魔王と決戦、それから産婦人科
時は暗黒時代、人類と魔族の領土争いが激化。各地で戦争が絶えなかった。
何百年も大昔の話、人類だけの惑星だったが魔族と呼ばれるものたちが次元を超えて侵攻してきた。理由はわからない、話は通じるが和睦の交渉は決裂。それ以降、人類と魔族の全面戦争が続いている、との言い伝えがある。
事実、争いは何百年と続いてきた。
しかし、徐々に魔族の強力な魔法と身体能力に人類は衰退していった。惑星アースの2/3が魔族に侵攻されていた。
人類最後の希望、勇者アマネス。
強力な魔法を操り天変地異すら起こし、剣技は目にもとまらぬ早業。
人類は魔族の頭、魔王を打破すべく一縷の望みを勇者たちに託したのだ。
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魔王城と名付けられた魔王の住む場所は標高3000m以上ある山の頂にある。
ふもとから登るとき、空は暗雲立ち込めていた。頂は雲の上にあるため、晴天が美しい。
勇者、魔法使い、戦士、僧侶の一行は長旅を終え、ついに山の頂にある魔王城へと到着した。
魔王城は黒と灰色のレンガ調、シンメトリーの構造になっているようだ。
入口と思われる大きな門を開き、勇者たちは歩みを進める。
門から入ると廊下は大きな1本道、壁にほの暗い紫色の松明が燃え足元を照らしている。
この大きな廊下を進むと魔王のいる一室にたどり着く。これは事前に調べ、知っている情報だ。
地図は古代魔道具「魔フォン」という四角い液晶のついたものに記録してある。
古代魔法具は、今は製造できないオーパーツ。貴重な代物である。勇者という肩書のもの、貸し出されている。
「変だ。」
ぽつりと勇者アマネスは呟く。勇者の証である勇者の剣を腰に携え、前を見据える眼は青色。髪は長い旅の間切る暇がなく、無造作に後ろに束ねている。
「そうね、静かすぎる。」
勇者の一歩後ろを進む魔法使いミーシャはうなずき同意した。彼女は旅の中でも身だしなみを整えている方だった。美しい茶髪は肩までに揃え、前髪も眉までに切りそろえている。光る翡翠色の眼光は、隠された罠を見逃すまいと四方を忙しなく動いている。
これまでの長旅では魔王の手下に行く手を邪魔されながらも打破してきた勇者一行は、魔王城でも妨害が入ると予想していたのだ。しかし、罠も何もなく実にあっけらかんとしていた城内を不信に思っている。
「油断させる罠かもしれない。気を引き締めていこう。」
一同は無言で勇者の言葉にうなずいた。
しかし結局なにもなく、魔王のいる部屋の前まで無事についたのだった。
「よし、開けるぞ・・・ツ!」
部屋の扉を開ける前に、扉がひとりでに開く。否、開けているのだ。中にいる城の主が。
「警戒しなくてもよい。この城にいるのは我輩、ただの一人である。」
低い重みのある声色が広い部屋に響く。一人しか話していないのにひどくプレッシャーのかかる重低音だった。
ほの暗い紫色の松明が壁に掛けられている。部屋の奥に大きな玉座があり、肘をついて男が座っている。
「勇者アマネス、それがお前の名前だな。」
問いかけながらゆっくりと立ち上がる。背丈は2mもありそうな巨体、額から2本の黒い角をはやした黒ずくめの衣装を纏う男。黒の長髪が腰まであり、前髪は左目を隠している。見える右目は黄色に輝いている。
「いかにも、我が名はアマネス。魔王ゾラアークよ、いまお前を打ち破り人類を救うのだ!みんな、行くぞ!」
腰にある勇者の剣を引き抜く。眼光鋭く、魔王のみを見据えている。
「補助は任せて!」
魔法使いミーシャが床に手をつき、アマネスへと筋力増強補助魔方陣を展開する。
「アマネス様、この世界をお救いください!」
僧侶アミンが杖を胸の前で持ち、魔力を使って祈りをささげる。この魔法の祈りによって、戦闘時の痛み軽減と正常な精神状態を維持する。
「人類最後の希望、勇者アマネスとその仲間・・・。お前たちをわが手で葬り、世界をわが手におさめてみせよう!」
魔王はそのまま右手を払い、紫色の人の顔程もある火球を3つ生み出し、勇者たちへと撃つ。
火球の速度は早く、人体に当たれば大怪我を負うだろう。
しかし、勇者たちは逃げることはしない、なぜなら味方を信頼しているからだ。
大盾を持った屈強な大男、戦士グラトスが前に立ち火球を防ぐ。
「なめられてんなぁ!こんなもん効かねぇぞ、おらぁ!」
にやりと笑い、余裕だと笑みを浮かべる。ただ、その心情は表情とは裏腹に焦りを感じていた。
(くそ、今までの魔族の魔法とは威力が違いすぎる。盾は壊れちゃいねぇが時間の問題かもな。)
「はっはっは、こんなもので倒れられても困る。・・・さぁ、お前たちの力を我輩にみせてみろ!」
魔王は右手を前に開いたまま突き出す。何もない空間に細身のレイピアが浮かび上がる。空間魔法で魔王の剣を取り出したのだ。
人類と魔族の未来をかけた決戦が始まった。戦いは何時間も続いた。
長く続けば続くほど、お互いに疲弊していった。仲間が一人、また一人と倒れていく。生死を確かめている暇もない。
魔王も魔力が豊富、身体が丈夫とはいえ四六時中消費しているといずれ底がつく。
魔王城も戦闘によってほぼ崩れ、空が丸見えになっていた。
晴天は夜へと移り変わっていた。美しい満月が二人を照らしている。
ついぞ立っているのは魔王と勇者の二人になってしまった。
もはや気力で立っているのみ。いつ倒れてもおかしくはなかった。
勇者の剣を構えているが、しかしその切っ先は左右に頼りなく揺れている。
「おれは、ぅう、負けるわけには、いかないんだ。お前だけは、必ずこの手で・・・。たとえ、おれが死のうとも!」
最後の力を振り絞り、光の魔力を勇者の剣へと集める。勇者の命を削った光の魔力。刀身は輝き、まばゆい白い光を放っている。
「フゥ、フゥ、吾輩も負けるわけには、いかないのだよ・・・。ぬううぅ!」
対する魔王も、闇の魔力を剣へと強く込める。禍々しい黒が刀身を染め上げ、見るものを吸い寄せるようにうごめいている。
「「これで最後だ!!勇者(魔王)!!」」
お互いが走り、剣をふるった。光と闇、いまだかつてない魔力が交わった。轟音とともに大爆発が起きる。それは光と闇、交わることのない魔力が強い想いとともに混じりあった結果だった。
爆発は山を消し去った。円状に削がれた大地に転がるなにかがある。
爆発の中心、そこに上半身のみとなった魔王の姿があった。いや、手もなくほぼ胸板と頭のみの「姿を上半身と称してよいのだろうか。
「吾輩は勝ったのだな。長く続いたこの戦いに、ついに。ぬはははは、はっはっははっは!!この姿から戻るのは時間がかかるな、いや、なんの数か月の話だ。これまでの過ぎし年月に比べれば。ぬははははは!!!」
血だらけの肉塊が笑う。勇者の姿は無い。山一つ消し去る爆発に、人類は耐えられるわけもなかった。
「ぬははははは、この星の生命力は我らがもの。いつか途絶えた時はまたどこかの星を目指して旅立とうかぁ!ぬははははは!」
この日、人類は敗北への一歩をまた確かに踏み出した。
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(おれは、生きているのだろうか。)
ふわふわとした何かに包まれている。目を開けようと、体を動かそうとしても何も動かない。
(それに息が、息ができない。おれはしんでいるのか、人類は勝ったのか?)
ひたすらにもがいていると、突然光に包まれた。
「おぎゃああああああああああ!!!(なんだぁあああああああ!!)
目を開いたがぼんやりとしていて、状況把握ができない。
「ぎゃああああああああ、おぎゃああああああああ!!!!」(どこだここは!!我が名は勇者アマネスだ
!)
ふいに抱きかかえられるような感覚、何者かの顔が近づいてくる。
ぼんやりとしながらも見えた、女性が笑顔で涙を流している。
おれはどうしてしまったというのだろうか。