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第14話 まさかまさかの

 何事もなく時は過ぎ、2月。

 今日はバレンタインデーだ。

 毎年何事もない日。きっと今年もそうだろう。

 そう思ったが、部室に顔を出せば、マメな桜井先輩が義理チョコくらいくれるかもしれない。

 そんな期待をして一日を過ごし、放課後。

「一ノ宮くん。ちょっといいかな」

 部室に向かっていると、山吹さんに呼び止められた。

「どうしたの? 山吹さん」

「はい、これ」

 なにやら包み紙を手渡される。

「え、これって」

「うん。バレンタインデーのチョコです」

「あ、ありがとう」

 まさかの贈り物に、挙動不審になる僕。

 友チョコってやつだろうか。それにしては、包装が凝っている気がするけど。

「えっとね」

「うん?」

「一応、本命って感じなので」

「え?」

「お返事貰えると、嬉しいなって」

「ええ?」

 ちょっと待ってちょっと待って。

 なんだ、何が起きてるんだ。

 僕の頭の理解力では追いつかない事態が起こっている。

 自分の心音がうるさい。

 ああでも、山吹さんが僕の返事を不安そうに待っている。

 早く。早くなにか言わないと。

「あ、えっと」

 返事? 返事なんて、決まっている。

「あ、ご、ごめんね。急だったよね。返事、いつでもいいから」

 この場の空気に耐えかねてか、場を去ろうと踵を返す山吹さん。

「待って!」

 僕は、そんな山吹さんを呼び止めた。

「今、返事するよ」

「う、うん」

「ありがとう、山吹さん。僕も好きです。付き合ってください」

 山吹さんの目をしっかりと見ながら、自分でも驚くくらい滑らかに、言葉が口を出た。

「あ、よ、良かったあ」

 胸をなでおろす山吹さん。

 漂っていた緊張感溢れる空気が、緩んでいく。

「断られたらどうしようかと」

「断るなんて」

 二人、顔を合わせて、見つめ合う。

「え。えっと、不束者ですが」

 ぺこりと、頭を下げる山吹さん。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 どことなくぎこちない、やり取り。

 二人して、ここからの定石がわからず、さぐりさぐりの攻防が続く。

「えっと、じゃあ、部活行こうか」

「うん」

 恋人同士、というものになったのか。

 なんだか、まだ信じられない。

 でも、明らかに数分前とは違う空気が二人の間に漂っているのを感じる。

「本当に僕で良かったの?」

 そんなに好かれていたという自覚がなくて、ついそんな質問をしてしまう。

「もちろん。気づいてなかったかもしれないけど、だいぶ前から好きだったよ?」

「全然気が付かなかった」

 具体的にいつからなのか、少し気になったけど、そんな根掘り葉掘り尋ねるのも不躾な気がして、やめた。

 部室には、既に他の部員が全員集まっていた。

「どうぞ。バレンタインデーのチョコです」

 全員が座ったのを見計らって、桜井先輩がチョコを配る。

 ひと目見て義理とわかる、簡素な包み。

「ありがとうございます」

 直前に貰った本命チョコの衝撃が強すぎて、桜井先輩のチョコが、なんだか頼りなく思える。

「ありがとう。おや? 私の包みは他のみんなと違うようだが」

 その言葉通り、明らかに大きさの違う包みが、部長の前に置かれている。

「本命ですから」

 淡々と、特に何があるわけでもないという風に、桜井先輩は言った。

「そうか。うむ。どうもありがとう、桜井くん」

「どういたしまして」

 熟年の夫婦かのようなやり取りをする二人。

 え? どういうことなんだ? これは。

 今、桜井先輩の告白が行われたんじゃないのか?

 混乱する僕。

「早く付き合っちゃえばいいのにね」

 そんな僕のもとに、山吹さんから追加情報がもたらされた。

 早く付き合っちゃえばいいのに。

 ということは、二人は恋人同士というわけではなくて?

 駄目だ、これじゃ混乱が拡がっただけだ。

「去年の秋頃、桜井先輩が告白したんだけど、部長は返事を保留して、今に至るって。知らなかった?」

 目に見えて混乱している僕に、山吹さんの助け舟。

「全然知らなかった。九部くん、知ってた?」

「いや、知らなかったッス。松本くんは知ってたッスか?」

「ぼ、ぼくもし、知らなかった」

 ありがたいことに、知らないほうが多数派だった。

 こうなってくると、なんで山吹さんは知ってるのかというほうに興味が湧いてくる。

「みんな駄目だなあ。もっと人の心の動きに敏感にならないと」

 お叱りを受けてしまう三人。

「さて、今日まで引っ張ってしまったが、今日は次期部長を決めたいと思う」

 何事もなかったかのように、部長が話を進める。

「といっても、ほぼほぼ桜井くんで決まりなわけだが、反対意見はあるかな?」

 口をつぐむ一年生四人。

「よし、じゃあ決定だ。桜井くん、斉藤さいとうくんも帰ってくるから、二人で連携して下級生の面倒をよろしくな」

「はい」

「斉藤って、誰ですか?」

 急に聞いた名前に、つい疑問が口をついて出る。

「ああ、斉藤くんは桜井くんと同じ二年生の部員だ。今は海外に留学に行っていて、日本にはいないが」

 そういえば、今まで気にしてこなかったけど、入部の時に他にも部員がいるっていう話を部長がしていたような気がする。

「幽霊部員は大半が三年生だったから、卒業していなくなる。これからはここにいるメンバーに斉藤くんを加えたメンバーがメインになるだろう」

 卒業。

 部長が何気なく口にしたその言葉に、反応する僕。

 そうか。もうあと一ヶ月もしたら部長は卒業して、その後、僕は二年生になるんだ。

 なんだか、今になって急に、実感が湧いてきた。

 本命チョコに新学年の風と、今日は何かとせわしない一日だ。

 その日の部活は、それで解散になり、僕は貰ったチョコを大事に抱えて家に帰った。

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