第6話 決着
その後、僕らは順調に勝ち、迎えた三回戦。
「よう、どこかで当たるだろうとは思ってたが、まさかここで当たることになるとはな」
相手は、『ためパンチ』の林くんと・・・?
もう一人の方は見覚えがない。ここにいるってことは同じ学年のはずだし、肩を越すほどの長髪が目立っていて、一目見れば忘れないと思うけど。
「これはまずいッスね」
記憶を探り思案していると、隣で九部くんがバツが悪そうな表情を浮かべ、そう呟いた。
「何がまずいの? 九部くん」
「林くんの隣りにいるのは、松本くん。メソッドは『ノット・フィール・ア・サイン』。自分の気配を消すことができる能力ッス。ちなみに、同じクラスッスよ」
「え?」
クラスメイトなのに知らないなんてことがあるだろうか。
「松本くんは常時メソッドを発動して、誰からも認識されない世界を生きている人ッスからね。林くんもどうやって見つけてきたッスかね。まあ、それは今気にするところじゃないッス。問題は、松本くんのメソッドが、ボクらの戦法と相性が最悪ってことッス」
「そんなに悪いの?」
「松本くんの『ノット・フィール・ア・サイン』は、気配を断つと言えば軽く聞こえるッスが、実際はほぼ姿が消えて目に見えないほどの気配断ちッス。一度でも視界の外に行けば、あとはもうどこから来るかわからない攻撃に備えることになるッス」
なるほど。九部くんへの攻撃を僕が守るのが、僕らの基本戦術だったけど、その守るっていうことが困難な相手ということか。
確かに、目に見えない、どこから来るかもわからない攻撃から九部くんを守る自信はない。
「よーし、いいか松本。今までは遊ばせてたが、ここで働いてもらうぞ。そのためにお前と組んだんだからな」
「う、うん。頑張る」
林くんの言葉から推察するに、松本くんは僕らと戦う時用に用意した秘密兵器らしい。九部くんの反応や言葉を見るに、この上なく効果的な秘密兵器だ。
「メソッドバトル、始め!」
そして、メソッドバトルが始まった。
「とにかく、常に松本くんを見て、視線を外さないようにするッス」
「うん。わかった」
九部くんの言葉に従い、松本くんを見る。
あとは視線を切られないようにだけ、注意して―――。
「おらおら! 俺もいることを忘れんなよ!」
松本くんに注意を払っていたところに、不意に林くんの攻撃が襲ってきた。
慌てて九部くんを守った僕は、松本くんから視線を外してしまう。
松本くんがいた場所に視線を戻すと、既にそこに松本くんの姿はなかった。
しまった。これでもう、松本くんがどこにいるかはわからない。
ただでさえ林くんの攻撃が続く中で、さらにどこから来るかわからない松本くんの攻撃を防ぐ。
できるのか、僕に。そんなことが。
「一ノ宮くん。慌てちゃ駄目ッス。松本くんはボクが見てるッス。攻撃する様子はないッス」
「ありがとう、九部くん」
九部くんの言葉に、冷静さを取り戻す。
とはいえ、状況は明るくない。
僕は林くんの攻撃を抑えるので手一杯、九部くんは松本くんの監視で動けない。つまり、攻撃の手が足りない。
なんとか九部くんの手を空けて、林くんか松本くんに攻撃できる機会を作らないと。
それには、僕が相手二人の攻撃をまとめて防げるようになるのが、一番いいんだけど。
さて、どうしよう。
次の手を考えていたら、林くんの攻撃が止んだ。
息をも尽かせぬ連続攻撃で、さすがに疲れたのか、肩で息をして呼吸を整えている。
そうか。林くんの攻撃が激しすぎて気が回らなかったけど、あれだけ激しい動きをしていれば、いつかは限界が来るんだ。
これは、チャンスかもしれない。
僕は、九部くんの守りで手一杯で、その場を動けないフリをすることにした。
程なくして、呼吸を整えた林くんが、攻撃を再開する。
まずは、この攻撃を全部受け止める。
そして、林くんが疲れて攻撃の手を止める、その一瞬。
僕は『全てが偽になる』の発動を解除した。
そして、疲れて動けない林くんに、軽い一撃を見舞った。
「なんだと?」
呆気に取られた林くんが状況を理解するよりも早く、僕は『全てが偽になる』を発動する。
「お前、そのメソッドが発動している間は攻撃できないんじゃなかったのか!?」
「発動している間はね。だから、一瞬だけ発動を解除したんだ」
気が付かれて反撃されていれば、逆にこちらの負けが決まっていた。一種の賭けだったけど、どうやら上手くいったみたいだ。
「ちっ。松本ぉ! お前なんかできねえのか!?」
「さっ、さっきから何度も、何度も仕掛けてるのに、全然駄目なんだ。こ、こいつ、全然ぼくを感覚の外に、や、やらないんだ」
松本くんが、憎らしげに九部くんを睨む。
松本くんには悪いけど、今回は相手が悪かった。
九部くんの見る力は、並外れてる。メソッドが、見て記録するものだっていうこともあるけど、持って生まれた解析力が、根底を押し上げてるんだ。
見ることに集中した九部くんの視界から逃れるのは、常人には難しい。
勝利を決める一撃が入ったことと、次の手を失くしたことで、諦めたのか、その後、林くんと松本くんは攻撃してこなかった。
そして、僕らはメソッドバトルに勝利した。
悪態をつきながら体育館を後にする林くんと松本くんの後ろ姿を、僕らは見送る。
綱渡りみたいなシーンもあったけど、とにかく、勝てて良かった。
その後も勝ち続け、僕らはいよいよ決勝に駒を進めた。
「まさか、ここまで来れるとは思ってなかったッス」
「僕もだよ」
体育館に移動しながら、僕らはお互いの健闘を称える。
決勝戦。
相手は、羽田くんと山吹さんのコンビだ。
ここまで試合をする中で、実際の試合は見てないけど、その強さは響き渡っていた。
攻撃を食らえば食らうほど自分の攻撃力が上がる羽田くんと、失った体力を回復することができる山吹さんのコンビ。誰が聞いても、相性が良すぎる。
「一ノ宮くんと九部くんが決勝の相手だなんて、思わなかった」
「自分のことだけど、僕もそう思う」
「正々堂々。良い勝負にしようぜ」
「やるッス」
「メソッドバトル。始め!」
先生の声を合図に、最後のメソッドバトルが始まった。
始まった。のだが―――。
「?」
僕たちは、見合ったまま、誰も動かなかった。
困惑した空気が、会場に流れる。
「そうか。ボク達、基本戦術が同じなんスね」
九部くんの言葉で、この状況の合点がいった。
僕らが今まで勝ち上がってきた、その基本的な戦い方は、攻撃に対して無敵な僕が九部くんを守って、隙を突いて九部くんが攻撃する、というもの。
対して、おそらくだけど、羽田くんと山吹さんの基本的な戦い方は、羽田くんが山吹さんを守って攻撃を一手に引き受け力を溜めて、折を見て攻撃に移る、というもの。
つまり、どちらも開幕から攻撃はしないということだ。
合点がいった、のはいいが。この状況、どうしたもんだろう。
九部くんを守りつつ、二人のどちらかに攻撃ができる距離まで近づいて、なんとか一撃入れられないだろうか。
「九部くん、どう思う?」
「このまま見合っててもしょうがないッスからね。なんとかやってみるッス」
この期末試験トーナメントが始まって初めて、僕らは先制のために動いた。
しかし、相手もそんなことは承知の上だったようで、近づけば近づくほど、距離を離されてしまい、なかなか攻撃ができる間合いに入れない。
距離の探り合いが続く。
決定打がないまま、時間だけが過ぎていく。
このまま試合終了になるかと思ったその時、不意に動きがあった。
羽田くんと山吹さんが同時に動く。
同時に攻撃することで僕の守りを掻い潜るつもりだろうか。
それなら甘い。その作戦で攻撃してきた人は前にもいたが、僕の守りはその程度の攻撃で潜れるほど簡単じゃない。
僕は二人の攻撃を、難なく防いだ。
この試合始まって以来の、攻撃のチャンスだ。
この間合いなら、どちらも攻撃できる。やはり、ここは攻撃を食らうほど攻撃力が上がってしまう羽田くんより、山吹さんを攻撃するべきか。
僕は九部くんに目で合図を送る。
九部くんも同じ考えだったようで、合図にうなずくと、山吹さんを攻撃した。
よし。これで僕らの勝ちに一歩近づいた。
そう思った、まさにその瞬間。
「『ナイチンゲール・ギフト』」
攻撃した九部くんの手が体から離れるより早く、山吹さんがメソッドを発動。九部くんが山吹さんに与えたダメージより大きいダメージを、九部くんが負った。
僕らは慌てて距離を取り、状況を確認する。
「大丈夫!? 九部くん、今、何されたの!?」
「わからないッス。何かが流れ込んでくるような感覚があったッスが」
「攻撃? そんな、でも山吹さんのメソッドは体力を回復するメソッドのはずじゃあ」
困惑する僕らだったが、驚いていたのは僕らだけじゃなかった。
「なんだよ、山吹。本当にすげえもん持ってんじゃねえか」
チームメイトのはずの羽田くんも、驚いていた。
「本当は使いたくなかったんだけど、そうも言ってられなそうだったから」
本意ではない、というように肩を落とす山吹さん。
「そうか。スーパークラスッスね」
「スーパークラス?」
「聞いたことないッスか? メソッドは、一つの能力の中に、いくつもの可能性を秘めているッス。元になるメソッドの力を受け継いだ別のメソッドのことを、スーパークラスと呼ぶッス」
「じゃあ、今の山吹さんの攻撃も?」
「おそらくは、『ナイチンゲール』の力を使った、スーパークラスの攻撃ッス。そんなものを山吹さんが持っていたなんて、調べが足らなかったッス・・・」
山吹さんの反応を見るに、今まで隠し通してきたメソッドのはず。それを、自分の調査不足だったと落胆する九部くん。
かける言葉も見つからないまま、時間だけが過ぎていく。
そして、僕たちは期末試験トーナメントが始まって初めて、試合に負けた。
「それで、そのメソッドのことッスが。発動条件は、対象が体に触れることッスか?」
「う、うん。カウンターで発動するの」
試合後。早速、九部くんは山吹さんを質問攻めにしていた。
転んでもタダでは起きないあたり、たくましいと思う。
「ヒトケタ、いや、一ノ宮」
「なに? 羽田くん」
「今回はスッキリしない試合だったからよ。また今度機会があったらバトルしようぜ」
「うん」
僕と羽田くんじゃ、羽田くんの思うスッキリする試合展開には絶対にならないと思うんだけど。
という言葉を飲み込んで、僕は素直に頷いた。健闘を支え合う空気に水を差すのは申し訳ないと思ったからだ。
「じゃあな」
「うん。またね」
こうして、入学して初めての、メソッドバトルによる試験が終わった。
学園は、夏休みを目前に控えた、どこか浮ついた空気に包まれていく。
委員会にも入ってない、帰宅部の僕にとって、夏休みなんて、何のイベントもない単なる長い休みだ。
そう思ってた。この時までは。