第1話 ここから始まる
僕の名前は一ノ宮 圭大。この春から、バトプラ学園に入学した新入生で、もうすぐ16歳だ。
「一ノ宮くーん。遅刻するッスよー」
家の外で僕の名前を呼んでいるのは、九部 守くん。メガネがトレードマークの小学校の頃からの幼なじみだ。
「ごめん九部くーん。今行くよー」
僕は鞄を手に取り、家を出た。
「おまたせ」
「早く行くッスよ」
九部くんと二人歩く、いつもの登校風景。
一駅分の距離を、他愛もない会話を交わしながら、並んで歩く。
一見すると、とても平和だ。いや、実際に平和な通学路ではあるのだが、僕の心持ちは暗い。
その心持ちは、学園に着いたところで、最大限に暗くなる。
それというのも、
「おいヒトケタ。パン買ってこいや。お前の金で」
これである。
ヒトケタというのは、僕のあだ名だ。
端的に言うと、僕はいじめられている。学校という名の枠組みの、最下層にいる。
そして今日も、僕は朝から購買で食べもしないパンを買うのである。
これが、僕が朝から暗い気持ちになる理由だ。
悔しいし、抵抗したい気持ちはあるが、僕のあだ名が示すように、僕の桁数は最弱の1。戦ったところで、勝てる見込みはない。
ちなみに、九部くんの桁数は10。一般の人の平均的な桁数は30くらい。多くて50がせいぜい、といったところだ。
平和主義で同じくいじめられっ子の九部くんでも、僕の10倍は強い計算になる。
ほとんどの人がイントかキャラという型を持つ中で、僕はブールという、世界でもまれに見る希少価値の高い型を有しているというのが、せめてもの慰めだが、強さが物を言うこの学園において、希少価値の高さで勝負しても、あまり意味はない。
僕は購買で買ったパンを持って、教室に戻った。
「買ってきました」
「遅えよ。もっとしゃっきり買ってこいや」
しゃっきり買うって、何だよ。
あまりにも理不尽な物言いに、ついツッコミが口から出そうになるが、グッと我慢する。
悲しいかな、これが僕の日常だ。
「おい、校庭でバトルが始まるぞ!」
慌てた様子で教室に駆け込んできた生徒の言葉に、教室内がにわかにざわつく。
「またか、今度は誰だ?」
「例の一年と、二年の先輩だ」
「よし、見に行ってみようぜ」
やじ馬根性が旺盛な生徒が、校庭に向かって駆けていく。
「九部くん。行ってみよう」
「そうッスね」
僕はというと、ご多分に漏れず興味津々なので、走る生徒の一部になって校庭を目指した。
「先輩。今日は俺が勝たせてもらうぜ」
「言ってろ」
校庭の中心で向かい合う二人。どうやら、まだバトルは始まっていなかったようだ。
対峙している二年の先輩は知らない人だが、もう一人の一年生は有名な人なので知っている。
羽田 結輝。入学早々「俺はこの学園のてっぺんを取る!」と高らかに宣言し、その言葉通り、暇を見ては有力な上級生に喧嘩を売っているので、ちょっとしたトラブルメーカーとして知られている。
「行くぜ!」
メソッドバトルの始まりだ。
メソッドについて説明しておこう。この世界では、誰もがメソッドと呼ばれる能力を持っている。内容は様々で、学園で流行っているメソッドバトルに使われるものもあれば、日常生活で役に立つようなものもある。メソッドは自分で作り上げる他に、誰かから教わったりして身につけることができるが、そのメソッドを使うにはそれに応じた型と桁数が必要であり、どんなに強いメソッドでも、自分の型に合ってないものや、桁数が足りない場合は、それを使うことはできない。
メソッドバトルについても説明しておこう。メソッドバトルとは、相手の体力をゼロにしたら勝ちという、単純なものだ。体力はライフメモリと呼ばれる腕に付けられた端末で管理されていて、痛みの肩代わりをする機能もあるので、格闘ゲームのように、最初は100から始まる体力がゼロになるまでは全開でバトルすることができる。体力を減らす手段としては、相手の体への直接的な攻撃が主な方法となる。メソッドバトルに人数の制限はなく、一対一でバトルすることもあれば、百対百で戦うことも、一対百で戦うこともできる。世界大会もあり、老若男女別け隔てなく興じれる、世界一ポピュラーな娯楽だ。
羽田くんと二年の先輩のバトルに話を戻そう。
「食らえ!」
先輩は、離れた位置から、羽田くんに向けて人差し指を向けた。間髪入れずに、その指先から何か黒い小さな塊が、羽田に向けて飛んでいく。
羽田くんは、その弾丸を避けもせず、ただ防御の姿勢を取って、その場に立ち尽くしている。
「俺のメソッド『フィンガーファイア』は飛び道具のメソッドだ。接近戦しかできないお前に勝ち目はないぜ」
先輩の言葉通り、羽田くんは先輩に近づくこともできず、防戦一方の状態だ。
「確かに。相性はよくないッスね」
「そうなの? 九部くん」
九部くんのメソッド『データベース』は、一度見た相手の能力を記録しておけるメソッド。メソッドについての知識で、九部くんの右に出る者はいない。
「羽田くんのメソッド『喧嘩上等』は、相手の攻撃を食らえば食らうほど自分の攻撃力が上がるというメソッドッスが、羽田くんは他にメソッドを持っていないので、攻撃するには素手で相手を直接攻撃しないといけないッス。このまま距離を取られて戦われたら、何もできないまま体力がゼロになって負けてしまうッス」
九部くんが言い終わるのと同時に、羽田くんのライフメモリから警告音が発せられた。羽田くんの体力が残り少ないことを示す音だ。
「ほらほらどうした! もう終わりか!?」
調子を上げた先輩が、羽田くんに連続攻撃を仕掛ける。
そして、誰もが羽田くんの負けを確信したその時。
「・・・よし」
これまで防御の姿勢を崩さなかった羽田くんが、不意に動いた。この試合始まって以来初めての、攻撃の姿勢だ。
「そんな離れたところから何ができるっていうんだ?」
先輩は、お構いなしに弾丸を放つ。
次の瞬間。
「おらあ!」
羽田くんが、強く地面を蹴り飛ばし、一瞬で先輩の目の前に移動した。
そしてそのまま間髪入れずに連続攻撃。すべての攻撃が、先輩に直撃した。
「な、に?」
そして、先輩のライフメモリから、体力ゼロを告げる音が鳴る。
羽田くんの勝利だ。
「お前、今何をした?」
「俺の『喧嘩上等』で上がった攻撃力は、移動にも応用できるんじゃないかと思って、昨日メソッドに手を加えたんだ」
「なるほどな。防戦一方に見えたのは、機をうかがっていただけってわけか。負けたぜ」
試合終了だ。
羽田くんが勝つところを初めて見た。
「羽田くんのメソッドの情報を更新しておかないといけないッスね」
九部くんが、早速『データベース』に今見たメソッドの情報を記録していく。
そうこうしているうちに、授業開始の鐘がなり、校庭に集まっていた人々は慌てて校舎に入っていった。