかない。


「幻戯、『糸焦』」


 自分でも驚くほどの速度で抜かれた刀は、滑るように槍を真ん中から焼き切る。そのまま、


「晴白空下、以て穢れを礫と成せ。『氷礫』」


 短縮されたその詠唱と共に放たれる氷のつぶて。至近距離、懐から出たそれは先を失った槍を手に呆然とする白スーツの体に吸い込まれていく。

 ゴゴゴッ、と鈍い音をたてながら当たったそれは、寸分の狂いもなく白スーツの意識を、もしかすると命までもを刈り取った。


「ちょうどいいですね。」


 頬に飛び散った血を指で拭い、ぽつりと呟く。

 数をこなして魔力の扱いにも慣れてきた。

 魔力による身体強化の完成形とも言われる『覇気』も、多少使えるようになっていたから成果は確かだろう。きっとイメージトレーニングのおかげという面もある。


「あっ、ああ!アルくんじゃないか!」


「トビ先生でしたか。お怪我は?」


 襲われていたのは担任のトビ先生だったようだ。


「えーっと、足をちょっとくじいちゃったかな…って、そんな場合じゃないよ!」


 確かによく見れば足を引きずっている。そう思った次の瞬間、トビ先生の血相と声色がより深刻なものへと変わる。

 一体何かと、語られる言葉を待つ。

 注視したその口から紡がれたのは。


「テスタちゃんたちが『魔導神』デイロを引き受けてる!」


 気付いた時には、体は最高速を超えていた。

____________________________


 遂にテスタたちの姿が視界に入る。


「おーい!テス......タ...?」



「すまない...世界のためだ...どうか許してくれ...」



 大柄な男の腕が、勢いよく何かを貫いた。


「あっ...くぅ...」


 そう苦しそうに呻くテスタの胸から、真っ赤な華が咲いた。

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