9「控えた朝」
「敷地内は基本禁止でしたっけ。」
慣性を『風飛』で相殺してから、アルはゆっくりと高度を下げ正門前に降
り立つ。
「っとと、今の時間だと...グラウンド!」
魔力の急激な減少に転びそうになる。やはり『風飛』は大量の魔力を使用するようだ。対策せねばと考えながらも勢いをそのままに走り出す。
パンッ
不意に乾いた破裂音があたりに響き渡る。何事かと目線を上げると、校舎の上から覗くように目的地から大きく土煙が舞っていた。
それと同時に、一人や二人ではないくらいの人たちの騒々しい気配を、魔力の交わりを感じる。
「またラパンたちが暴れているんでしょうか…」
半ば呆れつつ校舎の脇を通り抜けその広大な、訓練用の戦場を内包するグラウンドへとたどり着く。
そこで視界に写ったものは、目を疑うような光景だった。
いたるところから血が流れ、忙しなく紡がれる詠唱。
氷の彫刻と化した者、地から生える石の槍に射抜かれた者、業火に身を焼く者、全身切創にまみれて伏す者など。そこにある命のうち半数は失われたものであった。
理解が追いつかない。ここは学校だろう。授業は?みんなは?
あまりの恐怖と不安と無理解に全身総毛立つ。
そうありながらも、現状を知ろうとあたりを見回す。
倒れる者たちは本当に死んでいるようで、鼻をつくその異臭に思わず顔を歪めるが今はそれどころではない。
ひとまず見える限り、約六十の遺体にクラスメートのものはなく息をつく。
では一体誰のものなのかと言えば…その服装から予想がついてしまう。
見知らぬ人々は共通して、袖が余るほど長く白いスーツを身に纏っていた。
この見知ったスーツには、毎朝毎晩見るのと同じ門のマークが胸に刻まれている。信じたくはないが、両親の信じる然門教の信徒らであろう。
今はそこまでしかわからないが、十分だろう。敵はわかったのだから。
そう結論付けた。固く拳を握り、広くは身内とも言える人々に対する罪を覚悟する。
「くぅ…」
聞き取れないほど小さく呻き、涙を一粒落とす。そして、近くで然門教徒と戦う教員のもとへ駆け出したのだった。
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「紅き行末拝がむ夢、小さき炎よ道を示せ!『炎丸』!」
「悪いな!狼牙流伝欺、『罰史』!」
女の放った炎の玉と、白スーツの持つ二本の剣が交差する。
独特な形状のその剣は、従来のものと比べ全長が短い。また、先端は丸みを帯びており、本来刃があるべき場所にはトゲが張り巡らされている。
その形状が炎に絡みつき、強引に引きずり退かす。
「も、もうだめ…」
命を賭して魔力を操り、炎を白スーツに押し付けていた女だったが、制御を失った。
「死ね!」
遂に白スーツを阻むものがなくなったそのとき。
「らあっ!」
男が空から落ちてきた。
叫びながら落下するその青年は、右手に持った長い刀で白スーツめがけて切りかかった。
咄嗟に剣で受け止めたものの、片方の剣を叩き切られてしまう。
「なっ…!」
驚愕もつかの間、頭の処理よりも先に相手が動く。
「舞蝶流幻戯」
次の瞬間。青年が姿を消したかと思えば、足元からステンドグラスのように鮮やかな、無数の蝶が舞う。
「『凝夢』」
漂う蝶たちが体に集まり繋がっていく。
「まっ、や、やめ」
言葉も途中に白スーツは、足先から半透明の物質に埋め尽くされていった。
やがてガラスのオブジェクトの様になったそれを、その青年が小突く。するとたちまちヒビが入り、象徴たる白いスーツもろとも粉々に砕け散ったのだった。
「ふぅ、ご無事ですか?」
「ええ。なんとか。」
女は緊張の糸が切れたのか敵だったものを前にへたり込んだ。
「いったい何があったんですか?今登校してきたばかりで、然門教徒が乗り込んで来たこと以外わかってないんです。」
「えっと、アルくんでよかったわよね?私もあまりわからないの。」
怯えた表情で膝を震わせながらそういえばと続け。
「君のクラスの人達はガーラ先生とトビ先生に守られながら端の方まで逃げるって聞いたわ。」
なるほど。生徒を守るためならば当然の対応だろう。
「そうでしたか。どの方角に向かったかはわかりますか?」
「あっちよ。ガーラ先生は後を追う形だったけれど...何か焦ったようだったわ。」
言って、校舎の影と同じ方向を指差す。
「そうですか。えっと…何かお手伝いは…」
「必要ないわ、元気もらったもの。さぁ、行きなさい。心配なんでしょう?」
「いや、でも…」
つい先程殺されかけた人間を置いておくことなどできない。どうにかならないものかと考えていたとき。
「おーい!」
遠くから声が響いくので、目を凝らしてみるとそれは別の教員だった。
「無事だったか!?」
「ええ。大丈夫よ。ほら、助けも来たことだし、あなたは行きなさいな。」
微笑んでそう答える女性。記憶には名前は残っていなかったが、いい先生だったようだ。今後はしっかりと覚えておくとしよう。また次会ったときにでも聞いてみよう。
「ありがとうございます…では、行ってきます。」
「は!?君は生徒だろう!避難したまえよ!」
「ふふ。いいのよ、今回は。私だけ回収して。」
「そんなこと言ったってなぁ!」
「幻戯『散香』」
「あっ、ちょっと!」
言っている間に、消える様にその場を去る。
少し離れた地点に着地し、陰の差す方へ方へと向かっていく。
すると、またしても白スーツに襲われる教員の姿が。
「コレ以上時間かけてもな!怒られちゃうしな!」
言いながら、いかにも弱々しい男性教員の頭を槍で一突きにしようとする。
「ヒッ」
目前に迫った刃だったが、通すわけにはいかない。
「幻戯、『糸焦』」
自分でも驚くほどの速度で抜かれた刀は、滑るように槍を真ん中から焼き切る。そのまま、
「晴白空下、以て穢れを礫と成せ。『氷礫』」
短縮されたその詠唱と共に放たれる氷のつぶて。至近距離、懐から出たそれは先を失った槍を手に呆然とする白スーツの体に吸い込まれていく。
ゴゴゴッ、と鈍い音をたてながら当たったそれは、寸分の狂いもなく白スーツの意識を、もしかすると命までもを刈り取った。
「ちょうどいいですね。」
頬に飛び散った血を指で拭い、ぽつりと呟く。
数をこなして魔力の扱いにも慣れてきた。
魔力による身体強化の完成形とも言われる『覇気』も、多少使えるようになっていたから成果は確かだろう。きっとイメージトレーニングのおかげという面もある。
「あっ、ああ!アルくんじゃないか!」
「トビ先生でしたか。お怪我は?」
襲われていたのは担任のトビ先生だったようだ。
「えーっと、足をちょっとくじいちゃったかな…って、そんな場合じゃないよ!」
確かによく見れば足を引きずっている。そう思った次の瞬間、トビ先生の血相と声色がより深刻なものへと変わる。
一体何かと、語られる言葉を待つ。
注視したその口から紡がれたのは。
「テスタちゃんたちが『魔導神』デイロを引き受けてる!」
気付いた時には、体は最高速を超えていた。
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遂にテスタたちの姿が視界に入る。
「おーい!テス......タ...?」
「すまない...世界のためだ...どうか許してくれ...」
大柄な男の腕が、勢いよく何かを貫いた。
「あっ...くぅ...」
そう苦しそうに呻くテスタの胸から、真っ赤な華が咲いた。