第2話 この子の16のお祝いに
「九部くーん。帰ろー」
その日の放課後、帰り支度を済ませた僕は、窓際の九部くんの席に声をかけに行った。
「一ノ宮くん。今日もやってるみたいッスよ。あれ」
九部くんの言葉に促されて、窓から外を覗き込む。校門のあたりに何人か人が集まって、通る人に声をかけている様子が見えた。
「あれかあー。裏から帰れるかな」
「裏にも人がいるかもしれないッス」
あれというのは、上級生が主導してやっている検問のことで、そこを通るには通行料を支払わなくてはいけない、というものである。
僕達は、一縷の望みをかけて、裏門に向かった。
裏門に着いた。幸い、検問を行っている様子はない。
このまま、通り抜けてしまおう。
そう思って足を早めた瞬間。
「よう、ヒトケタじゃねえか」
最悪なことに、裏門の外側に上級生がいた。こちらでも、しっかり検問が行われていたらしい。
「ここを通るからには、わかってるよなあ」
わかんないです。
とも言えず、僕は財布を開いてお金を取り出した。
先輩は、そのお金で納得してくれたようで、僕と九部くんを通してくれた。
情けないことこの上ないが、僕は自分の身の安全を金で買っているのだ。
ああ、いつかこんな生活から抜け出したい。
具体的な策も見えないまま、僕はいつ来るかもわからないいつかの日に思いを馳せて、家に帰った。
そんな日常の日々が続き、僕は誕生日を迎えた。
その日の夜、夕飯の後。
「圭大。ちょっと来なさい」
呼ばれて部屋から出ていくと、リビングのテーブルに父さんが座っていた。
なんだか物々しい雰囲気だ。
「なに?」
「お前ももう16歳だ。これから、お前に一つメソッドを伝える」
「メソッド? でも、教えてもらっても僕の桁数じゃ使えないだろ?」
「大丈夫だ。このメソッドは、型さえ合っていれば、桁数に関係なく使える」
「へー、そんなメソッドもあるのか」
「手を前に出せ」
僕は右手を前に出し、父さんと握手をした。
「いいか? 伝えるぞ」
父さんがそう言って目を閉じると、父さんと触れている右手から何か暖かいものが自分の方に流れ込んでくるのを感じた。
右手から全身に暖かさが広がり、やがて消えていく。
「よし、これで伝えられた。使い方はわかるか?」
生まれて初めてのメソッド。何も知らないはずなのに、なぜか直感的に使い方が理解できる。
頭の中に浮かぶイメージ。電灯のスイッチをオン・オフする要領で、僕はメソッドを発動させた。
発動させたと同時に、何か全身が暖かく柔らかいものに包まれる感覚に襲われた。
「使い方はわかったけど、どういうメソッドなの? これ。中身まではわからないよ」
「メソッド名は『全てが偽になる』。このメソッドの前では、全ての攻撃が無効化される」
「全ての攻撃が無効化される?」
意味がわからず、オウム返しに聞き返してしまった。
「あらゆるメソッド、あらゆる動作、とにかく全てだ。このメソッドにかかれば、全て無意味なものとなる」
「ふーん?」
なんだかよくわからない。
「俺も今『全てが偽になる』を発動している。母さん、ちょっといいか?」
「はーい」
父さんに呼ばれた母さんが、玄関に置いてあった野球のバットを持って、リビングに入ってきた。
「やってくれ」
「いくわよ?」
「ああ。大丈夫だ」
父さんがそう言うと同時に、母さんが手に持ったバットを振りかぶり、父さんの肩のあたりを狙って振り下ろした。
振り落とされたバットは、思いっきり父さんに命中したように見えたが、何の音も立てず、父さんも微動だにしていない。
「見ての通りだ。衝撃、痛み、このメソッドは、そういった自分に加えられた害の全てを、無かったことにする」
なるほど。先ほどから感じている、この全身が何かに守られているような感覚は、そういうことだったのか。
「だが、気をつけなければいけない点もある。このメソッドは、危害を加えられた時だけでなく、こちらから衝撃を生んだ場合にも作用する。発動中は、自分のあらゆる攻撃動作が相手には決して届かない」
「じゃあ、例えば僕が今母さんに殴りかかったりしても?」
「ああ、母さんは何の痛みも感じない」
「対象は人だけ? 例えば、壁を殴ったりしたら?」
「今母さんのバッドでも見た通り、無機物に対しても作用する。壁を殴ったとしても、殴った手も殴られた壁も傷つくことはない」
「歩いた時に、地面を踏むけど、それは?」
「このメソッドは害あるもののみに反応する。日常動作は特に問題ない」
「害あるものって、じゃあ道で転んだりしたら?」
「それも無効化されて、痛みを感じることはない。試したことはないが、隕石が直撃しても無事だと思う」
「凄い。強力なメソッドだ」
何も構えてない素直な感想が、口から漏れた。
「俺は試したことがないが、医療行為、例えば病院で手術されるときのメスによる執刀なんかにも場合によっては作用するかもしれない。基本的にメソッドは切っておけ。病気で死にたくなければな」
「わかった」
言われるが早いか、頭の中にあるスイッチをオフにする。
全身を包む、不思議な感覚が、消えていくのを感じる。
「話はこれで終わりだ」
「うん。えーと、あ、ありがとう?」
こういう時なんて言えばいいのかわからなくて、とっさに出た感謝の言葉が疑問形になってしまった。
「どういたしまして」
僕は自分の部屋に戻った。
そしてその後。僕はクリスマスプレゼントを貰った年端もいかない子供のように、布団の中で何度もメソッドを発現させては消して、遊んだ。