16:姿の見えない狂気
私は内海琴。ゲームの好きな普通の16歳高校生です。
β版から始めていたVRのMMORPGが正式にサービス開始をしたということで、昨日からこのFIWで遊んでいました。
「ミコ! こっちは大丈夫よ」
「サリアさん、私の方も問題なく倒せてます」
ミコというのは私のプレイヤーネーム。生憎ネーミングセンスが無いので本名の真ん中から取っただけなんだけど。
この人は佐瀬凛奈、こっちの名前ではサリアさん。私と同じβ版からのプレイヤーであり、高校の1つ上の先輩でもあります。
「しばらく倒してたけど、レベルは上がったか?」
「まだ21のままよ。20以降は上がりにくくなるのは体験済みだけど、それでも時間かかるわね」
「だよなぁ、俺も22から変わってない」
この男の人はホーク、本名は知らない。サリアさんの友人らしく、βの時にサリアさん経由で知り合い、それ以降はよく3人で行動しています。
因みにβでLv21以上だった人は、正式サービス開始の時に全員Lv20の時までロールバックされています。
今私達は、病院型のダンジョンでゾンビ討伐をしています。3人の拠点全てから遠くない場所ということでここにしたのですが、正直気が進みません。
そもそもゾンビは厄介な魔物なんですよね。首や心臓などを切っても死なず、魔法戦をせざるを得ないため必然的にMPの消費が多くなる。その上、数の暴力のせいで油断するとLvが格下でもやられかねない。そんな魔物です。
それに、私は元々ゾンビが苦手なんです。幅広い分野のゲームをしている私だけど、ゾンビ主体のものは必ず避けているくらいには。
「とりあえずここから移動しようかしら」
「そうだな、さっき先を見てみたがいかにも何かありそうな広間があったぞ」
「そうなんですか、そこを見たら一旦戻りましょう。私こういうの苦手で……」
「分かった、じゃあ行くか」
「――あはははっ…………」
……女の人の声?
「何、今の声?」
「分からん。ここは低層だし、ボスとかの敵の類では無いだろうから、プレイヤーじゃないか」
「ってあれ! アイテムボックスですよ!」
アイテムボックス。その名の通り、ダンジョン内でランダムで生成されるアイテムの入った箱です。一緒に罠があることもあるのですが、こんな所にあるというのは……
「気を付けましょう。絶対何かあるわよ」
「ああ、分かってる。いいか、それじゃあ取……」
「「「ヴァァァ…………」」」
「「「グァァァ…………」」」
やっぱり来ました!《鼓舞・強》《節制》!
私は威力のバフやMP効率化のスキルを2人に使い、2人は炎や氷で攻撃。いつも通りの役割分担です。
「多いわね、50近くいるんじゃないかしら」
追加湧きはしてないようですし少しは減りましたが、やはり数が多いですね。1度撤退した方が…………
――ザシュッ…………
……え?奥の方にいたゾンビの首が切り落とされてる?どこかから魔法が使われたのでしょうか。って……ゾンビが死んでます。ゾンビは首を落としてもそう死なないはずのものなのに。
「な、何だこれ……」
「誰? 誰か居るの?!」
いや、離れた所から魔法を打っているにしては死ぬ順番がおかしい。まさか、見えない何かがいるとでも…………そんなの聞いたことも無い。何、一体どうなって……
「分かんない……何……?」
いつの間にかゾンビが全滅していました。本当に不気味です。もしかして助かったので…………
「がはっっ…………!」
――――え? ホークさんが死ん…………だ?もしかして、敵なの? でも何をどうすれば……
「助けて………………」
嫌、怖い、殺されたくない、どこにいるの、逃げなきゃ、倒…………
――バシュッ……バシャッ…………
「いあああぁぁぁっ……!!」
――――手足を切られた。痛い!痛い!痛い…………リアリティは下げたはずなのになんで! こんな痛み感じたことなんて無い。
「なぁっ! 大丈夫、ミコ?!」
姿も、声すら見せない相手に何も出来ない。抗うことも、逃げることすら出来ない。痛い、怖い、嫌だ…………
「ひぅっ…………何…………怖い…………助けてよ…………」
恐怖と痛みで涙が止まらない。
「ぁあ゛っ…………目が…………」
サリアさんが目を潰され、全身が切り付けられ血が飛び散っている。それでも姿を見せない相手に、恐怖に囚われた私は、もう何も出来なかった。
――何で姿を見せないの、何で私は殺さないの。ねぇ、何でこんなことするの……
「かはっ…………」
ずっと切り付けられていたサリアさんが、とうとう首を斬られて殺された。
私は気付いた、そこに何かがいた。やっと誰かがいると分かった。だが、何故かそれ以外何も認識出来なかった。
そして私は気付いた。そうだ……
私の、番……だ。
嫌だ、怖い、来ないで、怖い、助けて、やめて、嫌だ…………
「ぁ………………」
そんな願いなんて届くはずも無かった。
仰向けにして一体何を……………………がはっ!!
腹部に酷い鈍痛が走る。これ、内臓が破裂しているんじゃないの……
「………かふっ…………ぅぇ…………」
駄目だ、もう碌に声も出せない。私の上に乗って…………何するの…………
涙で視界が滲んでもう何も見えない。
――つぷっ………………
…………え?
――グチャッ……ベチャッ…………
身体中の酷い痛みのせいでさっきまで理解が追いついていなかったが、何をされたのか理解出来てしまった。
両目を抉られたんだ。
ねぇ……どうしてここまで酷いことするの? 私あなたに何かしたの? ねぇ…………なんで……?
「………………ぅ…………」
刃が口の中に入れられていく。それもゆっくりと、私の口の奥を貫いていく。
そして、私は闇の中で痛みに溺れて死んでいく中、狂気に満ちたその声を聞いた。
「うふ、ふふふふ…………あははっ!」
――そうか。あなたは、彼女は、楽しんでいたんだ。私が怖がって、苦しんでいるのを見て喜んでいたんだ。
そうして、私は殺された。
「うっ………………」
目が覚めたら、現実の私の部屋だった。ダンジョンから出たことによって、精神的苦痛による強制ログアウトが行われたようだった。
辺りを見回して、身体を確認する。
目はついているし、手足も切られていないし、体に痛みは無い。確かにあれは仮想、偽物だった。
でも、彼女によって齎された痛みも、恐怖も、本物だった。痛みは軽減されているはずでもだ。
結局最後まで姿が分からなかった、彼女の狂気に打ちのめされ……
私はただ震えて恐怖した。