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あなたがいることで

作者: こぼん

 私があの街を出て故郷に戻り、海辺に建つ白い建物の喫茶店で働くようになってもうすぐ1年。


 彼の元を離れた最初の3ヵ月くらいは、過ぎ去った日々を拾い惰性で毎日を過ごしていた。優しく気に掛けてくれた姿を、心から笑った笑顔を、拒絶され後戻りができない怒りの姿を。何度もなんども記憶をトレースし後悔ばかりして、あれだけ毎日顔を見ていたのに幻だったのかな?最後に覚えているのは、私を見ることもなく下を向きわざと視線を外した姿。そして記憶の彼の顔が少しずつぼやけていくのが、霞んでしまうのが嫌でいやでしかたなかった。


 それがほんの少しだけ変化したのは、祖母の勧めで働くようになったこの喫茶店。やはり家でぐずぐずしているよりは体を動かしている方が良いって感じた。いくらか気も紛れるし余計なことも考えずに済んだから。



 そして…桜が咲き日差しも柔らかくなる季節の朝。


 いつものように自宅から喫茶店までバイクを走らせていたらエンジンの調子が悪くなり、ついに止まってしまう。バイクを路肩に止め困っていたら声を掛けてくれたのが喫茶店の常連、佐々木さんだった。偶然車で通りかかり、彼は自分の車の車載工具を出してきて一生懸命私のバイクを見てくれた。結局すぐ直る故障でなかったようで、そのまま彼にお店まで送ってもらい、それが切っ掛けでそれまではほとんど会話をすることもなかったけれど、お店で少しだけおしゃべりをする様になった。


 佐々木さんはいつも、お昼午後1時ごろに日替わりのランチを食べに来店する。そして私が食事をテーブルに置くとありがとうございます。いただきます。そして食べ終えるとごちそうさまでしたと必ず言い、私に今日の食事もおいしかったです、ありがとうと笑顔を向けてくる。そしてマスターと少し会話をした後、又来ますと帰っていく。飾らないきっと優しい人なんだろうな。



 でも、そう思うと同時に心の中であの街の彼が浮かんでくる。真顔で私を見つめ何かを言いたげ、でも黙ったままで。別に忘れていたわけじゃないよ?そんな顔しないで。


 毎日お店に来てくれて、わずかな時間声を掛けてくれるだけ。でもいつからだろう…佐々木さんが私に笑顔を向ければむけるほど、私自身がどんな顔をしていいのか、だんだん分からなくなってきてしまう。そう思うようになったら、いつしか佐々木さんが来店すると何となく視線を避けてしまうようになってしまっていた。


 そして、そのときも当り障りのない顔をして、ランチをテーブルに置き普通に接していたつもりだった。


 「絵里さん、その時々困ったような顔をしていますね。いろいろすみません。あなたとお話しできたことが嬉しかったので、つい暴走しちゃいました。これからは気を付けます。」


 優しい顔をしてそんなことを言われてしまう。あっ…。違うんです。ただわたし…。


 戸惑う私をよそに佐々木さんはいつものように食事をとると、マスターにごちそうさまでしたと声を掛け、お勘定をすませていつものようにお店を出て行ってしまった。どうしよう。そんなつもりじゃなかったのに。


 そして、それからはお店に来ても私には話しかけてくることはなくなってしまった。でもお店には変わらず来てくれて、食事が運ばれてくると、ありがとう、いただきます。ごちそうさまでした。それまでとおり感謝の言葉を口にして、おいしそうに食事をする。穏やかな笑顔も絶やさなかった。私の方はと言うと相変わらずどんな顔をしていいのかわからず、目を合わすことができない。私何してんだろ…。


 

 それから1カ月はたったろうか。


 きっかけは佐々木さんがいつものように食事を終えお店を出て、私がお皿を片付けようとした時だった。テーブルに忘れて行った彼の携帯電話が目に入る。マスターに声を掛けて携帯電話を握り締めると、まだそう遠くに行っていないはずの佐々木さんを追いかけて探した。


 遠くに彼の後ろ姿が見える。


 「佐々木さん!」

 自分でもびっくりするくらいの大きな声が出て、その声に振り返り、私の姿を見るとはっとした顔をして佐々木さんが立ち止まる。走る必要はなかったけれど私は駆け寄って息を切らし、右手で握った携帯電話を差し出した。


 「はぁ、はぁ、携帯電話お忘れです」

 「いや、これは申し訳ない、わざわざ届けてもらわなくっても」


 「でもお仕事に差し支えるでしょう?」

 「いや、まぁそうなんですが、なんだかすみません」


 頭をかきながら心から申し訳ないって顔をする佐々木さんを見て、目が合うと私は慌てて視線をそらした。


 「と、とにかく渡せてよかったです、それじゃ」


 少しほっとし、そう言って彼に背を向け元来た道を帰ろうとしたとき、


 「あの!…。時々お店で遠くを見て悲しい顔をしてて…その、前から気になっていました。一度でいいから僕に時間をくれませんか?いや、時間を作ってください!」

 「え…?」



 結局、佐々木さんの真剣なまなざしに負けて、外で初めて会う約束をした。


 翌週の2人がお休みに自宅前の大通りまで佐々木さんが車で迎えに来てくれ、特に行先も決めることもなく郊外へドライブに行った。久々に誰かのためにおしゃれをした私。5月下旬の日差しは夏に向かって少しだけ強く、汗ばんでしまうくらいで。

 

 そして地方で自然の多いこの町。ウィンドウを下げると車内に入り込む風はここちよかった。視線を外に向けると山々の緑は濃く生き生きと見え、ぽつぽつとわた菓子のような白い雲。高く青い空と遠くに山の向こうに見える水平線。波は穏やかでキラキラと綺麗だった。助手席から流れて見える景色に、癒やされるってこういう事なのかな。


 お昼は私が働く喫茶店に2人立ち寄り食事をすることになって、海岸が見える窓際の席に座り、いつものランチを2人でとることに。向かい合って席につきマスターに注文を伝えると、何となく会話が途絶えた。そうしたら一生懸命に話題を考えて、間を持たそうと話しかけてくる彼の様子がなんだかおかしい。車を運転しているときもそうだったけど、ちょっとくらい会話が切れたって大丈夫なのに気を使いすぎ。そう思いながら私も自然に笑顔になっていたと思う。本当に真面目な人なんだな。


 ランチを食べ終えて最後にコーヒーを飲みながら、わたしは無意識に海岸へと視線を向ける。小さな女の子が父親らしき男性と、手をつないで波打ち際を歩く姿が見えた。


 絵里さん。その声に私は視線を戻す。向かい側に座る佐々木さんは、まっすぐに私を見て真剣な顔をしていた。


 「これからもこうして時々自分と会ってもらえませんか?僕のことをもっと知ってほしいんです。」


 きっとすごく勇気を出したんだろうな。ホンの何時間か一緒にいただけでもわかる、佐々木さんは思いやりがあって誠実な人だ。でも。だからこそ最初から、ここに戻ってきた理由を正直に話さないとって思った。


 だって、あの街に居られなくしたのは私自身なのだから。


 「じゃあ私のお話を聞いていただけますか?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 私はどちらかと言うと、男の人としゃべるのも苦手だったし、1人部屋で過ごす方が好きでした。髪は傷みやすいのでずっと黒髪で肩くらいまで。身長は157㎝まぁ平均だと思います。外見は…見た通りです。ははっ何言ってんだろ。


 取り立てて自分がかわいいとも思わないし、高校も地元の平均的な普通校に進学しました。それから都会に出て奨学金で短大に行って、卒業後はその大学があった街の会社に就職。一人暮らしをしていました。ここに帰ってきてもあまり良いお仕事はなかったですし。


 親はいません。小さい頃に両親は車の事故で亡くなっています。物心がついた時はおじいちゃんとおばあちゃんが私の家族でした。えっバイク免許を取った理由ですか?えっと、ここはよくツーリングのバイクが通るじゃないですか。そのときは学校の帰りで、女性ツーリストのバイクが横を通って行ったんです。


 白いライダースーツで大きなバイクに乗って、海沿いを走るその人がすごくかっこよく見えました。それがきっかけです。それまでは全く興味がなかったんですけどね。


 取り立てて何にもない私ですが、バイクに乗れるようになったら何かが変わるような気がして。高校3年生の卒業式の間近になったら、みんな車の免許を取りに行くのに私だけバイクの免許で。でもなんだか人と違うことをしてるって感じがすごく楽しくって。


 ただバイクに乗ったのは社会人になってからですけどね。バイクは私の良き相棒です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 彼を知ったのは会社のお昼休みでした。


 ちょうど昼食を食べようと会社の食堂で窓際に座った私が、そこから見える駐輪場そばのコンクリブロックに座り、1人青いバイクを眺めながらパンを食べているのを見かけてから。


 それから数回、同じ場所でお昼にいる処を見かけて、この人もバイクが好きなんだなって思って。何度か社内ですれ違って、仕事も熱心にしているし真面目そうな人。でも気づいたのはいつも無表情で、仕事以外で誰かとしゃべっている処を見たことがない。


 目に生気がなくって、まるで喜怒哀楽を忘れたような。人に興味がない?面倒なのかな。優しそうな顔をしているのになんだかもったいないよ。


 そう、気がついたらいつも、彼の様子を追いかけるようになっていました。


 どうしてあんな顔しているんだろう?とても気になりました。だからお昼休みに思い切って話しかけてみることにしたんです。考えたらしゃべったこともない男の人に自分から話しかけるって、今までしたことがなかった。自分の行動力にちょっとびっくり、えぇい当たって砕けろって。


 「あの…すみません」


 缶コーヒーを飲んでいた彼が振り返り、あ?って感じでにらまれました。誰だこいつって文字が見えたみたい。鋭い視線が正直とても怖い。もう当たって砕けた気分…。


 「あの、こ、この青いバイク、あなたのですよね?私もバイクの免許をもってるんです。よ?バイクも乗ってて250㏄ですけど、メーカーがあたしのバイクと一緒でですね…」


 「…へぇ…そう」


 「…はい…」


 はは、すごいテンパってるあたし…。そして沈黙。話が続かない…。間が持たないせいでさらに緊張してトンチンカンな行動に出ちゃって、彼の横に強引に座ると、免許証入れから免許証を引っ張り出し彼に見せて


 「ほら?ね?」


 意識せず彼の顔をじーっと見つめる。


 「…分かったけど…俺の顔に何かついてる?」


 そう言われ苦笑いをされてしまって。きっと変な女って思われたろう。ハッと思ってあたし顔が真っ赤、きっと耳まで赤い。何してんだろう。でもクシャッて笑った顔はかわいく少年ぽく見えて良いなって思ってしまいました。


 それが最初のやり取りで。


 それからお昼休みは、駐輪場そばのコンクリブロックに2人腰かけて、いつからだったかな?私のバイクも隣に停めるようになって、彼の青いバイクと私のバイクを眺めながら、お話しするのがお昼の過ごし方でした。

 

 いつも彼に笑っていてほしいなって思っていたから、できるだけ私から話しかけて。仕事中に目があえばほほ笑むようにして。それでも初めの頃は会話がうまく続かなくってギクシャクしてたけど、それが悪い印象になることはなかったな。


 それから…私からのお願いでお休みになれば、2人のバイクでツーリングに行くようになって、景色のきれいな山や高原、海や湖。遠くへ美味しいものを食べに行ってみたり。行った先々で写真もいっぱい撮って2人だけの思い出もたくさんできました。


 そして一緒に過ごす時間が増えていく程に、彼が持つピリピリした空気もなくなり、表情も穏やかになりました。いろいろな事に興味を持つようになってくれて、私が良く行くバイクショップのツーリングクラブにも加入して。友達もできたぞって、とても喜んでいたんです。


 彼は私と出会えてよかった。こんな日がずっと続けばいいなって。私も素直に嬉しかったし、いつまでも2人の時間は続くって信じて疑いませんでした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 …思えばこの時が最初だったと思います。


 何となく寝苦しくってふと目を覚ました時、隣にいた彼がうなされていることに気がついて。顔を見ると髪が額にこびりつき、汗を浮かべ眉間にしわを寄せて

「ち、はる…」って、うわ言をつぶやいていて。


 前に離婚経験があるって少しだけ聞いていたから、きっと前の奥さんなんだろう。夢に出ているのかな?子供の時からの幼馴染だったそうで、彼の人生の大半を一緒に過ごしてきた女性。


 離婚理由は奥さんの浮気です。最愛の人から最悪の形で裏切られて、いろいろな感情が巡っているんだろうなって。だから簡単に忘れられるはずもない、よね。心配だから名前を呼んで起こしてみました。彼は飛び起きて私を見ると…すまないって強い力で抱きしめてくれ、答える様に私も黙って抱きしめ返して。


 そしたら彼の匂いがしました。


 その後も何度かうわ言を聞きましたけど、その事には触れずにしていて。本当はその目の奥にだれが写っているんだろう。そう思うとギュッて心が痛くていたくて。これから先、私の気持ちが行き場を無くしてあふれてしまったら、私はどうなるのかな…。


 あのね、私はずっとここにいるよ?そばにいるよ?そんな悲しい顔しないで。でもそれをせりふにしたらとても安っぽくてうそくさいって思ったから、心の中だけでそうつぶやいて。彼が遠くに行って傷つくこと、失うことが一番怖い…会った事もないのに奥さんの陰がそこにはあって。暗がりの彼の部屋でやっぱり私は祈るしかありませんでした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 それから…時間だけは過ぎて2度目の春を迎えます。


 時間はどうやら解決できなかったみたいです。実は一度だけ奥さんとも会いました。彼女の方から会いに来たんです。やはり彼の事を忘れていませんでした。そして私も彼の奥さんに取り込まれたみたい。気がつけば2人いつの間にかギクシャクして。


 あはっ気がついたら出会った最初の頃みたい。世界で一番大事な人。でも思うほどに透けて見える、心がここにないってことに。気持ちがどんどんズレていく。そんな私の気持ちを察したのか、時々私を伺うようにどうしたんだ?大丈夫か?って聞いてくるようになりました。自分では普段どおり接しているつもりだから、なんでもないよ、どうしたのって聞き返したら、言葉に詰まって視線を少しだけ逸らすんです。


 同じようなやり取りを何度か繰り返していたある日。その日は少しだけ違っていて、私がどうしたのって聞いたら、そらした視線そのままに、


 「好きな人がいるんじゃないのか?最低だな」


 …何だろうこの失望感。どうしたらそうなるのだろう。


 ただ愛されたいって。それがどうしてこんなに遠いの?ついにあふれて。


 自分の顔が表情を作れていない、きっと無表情な顔をしていたと思います。頬を伝う涙を感じて、その時私初めて泣いていたんだって気がつきました。あぁでもなぜなんだろう?心の中で笑って。それから黙って彼の家を出ました。その様子を見ても追いかけてくることはなかったし。


次の日にですね。バイクショップのツーリングクラブでよくしてもらっている男性と夜に食事に連れて行ってもらって。そのまま帰ればよかったけど何となく2件目のお店で飲もうって繁華街に出て、うわべだけの軽いやりとりで。ノリでショットバーに入り、面白おかしくしゃべってカクテルを飲み干して。そのうち足元がおぼつかなくなっていたのは覚えています。


 そして…その人と寝ました。


 朝、気がついたら自分の部屋に一人で。体がすごくだるくってぼーっとしていました。昨日の余韻とくしゃくしゃになった下着を見たら、なんだろう…なんだか自分がひどくみじめに思えてきて…。あたし…ほんとうに最低で。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 それからは終わりまで早かったですよ、自分がしたことを彼は知っていました。その日の深夜に私の部屋の前まで来たようです。もう最悪ですね。


 そこからは自分のみっともなさが大爆発でしたよ?いっぱいすがって謝って、彼にしがみつきました。でも相手にしてもらえなくなって。もうおかしくなっちゃって逆恨みして、じゃあどうしてこうなったの?奥さんみたいにふるまえばよかったの?そしたらもっとあたしのことを見てくれたの?できるわけがないじゃん!


 どこまで最低なんだろうって思いながら、心の言葉が止まらなくなって。最後は彼から逃げちゃいました。だって私だってつらかったんです。


 奥さんと同じことをして彼をいっぱい傷つけ苦しめた。もう会えない、会っちゃだめだって。


 それからここに帰ってくる引っ越し準備をして、会社に退職願を出し私と彼の事を知る会社の人たちには、私が退職するまで彼に言わないように口止めしました。


 彼とは退職までの間、仕事上のやり取りは必要だったから努めて笑顔で接しました。私が会社を辞めてから後のことは分かりません。そうやってあの街から逃げ出してきたんです。何もかも放り出して。


 だからですね。そう言うことができちゃう女なんですよ。


 もっといい人を見つけてください。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ふぅ。一気に話したので喉が渇き覚めたコーヒーに口をつけた。


 佐々木さんはテーブルの向かい側で、真剣に私のお話しを聞いてくれ少しだけ考え込むと、


 「ちょっとびっくりしたけど、絵里さんが時々元気がないように見えた理由は分かりました。ただだからってあなたを思う気持ちに変わりはありません」


 「絵里さん」

 「はい」


 「心は見えないけれど、きっと絵里さんはたくさん後悔して謝って、もう同じことなんて二度としないでしょ?それに今も彼のことを愛している」

 「…」


 「浜辺と国道が見えるこの喫茶店。国道から見てもすぐにわかるように、絵里さんのバイクが停めているのは、どうしてですか」


 「……」


 「彼がもしこの町へ訪れた時にすぐにわかるようにですよね?僕はそんな絵里さんも含めて、そばに居てほしいと思っています。僕はあなたが好きです」


 「…今日はこのまま自宅まで送ったら帰りますね。でもこれからも待っていますから」


 そう言って優しくほほ笑み、何かを思い出したかのように、


 「あ…そうだ。もう一度会いに行かれては?話し合った方がいいんじゃないですか。彼も待っているような気がします」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それから数日が過ぎ、空の色がオレンジに変わる頃、喫茶店の扉が勢いよく開く。


 「マスター、絵里さんこんにちはぁ!喉が渇きましたぁ。冷たいものお願いしまぁす!」


 「いらっしゃいあずさちゃん、今日も元気だねぇ」


 マスターと今おしゃべりしているこの子は、地元の高校3年生であずさちゃん。夏になると夏休みの間だけ海の家になるこのお店で、毎年アルバイトをしてくれている女の子だ。


 「今年は夏休みのアルバイトできないけれど、絵里さんお願いしますね」


 「大丈夫。任せといて、部活の方は頑張ってね」


 「はい!処で絵里さん?」


 「ん?何」


 「絵里さんのバイクどうして青いの?」


 「あぁ、あれはね?もともと白と赤だったんだけど色を塗り替えてもらったの」


 「へぇ、彼氏のバイクに色をあわせたとか?」

 鋭い…。


 「彼氏はいないよぉ」


 「じゃあ今も好きなんでしょ?絵里さん顔に出てるよ。あはは。もしね今もその人のことを忘れていないんだったら、お手紙を書けばいいんじゃない?あたしは自分の気持ちを書いてマスターに預けてあるんだよ」


 「手紙…そんな人がいたんだ、どうして預けているの?」


 「今は自分がしたいことがいっぱいあるから、まずそれをがんばるの。その人は遠くに行っちゃったけど、いつかきっとこのお店にまた来てくれるって思ってるんだ。その時に私はこれだけ変わったよ?って伝えたくって」


 そっか。。。私はどうだろう。


 「その人ね "誰かのために何かができる人間になれ" って教えてくれたんだよ」


 その言葉で彼の顔を思い出す。…私のことを呼んでくれ笑ってくれて、手を差し伸べてくれた優しい人。なのに、なんでもっと正面からぶつからなかったのかな…。次が怖いんだ。結局自分の事しか考えていない。


 「絵里さん?どうしたの?」


 「ううん、なんでもない、なんでもないの」いつの間にか涙が流れていて…。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そして私も手紙を書き、マスターに無理を言って休みをもらった。


 青いレーシングスーツとヘルメット。そして私のバイク。エンジンをかける。


 キュルキュルキュルキュル…フォオン。


 自分の気持ちにけじめをつけてこようと思う。怖いし辛くなるかも。でもどんな形に、どんな結果になっても受け入れよう。そして…。


 日差しは強く海はなぎ、潮風薫る7月、いろいろな思いをはせ私はバイクを走らせた。



 行こう彼のふるさとへ。

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