大きなミカンのぬいぐるみ
改稿しました。よろしくお願いします!
今からちょっと昔の話。
ここは町のぬいぐるみ屋。
ぬいぐるみ屋の店主は変わり物好きで、そこらじゃ売っていない変わったぬいぐるみを作りたかった。
それでも最初はクマやウサギ、ネコ、イヌといったところのぬいぐるみを作っていた。しかしすべて売り切ったあとは作るのをやめ、代わりにカラスやヘビ、ネズミにモグラなんかのぬいぐるみを作って店に並べていた。しかしまあほとんど売れなかった。常連の男は店主の考え込む姿を見て、モグラのぬいぐるみを一つ買っていった。
ある日、果物屋にそれはたくさんのミカンが運ばれた。どうやら果樹園でミカンが豊作だったらしい。その日みかんはそこそこ売れたけれども、とても売り切ることはできない量であった。そこで果物屋の店主は知り合いのところへミカンを持っていくことにした。
日がすっかり落ちて冷え込んできた頃、次はどんなものを作ろうかと椅子に寄りかかりながら店主は考えていた。するとそこへ仲良しの果物屋の店主が箱いっぱいのミカンを持ってやってきた。果物屋の店主というのはあの常連であった。外を見ると雪が降っていた。
店主と常連は店の奥の茶の間で一休みすることにした。座ってミカンを一つ手にとった店主は、ふと思いついた。
「なあ、ミカンのぬいぐるみというのはどうだろう」
「この、ミカンの?」
「ほら、ミカンはだいたいみんな好きだろう? これ丸っこくて可愛いし。それならミカンのぬいぐるみがあったらみんな喜ぶと思うんだ。そして何より、めずらしいだろう?」
この時、町でミカンのぬいぐるみを売る店などひとつもなかったのだ。
「……ふむ、たしかに」
常連はその考えを自分の商売へも生かせると考えた。
そうしてさっそく、ぬいぐるみ屋の亭主はミカンのぬいぐるみ作りに取りかかった。この男、作るぬいぐるみこそ不思議であったがその腕は確かで、ちょうどミカンに合う色の生地もたっぷりあったもんで作業はどんどん進んだ。その日ぬいぐるみ屋では夜通し灯りがついていた。
「よし、こんなもんだろう」
そうして完成したミカンぬいぐるみたち。
子供の手のひら大もの、それよりひと回り大きいもの、そしてここでも亭主の変わり物好きの心が働いて、一つはとくべつ大きなものを作った。それは両手で抱きしめられる大きさだった。
ミカンのぬいぐるみは好評だった。子どもからお年寄りまで、めずらしいものを売る店があるとウワサを聞きつけやってきた。みんな、めずらしいかわいいと言って見ていった。商売は繁盛。亭主も町のみんなも笑顔になった。
やがて西の空が茜に染まり出した。お客を店の中から見送ったあと、あの常連が店の表口から顔を出した。
「やあ、まだやってますかい」
「やあ、どうぞ入れ入れ」
二人はまた奥の茶の間へ行って話をしたりなにか飲んだりした。常連は今日はぬいぐるみ屋の効果があってか自分の店のミカンもよく売れたと話してくれた。それを聞いて店主は喜び、昨日もらったミカンを持って来ようと言って立って行った。
「いやあー、これも君がミカンを持ってきたおかげだねえ」
「そうですかい。けれども急にこんなにたくさん売れるのもなんだか不思議ですね」
「はあ……、言われてみればたしかに不思議だな」
そう言いながら店主は六つほどミカンを抱えて戻って来た。素直に不思議がる亭主が常連は少し可笑しかった。
「あれ、まだ見てないのですかい」
「なにを」
常連は店主を店の前へ案内した。
そこにはちょっと雪のついた立派なのぼりが二つ。『職人のお手製』と書かれたものと、ただ大きく『みかん』と書かれたものがあった。ぬいぐるみ屋の文字の屋根看板だけであった今までと比べて、一気に店が華やいで見えた。
「はあ、これはいったい……」
「僕が置いたんですよ。夜が空ける前に一度ここへ戻ってきたんです。そうしたら全然気づかないで作業台に向かっていたようで」
「へえ、まさかこんなものを作っていてくれたなんて……」
「余っていた材料をもらってきて、ちょっと墨で書いただけですけどね」
常連はちょっと照れくさそうに言った。
「いやあ、十分だよ」
店主は常連に対して、良いやつだなあと言って笑った。これは店にたくさんあったんで一つもらって来たのだと、常連はみかんと書かれたのぼりを指さして言った。そしてまた冷え込んできて、二人は店の中へ戻った。
「しかし、のぼりが立ったと言ったって、急にお客がこんなに増えるのかなあ」と店主は会計台の横のパイプ椅子にギッと腰掛けた。
「この辺りは元々人通りが多いんですよ。でもまあたしかに、今日はえらく繁盛していましたね」
常連は店の中のミカンのぬいぐるみを眺め、指でちょっとつつきながら言った。店主はその様子を見ながら、「やはり不思議だなあ」と言ったあと、ふと聞いた。
「それにしても君は本当にぬいぐるみが好きなんだなあ。あんなに買うんだから家の中はぬいぐるみでいっぱいか?」
その質問に常連はフッと微笑した。
「いいや、ちょっと事情があるんですよ。まあ事情といっても、これらを欲しがる子たちに配っているってだけなんですがね」
「へえ、そいつはすごいな」
後日、常連はぬいぐるみ屋の店主を連れて町の子ども園を訪れた。保母さんはいつもありがとうねと言って二人を子どもたちのいる部屋へ案内した。
「みんなー、今日はぬいぐるみ屋さんも来てくれたよ」
その常連、いや果物屋の店主の声に子どもたちが集まってきた。
「わー! 果物屋さんのおにいさんとぬいぐるみ屋さんのおじさん!」
元気の良いおかっぱあたまの女の子が来てそう言った。この子の名前はヨリ子といった。
「えー、コイツはおにいさんで、おれはおじさんかあ」と、ぬいぐるみ屋はちょっと困ったように笑った。
「ヨリちゃん、よく知ってるねえ」と果物屋がヨリ子に目線を合わせるようにしゃがむと、
「うん! 昨日おばあちゃんと買いに行ったの! あ、ちょっとまってねー」と言って何かを取りに廊下へ走って行った。
その間に男の子が寄ってきて、紙に描いた絵を二人に見せてくれた。
「こりゃあ上手いヘビだねえ。この模様なんてよく描けてる。ああそうだ、うちの店にもヘビのぬいぐるみを置いているんだよ」
ぬいぐるみ屋もその場に座って子どもたちに目線を合わせた。
「ほかにもたくさん変わったぬいぐるみがあるんだよ。今度来てみるかい」
すると果物屋はぬいぐるみ屋に近づいてコソッと言った。
「あのゲテモノぬいぐるみも、工夫すれば売れるかもしれませんね」
「確かになあ」
そうしているとヨリ子が「ほら見てー」と何かを抱きかかえて戻ってきた。それはぬいぐるみ屋の作った大きなミカンのぬいぐるみだった。
「あっ、それは! そうかあの時買っていってくれたのは君だったんだね」
ぬいぐるみ屋は思い出したようにそう言った。果物屋は見るのが初めてだったため、こんなものも作っていたのかとおどろいた。
「わたしねえ、このミカンちゃんたいせつなんだよー」とヨリ子は抱きしめて見せてくれた。
「そうかあ。そう大切にしてもらえたら、おじさんも嬉しいなあ」
ぬいぐるみ屋はその笑顔につられて余計に嬉しくなった。持ってきていたミカンのぬいぐるみを子どもたちに渡し、二人は見送られながら帰って行った。日は西に傾き始め、カラスも鳴き始めていた。
そしてある日の昼下がり、ぬいぐるみ屋へ果物屋の店主が息を切らしてやってきた。
「一体どうしたんだ?」
「ヨリちゃんが……!」
二人は雪のうすく敷かれた道を急いだ。子ども園が見えると、大人たちが散らばってヨリ子を探している様子があった。門のところまで行くと保母さんが駆け寄ってきて話してくれた。
「さっき子どもたちが教えてくれて、どうやらかくれんぼをしていて、そのまま見つかっていないんだそうで」
「ええっ、かくれんぼですか」と二人は揃った。
保母さんは私は大人たちへ伝えてくると言ってまた忙しそうに駆けて行った。
「そうか、ならあまり遠くへは行っていないはずだ!」
そう言ってぬいぐるみ屋は走り出した。走って行ったかと思うと急にぴたりと立ち止まり、それを見ていた果物屋がどうしたんだと聞くと、ぬいぐるみ屋は振り返って言った。
「これは、なんだ?」
果物屋が駆け寄るとなんとそこには、あの大きなミカンのぬいぐるみがふわふわと浮いていた。果物屋は思わずわっと声をあげた。ぬいぐるみ屋はミカンのぬいぐるみに顔を近づけてまじまじと見た。そして指をさして困った顔で、
「うーん、俺は夢でも見ているのか。なあ君もこれ見える?」
そうしているとミカンのぬいぐるみはスーッと前の方へ動き出した。
「ああっ、ミカンが動き出した! あれ、一体どこへ行くんだろう……?」
ぬいぐるみ屋はミカンを駆け足で追いかけた。それに果物屋もついていった。
「待ってくれ店主、そのミカンも気になりますが、ヨリちゃんを探さないと」
するとぬいぐるみ屋は何か閃いたかのように振り返った。
「なあこれ、ヨリちゃんのいる方へ案内してくれている気がする!」
果物屋は「ええっ?」と言って驚いたが、その後もついていった。
「何か分かったんですか?」
「ほら、これはヨリちゃんのだろう? それならきっと持ち主のところへ案内してくれるはずだよ」
「そんなことがあるんですか?」
「ああ、職人の勘だよ」
雪が降り始めた。それほど積もる前に、二人は裏にあった木小屋の扉を開け、物陰に隠れたダンボール箱の中でその暖かさにスウスウと寝てしまっているヨリ子を見つけた。
「はー、ヨリちゃんはかくれんぼが上手いなあ」
「本当ですね……」
無事に二人をヨリ子の居場所まで案内し終わると、ミカンのぬいぐるみはヨリ子の寝ているところにふわりと入っていった。
「キミ、これからもヨリちゃんを頼むよ」
とぬいぐるみ屋はその大きなミカンのぬいぐるみに残して行った。
二人は保母さんと大人たちにヨリ子の無事を伝えた。ヨリ子は大人たちの声に、目をこすりながら起きた。手元の大きなミカンのぬいぐるみはぎゅっと抱きしめられていた。
そうして二人はまたみんなに見送られながら帰っていった。もう辺りは夕闇が落ち始めていて、一番星もきらめき出した。歩きながら話をした。
「なあ、俺のぬいぐるみ屋が繁盛したのも、あのミカンのぬいぐるみたちのおかげなのかもしれんと思った」
ぬいぐるみ屋は頭の後ろで腕を組みながら言った。
「ああ、僕もそう思いました。しかし今日は驚かされましたよ。まさかあそこで勘に頼られるとは」
「まあ当たったんだからいいじゃない」とぬいぐるみ屋は適当そうに言った。
「けれども、あなたの作るぬいぐるみは不思議な力を持っているんですねえ。近いうち、僕の家でも何か良い事が起こるかもしれませんので楽しみです」
そう常連は少しニヤッとして言った。
「うーん、どんなことが起こるかねえ」とぬいぐるみ屋もニヤニヤとした。
角を曲がったところで、ぬいぐるみ屋はまたもや常連にふと聞いた。
「ああ、そういやキミんちのぬいぐるみはどれくらいあるんだ。俺の店で買ったやつで」
その質問に、常連は「えーっと」と指を折る動作をしてから答えた。
「二十七」
「へえ、そいつは多いなあ……」
それからも歩きながら他愛もない会話は続いた。
それからはミカンの他にも様々なめずらしいぬいぐるみを増やし、ぬいぐるみ屋は繁盛していった。
おわり。
読んでくれてありがとう!