119:悪行と性根
※本話には少々キツい、過激な表現がございます。ご注意ください。
今回もお待たせ致しました。話の流れに悩んでたら10日以上経った上、いつもの倍くらいの長さになりました()。
なるほど……思ったより奥まで刺さるのね。この硬いのは、多分骨かな。それなら強く何回も打ち付ければ――
「っと、刺さりましたかね」
右ふくらはぎに刺している釘を金槌で何度か打っていると、骨に当たった感触が手に伝わり、更に深く釘を打ち込んでいく。
5本目を打ったところで、リンカが過呼吸気味の声で話しかけてきた。
「ね、ねぇ貴女。何があってこんなことしてるの……? あんな風に人を殺したり、私にこんなことをしたり。何かあるなら私が相談に乗――」
「……何か勘違いしていらっしゃるようですが、これは私の意志に基づいて私が望んで行っていることですよ?」
「それならっ――! こんな悪いことは早く止めて、今ならまだ大丈夫だから」
巫山戯ているのか、はたまた本気で言っているのか、あまりにも頓珍漢な言い草に思わず手が止まる。
「そうですか……。でも何故止めないといけないんです? あなたにそれを決める権限なんてありませんよ?」
「権限とかじゃない! 間違った道に進んでる人がいたら正すべきなの……!」
これはまぁ何とも純粋というか阿呆というか……。
「間違ってる、ですか。具体的にはどこがでしょうか?」
「そんなの、人を傷つけたり殺したりすることに決まってるでしょ!! 現実でやったら間違いなく犯罪に――」
「でもここは現実ではありませんよね……? 確かに現実なら殺人罪、傷害罪、暴行罪、その他諸々に抵触するでしょう。ですがここはゲーム世界、つまり現実世界の身体には傷1つ付かないので犯罪にはなりません。勿論現実世界では私は普通の学生で、法を犯すことはありませんし――」
「えっ」
さっきの男2人の方を見ると、1人は掲示板か何かを見ているのかウィンドウを見ており、もう1人はペンを持ち紙に向かっていた。少し前に「情報はこれにでも書いておいて下さい」と言ってペンと紙を渡したのに従って、情報の捻出に励んでいるらしい。
「……誰ですか今の。次声出したら殺しますよ?」
「…………っ」
「まぁいいです。それで続きですが、何か反論はありますかね、――守られるだけの箱入り娘さん?」
「はぁっ!? あ、貴女、倫理観と常識に加えて礼儀も失くしたの……?」
「まさか、単に礼を尽くすに値しない相手への応答をしているだけですよ」
その一言でリンカの顔が苛立ちが現れたように歪む。踏まれたくない地雷でも踏まれたようだった。
「その言い方からして、私には倫理観と常識に欠けているとでも言いたいのですかね? ですけど、そもそも『何をするのも自由』が謳い文句のゲームで他人の行動を制限しようだなんて、そんなことが出来るとでも?」
「貴女こそ他人に迷惑だとは思わないの?」
「殺される方自身の戦闘能力の低さを私のせいにされましても……。逆に聞きますが、その戦闘能力の未熟さがありながら、自己満足のための正義感を振るう。これが迷惑ではないと?」
「当たり前でしょ! 悪いものは裁かれるべき、私の言ってることに何か間違いでもある?」
「――っ、ふふっ」
あまりの短絡的さと稚拙さで、思わず嘲笑じみた笑い声が出る。自分のことが正しいと信じて疑わない人間はこうも見てて滑稽なのかと思ったが、口には出さず嘲るだけに留めておいた。
「ご存知ありませんか? 『正義と対立するのは悪ではなく、また別の正義である』という言葉を」
「……それが何」
「私のしていることは倫理的によろしくないことは明らかですし、私も理解していますよ。ですが、これは『何をするのも自由』という文句と利用規約という法規の基で、自分のしたいことをしているという別の正義でもあるとは思いませんか?」
「そんな屁理屈がまかり通る訳……」
「通りますよ、押し通すと言ったほうが正しいかもしれませんね。まぁ、そういうことですので――」
《インベントリ》から新たに釘を1本手元に取り出し、右手の金槌を一度持ち替えて構える。肩の脱臼で腕をダラりと垂らして座るリンカの肩を金槌で押し倒すと、先程の肘打ちで腹部に力を込められずに頭を打ち付ける。
リンカの腹部に跨るようにして座ると不快さを隠そうともしない顔で睨みつけてきたので、それに対して一言だけ微笑みながら言い放つ。
「弱者はこれ以上口を開かないでおいてください」
「なっ、何様のつ――んむっ、んんぅっーー!」
リンカの唇を左手親指と中指で上下から挟むように摘む。途端に呻き声しか上げられなくなったリンカを尻目に、人差し指で釘を上唇に添えると――
「んっ!? んん――!」
金槌で数回釘を打ち、下唇まで貫通させる。脚などと違い柔らかい場所だったため、激しく血が流れ出すがそれは意に介さず、体を起こそうともがくリンカに告げる。
「何ですか、大人しくしててください。ずれるじゃないですか……っと」
下へ突き出た釘の先端部を今度は下から上へと貫通させる。さらに血が流れ出る上、無理に唇を引っ張ったため口周り自体が赤く染まっていたが、それでも気に止めることは無かった。
そのまま再度釘を往復させ、口の端から端まで刺し通した所で、一度立ち上がり口元を眺める。
……思ったより簡単に刺さった、しかも釘が緩んだり抜けそうになったりもしてない。手が使えない状態にして黙らせるなら、猿轡じゃなくて釘でも悪くないかもね。
それに、唇が波線みたいに歪んでてちょっと滑稽だし。
「さて、次は腕に……ん、何です? ……あぁ、書けたんですか」
誰かが近付いてくる気配を察知したためその方向を見ると、金髪の男の方が紙を持ってこちらに歩いてきていた。どうやら情報をまとめ終えたらしい。
嫌悪感を隠そうともしない男は黙ってこちらに紙を突き出してきたので、こちらからも近付いて手から紙を取り、軽く内容を見る。A4用紙に箇条書きで書かれているようだったが、字が筆圧が強い上乱れていてやや読みにくかった。
「……もう少し綺麗に書いて欲しかったですね」
「…………っ」
「何で何も喋らないんです? ……あぁ、失礼しました。私が『喋ったら殺す』って言ったんでしたっけ」
別に言ったことを忘れていた訳では無いが、嫌悪感どころか怒りが滲みだしているのを見て、少し遊ぶために煽る言葉をかける。すると案の定、見せる負の感情が明らかに大きくなり、1歩こちらに近付いてくる。
「ふふっ、そんな顔して何かあるんですか? この場の主導権を全く握れていないというのに。とりあえずこれは見せていただきますので少し待っていてください」
「……ちっ」
男が振り返ってゆっくりと歩き出したのを見て、同じようにリンカの方を振り向き――
両手の紙と金槌を《インベントリ》から2本の双剣と入れ替え、《次元掌握》で周囲3人の身体の動きを認識する。
リンカの方は向いたまま、『変幻自在』を男の右肩の後ろ側目掛けて伸ばし、『極悪非道』は前の方に構える。刃が刺さった感覚と同時に一度『変幻自在』を持ち替えながら振り返る。すると眼前には――
「――――っら、あ゛あっ!!」
男が放ったと思しき電気を纏った槍があった。
「っと。こっちは出す必要もありませんでしたね」
だが、槍は右肩を刺したことで軌道がずれて右の下側を通過していった。槍は速度かスキルの影響でか、後ろの壁のガラスにヒビを少し入れて砕け散った。
その様子を確認して『極悪非道』を仕舞い、膝を着いている男に語りかける。
「確かに不意打ちは私に1番効果的ですし、口に出して使っていたスキルを無言で使うというブラフもありました。それに、破壊不能設定のダンジョンに傷を付ける威力もある。渾身の一撃という感じだったと思いますよ」
『変幻自在』の刃を右肩から引き抜き、今度は腹部に刺しながら「ですが」と話を続ける。
「いくら何でも感情を出し過ぎではないですかね。もう少し悪意を隠す努力をしてはいかがでしょうか? あまりにあからさまでしたので、あなたの攻撃が右投げの姿勢で何かを投擲する所まで確認出来ました。それが分かれば右後ろから重心さえ崩してしまえば止めるのは容易です」
「……めろ」
「なんでしょうか、聞こえませんよ」
「リンカにそれ以上手を出すのは止めろ。俺が代わりになんでも要求は飲むから、それ以上リンカをなぶるのは止めて解放しろ…………いや、してくれ、頼むから……」
「はぁ……一応理由はお聞きしましょうか」
「リンカにはただ楽しんで笑顔でいて欲しいだけだ。俺たちはリンカを守って、リンカは俺たちを頼って、それだけの関係でいただけだ。だから、そこにそれ以上手を出すな」
なるほどなるほど? これはちゃんと聞いた価値があったかも。まぁ、だからといってそれを聞き入れる訳ではないけどね。
「理由はよく分かりました」
「っ、それなら!」
「ですが少々残念?なお話が。まず1つ目、あなたの要求は一切受け入れませんよ。私はあなたに全く興味が無いので、価値は微塵もありませんから。2つ目、なぶるのを止めろと言われましても、まだその下準備の段階なので止めるもなにも無いんですよね。むしろ今の話で意欲が湧いてきましたし。それで3つ目ですが――」
『変幻自在』と『極悪非道』を持ち替え、男のもとに近付きながら告げる。
「『喋ったら殺す』と言いました通り、ここで殺させて頂きます」
「はっ、1回殺した程度ならまた戻ってきてやる」
「そうでしょうね。ですので少し本気を出して、暫く戻ってこられないようにさせて頂きます」
まず《溢れ出す狂気》を男1人だけが入る範囲に広げ、黒い霧のドームで周りが覆われる。次に《二刀流》で《闇の処女》を同時に発動し、男のすぐ周りに真っ黒な人形――アイアンメイデンが現れる。そして、この2つのスキルと《恐怖の瞳》、『極悪非道』の闇属性攻撃を対象に、同時使用の制限対象外であった《深淵-系統操作》で与える状態異常の系統を変化させる。
正気を乱し正確な判断が出来ないように、思考の錯乱によって脳のオーバーヒートを起こすように、狂乱へと系統を操作する。
変化が完了して放とうとした直前、男が呆れや諦めの混じった声で1つ訊ねてきた。
「お前は、何でそんな表情でいられるんだ。どうやったら、ここでそこまで悪意の無い顔をしてられる?」
「単純なことですよ。私はただ好奇心と興味のまま動いているだけ、大した悪意は持ち合わせていません。……無いものは隠す必要も無いでしょう?」
「は、何だそれ。…………こんのマジキチが」
最後の言葉まで聞くことも無く、構えていた攻撃を全て行い始める。
霧のドームは弾け、刃は首元を貫き、アイアンメイデンは閉じて中で棘が刺し付けられる。
男が死んで消えたのを確認した後、再びリンカの方を振り向いて、笑みを浮かべながら告げた。
「貴女を守ってくれる人がまた1人消えました。……さて、ここからが本番ですよ?」